WEB MAGAZINE 早稲田@日本橋

ファイナンス研究科への羅針盤

入学説明会から

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早稲田大学大学院ファイナンス研究科(NFS)では、理論の習得だけでなく総合的な知識や技能の学習を通じて金融プロフェッショナルを育成することを目的としています。金融とは何かを理解し、自分の仕事とするうえで、金融のプロフェッショナルとしてどうあるべきかを考えて勉強してほしいと思います。
金融の最も基本的な機能は、経済における「資源の配分」です。金融取引を通じてはじめて、貯蓄を投資に結びつけて多様な経済活動を実現することが可能となり、現在と将来の消費の流れを調整することができます。私たちが個人の資産あるいは家計を管理する者として金融を利用する場合を考えてみましょう。手にした所得を今すぐに全部消費に使ってしまうこともできますが、貯蓄して1か月後、1年後の消費にあてたり、あるいは老後の生活の支えにすることもあるでしょう。私たちは、自分にとって望ましいライフサイクルに合った消費の流れを金融によって調整することができるわけです。
金融を通じた資源配分には、空間的な資源配分と異時点間の資源配分の2つの側面があります。現在の資源を使わずに将来へ持ち越そうとする人がいる一方で、現在の所得が消費や投資に満たないものの、消費や投資を実現したいという人もいる。現在の資金余剰と資金不足を結びつける、これが空間的な資源配分です。これは同時に異時点間の資源配分、すなわち将来と現在の活動を結びつける取引をともないます。将来の返済を約束して資金を借り入れ、現在の活動に使う。株式出資の場合は、将来の事業活動を予想し、期待された資産価値で戻ってくるか不確実ではあるものの、将来リターンを得るために現在の資金を使うことになります。
予想や期待にもとづく取引であるため、金融取引には必ず不確実性が伴います。不確実性は、損失の可能性つまりリスクと認識されます。金融取引は、資金の取引ですが、その裏側に必ずリスクの移転・配分を伴っているのです。
金融の基本的機能である資源配分機能には、これを支えるさまざまなサブ機能があります。資金を低コストで移転させるための手段やサービス、それに伴うリスクをマネジメントする様々な方法やリスクの取引の場が必要です。また、経済活動を円滑にするため、日々の取引に流動性を供給することも、金融を支えるサブ機能の1つです。
金融取引には不確実性が伴うため、リスクを評価し管理するための情報が不可欠となります。情報をいかに円滑に経済社会のニーズに基づいて提供することができるか。これも金融の基本的機能のあり方に関わってきます。
金融システムは、金融取引を効率的に実現する仕組みです。金融取引が極めて不安定であるとすれば、実体経済の活動を安定的に行っていくことは難しくなります。すなわち金融システムとは、資金配分の効率性を実現する仕組み、効率性を安定的に実現していくための仕組みであると考えることができます。
銀行に預金すれば確実に元本や利子が返ってくるのか、株式投資をすれば期待したリターンが返ってくるのか。こうした不確実性を伴う取引では情報が必要であると前述しましたが、情報を持っている人と持っていない人とでは結果に格差が生じます。また、情報能力そのものにも取引者の間で格差が存在します。実際には、さまざまな情報格差が存在し情報能力に差があるからこそ、金融取引を円滑に実現するために、銀行や証券会社のような専門の金融サービス業の存在が必要となるわけです。
しかし、情報能力に差があることにより、公正な取引が実現しない恐れもあります。つまり、情報の優位性を利用して他人に不利益を与えたり、情報を操作して利益を追求するという問題です。公正な取引を担保できるかどうかは、金融取引の成果を適正に分配できるかどうかに関わってきます。不公平取引をもたらす行動のゆがみをいかに小さくするか、その仕組みをどのように金融システムに埋め込んでいくかは、金融取引を円滑に進める上で極めて重要になります。

つまり、金融システムは、実体経済と社会を支えるインフラストラクチャーです。次に、金融システムの具体的な仕組みついて解説しましょう。
金融システムの構成要素の1つは、市場です。市場は金融商品・金融手段の取引の場です。短期や長期の形もあれば株式市場、現物や派生商品の市場もあります。金融サービス業も構成要素の1つです。金融取引にアクセスするには、銀行や証券会社など、広い意味で資金移転の仲介を行う専門業者や情報サービス業者が必要になります。市場運営者すなわち取引所も、金融サービス業に含まれます。また、制度基盤と規制を司る政府・中央銀行も金融システムの構成要素と言えるでしょう。
最も重要な構成要素は、最終的な金融システムの利用者、すなわち、企業、家計、そして社会であることを忘れてはなりません。金融システムがうまく機能することによってもたらされる経済活動の最終的な成果を、エンドユーザーの手に届けることが、金融システムの最終的な目的なのです。資産の運用が適切になされるためのサービスや市場が存在するのか。企業が必要な資金を調達できるか。ビジネスのリスクを負ってくれる市場参加者が存在するか。金融システムが最終的な目的を実現するためには、多くの課題の解決が求められます。
次に、金融サービス業のあり方について考えてみましょう。金融サービスとは、金融市場へのエンドユーザーのアクセスを容易にし、金融取引の機会を広げて、利用者に金融市場の成果をつなげる役割を果たします。金融サービス業を非常に広い意味で捉えれば、銀行、証券会社、資産運用会社など多様な専門業者が含まれますが、専門業者はそれぞれの専門能力を用いて利用者の便益を高めて、それによって金融市場の機能を支えるというミッションを負っています。金融ビジネスの源泉は、金融取引における情報の非対称性であり、情報能力やリスク管理など専門能力が高いからこそ、私たちはそのサービスに対価を支払うのです。

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そうであれば、金融サービスを担うプロとして重要なのは信頼であり、立場を利用して自分の利益を最優先するような歪んだ行動を抑制することでなければならないはずです。いったい何に対して対価をもらっているのかを十分認識しなければなりません。責任や信頼こそ、金融サービスの基盤です。
つまり、金融のプロフェッショナルとしての要件は2つあります。まずは専門的な能力、すなわち、知識、スキル、そしてそれらを支える分析能力です。しかしこれだけではプロとは言えません。もう1つは、専門家としての判断力であり、それを正しく行使することができるかということです。
金融の専門業者が担っている金融の機能やミッション、そして自分の提供するサービスの対価を十分に理解すれば、歪んだ行動は抑制することができるでしょう。専門業者の自己規律が、金融市場の信頼を支えることになるのです。つまり金融のプロとは、マーケットが適正に機能するための門番、ゲートキーパーです。市場機能のもっとも重要な機能は、良いものは高く評価され、悪いものは低く評価される「良選択機能」です。この機能が円滑に働けば、企業は良いものを供給しようという努力を重ね、悪いものを提供する企業はマーケットから退避せざるを得なくなります。
金融のプロは、金融市場のゲートキーパーとして良選択機能を担っている、つまり、市場の質を確保する存在とも言えるでしょう。例えば、株式市場で多様な市場参加者による企業価値の評価が的確に市場価格に反映されるならば、リスク投資を促し、企業経営に対する市場規律を生み出すことにもつながります。長期的に見れば、金融専門業者はコーポレート・ガバナンスの極めて重要な一端を担うことにもなるのです。金融専門家の能力と判断力が、直接的間接的に金融システムの機能を支え、それを通じて経済活動を支えているのだと強く認識しなければなりません。
2008年に起きたリーマンショックでは、金融の専門家がプロとしての機能を果たしていなかった、あるいは専門家たる要件を整えていなかったために起きたと見ることもできるでしょう。
2000年代に入り、金融取引は極めて短期化しました。売買の活発化とともに株価が変動し、株式所有も短期化しました。金融の基本的機能である貯蓄を企業投資に結びつけるためには、長期的な視点が必要です。しかし、市場参加者の行動が本来の長期的な投資から短期的なトレーディングへとシフトし、その過程でリスクを評価する専門業者の重要な役割が相対的に軽視されました。専門業者の行動は、リスクを評価し分担する行動からさまざまな技術を駆使して市場を通じてリスクを移転させていく方向に変わったと指摘されています。さらに証券化などの技術革新による金融サービスの細分化も加わり、信頼で成立していたマーケットは変貌し、その結果、金融業者自体のガバナンスが著しく欠落してしまいました。
欧米の先進国で深刻な問題として捉えられているように、資本市場において貯蓄を投資に結びつける投資チェーンが分断され、その結果、最終的な利用者が損失を被ることになってしまったのです。

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リーマンショックを経て、日本の金融システムは今、新たな段階を迎えています。安倍政権は経済再興の目的実現に向けて、金融システムの機能強化に強い関心を寄せています。それが成功するかどうかがこれからの日本経済の方向性に関わってきます。
リーマンショックが起きた時、イギリスやアメリカのリーディングカンパニーである保険会社や銀行、証券会社が非常に大きな損失を被りました。しかし、それに比べて日本の金融業界の損失は軽微にとどまりました。それ自体は良かったのですが、裏を返せば金融技術革新力という面で競争力が相対的に弱かったとも考えられます。企業の資金調達を支えるために、金融サービスの適正な競争をどう実現していくか。また、直面する社会構造の変化にも対応しなければなりません。少子高齢社会の中で、家計の資産運用は非常に大きな課題です。適切な運用サービスが供給されているかどうか。投資チェーンを確立し経済を活性化し、生み出されるベネフィットは、最終的に企業や個人・家計という利用者につながらなければならないのです。
こうした問題に対して日本の金融システムが円滑に対応していくことが求められています。そのためには、市場の担い手としての金融機関や専門業者の意識改革、信頼の回復が必要です。利用者の知識や理解力向上も望まれます。今こそ金融に関しての正しい理解、専門的知識や技能の活用、そして専門家としての判断力が求められています。NFSでは、これらをバランスよく身に付けていくことが可能です。
NFSでは、まず金融についての専門能力の基礎を固めます。ファイナンス基礎科目とファイナンスコア科目によって、段階的に勉強できるプログラムを提供しています。入学した人たちが自分の専門分野を見つけるためのモデルケースも複数用意しています。さらに英語の授業や実務家による授業を通して、専門家としての知識を深めることができます。
また、幅広い選択科目が用意されているのもNFSの特長であり、経済学、会計学、法律など、多様性な選択科目を勉強することができます。これらは総合的判断力を備えるために重要です。今、広い視野と判断力を備えた金融の専門家が求められています。皆さんにはファイナンスの背後にある経済、金融システムの在り方を幅広く勉強し、金融プロフェッショナルとしての要件を備えてほしいというのが私たちの願いです。

profile

首藤惠 教授

  • 慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程、経済学博士。日本証券経済研究所主任研究員、明海大学経済学部助教授、中央大学経済学部教授を経て現職。その間、米国ブルッキングス研究所客員研究員、大阪大学大学院国際公共政策研究科客員教授、オックスフォード大学客員研究員、関税・外国為替等審議会委員、金融審議会委員、等を歴任。現在、証券アナリスト・ジャーナル編集委員、責任投資フォーラム理事等。
  • 2014年度担当科目「コーポレート・ガバナンス」「日本の金融システムと資本市場」「アジアの金融システムと新興市場」「金融システムとコーポレート・ガバナンス演習」「企業の社会的責任(CSR)と社会的責任投資(SRI)」「金融システムとコーポレート・ガバナンス演習(リサーチ・レポート)」

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