筑紫 哲也 専任教授 (ちくし てつや)

  この大学院で育てようとしているのは、現在の日本の官僚のような権力者ではなく、世の中の先頭に立ち、自分から何かをやろうとする真の意味のリーダーです。これまでの高度成長時代の日本型のリーダーは、あまりものを言わないことが美徳とされてきました。「減点主義」で、失点をしないようにしていればよかったのです。しかし、今は、「得点主義」のリーダーが必要です。自己表現能力、コミュニケーション能力がなければリーダーたりえない時代になっているのです。また、どんな職業やポジションにあっても、自分がやっていることを外側にアピールすること、外側への説明に耐えうるマネジメントをしていくことは重要です。
 ところが、今の若い世代には、このコミュニケーション能力が足りません。マスコミュニケーションの問題以前に、パーソナルコミュニケーションの危機が存在します。日本語そのものが若い世代から消えかかっています。そして、従来の大学には、そのことに対する感受性が不足していたのではないか、と私は思います。学生たちが悪いわけではありません。彼らには、「自分を表現する」という「経験」が欠けているだけなのです。
 私は、この大学院で、徹底してコミュニケーション型の授業を展開していきます。私は教える人、あなたは習う人、という枠組みをこわし、学生が自分で何かを作っていく経験をさせたい。学生が自分でアポイントをとって話を聞きに行き、まとめて発表させ、私は聞き役に回るなど、これまでの教室の形をかえて授業をします。演習では教室もいらないのではないかとも思っています。たとえば、私の番組にインターンとして一定期間参加し、現場の体験をしてもらう、などということも考えています。

●経歴

1959年早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業
同年朝日新聞社に政治記者として入社
1971年からワシントン特派員
1984年「朝日ジャーナル」編集長に就任
1988年から朝日新聞編集委員としてニューヨークに駐在する
1989年からTBSテレビ「筑紫哲也NEWS23」のメインキャスターとして活躍中
1998年に開学した県立長崎シーボルト大学で非常勤講師も務めた
2003年から早稲田大学大学院公共経営研究科教授

 

 

●担当科目

「メディア文化演習」(演習科目)

 ある年の本大学入学式の記念講演で私は「知の三角形」について語ったことがある。情報量が多くても、その意味を理解する知識、さらには当否を判断する賢さ、つまり真の意味での「知」がないことには、三角形は不安定である。逆に、「知」の土台がしっかりしておれば、比較的少量の情報でも安定した「知」の構築は可能である。入学式では問題提起にとどまったテーマを本担当科目では深めていきたいと考える。

「メディア文化論」(選択科目)

 メディアをめぐって大きな変化が進行している。アナログからデジタルヘの技術的変化は言うまでもないが、伝達手段の進化とともにその内容にも変化が起きる。(1)同時性と迅速性(2)ビジュアル化(3)多様化と多文化?などである。メディア空間では、これまで「送り手」と「受け手」の関係が固定していたし、個別の分野がそれぞれの領域を確立してきたが、こうした境界線はますます崩れていく。そういう変化のなかで、発信者であるか受信者であるかは問わず(そういう境界はますますなくなるのだから)、メディア文化の何たるかの本質的理解は、ほとんどそういう社会で生存し続けるための必須条件となる。

「情報社会論」(選択科目)

 かつて丸山眞男氏は「である」ことと「する」ことの別を論じたが、情報社会とは「である」ことと、それがどう「見える」(ようにする)こととの別が決定的意味を持つ社会である。それを見抜き、どう生きるかを論考していきたい。

「インターンシップ」(選択科目)

 公共機関、メディア機関、NGO/NPO機関を中心にインターンシップを実施していく。まず、近年導入が活発に行われているインターンシップについて、制度の現状を紹介し、間題点をガイダンス授業で浮かび上がらせる。次に導入授業を行い、受け入れ先を考えながら学生個別に丹念に指導をしていく。また、インターンシップ実施後、受講生全員にレポートと発表を義務付け、ディスカッションしながら、インターンシップの効果を確認していく。