微小管は遠くの動原体を捕まえて中心体までたぐり寄せる 理工・佐藤政充准教授、細胞の減数分裂における20年来の謎解明

早稲田大学理工学術院先進理工学部の佐藤政充准教授は、科学技術振興機構(JST)、東京大学、英国Cancer Research UK、かずさDNA研究所との共同研究で、精子・卵子などの配偶子を形成するための減数分裂において、中心体から遠く離れところにある動原体(染色体の中央部分)が、なぜ紡錘体に捕まえられて正しい配偶子を形成できるのかという、減数分裂における20年来の大きな謎を解明しましたのでお知らせします。

動原体が中心体から遠く離れたところにあるということは、紡錘体が捕まえられずに染色体が正しく分配されないリスクが高いということであり、染色体の分配異常はダウン症候群や流産の原因となることが知られています。今回、佐藤准教授らは微小管と呼ばれる繊維状の構造物が中心体から特別に長く伸び、あたかもカメレオンの舌が獲物を捕らえて飲み込むように、微小管が動原体を捕まえて中心体までたぐり寄せることを発見しました。さらに通常の分裂には見られない減数分裂に特有の現象として、微小管に結合するタンパク質「Alp7」が動原体に存在し、微小管が動原体に向かって伸びてきたときに両者をくっつけやすくしていることが明らかにしました。本研究により、Alp7などの因子を人工遺伝子として細胞に導入することで、減数分裂に起因するダウン症候群や流産などの予防治療につながる可能性があります。

なお、この研究成果は論文「Microtubules and Alp7/TACC–Alp14/TOG reposition chromosomes before meiotic segregation」として、nature cell biology(先行オンライン版発行6月17日、※冊子体7月号掲載予定)に掲載されました。

微小管とその結合タンパク質Alp7/TACC–Alp14/TOGは減数分裂に先立ち染色体の配置を転換させる

  • 論文名 Microtubules and Alp7/TACC–Alp14/TOG reposition chromosomes before meiotic segregation
  • 雑誌名 nature cell biology(冊子体7月号掲載予定、先行オンライン版発行6月16日) 長編の“ARTICLE”として掲載される。
  • 著者名(所属) ○は責任著者
    • 角井康貢(英国Cancer Research UK、東大・理)
    • ○佐藤政充(早大・先進理工、JST・さきがけ、東大・理)
    • 岡田直幸(東大・理)
    • 登田隆(英国Cancer Research UK)
    • 山本正幸(かずさDNA研、東大・理)
  • ※本研究は、科学技術振興機構(JST)、東大・理、英国Cancer Research UK、かずさDNA研究所との共同でおこなったものである。
減数分裂における20年来の大きな謎

細胞分裂は生物が形成されるための基礎である。細胞の中で遺伝子DNA(染色体)は2組に複製された後、1組ずつ2個の細胞に正確に分配される。これは、細胞内の「中心体」と呼ばれる構造から「紡錘体」という繊維状の物質が伸び、染色体の中央部分である「動原体」部分を捕まえて、左右から引っ張ることで完了する(図1)。この過程にエラーがあると細胞の死や癌化の原因になることが知られる。これを回避するために、酵母細胞は動原体をあらかじめ中心体の近くに配置することで、紡錘体が動原体を確実に捕まえるように工夫している(図1)。これは1885年にカール・ラブルが発見して以来、古くから知られている。

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これに対して、精子・卵子などの配偶子を形成するためには「減数分裂」という特別な分裂様式が用いられる。減数分裂では、両親由来の染色体を混ぜて組換えることで、様々な種類の配偶子を作り出す。父親と母親由来の染色体がペアを作って組換わるためには、動原体を中心体から遠く離れた場所に配置する必要があることが1994年に分かった(図2 [1])。しかしながら、これはその直後に起きる染色体分配にとっては大きな問題である。すなわち、中心体から遠く離れた動原体は紡錘体によって捕まえられず、染色体が正しく分配されないリスクが高い。では細胞はどのようにこのリスクを回避して、正しい配偶子を形成しているのだろうか? これは減数分裂における20年来の大きな謎であった。

カメレオンの舌が獲物を捕らえて飲み込むように動原体を捕まえる

本研究はこの謎に対する解答を与えるものである。すなわち、通常の分裂とは異なり減数分裂では、微小管と呼ばれる繊維状の構造物が中心体から特別に長く伸び、あたかもカメレオンの舌が獲物を捕らえて飲み込むように、微小管が動原体を捕まえて中心体までたぐり寄せることを我々は発見した(図2 [2])

さらに我々は、微小管に結合するタンパク質Alp7/TACC-Alp14/TOG (以下Alp7と略す)が動原体に存在することを発見した。Alp7の動原体への局在は通常の分裂には見られない減数分裂に特有のもので、微小管が動原体に向かって伸びてきたときに両者をくっつけやすくしていることが分かった(図2 [2])

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微小管を釣り竿として例えると、動原体という獲物を釣るためのエサ(Alp7)は、釣り竿の先ではなく、獲物のほうに付けてあり、釣り竿が来たときに捕らえやすくしている(図3)。細胞はこのように減数分裂のリスクを回避して、安全な染色体を保障している。

分裂酵母を用いた観察

本研究では、細胞が生きたまま、染色体や微小管の動きを可視化して顕微鏡観察する必要があった。そこで我々は遺伝子操作が簡単であり、かつ減数分裂を人為的に誘導できる優れたモデル生物である分裂酵母を用いた。細胞内に3色の蛍光タンパク質(GFP(緑), mCherry (赤), CFP(青))を導入して微小管や染色体を3色に可視化する実験系を開発し、観察した(図4)

減数分裂はトータルで3,4時間に渡る長丁場であり、そのなかで微小管が動原体を捕らえるのはたった1〜2分間の現象である。したがって、このような生細胞3色イメージングシステムを用いて根気よく観察することで初めて本現象を発見するに至った。

組換えのある減数分裂においても細胞は安全に染色体分配を行う

減数分裂において動原体が中心体から遠くに位置することは大きなリスクである。細胞がどのようにしてこの問題を解決しているのかは長きにわたる謎であった。我々はこの問題に対する解答として、以下の2つを発見した(図2 [2] )。すなわち、減数分裂では、①微小管が特別に長く形成され、遠くに位置する動原体を捕まえて中心体までたぐり寄せること、また②微小管結合タンパク質Alp7が動原体に位置して、微小管を結合しやすくすること、である。細胞はこれらの戦略を使うことで、組換えのある減数分裂においても安全に染色体分配をおこなっていることが明らかになった。

ダウン症候群や流産の予防策・不妊対策につながる可能性

減数分裂は精子・卵子など配偶子形成のための分裂であり、減数分裂における染色体の分配異常は、ダウン症候群や流産の原因となることが知られる。このような出生に関わる症状は、高齢出産や不妊治療、出生前診断の話題と絡んで常に社会的に関心が高い。一般的にこれらの症状は現状では治療が不可能である。今回明らかにされたように、微小管や結合タンパク質の働きの異常が減数分裂の染色体異常を引き起こし、これらの症状の原因となるならば、本研究の成果がこれらの予防策や不妊対策につながる可能性がある。

未知の制御メカニズム

ではなぜ、このような微小管やAlp7は減数分裂の時のみ特殊な機能を持つことができたのか? その制御メカニズムは不明のままであり、課題として残る。減数分裂の研究は、ヒトやマウスなど高等生物では技術的にまだ発展途上にあり、また倫理的な問題も併せてあまり研究が進んでいない。酵母を用いた本研究の成果を高等生物に応用するためには、さらなる技術開発を進める必要がある。その後、本研究で得られたAlp7などの因子を人工遺伝子として細胞に導入することで、減数分裂に起因するダウン症候群や流産などの予防治療につなげたい。

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