研究最前線

NO.914 Oct.26,2000
宇田応之理工学部教授
世界初のポータブル型X線分析器を開発
考古科学の新境地を開く!


 「この綺麗な色を分析したい」。宇田応之理工学部教授が絵の具の分析に取り組んだのは、そんな素朴な動機だった。二十年程前に初めて分析したのは、有田焼の名品・柿右衛門。美しい赤と青の色に魅せられた。また、論文発表は英語のみ、海外学会への出席も日常茶飯事という先生は、来訪した国の博物館を訪れるのを習慣にしている。そんな中、十年程前にエジプトの遺物の分析を思い立った。「古代エジプトのパピルスやミイラの棺などに描かれた美しい絵はどのようにして描かれているのか。また、古いものは五千年以上も昔のもの。その間ほとんど退色せずに生き残る絵の具とは、一体どんな材質なのか」と、研究に着手。その研究が、世界からも注目される成果を結実した。今も、世界各国から、招待講演の依頼、共同研究、研究成果引用の申し出が相次いでいる。

墓壁も自由自在に分析可能  先生の研究は、遺跡や遺品に使われた絵の具を独自に開発した非破壊型の装置でX線分析し、絵の具の材料として使用されている物質を解明するもの。「古代エジプトでは、鉱物の粉末をアイシャドーとして顔に塗ったので、それらを"顔料"と呼ぶようになった。顔料は壁画にも使われた。それを分析すれば、当時の生活習慣を知ることができ、交易圏や遺跡の年代測定などの手がかりとなる。また、顔料の成分を特定すれば、今では退色したり、変質・変色したりしてしまっている顔料でも、当時の組成や色を再現できる他、保存修復技術の進展にも大きく寄与することができる。既に、脳裏には、再現された絵が鮮やかに浮かんでいます」

 従来の手法では、小さな遺品や破片等を実験室に持ち込む他なかった。しかも、分析過程で資料を粉砕する可能性があったり、破片では部分の特定が難しいなど、問題が山積。そこで、今回、先生が世界で初めて開発した世界最小のポータブルX線分析器と、理学電機工業叶サのポータブル蛍光X線分析装置を現地へ持参し、非破壊、非接触で資料分析を行った。「装置がポータブルですから、大きな遺物のどの部分でも調査できるし、門外不出の資料をその場で分析することも可能。壁画等の美しい部分や代表的・典型的な部分を分析することができるので、限られた時間内での現地調査でも質量共に充実した情報が得られるのです。今は、この分析器二台の機能を一台でこなせるようにしたいと思っています」

 現地調査を計画した一九九四年当時は調査に適した分析器がなかったため、X線研究の仲間で装置作りを専門とする谷口一雄大阪電機通信大学教授に依頼し、利用目的を絞り込んだコンパクトな機械を製作。さらに、エジプト学研究所の吉村作治人間科学部教授や近藤次郎文学部助教授にエジプト考古庁や博物館との橋渡し役となってもらい、準備を着々と進めた。

 そして九八年夏の現地調査。ルクソール西岸にあるウセルハト(貴族)の石窟墓の壁画(約三千四百年前)、ネプセン(貴族)の蓋付木棺(約三千四百年前)、アメンエムハト(貴族)の石碑(約四千年前)、ラムセス二世レリーフ(約三千二百七十年前)の四つを測定。アメンエムハトの石碑から、特殊な白い顔料(ハンタイト)の検出に成功し、今後の分析器の改良と解析法の開発に有用な実験結果を得ることもできた。

アメンエムハトの石碑 右端の女性のローブからハンタイトが検出された  アメンエムハトの石碑は、カイロ・エジプト博物館で一般公開されている美しい絵。石灰岩製で、中央にアメンエムハト、左端に妻のイリ、間に息子が手を取り合って座っており、右端には息子の嫁が立っている。肌の色、髪の色、そして白と薄緑の美しさが印象的だ。「沢山の資料の中から、綺麗で、状態が良く、今回の分析に適したものを私自身が選び出しました」。男性の褐色の肌色からはヘマタイト(酸化鉄)、息子の嫁の白いローブ部分からはハンタイトが検出された。定説では、新王国時代第十八王朝(約三千五百年前)以降だと言われていたエジプトのハンタイトの使用が、約四千年前に描かれたアメンエムハトの石碑から検出されたということは、画期的な発見。「この五百年の差に古代交易ルートの解明に関わる謎が隠されているはずです」

カイロ博物館でミイラの棺の分析調査中。陳列棚に並べたままでOK!  「知られている限りでは、世界中でのハンタイト鉱物の産出量は極めて少なく、産地の報告例もチュニジア、ギリシャ、トルコ中央部、フランス南部など数少ない。しかし、このハンタイトは、ある特定の時期、エジプト国内で相当量使われている。そこで、古代ハンタイトの流通経路を追跡したい」。白い顔料・ハンタイトは四千年前のエジプトに、どこから、どのように運ばれてきたのだろうか。「成分中の不純物を分析すれば、産地の特定は可能だと思われます。さらに、クレタ島の遺物やクロマニヨン人の洞窟なども測定し、エジプトと周辺文化との関係を探ってみたいと思います」

 そんな先生も、悩みが一つ。この研究を引き継ぐ後進がいないことだそうだ。「今の学生は真面目だけど、型破りなのはあまりいないね。それに、一所懸命考古科学を教えても学生は皆、ハイテク企業に行っちゃうんだよ(笑)。へそまがりな研究は失敗も多いけれど、当たれば大きい。人のやらないことに育てることが今の日本には必要だし、そういう研究を促進する研究費の分配も重要。理系の学生は社会科が嫌いで、文系の学生は理科が苦手。考古学を科学の目で見る人って少ないんだよね」。逆転の発想で数々の特許を申請し、電子構造学の分野でも世界初の画期的な発明をしている宇田先生。壮大な夢を追って、二十一世紀も研究が進められていく。
宇田応之理工学部教授
■ 宇田応之(うだ・まさゆき)
理工学部教授、材料技術研究所・エジプト学研究所研究員(兼任)。米国ローレンス・バークレイ国立研究所客員研究員。空手部長。1968年大阪大学にて理学博士、理化学研究所研究員補、研究員、副主任研究員を経て1987年早稲田大学教授。1969〜71年米国ベイラー大学客員研究員、1983年米国テキサスA&M大学客員教授、1979〜87年東京理科大学客員教授。
【研究分野】電子構造学、量子化学、考古科学など。
【所属学会】日本物理学会、日本応用物理学会、DV-Xα研究協会、表面技術協会、軟X線分光研究会、日本金属学会、腐食・防食協会など。
【主要業績】大気中で電子を計数できるカウンターを世界で初めて発明し、市村産業賞貢献賞。日米で多数の特許を持つ。国際会議第6回Particle Induced X-ray Emission and its Analytical Applicationを主催。11月初旬にはアメリカの加速器利用の国際会議でエジプト顔料に関する招待講演を行う。2002年にも早稲田でX線考古学の国際会議を主催する予定。
【E-mail】[email protected]

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