老若男女が踊るコンテンポラリーダンス「Re : Rosas !」

老若男女が踊るコンテンポラリーダンス:ダンス・ワークショップ「Re : Rosas !」 開催報告

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手 越智 雄磨

演劇博物館では2015年10月より開催されるコンテンポラリーダンス展「Who dance ? −振付のアクチュアリティ」のプレイベントとして7月24日から7月26日にかけて、ダンス・ワークショップ「Re : Rosas !」を企画主催した。ワークショップのタイトルにある「ローザス(Rosas)」とは1983年にベルギーの首都ブリュッセルに設立されて以来、コンテンポラリーダンスの世界の先端を走り続けてきたダンスカンパニーである。同カンパニーの設立メンバーの一人であり、主要な作品ほぼ全てに出演してきたダンサーの池田扶美代さんに今回のワークショップの講師を務めて頂いた。
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「ローザスへの返答」を意味する「Re : Rosas !」プロジェクトは、ローザスの結成30周年の節目の年にあたる2013年に開始された比較的新しい試みである。その趣旨は、ウェブサイトを通じて『ローザス・ダンス・ローザス』(1983)の振付の一部を無償公開し、その教則ビデオを見て振付を学んだ一般のファンたちが各々自分たちの踊る様子を記録した映像をローザスの公式サイトに投稿するインタラクティヴな交流にある。世界トップレベルのダンスカンパニー、それも未だに再演が続けられているコンテンポラリーダンスの金字塔とも言える作品の振付が一般人向けに解説付きで公開されるのは異例のことである。

この試みに対して、世界中のダンス愛好者やインターネットユーザーは即座に反応を示した。消費者生成メディア(Consumer Generated Media)と言われるYouTubeやVimeoなどの動画投稿サイトに、30年来パフォーミング・アーツの文脈で高く評価されてきたダンスの二次創作が、一般人によって多数アップロードされるという事態が出現するに至ったのである。投稿された映像をつなぎ合わせたダイジェスト版を見れば、ファンたちが思い思いの方法でローザスの振付をアレンジして楽しんでいることが分かるだろう[1]。ローザスには日々世界各地から動画が届けられており、現在(2015年7月現在)のところ、数多ある映像の内の323件の映像が公式サイトに公開され、今も動画が追加され続けている。

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本来「Re :Rosas !」はウェブだけでも習得と投稿が成り立つものだが、今回池田さんを招いてワークショップを実施することにした理由は、公式サイト上では英語で説明がなされているため、人によっては言語面でのハードルの高さを感じることも予想されたからである。また、企画者としてはなるべく多くの人々に、年齢、性別問わず、ダンス経験者だけでなく全くの未経験者も含めた幅広い層の人々にこのプロジェクトを体験してもらいたいという願いがあった。結果としてその目論見は叶い、10代から70代の年齢層の人々が参加するワークショップが実現し、最終日には各日のワークショップ参加者全員が一堂に会してウェブ投稿動画を撮影する運びとなった。

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本来は4人のダンサーのために作られた作品であるが、総勢96人の参加者によって井深大ホールの客席で踊られた『ローザス・ダンス・ローザス』は壮観であった。当初は不揃いだったダンスも、およそ3時間に渡る撮影のプロセスの中で徐々にシンクロしていき、会場は緩やかな一体感に包まれていったように思われた。もちろん、一般人が踊るローザスのダンスは、動きのキレや速度、強度、しなやかさなどのディティールを見れば、本家本元のオリジナル版には及ばない。しかしながら、ここには全く別の基準で計られるべき価値が存在している。

「振付」という一つの遊戯的なルール/タスクの中に身体を投げ込み、音楽や隣り合う人々の動きを感覚しながら踊る過程のなかで、通常の劇場での公演の鑑賞以上にコミュニカティヴな体験が参加者にもたらされたと思われる。撮影後に多数の参加者が、多くの人々と踊ることに感動し、充足感を得ることができたと述べていたこともその一つの証左と言えるだろう。普段は接することもない年齢も価値観も職業もバラバラな人たちが集まり、共に一つの映像作品の創造に関わったこと、共に一つの時空間を充足感と共に過ごしたことに私はこのプロジェクトの価値を見出したい。この3日間という僅かな期間に成立した束の間のコミュニティは、池田扶美代さんの全ての人々を受け入れる柔らかな物腰と明晰なディレクション、ローザスの振付、参加者一人一人が踊ったダンスの力による奇跡的な所産であると言える。

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演劇博物館の企画展タイトルにかこつけて「Who dance ? −−誰がダンスを踊るのか?」と自問するならば、かつてヨーゼフ・ボイスが「誰もがアーティストである」と言ったように「誰もがダンサーである」と答えてみたい。あるいはサミュエル・ベケットのフレーズを捩って、「誰が踊ろうがかまわないではないか」とも言ってみたい。かつて特定の作者によって創作された振付をオープンソース化し、理念上、全ての者をダンサーとする「Re : Rosas!」は、演者と観客、ダンス経験者と未経験者、若年者と高齢者、男性と女性など、日常的な社会生活においてしばしば人々の間に張り巡らされる分割線を宙づりにし、人々が共存するデモクラティックな踊り場を切り開く潜勢力を有している。そこには、ダンス及び振付のアクチュアリティ、今日的な意義が宿っているように思われるのである。

ワークショップ参加者達によるダンス映像は近くYouTube及びローザスの公式サイトにアップされ、また10月1日から演劇博物館で開始される秋季企画展「Who dance ?  振付のアクチュアリティ」において、短編のドキュメンタリー映像も公開される予定である。是非足をお運び頂き、ダンスの力を感じ取って頂ければ幸甚である。

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