NO.871 Jun.24,1999
進学という選択
〜大学院の過去・現在・未来〜


 大学院(研究科)とは、主に大学を卒業(学士号取得)した後、さらに高度な学術研究を行う場である。本学には現在十の研究科があり、四千七百人近くの学生が在籍し、研究に勤しんでいる。この特集では、より開かれたオープンな場としての大学院に注目。社会的背景、本学大学院の将来像、現役大学院生の生活などについて取材。大学院について徹底的に調べてみた。

◇高度職業人養成の場として

 まず、社会的背景について滝田雅行入試課長(取材時)にお話を伺った。「二十年程前から理工系企業が学生の専門性を要求するようになり、沢山の学生が大学院に進学するようになりましたが、文系分野は依然として研究者志向で進学者数も少ないのが現状です。企業側の偏見等で研究所などを除く一般企業の就職先が見つけにくかったことも影響しているでしょう。最近の大学院は、アメリカのビジネススクールのような実務家教育や、社会人のリカレント教育のような高度職業人養成機関としての役割を求められています。今後、単位の先行取得や飛び級など進学を促すシステムが検討され、その結果、大学院を将来の選択肢として選ぶ可能性が広がるでしょう」
 本学では一九五一年に新制大学院が設立され、七六年には経済社会の変化による社会的ニーズから、研究者養成だけでなく高度職業人の養成が大学院の目的に加えられた。「本学でも最近はリカレント教育や実務教育を求める社会人学生が多く在籍し、ある社会人学生は『企業環境を離れて若い学生や教員と共に議論することは新鮮で新しい活力となる』と言っています。学生が多様化することで大学院も活性化していると言えますね」
 さらに、「二十一世紀の大学像を語る上で大学院というのは一つのキーワードになる」と滝田課長。そこで、白井克彦教務担当常任理事に二十一世紀の大学院像について取材した。

◇二十一世紀の大学院像とは?

 「今、大学院が大きく変わろうとしています」と、白井常任理事は語る。従来、本学大学院は学部・研究科の二階建てで、研究者養成を中心的な役割としてきた。今後、日本では大学院重点化が行われ、国立は大学院大学化して、研究者養成と高度専門家の養成を中心の役割としていくという。本学もやり方は異なるとしても大学院を充実させるそうだ。「大学院で従来よりもやや高度なトレーニングを受けて、社会で活躍する人材が増えます。欧米では既にこうした人材が多数育成され、国際社会で活躍しています。日本が同等に活躍するには、教育のバックグラウンドを等しくし、系統的な知識を身に付けた人材を育成する必要があります。だから高度な実務教育を行う大学院が必要とされ、今後拡大すると言えるのです。専門的なトレーニングが学歴として評価される時代になるでしょう」
アジア太平洋研究科の授業の様子  また、学問領域の枠組みが変化し、従来の本学の学部・研究科の枠組みを越える複合的知識を必要とする分野(例えば環境問題や地域研究など)が増えており、実務的にも学際的な知識が必要とされる場合が多くなっている。そのため本学では、従来の枠組みで対応できない分野を補い、社会の要請に応えるために、二つの独立研究科が計画された。「既にスタートしたアジア太平洋研究科では、学際的に地域研究を行う国際関係学とMBAに相当する国際経営学の二つの専攻があります。このように二つのコースが並べられたケースは大変ユニークであり、MBA単体の設置よりも広いバックグラウンドを持った実務家を養成することができると言えます」。同研究科では、新卒者、組織人、留学生が机を並べている。仕事がグローバル化する中、同じ教室で学んだ仲間と一緒に仕事をする可能性も高く、そこで育まれた国際的な人的ネットワークが将来役に立つだろう。
 もう一つ、計画中の国際情報通信研究科は「設置目的はアジア太平洋研究科と同じですが、内容は異なります。一は世界共通の情報通信技術。二つ目は芸術や医療分野で利用する3DやCGなどのコンテンツ関係。三つ目が著作権や電子決済等、社会制度に関するものです」。こうした独立研究科は従来の早稲田大学にはなく、学部を持たずセンターを併設しているのが特徴。従来の枠組みを越える学問領域を扱う核としてセンターを設置し、研究を進めるという。
 そして、将来は独立大学院、従来の二階建て大学院にかかわらず研究科全体として、実務寄りの研究・教育も行われるようになるそうだ。「従来の大学院でもより溌剌とした研究ができる環境を整える必要があります。細かい分野毎の研究所を充実し、若い研究者と院生が共に、自由に研究できる研究機関を設け、研究家養成の体系も充実させたい。従来の大学院は学部の付け足し的な位置付けであまり環境条件がいいとは言えなかったが、研究所を設置すればより活発な研究活動が可能となるでしょう」。こうした試みにより研究の質が上がり、大学院の必要性・存在感が次第に大きくなっていく。「世の中のニーズが強い分野や全世界を念頭に置いた研究に力点を置き、学問分野によっては本や資料を読むだけではなく、問題を事実に則して考え、現場に出るような研究のやり方が積極的に取り入れられるでしょうね」
 学問領域の変化に対応して組織が変わり、それにつれて学問のあり方・方法が変わる。そして、二十一世紀の本学大学院は人もテーマも広く社会に開かれたオープンな存在となることであろう。

◇本学大学院へ進学するには

 本学大学院の標準修業年限は五年間、そのうち二年間が修士課程、三年間が博士後期課程となる。本学にある大学院は次の通り。
○政治学研究科○経済学研究科○法学研究科○文学研究科○商学研究科○理工学研究科○教育学研究科○人間科学研究科○社会科学研究科○アジア太平洋研究科(全10研究科)
 入試概要は入試課発行のパンフレットまたはインターネットを参照のこと。進学後の奨学金についても、安心して勉学に励むことができるよう、さまざまなバックアップ体制がとられている。詳しくは奨学課に問い合わせよう。
■入試課 TEL03(3203)4331
【URL】http://www.waseda.jp/entrance/index-j.html
■奨学課 TEL03(3203)9701

◇大学院生ってどんな人?

 大学院生ってどんな生活を送っているの? 気になる入学試験や就職状況は? 現役大学院生・大石真弘さん(経研修士2年)に聞いた。

大石真弘さん 恒例の百キロハイクでは毎回トップでゴール。一日百三十円の驚異の野宿旅行で沖縄を徒歩で一周し、大田元知事との対談に成功。ホノルルマラソンでは学ラン姿で世界に早稲田をPRしつつ完走を遂げ、京都の国際会議には通訳として飛び入り参加。カナダへの留学、アルバイトも二十種類以上を経験と、何事にもハングリー精神で挑み、行動力抜群な大石さん。そんな彼が大学院進学を決意したのは、二十一世紀の人類が直面する環境問題、食料・農業問題を研究する一流の学者を目指すためだった。しかし、修士二年でマスコミの世界へ進路を変更。「研究者への道を諦めたんです」と自分に厳しい大石さん。
 「勉強は厳しいですから研究者になるつもりで臨まないとついていけなくなると思います。学部は事実を習う所、大学院は学問をする所。研究を通して、ツールや理論を徹底して勉強します。経研には理論経済学と応用経済学の専攻があり、私は現実問題をテーマに研究を進める、応用経済学専攻に所属しています。フィールドワークも実施し、昨冬には北海道の農家を調査して回りました。また、昨年度は、学部時代に所属していたゼミで、ミクロとマクロ経済学の講義と学部生の指導を経験。これは自分の力にもなりましたね」。生活費、学費をすべて自分でまかなっている大石さん。フルタイムで働いているため、時には研究室に泊まり込みで勉強に明け暮れたことも。現在でも予習やレポートなどで週一回は徹夜という忙しさだ。
 「進学の利点は学者の論文が読めるようになったこと。経済学では数学も語学のうち。世界の学者が書き、読むのはもちろん英語の論文です。一橋大学に週一回通っていたこともあって大学の垣根を越えて研究を進めることもできました。他大の大学院生の真剣さもかなり刺激になりましたね」。大石さんはアジア太平洋研究科や社会科学研究科など他の大学院にも足を運ぶ。「農業経済学専攻だからといってそれだけを勉強する訳ではなく、環境問題や開発経済学も絡んできます。大学院では専門を深めるために、学際的に研究を進めることも多いです。ディスカッションを行う授業では、社会人学生の方から受ける影響が大きいです。早稲田は学問の場としていろんな批評をされていますが、実際は優秀な先生や世界的な学者も沢山いらっしゃいます。早稲田の大学院は充実していると思いますよ」。
 「入試ですが、学部時代不真面目だった私は、学科試験はぎりぎりで勉強しました。得意の英語でなんとかカバーしようと、語学中心の勉強でした。だから入学後一年の頃は授業についていけなくなるのではないかと思い、必死に勉強したのを覚えています。就職は、専門知識を活かせるシンクタンク等を除いて、文系の院生は不利な状況にあると思います。アメリカや諸外国と違って、日本は年齢制限のある保守的な企業が多いんです。銀行や商社などが特に。残るは一部のマスコミ、メーカー。努力次第だと思いますが、厳しいということは心得ておかなくてはなりませんね」
 大石さんは社会に問題を提起し、発信する、マスメディアの偉大な力に魅力を感じ、研究者の道からマスコミの道へと進路を変えた。専門を活かして環境問題、農業問題を伝えるジャーナリストを目指しているそうだ。そして、学部時代の経験や大学院で学んでいる自分を全て面接で伝え、年齢制限ギリギリで見事第一志望に内定した。
 「専門知識と視野の広がりは大学院で身に付いたもの。社会で起こっているさまざまな事象に対して、論文等に発表された専門家の意見を読み、深みのある分かりやすい解説ができたら、と思います。NHKではアナウンサーも自分で番組を企画し、現場に足を運び取材をすることができるそうです。ディレクターや記者の役割も果たしながら、アナウンサーとして自分の言葉で伝えられる所に強く惹かれました。ディレクターの発想力、記者の行動力を共に兼ね備えたアナウンサーを目指します」。一流のジャーナリストに向けて、新しい挑戦の第一歩がスタートした大石さん。目前に広がる可能性は限りなく大きい。

■おおいし・まさひろ
1973年山形県生まれ。商学部卒。経済学研究科修士課程2年。今年度大隈記念奨学金を獲得。就職内定先は、NHK(アナウンサー)、朝日新聞社・日本経済新聞社(記者)。

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