NO.878 Sep.22,1999
早稲田祭はなぜ開催できないのか


 三年続けて早稲田祭が開催できない。大学の内外から早稲田祭が開催されないことに対する不満の声が聞こえてきます。しかし、そうした声を聞くにつけ、早稲田祭を中止に追い込んだ三年前の出来事が忘れ去られつつあるのではないかという気がします。一九九六年度早稲田祭において一体何が起こったのか。早稲田祭が開催できない事情を改めて振り返ってみましょう。

1.三年前の出来事

早稲田祭運営機構図  早稲田祭のあり方を議論する場として、学生側と教職員側の委員が対等の立場で構成する早稲田祭委員会があります。その下で、学生によって組織される早稲田祭実行委員会が早稲田祭の実施運営に当ります(右図参照)。
 一九九六年度早稲田祭から早稲田祭の予算は早稲田祭委員会で承認することになり、第四十三回早稲田祭実行委員会が計上した広告代百万円の予算が承認されました。だが、第四十三回早稲田祭実行委員会は広告を十四万円分しか集めず、一サークルに過ぎない早稲田大学新聞会がこの年初めて発行した『がんばれ!早稲田祭』なるパンフレットのための広告募集活動をした、すなわち「広告収入の横流し」を行ったのでした。
 例年、早稲田祭実行委員会は早稲田祭の収入確保のため広告を募集してきました。ところが第四十三回早稲田祭実行委員会はそれを怠り、委員長が、企業に対し『がんばれ!早稲田祭』への広告掲載をお願いする推薦文を書いたのです(本紙資料1「『がんばれ!早稲田祭』へのご協力のお願い」参照)。当時、早稲田大学新聞会の幹事長は早稲田祭委員会の学生側委員でした。早稲田祭実行委員会の委員長も学生側委員であり、両者が気脈を通じていたことは疑いようがありません。
 「早稲田祭実施にあたっての五原則」という、一九七三年十月十一日に早稲田祭委員会で合意された確認事項がありますが、その第四項は、「『早稲田祭』の実施運営にあたる『早稲田祭実行委員会』は、『早稲田祭』の趣旨を実現する責任をもち、運営の全般について公正であり、かつ全ての参加団体に対して中立である。」と述べています(本紙資料2「早稲田祭実施にあたっての五原則」参照)。第四十三回早稲田祭実行委員会が行った「広告収入の横流し」は、「五原則」の精神に背く重大な背信行為です。
 このようなことが平然と行われたのは、第四十三回早稲田祭実行委員会と早稲田大学新聞会がともに、学外の政治セクト・革マル派に操られた学生たちが主導する団体であったからに違いありません。

2.過去の決算報告書は虚偽だったのか

 早稲田祭は過去二十数年にわたって、(1)プログラムを購入しないとたとえ早稲田の学生であっても早稲田祭期間中キャンパス内に立ち入れない(プログラム立ち会いチェック)、(2)大学から千万円超の補助金を支給されながら、一片の決算報告書を提出するだけで、収支の詳細を裏付ける領収書等を一切開示しない不明朗な会計が、続いてきました。勿論、それを行ったのは早稲田祭実行委員会でした。
 一九九四年度の早稲田祭委員会で、教職員側委員はこの二つの問題の是正を学生側委員に要求しました。そのために教職員側委員の中には、革マル派に操られた学生たちや、教職員側が「おじさん・おばさん」と呼ぶ、とても学生とは思えない年配の学外者たちに、立て看板やビラで誹謗中傷されたり、身体を拘束され吊し上げられた者もいます。しかし、早稲田祭の正常化を求める世論は全学的なものとなり、九五年度には九学部すべての教授会が、これらの問題解決を求める声明あるいは要望を出すに至りました。
 九六年三月二十七日、学生側と教職員側は「早稲田祭に関する改善策」に合意し、早稲田祭の正常化に希望が見えてきました。この年、早稲田祭のプログラム立ち会いチェックは廃止されました。しかし、誰も予想だにしなかった「広告収入の横流し」が起きたのです。
 理由は二つ考えられます。一つは、「改善策」では、「早稲田祭終了後、当該年度の早稲田祭委員会で収支を確認し、支出が収入を上回った場合はその相当額を補助金として確定し、大学がこれを交付する。」となっています。第四十三回早稲田祭実行委員会は、学生たちに財政的な負担を負わせないこの制度を逆手にとって、広告代の不足額、すなわち百(予算)−十四(実績)=八十六万円を赤字として大学に補填させることを目論んだのです。
 もう一つは、『がんばれ!早稲田祭』に掲載された広告料は、早稲田大学新聞会が企業に送った資料に基づいて計算すると、約六百万円になります。ところで早稲田祭実行委員会が過去に提出した決算報告書では、広告代は二〜三百万円台です。これでは、果たして早稲田祭実行委員会は広告収入を正確に報告し、それでも早稲田祭の収入が少ないことを理由に毎年多額の補助金を要求したのだろうか、という疑問が湧いてきます。第四十三回早稲田祭実行委員会は、まじめに広告募集をすると、広告代に関する過去の決算報告書のウソがバレバレになるので、広告掲載を早稲田祭プログラムから早稲田大学新聞会の『がんばれ!早稲田祭』に移したのではないか、という推測が成り立つのです。

3.8・1臨時学部長会の決定

 九六年度早稲田祭終了後、早稲田祭委員会で九回にわたって、教職員側委員は「広告収入の横流し」疑惑を追及しました。それに対し学生側委員は、その疑惑は根も葉もない、大学側が捏造したデマだと強弁し、まったく自分たちの行った非を認めませんでした。疑惑の解明は全学的な要請でしたが、教職員側委員は、九七年度早稲田祭実現の可能性を探るため、早稲田大学新聞会は「早稲田祭を成功させるために」と称して広告を募集したのであるからその収入を早稲田祭実行委員会に寄付しなさい、それが実行されたら今後『早稲田ウイークリー』等で疑惑には触れない、と最大限の譲歩をしました。ところが、学生側委員はこの提案を大学側がデマの捏造を認めたと逆宣伝する挙に出ました。ここに至って万策尽き、七月一日、教職員側委員は早稲田祭委員を総辞職し、学生側に一九九五年度決算報告書の広告料相当額三百八十万円を」九六年度決算に組み入れるよう要求しました。しかし、学生側からは回答期限の七月三十一日まで納得のいく回答がありませんでした。九六年度早稲田祭の決算ができない以上、九七年度の早稲田祭開催はありえません。八月一日、大学は臨時学部長会を開催し、九七年度早稲田祭を実施運営することは認めないことを決定しました。

4.第四十四回早稲田祭実行委員会の不敵な挑戦

  臨時学部長会の決定を無視し、第四十四回早稲田祭実行委員会は自主早稲田祭を強行する構えでしたので、大学は、例年早稲田祭が開催される期間中大学内にステージ等の工作物を構築し、それを利用して演奏会・発表会等を行うことを差し止める仮処分を東京地方裁判所に申請し、認められました。しかしながら、第四十四回早稲田祭実行委員会は十月三十一日・十一月一日、学外の革マル派六、七十名の助勢を得て、ワセダ・フェスタなるイベントを違法にも強行しました。   年が明けて九八年二月六日、学部長会は、九六年度早稲田祭において不明朗な会計処理を行い、さらに八月一日の臨時学部長会決定に違反した学生たちには、九八年度以降も早稲田祭を実施運営することは認めないことを決定しました。あわせて、ワセダ・フェスタなるイベントを主導的に担った文化団体連合会常任委員会に対しては当年七月三十一日まで、大学の施設・設備等の便宜供与を停止することを決定しました。その後、文化団体連合会常任委員会は、早稲田祭中止にからんで前学生部長宅の電話の盗聴を行った革マル派を支持する行動を取りましたので、六月五日開催の学部長会で、便宜供与の停止を八月一日以降も継続することになりました。

5.新生早稲田祭にむけて―九八年度の取り組み―

 革マル派に操られた学生たちには早稲田祭を実施運営することを認めない、というのが大学の断固とした姿勢です。大学は、会計の明朗化に責任を負える学生たちが新生早稲田祭を実施運営することを期待しています。
 九八年五月、大学は「早稲田祭ゼロからの出発」と題し、新生早稲田祭に向けての提言募集を行いました。この呼びかけに応えて、個人・団体から八つの提言が提出されました。学部長会で早稲田祭の実施運営を認められていない団体からの提言もありましたが、それを除いて、六月十五日付の本紙号外で公開しました。
 それを受け止めて六月二十三日、提言四団体(早稲田祭準備委員会・早稲田祭組・日本民主青年同盟早大班・早大留学生会)による意見交換会が始まりました。同二十九日、提言四団体が公開報告会を開催しましたが、このとき早稲田祭準備委員会は明らかに革マル派に操られた学生たち寄りと見られる発言をし、行動をとりました。そのため提言四団体の意見交換会は空中分解するかに見えましたが、七月二日合意が成立し、新・早稲田祭準備委員会が発足しました。
  新・早稲田祭準備委員会の結成が即早稲田祭の開催に直結するわけではありません。新・早稲田祭準備委員会は学生の間で新しい組識と規約の承認を得る手続きを取らずに、早くも実行委員の募集を開始しました。しかも新・早稲田祭準備委員会の背後に、革マル派に操られた学生たちの姿が明瞭に見えてきましたので、大学は七月十七日臨時学部長会を開催し、九八年度早稲田祭は開催しないことを決定しました。

6.早稲田の学生による早稲田祭を

 大学は、学生の課外活動が「自由闊達な早稲田文化」を育む上で重要な役割を果たしていることを知っています。そして、早稲田祭が早稲田文化を社会に発信する場となっていることも認識しています。
 しかし、だからといって九七年度に早稲田祭が中止された背景を忘れて、不開催を批判する声に安易に妥協して、早稲田祭を開催することはできません。今私たち早稲田の学生・教職員が問われているのは、単に早稲田祭を開催すればよいということではなく、革マル派に操られた学生たちによる早稲田祭は認めない、真に早稲田の学生による早稲田の学生のための早稲田祭を実現することなのです。

参考資料
1.座談会「早稲田祭の新生を目指して」(『早稲田ウイークリー』1997年9月8日号外)
2.早稲田祭ゼロからの出発―新生早稲田祭に向けての提言募集―(『早稲田ウイークリー』1998年5月11日号外)
3.新生早稲田祭に向けての提言―学生からの提言一挙掲載―(『早稲田ウイークリー』1998年6月15日号外)
(学生部)
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