Special Report
図書館新時代
図書を読む人々が集う静かな空間──。
図書館といえば、そんな風景を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
しかし早稲田大学図書館では今、その有り様を大きく変えようとしています。
時代の変化に対応して、より多くの人々に役立つ存在へ。
アグレッシブに進化を遂げる、早稲田大学図書館の姿をご紹介します。
Interview
静から動の“館”へ
時代に合わせて進化を続ける
早稲田大学図書館長の深澤教授に、今何が求められ、どのような図書館像を志向しているのか伺いました。
本質は変わらずに受け継ぐ
──早稲田大学図書館で受け継いできた基本理念について教えてください。
図書館の本質的な役割とは、知を集積する場であることといえます。その点、早稲田大学図書館は全国の大学図書館のなかでトップクラスの蔵書規模を誇り、かつ、図書、雑誌、電子ジャーナル、データベースなど、形式を問わないあらゆるタイプの学術資源を充実させてきました。
加えて、これらの蔵書を社会的財産として捉え、国際的な図書文化の活性化や学術研究に広く貢献する姿勢も大切にしています。例えば、早い時期から世界的な書誌ネットワークOCLC (Online Computer Library Center) に参加。海外図書館とのデータ共有を実現してきました。さらには「古典籍総合データベース」を設置し、世界に向けて無料公開しています。一冊一冊を丸ごと、かつ、重要なものについてはいくつかの部分ごとにも分けて画像データ化しているため、貴重な古典籍を隅々まで閲覧できるのが特徴です。
私たちにとっては当たり前のように取り組んできたことばかりですが、海外の研究者に接すると、こうした姿勢が高く評価されていることに気付かされます。
特に、日本研究に取り組む研究者が来館した際に、開館の日数や時間、開架図書数などの充実ぶりも含めて、非常に喜ばれることが珍しくありません。
このように知を集積する場として、必要とする人に必要な資料を提供するという考え方は、過去も現在も、そして未来においても変わることはないでしょう。
時代の変化に柔軟に対応する
──最近はどのような取り組みに重点を置いていますか。
今後も引き続き大勢の人々に求められる大学図書館として存続するには、時代の変化に柔軟に対応することが大切です。
従来、大学図書館は、授業や研究テーマに関連する資料を探し、読み込むことを主目的に訪れる場所、というイメージが長らく定着してきました。そのため館内では静かに資料を閲覧できるスペースに多くの面積を割き、また、職員は蔵書の管理に比重を置いてきました。
そうしたなか早稲田大学図書館では、全学で掲げる「Waseda Vision 150」および、ICTの進化・普及といった世の中の大きな動きも見据えて、新たな図書館像を打ち出しています。特に力を入れているのが、教育的機能の充実です。
今、早稲田大学の授業は「WasedaVision 150」に基づき、アクティブ・ラーニングと呼ばれる形式に移行しつつあります。対話型、問題発見・解決型の講義を通じて、学生の思考力やコミュケーション力、リーダーシップ力を伸ばすことがその目的です。
図書館でもこうした時代の変化に呼応して、ディスカッションが可能なグループ学習スペースを館内に導入。周囲に会話がもれないようする防音機能、利用人数に応じて座席の配置を変えられる可変性を持たせ、学生が活発に議論しながら授業の準備に取り組める場を提供しています。現在、中央図書館では3部屋が稼動中です。その他、学内にはラーニングコモンズと呼ばれる同様の機能がいくつかあるため、こうした拠点とも連携を深めながら、学習の支援体制を学内全体で充実させていきたいと考えています。
「“館”から出る」を合言葉にして
一方、ICTの進化・浸透に伴って、学生たちは世界中にあるさまざまな情報を瞬時に検索・閲覧できる時代になっています。そのなかで設備や所蔵内容を充実させ、「さぁ、いらっしゃい」と待つだけでは、図書館の真の価値は見過ごされてしまいます。そこで「“館”から出る」を合言葉とした各種活動にも力を注いでいます。
その一つが、外部と図書館をつなぐITネットワークの充実です。中央図書館に足を運ばなくてもレファレンスサービス(※1)を利用できるよう、メールフォームを利用したオンラインレファレンスを実現しています。また、将来的には同時操作でレファレンススタッフに相談できるシステムも構想しています。さらには、ILL(※2)の申し込みもオンラインで受け付けており、ネットから申し込んで近くの拠点で受け取れるサービスを展開しています。
※1 レファレンスサービス: 利用者の情報探索を図書館職員が支援するサービスのこと。利用者の質問や依頼に応じて情報・資料そのもの、あるいは探索方法等を提示する。
※2 ILL: Interlibrary Loanの略。自館では利用者の求める資料が提供できない場合に、他の図書館の協力を得て提供する、図書館間協力の仕組みの一つ。
もう一つ、利用者および各学部と図書館をつなぐ教育・広報活動も積極的に行っています。例えば学部や大学院の新入生向けに授業内で講習会を実施し、図書館機能や資料探索法といった図書館情報リテラシーを身につける機会を提供しています。また研究室やゼミとも個別に連携し、学習・研究内容に応じてカスタムメイドの授業も行っています。教育の現場と図書館との距離を縮めたいと考えているのです。
最近活発化している、学生ボランティア主催によるイベントや、学内の各博物館と連携した展示会の開催も広報活動の一つといえます。学生が図書館に触れる機会をあらゆるかたちで増やすことで、足を運ぶきっかけにしてもらうことが狙いです。
これら教育的機能の充実に向けたさまざまな取り組みに共通しているのが、図書館が自前ですべての機能を取りそろえるのではなく、学内の多様なリソースを活用する姿勢です。グローバルエデュケーションセンターやITセンター、大学総合研究センター、ライティング・センター、各博物館など、図書館と親和性の高い各部署と有機的につながることで、利用者サポートのさらなる充実を図っています。
職員にも求められる新たなスキル
──図書館職員に必要とされる能力も大きく変わってきているのではないでしょうか。
職員はひたすら図書と向き合っていればいいという時代ではありません。もちろん、蔵書に関する専門知識を養うことは大切ですが、それと同時により積極的に利用者と向き合い、図書館を有効利用してもらうための提案やサービスの精神も求められています。図書館利用を促進するためのプレゼンテーション能力、あるいは利用者をサポートするホスピタリティ、イベント企画力など、今までの図書館職員には縁の薄かったスキルを磨いていかねばなりません。
そうしたなか早稲田大学図書館では、2009年に「アカデミック・リエゾン」を設置。利用者接点業務を行う図書館員が講習会の企画立案、運営、教員との連携、講習会の講師を担当する体制を確立しました。このアカデミック・リエゾンのサービス向上に向け、図書館の各拠点に散らばっている担当職員がオンライン上でつながり、情報共有や意見交換できる仕組みを整えてきています。また、個人のスキルアップを目的に各種研修の受講を推奨しているほか、図書館先進国で実務などを経験する海外研修や国際会議へも定期的に参加しています。
電子ジャーナル利用のリテラシー向上が急務
──時代の変化に柔軟に対応していく上で、克服すべき課題はありますか。
図書館に求められる役割が広がっているのに対し、限られた予算でそれらを実現しなければなりません。そのため定期的な蔵書内容の見直しや、外部に業務を部分的に委託するといった工夫により、効率的な運営を推進してきました。
しかし昨今コストが大きく膨らんでいる分野もあります。特に負担となっているのが、電子ジャーナル関連の経費です。海外のジャーナルを中心に値上がりしていること、円安による為替レートの悪化、消費税増税という三重苦により、一挙にコストが増加している状況です。とはいえ電子ジャーナルは学術研究において非常に有用な媒体であるため、広く利用できる環境はできるだけ維持したいと考えています。
そのなかで不可欠といえるのが、利用者のリテラシー向上です。大量のデータを不必要にダウンロードする行為が散見されるほか、利用者のID・パスワードが違法に乗っ取られるといったリスクも抱えています。そのため電子ジャーナル利用に関する啓蒙活動に力を入れ、適切なシステムの利用、ID・パスワードの厳重な管理方法などについて普及したいと考えています。
常に新しい図書館像を模索する
──今後に向けて抱負をお願いします。
今、大学は変化の渦中にあります。前述した通り学生に関しては学び方が変わってきていますし、教員も研究者として国際的に厳しい競争にさらされており、より多くの資料に触れることが求められています。こうした変化に対応できる環境づくりに向け、図書館が中心的役割を担っていかなければなりません。ITなどの最新技術を引き続き積極的に活用しながら、図書サービスの充実に取り組み、常に新しい図書館像を打ち出していきたいと考えています。