研究最前線



掲載号NO.939 May.10,2001
竜田邦明 理工学部教授
世界初 4大抗生物質を1からつくる〜人類の健康と福祉に大きく貢献〜


 今回ご登場いただくのは、化学が全くわからない記者に、大変親切にわかりやすい言葉で長時間のインタビューに応じてくださった理工学部・応用化学科の竜田邦明教授。そんな先生の研究や研究に対する思いをご紹介する。

竜田邦明 理工学部教授 ◆化学の追求により人類の健康と福祉に貢献したい
 竜田教授が目指すのは、端的に言えば「人類の健康と福祉に大きく貢献」することだ。昨年11月、最難関の1つの抗生物質の全合成(1からすべてをつくること)を、発見以来50年ぶりに完成したことにより4大抗生物質のすべての代表物質の全合成の完成に世界で初めて成功し、今春、会員数約40,000人の日本化学会の最高栄誉である「日本化学会賞」を受賞した。
 「研究成果を最終的に人間に還元する。研究成果が実践的で、人の役に立たなければ、意味がない」と断言する先生。これまでに、抗生物質が二種、制癌剤が1種、抗糖尿病薬が1種、医薬品として実用化されている。
 早稲田に来て9年目。小学校のときから現在まで1日も休まず皆勤賞。「夏・冬休みは調子を崩しがちです。人間はコンスタントに良いリズムでないとダメですね(笑)」

◆きっかけは「カナマイシン」
 「そもそもは医者になりたかったので、慶應の医学部に入学しました」。入学後、工学部の梅沢純夫先生(後の指導教授・同教室を継承)が、「夢の新薬 抗生物質・カナマイシン」の構造を決定と新聞で報道。「『すごいな』と思いました。生化学(biochemistry)で人間の中の仕組みを調べたかったんです。例えば、中高で習った、澱粉がブドウ糖に変わることは実際にどういう仕組みなのか。なぜ病気になって、なぜ治るのか等です」。有機合成化学でこれらの解明ができると思い、工学部に移った。そこでは抗生物質の合成に没頭。博士論文ではカナマイシンの絶対構造(疑う余地のない構造の位置と立体配置)を初めて決定。構造が決まったことは、カナマイシンの全合成に取り掛れるということ。「すべては全合成から」の概念が生まれ始める。全合成ができれば、抗生物質に耐えて生きる耐性菌に抗生物質のどの部分がやられるのか解明でき、耐性菌に有効な化合物が合成できる。

◆これまでに67の抗生物質をつくる〜思い通りにいかない時こそチャンスだ〜
 助手になってからは「新しい天然物質を自分自身で見つけたいと思うようになりました。土から放射菌を採取し、培養して新しい天然物を単離(たんり)しました」。そして絶対構造を決め、その全合成を完成した。その延長として、これまでに4大抗生物質を含め、67の全合成を行ってきた。「奇跡的・感動的ですね。でも、67のうち最初に自分で考えたとおりにルートが変わらないで完成できたのは2個しかない。100以上やってみて思ったとおりにいかないときがチャンスなんですよ。常識的にいったらおもしろくないですね」
 4大抗生物質の全合成の完成などには、それぞれ、最低で10年、12年が二つ、15年が1つ、とてつもなく長い時間がかかっている。「4大抗生物質(下図参照)は姿・形がそれぞれ違い、これらすべてを全合成できるということは、どんな化合物でもつくれる、ということなんです。私は人間に対しては短気なんです。しかし相手が天然物だと待てる。負けて元々。挫折感はないですね。負けん気は強い。100回やってだめなら、101回やる。挑戦し続けることが大切です」

◆抗生物質の全合成は「アート」と「格闘技」
 「例えば、目的の抗生物質の構造式に、補助線をどこに引くかで合成が決まるんです。どこで切って原料に分解すればいいかということです。これはセンスの問題ですね。化学というより幾何が好きだったので、幾何学の補助線を見つけるのと通じるところがあります。美しくなければ合成ではない。このセンス=『アート』が合成のすべてを左右するんです。全合成は、やる前に頭で考えるところが『アート』、実験室でやるところが『格闘技』です」
 「1982年ニューヨークのMOMAでピカソの『ゲルニカ』を観ました。ピカソみたいな天才は見たものがそのまま頭で絵になっているのだろうと思いながら、主に8コマの製作風景写真を見たら、全然違う。ピカソのような天才でも推敲を繰り返し、少なくとも自分では非の打ち所がないものを世に送り出している。自分も妥協点を高くしたものを世の中に出したいと再認識しましたね。32歳の時、ハーバード大学化学科のウッドワード先生(ノーベル化学賞受賞者)の下で研究しました。世界中からトップの学生が集まっていてあらゆる点ですごい。人間の限界まで挑戦する。ものすごく鍛えられました。ウッドワード先生は徹底していました。しかし論文は少なかった。とはいえ1本で歴史がひっくり返るほどのことを書いている。本数じゃなくて重みが大切。それが『アート』の極致だと思います」


糖質(中央)を用いた4大抗生物質の全合成
「抗生物質の構造式に、補助線をどこに引くかで合成が決まります。化学というより幾何学が好きだったので、幾何学の補助線を見つけるのと通じるところがあります」

◆すべては「全合成」から
 「全合成ができたということは、2つのことを意味します。1つは今までの化学が大丈夫だという証明。あと1つは、天然物の構造が確かであるということの証明になります」。そして全合成が完成されれば、構造の中で人間に必要な部分だけを、最適な形で取り出すことができることになる。「サリドマイド事件以降、化学合成物のうち必要な活性作用の部分(光学活性体)だけを合成しなければならないと認識しました。必要でない効用をもつ光学活性体を含んでいれば、例えばサリドマイド事件のような副作用を引き起こす可能性が残ります。だから、必要な活性作用の光学活性体のみを合成するようになりました」。また、1つの化合物で、抗菌、コレステロール低下、神経興奮と抑制などの多様な生理活性をもっている場合、目的の活性を示す必要な部分だけを合成してつくる。それには全合成が完成されて初めて挑戦することができる。先生が「すべては全合成から」と言われるゆえんである。
 先生の合成の特徴は「糖を不斉炭素源にしているところです。つまり原料にブドウ糖のような糖を使っていることです。それから『奇をてらうでもなく。平凡でもなく』ですね。何にでも当てはまることですが」

◆糖からベンゼンを〜独創性を大切に〜
 「今後は、天然から与えられたものを合成でつくるのではなく、ゼロから新しい化合物をつくりたいです。人の役に立つ、今までにない形の医薬品をつくりたい。また、糖を使った合成なので、ベンゼンを糖からつくるのも夢。糖は無尽蔵。ベンゼンの材料の石油・石炭には限りがあります。枯渇してからでは遅い。糖からベンゼンをつくれば、安くて大量に供給できます」
 「有機合成を題材にして、学生に物との接し方、人との接し方を教えています。人生そのものです。合成が成功しなくても、いずれ社会に出て成功するように、今、何をやれば良いか考えれば良いと思います」
 研究室にも家にもほとんど本がないという竜田先生。「基礎ができたらあとは才能」。あまり人の論文も読まないという。「人のやっていることをやっても意味がない」。そんな先生が大切にしているのは「独創性」。これからもまさに最先端のオリジナルな研究が展開される。

■竜田 邦明(たつた・くにあき)
1968年 慶應義塾大学工学部応用化学科 梅沢純夫先生の下、Ph.D.取得。[アミノグリコシド抗生物質カナマイシン類の絶対構造決定と全合成]。73年 慶大工専任講師。1973−75年 米国Harvard大学、PostDoc.(Prof.R.B.Woodward)。85年 慶大理工教授。88年〜現在 英国Cambridge大学客員教授、93年 早稲田大学大学院理工学研究科教授、94年 仏国Sorbonne大学(ParisVI大学)客員教授、97年 早稲田大学理工学部応用化学科教授、2000年同主任教授。
【研究分野】有機合成科学・生理活性物質科学
【研究テーマ】生理活性物質の全合成と開発
【表彰】91年 大河内記念賞受賞(抗腫よう剤ピラルビシンの開発)。98年 有機合成化学協会賞受賞(有用な生理活性物質の全合成と開発)。2001年 日本化学会賞(多様な天然生理活性物質の実践的全合成と活性発現機構の解明)。


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