研究室を訪ねて 社会科学総合学術院 佐藤洋一教授 ベースとフィルムとMacと “どこでも生き延びられる力を”

社会科学総合学術院 佐藤洋一教授
ベースとフィルムとMacと “どこでも生き延びられる力を”

──研究室はどのように使われているのですか。

社学にきてびっくりしたのは学生の定位置がないこと。曲がりなりにもどこかにポジションがないと帰属意識も生まれない。だから、研究室は自分のスペースだと思わないことにした(笑)。主にゼミの学生や院生が自由に入れるようにオープンに使っています。本を読んだり、原稿を書くなど、孤独を要する作業は家やカフェでやればいいし。

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まさに開かれた研究室

──Macがたくさん並んでいて、トレーダーみたいですね。

このパソコンでは映像を編集したり、冊子の編集をしたりしています。ウチのゼミは年に1回、学外で展示をやるので、映像や冊子などいろいろな成果物をつくります。ここではそのために共同で何かを作ったり、あるいは僕個人の仕事の手伝いをしてもらったりもしています。敏腕トレーダー並みに稼げるといいですがね(笑)

研究室には5台のMacが並んでいました

研究室には5台のMacが並んでいました

──どんな学生時代を過ごされたのですか。

専攻は建築でしたが、学生時代は音楽ばかりやっていました。僕はベースですが、学生時代からあちこちでバンド活動を行っていました。今でもたまに活動しており、声がかかるとホイホイと、どこへでもいってしまいます。つい先日も学生たちと大貫妙子さんの曲をセッションしたりしました。

卒業後に作ったオリジナルCD

卒業後に作ったオリジナルCD

──型に縛られないんですね!

自分は、ちょっと変わっているのかなと、ようやく気づくようになりました(笑)。

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──なぜ都市の空間に興味をもたれたのですか。

肌にあっていたんでしょうね。建築と一言にいっても幅が広い。個々の建物よりは、人がいて公園があって、川が流れているというひとかたまりの街として考えるほうが、面白かったんですね。『都市計画』という専攻になります。なんとか学部が終わって、今度は研究を頑張ろうと思い、大学院の修士・博士課程に進みましたが、気になるのは身の回りの町の過去のことばかり。「都市計画」は未来を考えるジャンルです。この先自分の研究をどうしていくかという不安は大きかったです。

一見雑然としているが、ジャンルごとに整理され、意外と分かりやすい書棚(笑)。研究用の映画のDVDも沢山ありました。

一見雑然としているが、ジャンルごとに整理され、意外と分かりやすい書棚(笑)。研究用の映画のDVDも沢山ありました。

不安の中でも色々な出会いがあって、今日がありますね。1つは、博士課程に上がるときにロシアに行ったことです。ウラジオストクという街に行きました。現地の研究所の方々と仲良くなり、そこで突然古い大きなアルバムを頂きました。町の古写真のアルバムでした。古写真が撮られた場所を探して、同じ画角で撮るということを行いました。昔と比べてどのように変化しているのか、そのまま残されている場所はどういった場所なのか、つぶさに見てそこから情報を引き出すというところに面白さを感じました。結局こうした出会いで、ロシア極東の港町に息づく歴史にふれ、博士論文につながっています。

もう1つは、その後理工学部の助手時代に、米軍が戦後に東京に来て撮った写真をアメリカまで探しに行ったことです。米軍が当時東京のどこにいたのかを知りたいという素朴な疑問から調べ始めました。日本から来た若造にも関わらずアメリカの国立公文書館ではとても親切に対応してもらえる。居心地がよくって、2年間でトータル3か月くらい、連日通って調べ続けていました。

アメリカ側が捉えた“Tokyo”と、日本人にとっての“東京”のズレがあったことがよくわかります。この調査の成果は、しばらくお蔵入りしていたのですが、2006年に書籍化できました。この続編ともいうべき写真集をいままさに編集中です。「米軍がみた1945年秋東京」という1945年秋に米軍が東京で撮った写真だけをまとめたものです。

著書の『図説 占領下の東京』(河出書房新社,2006)と、米国立公文書館にあった写真の複写プリント

著書の『図説 占領下の東京』(河出書房新社,2006)と、米国立公文書館にあった写真の複写プリント

理工学部の助手や講師などをしていて、その後に早稲田大学に芸術学校が出来ると藪野健先生から声をかけていただき、役職が変わりながらも芸術学校で10年ほど働きました。

──先生は芸術学校への思い入れが強いんですね。

私がいた早稲田大学芸術学校の空間映像科は2011年度で設置が終わりましたが、何にもないところから学校を作っていったので、苦楽を共にした感がひときわ強いのです。卒業式では藪野先生と毎年欠かさず、「教員になって戻ってきて!」と伝えていました。事実、今も頻繁にやり取りをしている卒業生が大勢いますし、ゼミでのレクチュアや作品の講評に来てもらったりしています。また芸術学校のカリキュラムを引き継いでいる授業もあります。映画を見て分析し、ディスカッションする『ヴィジュアルイメージ研究』、モノクロームフィルムの現像とプリントを中心に行う『美術研究のための写真入門』などがそうです。後者のような過去の技術と思われがちな「フィルム写真」の実習授業を総合大学で行っているのは、日本では早稲田くらいじゃないかな、と思います。

僕は一見ゆるいキャラだと思われているかもしれないですが、授業で出す課題は、ガチ系です(笑)。『環境表現論1』は毎年だいたい400人いる履修者に課題を10回くらい出し、1人1人目を通してチェックして必ず次の授業で返却しています。これはまあ大変なんですが、こちらから課題をうまく出題できると、その結果として、出てくる作品も面白くなる。すると本当に感動する瞬間が何度もでてくる。感動が増えると、チェック作業も苦ではなくなります。時間は取られますがね。これは教えているというよりは一緒に勉強している感覚です。たぶん僕が一番勉強させてもらっている(笑)。この感覚は年々強くなります。

秘密の机の下「いままでに自分の書いたものや作ったものは過去のものなので、目に見えないところにしまうことにしています。」

秘密の机の下「いままでに自分の書いたものや作ったものは過去のものなので、目に見えないところにしまうことにしています。」

──最後に、学生に向けて一言お願いします。

学生には、どこでも自分を生かして力強く生きていってほしい。あ、力強くなくても良いですが、どこでも生き延びる力を身につけていって欲しいと思っています。

最近のお気に入り写真集『Playground』(Photographs by James Mollison)。世界の学校の校庭の写真をまとめたもの

最近のお気に入り写真集『Playground』(Photographs by James Mollison) 世界の学校の校庭の写真をまとめたもの

ゼミの映像制作で使った小道具

ゼミの映像制作で使った小道具

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