研究最前線

NO.905 Jun.22,2000
二村良彦理工学部教授
パソコンがスーパーコンピュータになる!
計算機プログラム自動超高速化システム「WSDFU」開発


小西善次郎研究員  情報化社会では、膨大な量の高性能・高信頼性ソフトウェアの迅速な開発が必要。現代社会が直面するこの問題を解決する研究成果が、早稲田で結実した。二村良彦理工学部教授を所長とする本学プロジェクト研究所「ソフトウェア生産技術研究所」で世界で初めて開発された、計算機プログラム自動超高速化システムのプロトタイプ「WSDFU(Waseda Simplify-Distribute-Fold-Unfold)」だ。

 WSDFUは、非能率的なプログラムを能率的に書き換えるシステム。「あるプログラムを迅速に処理したい時に、高性能のコンピュータを使用するとコスト負担が大きくなる。しかし、このシステムで能率化すると、コスト負担なく高性能コンピュータと同等以上の速度で同じ結果を得られる」と二村教授。一般に、一流のプログラマと普通のプログラマの間には百倍以上の能力差があると言われる。WSDFUの使用によって、非熟練プログラマの非能率的・非効率的プログラムを自動的に高速化すると、一流プログラマのプログラムと同等、場合によっては一億倍もの高速化が実現。スーパーコンピュータでも不可能な計算をパソコンで瞬時に計算することが可能となる。

 秘密は「部分計算」という変換方式。「簡単な例で言うと、N×2×3の計算プログラムを、N×6の計算に直すということ。つまり、プログラムに入力データ(N)を与えずとも計算できる部分を計算し、新たなプログラムを作る。一般部分計算法(GPC)と言うプログラム改良法で変換して新しく生成されるプログラムを『剰余プログラム』と言いますが、それは元のプログラム(原始プログラム)よりも簡単な構造になるから、処理速度も速い。『N環のハノイの塔M手問題』という複雑な計算問題を素朴な方法でプログラムしたものと、WSDFUで変換した剰余プログラムでは、三千万倍以上も速度が違います」

 プログラム自動改良の研究は、オックスフォード大学やスタンフォード大学等世界各国で行われているが、他ではせいぜい二、三倍程度の高速化を実現しているに過ぎず、WSDFUのような桁違いの高速化を実現したものは例を見ない。「今回使われた強力なプログラム改良法・GPCは実現が非常に困難」と二村教授。部分計算によるプログラム改良の有効性は、一九七一年に二村教授によって示され、「二村射影」として世界的に知られている。さらに、GPCの基本概念も八七年に二村教授らが発表していたのだが、強力な推論機能の実現が困難であるゆえ、GPCの実用性も困難視されていた。

 「ところが、今回、当研究所の小西善二郎研究員がGPCで利用する推論機能の開発に成功。これは、数学の定理でさえ証明できる強力な定理証明機で、Lispと呼ばれる人工知能用プログラミング言語で書かれています」。小西研究員は「計算機の無駄を発見するには人間を超える高い能力を持つ人工知能が必要」という当時の常識を疑問視。「プログラムの計算式を簡略化するだけで計算の無駄が省けるのではないか」と研究を進めてきたが、それを支持したのは二村教授だけ。二村教授の三十年に及ぶ研究歴と、三十一歳という若い才能が出会い、二人三脚で画期的なシステムの開発を実現した。「WSDFUの実現は、数学や論理等の基礎研究にしっかり取り組んできた小西君という天才と出会えたから。彼がいなかったら、実現は相当遅れていたでしょう。二、三番手になるのは簡単だが、ファーストランナーになるには基礎研究が欠かせない。しかし、最近は、基礎研究をしっかりやる研究者が減った」と二村教授は愁う。

二村研究室のメンバー  六月六日にアイルランドで開かれた「知的ソフトウェア工学国際会議(WISE3)」で、世界に発表されたWSDFU。しかし、それ以前にこの快挙を聞きつけた外国人研究者(オックスフォード大、コペンハーゲン大、シンガポール国立大、ロシア科学アカデミー等)が多数既に本学を訪問した。「国際会議でも、座長のMenzie博士(アメリカ航空宇宙局[NASA]ソフトウェア研究所)は、私の講演に先立ち『昔、フタムラ射影の論文を読んだ時には興奮して二日間眠れなかった。今回の発表も非常にエキサイテングなので、皆さん期待して聞いてほしい』と紹介してくれました。発表後の質問は、実用化上の問題点と時期に集中。我々の研究に対するニーズの大きさを強く感じました。今回開発された部分はまだ全体の一部で、改良可能なプログラムの種類が限られています。今後、五年かけて広範なプログラムの改良が高速にできるよう実用化を図ります」。この分野の研究はヨーロッパが中心。現在、二村研にはコペンハーゲン大学からロバート・グリュック助教授が客員教授として来日しているが、専門家の彼ですら、実際に目にするまでは半信半疑だったと言う。学会でも、「Unbelievable!」と、各国研究者は驚愕を隠せなかった。

 この研究を応用すれば、市販のCADソフト等計算時間のかかるソフトの高速化が実現。今や、必要不可欠のツールであるコンピュータのソフトウェアの高速処理が実現すれば、それを利用した他の研究の効率化も飛躍的に進む。WSDFUによって処理に多大なる時間を必要とする複雑な問題の解決が可能となれば、人類の知の到達点が飛躍的に深まるはずだ。そうなれば二村教授と小西研究員が、日本人では誰も受賞していない計算機科学分野のノーベル賞「チューリング賞」と若手研究者に贈られる世界的権威「ネヴァンリンナ賞」をダブル受賞することが、もはや夢ではなくなるだろう。

 情報革命を支える計算機科学。二村教授は研究を社会に還元するために特許の取得にも非常に意欲的である。早稲田に芽生えた独創的な研究が人類の知力を大いに増幅させるのは、今や時間の問題かもしれない。

二村良彦 ■ 二村良彦(ふたむら・よしひこ) 理工学部教授。工学博士。ウプサラ大学客員教授(1995〜1996),ハーバード大学客員教授(1988〜1989)

【研究分野】計算機科学、知能情報学、数学一般(含確率論・統計数学)、アルゴリズムの設計・解析・評価法、計算と論理に関する理論と応用、計算機プログラムの自動生成、推論機能。

【所属学会】ACM、情報処理学会、日本ソフトウェア科学会。

【主要業績】Futamura Projectionsの発見(1971年)、 プログラム技法PADの開発とISO化(1979〜1986: ISO8631)、一般部分計算法の発見と米国特許化(1987: United States Patent No.5241678, 1993年8月31日成立)。

【愛読書】デカルト「方法序説」「知能指導の規則」、呂新吾「呻吟語」。

【趣味】卓球(早稲田大学体育祭卓球大会一般の部94,96年度第3位, 同教職員の部91,93,94,95,96,97,98年度優勝,USTTA rating 1920)

【E-mail】futamura@futamura.info.waseda.ac.jp

【URL】http://www.futamura.info.waseda.ac.jp/index-j.html


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