研究最前線

NO.919 Nov.20,2000
石居進教育学部教授
絶滅寸前のトキを救え! 遺伝子研究が挑戦する生命の神秘
早稲田と佐渡を結ぶ早稲田人ネットワーク


中国から贈られた友友と洋洋。トキ(淡紅色)が美しい。  「ニッポニア・ニッポン」の学名で世界に知られるトキ。しかし、今や新潟県・佐渡トキ保護センターに高齢の「キン」一羽が生存するのみと、種の存続は風前の灯となってしまった。しかし、クローン技術が進展している今、その技術を利用した希少動物の種の保存を目指す試みが実現可能な夢として描かれ始めている。環境庁による「トキ保存・再生プロジェクト」もその一つ。石居進教育学部教授は、「トキ増殖技術検討会」の委員としてその一翼を担う。

 「私の研究室は鳥類、爬虫類など下等脊椎動物の生殖腺刺激ホルモン遺伝子の研究では、今、世界のトップを走っているんです。私がトキの研究に関わることとなったのは一九八三年。当時、多摩動物園飼育課長だった中川志郎座長の訪問を受け、ホルモン処理によるトキの産卵について相談を受けたんです。そして、何かのお役に立てたら、と委員会に加えていただくことになりました」。そして、奇遇なことに佐渡トキ保護センター設立当初からトキの飼育に携わっているのが、現在センター長を務める、本学の校友・近辻宏帰氏(1965年教育地歴卒・下に寄稿を掲載)。ついに早稲田と佐渡を結ぶ、強い絆が結ばれた。

1999年生まれの優優(トキ保護センター提供 1999/12/22撮影)  しかし、その時点で繁殖に用いることができた個体は雌雄各一羽。しかも高齢であり、ホルモンを用いた繁殖刺激には遅すぎた。「それでも、将来のことを考えて、生殖腺刺激ホルモンによる人工繁殖の方法を開発し始めました。当時、卵巣が未発達である雌鳥に、ホルモンを与えて卵巣を発達させて産卵させる方法は誰も成功していませんでした」。そして、それまでの研究を基盤に、ウズラを用いて日本大学歯学部の若林修一教授や自治医科大学菊地元史助手(共に本学の卒業生)らと共同で、生殖腺刺激ホルモン投与による人為的産卵誘発を成功。さらに、現在ではトキへの応用に繋がる基礎研究が始まっている。

液体窒素で冷凍保存されているトキの組織を拝見  さらに、「トキの保存・再生プロジェクト」を推進させたのは、先生が初めて委員会に出席した際の一言がきっかけだったという。「その席に、直前に死んだトキ(シロ・雌)の剥製があったんです。そこで、肝臓や腎臓、生殖腺などは保存しているのかと聞いたところ、ただ剥製を作っただけで何も保存はしていなかったんです。人工繁殖やクローン研究をするためにも臓器は貴重。当時の技術でも、死亡直後の細胞を凍結保存で生きたまま保管し、その細胞を培養して増やすことも可能でした」

 そこで、最後の雄の個体「ミドリ」が死亡した九五年、プロジェクトメンバーは佐渡に緊急集合し、肝臓、腎臓、皮膚などの各臓器の組織細胞と共に、精巣も半永久的に保存する措置を取った。それらは、今、本学と茨城県つくば市の農業生物資源研究所の二箇所で保存されている。零下百九十六度の液体窒素で満たされたタンクの中で、復活の時を待ちながら、ひっそりと眠りについている。

 そして、九九年、一つの明るいニュースが届く。中国から贈られたトキの卵から、一羽の雛が孵ったのである。しかし、トキは外見では性別を区別できない。そこで、遺伝子研究を応用し、この雛「優優」の性別判定を試みた。「人間の性染色体は男性がXY、女性がXXであることは皆さんもご存知の通り。鳥類では、CHD遺伝子と呼ばれる遺伝子を用いるのですが、雄はW染色体二本、雌はW染色体とZ染色体(であろうと言われている)を一本ずつ持っているんです」。しかし、遺伝子判定にはDNA試料の採取が必須条件。採血は個体への負荷が高いため、抜け落ちたばかりの羽根の根元についたわずかな細胞での検査を考案。結果、雄と判明した。

この研究を応用すれば、中国のトキが日本のトキの遺伝子を持つ卵を産むかもしれない。  今年に入っても吉報は続く。五月、さらに二羽が孵化。そして六月には早くも性別が発表された。まだ雛なのにどうやって羽根を採取したのか? 「実は孵化後、卵殻の中に雛の身体の一部が残るんです。多摩動物園の杉田さんのアドバイスにより、それを使ったDNA判定を行い、新新が雄、愛愛が雌であろうことが判明しました。さらに、冷凍保存してあった優優の卵殻でも試してみたところ、それも成功! より早期に、個体に負荷をかけない方法で検査をする方法が確立されました」

 さらに、今月に入り、さらなるビッグニュースが伝えられた。遺伝子研究の結果、中国のトキと日本のトキが遺伝的に近い系統にあることが明らかになったのだ。「親子や兄弟など遺伝的に近すぎても、近親交配であまり良くない。また、遠すぎても、種が違うということで、日本のトキの種の保存にとっては困ったこととなります。しかし、今回の検査で、いい具合に近い遺伝子を持つことが判明した。例えて言うなら、日本人と中国人の違いみたいなものかな」

石居進先生 羊や牛のクローンが成功した今、トキへの応用が待たれる。「哺乳類の場合、細胞核の膜が硬いからガラス管を使った遺伝子注入ができるんだけど、鳥類は卵黄があって部位の特定が難しい上に、膜が柔らかくて遺伝子注入の際の確保が難しい。でも今、卵子や精子の元となる始源生殖細胞を胎児の段階で血管に注入し、その個体が成長した時に遺伝子の異なる卵を産ませる研究が行われているから(マンガ参照)、中国のトキが日本のトキの遺伝子を持つ卵を産むことが可能になるかもしれないよ」

 保存と再生――絶滅の危機に瀕するトキの未来を救うために、それぞれの分野で活躍する二人の早稲田人。その脳裏には、翼下の美しい淡紅色(トキ色と呼ばれている)を見せて、沢山のトキが羽ばたかせているに違いない。

いしい・すすむ
 教育学部教授。国際比較内分泌学会連合会長。東京大学理学部動物学科を卒業、同大学院で理学博士、日本学術振興会奨励研究員等を経て、1956年本学助手。著書『カエルの鼻 たのしい動物行動学』は日本エッセイストクラブ賞候補作となった。
【研究分野】比較内分泌学、動物行動学。
【所属学会】日本動物学会、日本比較内分泌学会、日本内分泌学会生殖内分泌分科会、日本アンドロロジ 学会、日本行動学会、日本鳥学会。
【趣味】屋根瓦の観察・撮影、内外の古い町並み探訪(パブの看板やマンホールの撮影も)。蛙グッズ、飛行機のカトラリー、Don't Disturb札、松笠の収拾。バロック音楽、和洋の絵画鑑賞。昔からパソコンにもハマっている。
【URL】http://www.waseda.jp/hormone/704.html
【E-mail】[email protected]

寄稿 佐渡トキ保護センター・ 近辻宏帰(ちかつじ・こうき)
トキと歩む人生〜佐渡の空にトキよ、再び

近辻宏帰先生  私と鳥との付き合いは、遙か中学時代に遡る。ブンチョウ、セキセイインコといった飼鳥(かいどり)の飼育繁殖に熱中。高校の生物部では、当時としては珍しかった野鳥の観察研究に勤しみ、高三の時、野鳥の会に入会。早稲田に入学して最初のアクションは、生物同好会の門戸を叩いたこと。以来、水を得た魚、いや翼を得た鳥のように野鳥の調査観察に没頭。会の活動と並行して、日本鳥類保護連盟に出入りし、雑務のお手伝い(今で言うボランティア活動)もしていた。

 そんな縁(えにし)で、当時の指導部長の高野伸二さんから「チカちゃん、新潟県がトキ保護を専任でやる人を募集しているよ。佐渡に行ってみないか」との誘いを受け、文化庁記念物課の品田技官に紹介された。一九六七年五月、佐渡島に渡り、野生トキの保護と人工増殖の仕事一筋で、今日まで三十余年、トキという素晴らしい生き物(種(しゅ))との付き合いが続いている。

 鳥が好きで飛び込み、生涯をかけた仕事となったが、トキは絶滅の危機にある生物学的にも社会的にも極めて重い生き物でもあって、正直、苦難の連続であった。その間私を絶えず支えてくれたのは、トキという一属一種(ニッポニアニッポン)の種の持つ魅力とトキ色の美しさだったのかもしれない。

 昨年中国から贈られた一番(つがい)(友友(ようよう)・洋洋(やんやん))から優優(ゆうゆう)(雄)が誕生、今年も新新(しんしん)(雄)、愛愛(あいあい)(雌)の兄妹が続いた。十月十四日には、来春繁殖可能年齢に達する優優のパートナーとして雌の美美(めいめい)が中国から来所した。順調にゆけば二十一世紀の幕開けに、トキ三世の誕生も夢ではない。

 佐渡トキ保護センターでの任務は、中国との協力関係の中で、繁殖ペア数を増やし、人工飼育下でのトキの個体数を増加させることである。佐渡の空にトキ色の翼が翻る日が来ることを願いつつ。トキは山の田を仲立ちとして、ヒトに共生を求めてきた生き物だと思うので。

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