Aizu Museum早稲田大学 會津八一記念博物館

About Aizu Museum

會津八一記念博物館について

Collections

コレクション

早稲田大学には、創立以来の長年にわたる学術研究の成果を物語る膨大な資料が蓄積されてきました。 會津八一コレクションをはじめ、戦前より行われた考古学の発掘資料、寄贈された近現代の美術作品、土佐林コレクションのアイヌ民族資料など、いずれも早稲田大学独自の貴重な文化遺産です。 そして、1998年の博物館の開館以来、校友の皆様をはじめとして、富岡重憲コレクション、内山コレクション、服部コレクション、小野コレクション、安藤更生コレクションなどの寄贈を受け、収蔵品は計約18,000件にものぼります。 これらを常時、展示公開し、学内外の研究、教育に活用される博物館を目指すとともに、大学における知の歴史的所産にいつでも接触できる場となるよう努力しています。

明暗

横山大観(1868~1958)、下村観山(1873~1930)合作
1927(昭和2)年
紙 墨・金銀泥
直径445.0cm

二号館が図書館として建設されたおり、日本美術院の評議員であった当時の総長・高田早苗が、この大作の揮毫を大観・観山に依頼した。 大学は絵具代として三千円ばかりを用意した。
ちなみに、その頃の早稲田大学の授業料は一四〇円(文系)であった。 楮を主とし麻と雁皮を混じた他に例を見ぬ大紙は、福井の岩野平三郎が三、四〇名の男女を駆り集めて漉きあげた。 これだけでも博物館の蔵品にあたいするもので、実際そのおりにつくられた紙は、グーテンベルク博物館や紙の博物館に保存されている。
この紙漉きの設備の実費だけで二千円を要したと伝えられる。 制作着手となって、まず特別の大刷毛によってドウサがひかれたが、大バケツ一杯分がたちどころに紙に吸われた。
金粉何匁かは優に千円をこえ、大観は愛蔵の名墨一挺をひききり、かくして大学が用意した金は、実際の費用の幾分かをうるおすにすぎないものとなった。 画作の分担は、観山が太陽に象徴される「明」を、大観が「暗」をあらわす雲煙を描いた。
読書をとおして暗黒世界から明澄な境涯に進みうる意を寓している。
正面ホール階段上に据えられたときには、全館を圧するばかりで、居合わせた人々をして、大隈侯の偉容をもしのばしめたという。
※公開期間はトップページにて随時告知予定

羅馬使節

前田青邨
(1885~1977)
1927(昭和2)年
絹本著色 三曲一隻
291.0×196.0cm

昭和二年の秋に東京府美術館(現在の東京都美術館)で開催された再興第一四回日本美術院展に、《西遊記》画巻(MOA美術館所蔵)とともに出品され、そののち昭和四年に作者より本学の図書館へ寄贈。制作には二年がついやされたという。テーマは天正遣欧使節。
発表当時の美術評に従うなら、馬上の人物は、大友宗麟の甥にして、少年使節の首席をつとめた伊東マンショ。法王謁見の日の晴姿とされている。青邨は大正十一年から翌年にかけて渡欧した。そのおりローマをはじめ、フィレンツェ、シエナ、アッシジ、アレッツォ、ヴェネツィア、ラヴェンナなどをめぐっている。おそらくは、各地で目にしたルネサンス期の種々の騎馬像も、当作のインスピレーション源となっているのだろう。背景はローマ市街とみなすべきなのであろうが、その光景は、あたかもイタリアの諸都市の記憶を総合的に構成して作りあげたかのごときおもむきとなっている。ちなみに、大学本部棟の一階壁面には、当作にもとづく綴織(川島織物による制作)が飾られている。
※公開期間はトップページにて随時告知予定

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