「他者の頑張り」への理解に関連する脳領域を特定

「他者の頑張り」への理解に関連する脳領域を特定

~スポーツ観戦による感動や共感メカニズムの解明に向けて~

早稲田大学スポーツ科学学術院・彼末一之教授、水口暢章助手(現慶應義塾大学)、中田大貴次席研究員(現奈良女子大学)らのグループは、他者の身体活動に伴う感情理解の基礎となる神経基盤を明らかにしました。

他者の行動の意図や目的、感情を読み取ることは社会生活を円滑に送る上で重要です。もし、他者の意図や感情を読み取ることができなくなれば、コミュニケーションがうまくいかず、社会生活に支障をきたす場合もあるでしょう。

人間の脳は潜在的に他者の努力度や頑張りを理解・評価していると考えられますが、その神経基盤はよくわかっていませんでした。そこで、今回の研究では、他者の努力度の理解に関連する脳領域を特定するために、行為者の頑張り(努力度)が異なる映像を被験者に見てもらい、観察している最中の脳活動を計測しました。その結果、行為者が努力を要する動作の映像を観察した際には脳の特定部位(右側の側頭頭頂接合部)が特異的に活動することがわかりました。

他者の頑張りへの理解に関連する脳領域を特定したことで、今後は人間の「共感するメカニズム」の解明につながると考えられます。さらに、コミュニケーションが苦手である人にとっては、コミュニケーション能力向上につながる方法の開発に貢献できると期待されます。

今回の研究成果は英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌『Scientific Reports』に、7月26日10時(現地時間)掲載されました。

(1) これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

これまでに、他者理解のためには、2つの神経回路が存在することがわかっています。1つは、ミラーニューロンシステムと呼ばれるもので、”他者の運動の意図”を理解するための神経基盤です。例えば、飲み物が入ったコップに向かって手を伸ばす動作を見れば、飲み物を飲もうとしていると読み取ることができます。もう1つは、”他者の感情”を理解するめの神経基盤です。満面の笑顔を見れば、その人は楽しさや幸せを感じているのだろうと感じることができます。

これまで、他者の運動の意図・目的を理解するための神経基盤を調べた多くの研究では、人の動作(例、物をつかむために手を伸ばす)の映像を被験者に呈示し、その際の脳活動を解析していました。一方、他者の感情を理解するための神経基盤を調べる研究では、顔の映像や短い物語を被験者に呈示して、そのときの脳活動を解析することが多くなされてきました。このように、2つの他者理解の神経回路を調べる研究では、異なるタイプの映像が使われてきたため、”動作”から”感情”を読み取る神経基盤はほとんど研究がされてきませんでした。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

プレスリリース0720
私たちは、おばあさんが買い物で一杯になっているレジ袋を持って歩いているのを見れば、「大変ですね」と手を差し伸べるでしょう。しかし、同じものを屈強な若者が持っていたら、それに気づくことさえないのかもしれません。我々の脳は潜在的に他者の努力度や頑張りを理解・評価していると考えられますが、その神経基盤はよくわかっていませんでした。

そこで、今回の研究では、他者の努力度の理解に関連する脳領域を特定するために、行為者の頑張り(努力度)が異なる映像を被験者に見てもらい、観察している最中の脳活動を計測しました。その結果、行為者が努力を要する動作の映像を観察した際には右側の側頭頭頂接合部(temporoparietal junction: TPJ)と呼ばれる脳部位が特異的に活動することがわかりました。つまり、この部位が他者の頑張りを理解するために重要な領域であると考えられます。また、側頭頭頂接合部の活動は、”他者の運動の意図理解”のための神経基盤であるミラーニューロンシステムの活動とは関連していませんでした。以上のことから、他者の運動を観察する際、運動の意図の理解と、それに伴う感情の理解はそれぞれ別の脳領域で処理されていることが確認できました。

脳

努力度に関連した脳活動

(3) そのために新しく開発した手法

ヒトが何かを観察した際には脳は様々な情報を同時に処理します。そのため、ある特定のものに関連する脳領域を調べるためには工夫が必要でした。例えば、他者が重たい物を持っている場面を見た場合、“頑張っている”と読み取ることが可能です。しかし、同時に、持っている物が単に”重い”と認識することもできます。つまり、”他者の頑張り”に関連する脳活動を調べるためには、それが”物の重さ”の認識によるものではないことを示す必要があります。そこで、本研究では、細身の人と体格の良い人がそれぞれ重いダンベルと軽いダンベルを持ち上げる動作(アームカール)の映像を用意して、”他者の頑張り”と”物の重さ”の影響を切り分けました(上図)。細身の人が重いダンベルを持ち上げるための努力度は、体格が良い人が同じ重さの重いダンベルを持ち上げる努力度よりも高いでしょう。そして、それぞれの映像を観察している時の脳活動の差を調べることで、物の重さではなく、他者の頑張りの理解に関連する脳領域を検討しました。また、顔の表情から努力度を読み取ることができないように顔を含めない映像を用いました。

(4) 今回の研究で得られた結果及び知見

ダンベル

提示した映像の種類

行為者の努力度が異なる4種類のアームカール動作の映像を被験者に観察してもらい、その際の脳活動を機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging: fMRI)にて計測しました。動きの知覚や運動意図の理解の影響による脳活動を取り除くために、4種類の映像観察中の脳活動の差を計算し(上図:(細い人が重たいダンベルを持っている条件の脳活動-細い人が軽いダンベルを持っている条件の脳活動)-(体格が良い人が重いダンベルを持っている条件の脳活動-体格が良い人が軽いダンベルを持っている条件の脳活動))、行為者の努力度の大きさに対応して活動する脳領域を求めました。

その結果、側頭頭頂接合部、上側頭溝、視覚野の活動が努力度に関連することがわかりました。この中でも、右側の側頭頭頂接合部は他者の頑張りが低いと思われる時にはあまり活動しなかったことから、他者の頑張りに応じて活動する脳領域であると考えられます。

(5) 研究の波及効果や社会的影響

「人の気持ちがわかること」、つまり他者の感情の理解は、日常生活やスポーツなどありとあらゆる状況で重要です。また、私たちはスポーツの観戦時に、選手が全力でプレーをしているのを見て、選手に共感し、思わず声援を送ることがあります。他者の頑張りの理解に関連する脳領域を特定したことで、このような他者の頑張りに共感するメカニズムの解明につながると考えられます。さらに、コミュニケーションが苦手である人にとっては、コミュニケーション能力向上につながる方法の開発に貢献できると期待されます。

(6) 今後の課題

同じ映像を見てもその感じ方には個人差があります。しかし、本研究では見る側の個人差が生じるメカニズムを検討することができていません。今後はそのような個人差が何故生じるのかを詳細に検討していく必要があると考えています。

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