WEB MAGAZINE 早稲田@日本橋

キーワードで散歩する 日本橋“まち”探訪

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江戸の米取引所がルーツ

 日本で先物取引が開始されたのは、1730年(享保15)のこと。「大坂堂島米会所」で行われた米取引が最初とされる。一方江戸でも間もなくして、日本橋小網町・小舟町周辺に米会所が開設され、取引が盛んに行われるようになる。
 明治時代に入っても米の先物取引は活発で、その中心を担ったのが1874年(明治7)に日本橋蛎殻町の西郷隆盛屋敷跡に開業した「中外商行会社」。現在この地には、農産物を専門にする先物取引の市場「東京穀物商品取引所」が建っている。
 同取引所の起源に当たる「中外商行会社」は、1876年(明治9)に発布された米商会所条例により、同年、「蛎殻町米商会所」に再編。さらに1883年(明治16)には、隣町で営業する「兜町米商会所」との協議の結果、互いの繁栄のため合併が最善という結論が出され、「東京米商会所」に改められた。その後も1893年(明治26)に「東京米穀取引所」に、1908年(明治41)には「東京米穀商品取引所」と、度々の再編が行われた。

戦後復興のなかで新たな発展

 しかし、1938年(昭和13)に「国家総動員法」が施行。日本が第二次世界大戦の臨戦態勢に入ったことにより、穀物類取引の統制も厳しくなり、閉鎖に追い込まれる。だが戦後1951年(昭和26)、雑穀統制が解除されると、その翌年に「東京穀物商品取引所」として再開され、以来今日まで、日本の商品先物取引の主要市場として発展を遂げている。現在、取引される農産物は、トウモロコシや大豆、小豆などが中心となっている。
 2007年6月19日、同取引所においてトウモロコシの先物価格が史上最高値(1トンあたり3万510円)を記録したことが大きな話題となった。この背景には、石油に替わる新エネルギーとして注目を集めるバイオエタノールの原材料となるトウモロコシの、世界的な需要拡大がある。
 また、同取引所をめぐっては、24時間取引や商品の追加など、国際競争力の強化を目的としたシステムや制度の見直しの機運が高まっており、その一環として、米の先物取引を復活させようとの声も挙がっている。「中外商行会社」の開業から130年余、今日においても日本橋蛎殻町は、日本の先物取引の中心地として躍動し続けている。

東京穀物商品取引所の前身、中外商工会社は明治7年、旧西郷隆盛邸の跡地の建物から始まった。写真提供:東京穀物商品取引所、中央区京橋図書館

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