研究最前線

NO.902 Jun.1,2000
竹本幹夫文学部教授
演劇博物館研究プロジェクト狂言DVD「野村万作の世界」


 「四十、五十は洟垂れ小僧。六十、七十で一流の役者になる」と言われる狂言の世界。今、七十歳を目前にして円熟の芸境を迎えている当代きっての狂言師・野村万作氏と、若手随一の実力を誇り、NHK朝の連続小説「あぐり」で演じたエイスケさんでお馴染みのご子息・野村萬斎氏、のお二人の協力で、日本が誇る伝統芸能・狂言の芸術性をデジタルの世界で再現しようという演劇博物館のプロジェクトが現在進行している。
宝生能楽堂にて 2000年2月15日「三番叟」野村万作 撮影:神谷佳明
 その開発チームの責任者が、竹本幹夫文学部教授。「よく、小・中・高校等で狂言を上演する時、どの曲を選ぶべきかという質問を受けるのですが、古典芸能である能や狂言は、実は役者で決まるんです。どの曲を演ずるかより、誰に演じてもらうのか、が最も重要なんですね。だから、今回のように収録して残す場合は、『これぞ!』と思った方にお願いして徹底してやることが最善なんです。もちろん、分野によってはそれが複数の方になる場合もあります」と、演者の重要性を語る。

ワークショップの収録。ターンテーブル上に萬斎氏 撮影:君武  構想が浮上したのは一九九八年のこと。「当時の演劇博物館長・鳥越文蔵名誉教授と林和利名古屋女子大学教授、当プロジェクトプロデューサー・宇田川東樹さん(東京メディアコネクションズ)のお三方によって、この概要が練り上げられ、早稲田大学デジタルキャンパスコンソーシアムの事業の一環として実施することが決まりました。そして、九九年三月から、私が引き継ぎ、鳥越先生は、万作さんとドナルド・キーンコロンビア大学名誉教授同様、監修をしてくださることになりました」

 二〇〇〇年二月、いよいよ撮影が開始。雪の中尊寺、都内・近郊の主な能楽堂各所で、「木六駄」「茸」「三番叟」等、二百以上ある現行曲の中から演者の力量が最も発揮されるという基準で選ばれた十三曲の収録が始まった。「この演技が二十一世紀に残され、演博で永久に保存される、ということで演者の気迫漲る舞台となりました。狂言は完成度が高いため、カットして異なる舞台を繋ぎ合わせて、一つの曲として編集することができないんです。そのため、演者の納得のいかないものは、再演して撮り直しました」
横浜能楽堂の天井へのカメラ取り付け 撮影:君武
 能・狂言の舞台というのは、どの角度からでも演技を観られる構造となっており、五〜六台のカメラを配置して、さまざまな角度から演技を捉えていく。収録は能楽堂を借り切って行われる。収録真っ最中の現場を取材したところ、大掛かりな照明用の櫓が組まれ、最新鋭のカメラが万作氏を狙っている。綿密なリハーサルと打合せが行われるといよいよ本番。一際張り詰めた緊張感の中、万作氏が登場。磨き抜かれた芸が第一人者の品格を感じさせる。渾身の演技に、観客は狂言の世界にグイグイ引き込まれ、思わず笑いがこぼれてしまう。ワークショップの収録では、さまざまな所作や様式について萬斎氏がご自身の言葉で語っていく。萬斎氏とスタッフ全員が納得のいくものを作ろうとする一体感にこのプロジェクトへの情熱が感じられる。
横浜能楽堂にて 2000年3月9日「萩大名」 野村万作 野村萬斎 撮影:神谷佳明
 「DVDは容量が大きく、全曲をマルチアングルにした場合は一曲半程度しか記録できませんが、実際はすべてマルチにする必要はありませんから、一〜二枚に十数曲を記録できます。現在、撮影をほぼ完成し、これから編集作業に入ります。普通、ビデオというものは舞台よりも芸術性がかなり落ちることが多いのですが、今回は、かなり芸術性の高いものができあがるでしょう」

 このDVDは最終的に、公教育の教材として使えるようにする予定。第二部には萬斎氏によるワークショップを収録。モダンバレエの演技分析でも有名なドイツのZKM(芸術とメディアのためのセンター、ミュージアム・メディア図書館・劇場、研究・開発の研究所を持つ)のジェフリー・ショー教授と共同で、狂言の演技分析を画像化する。さらに、学校現場で活用しやすいように、授業への応用例を別冊で添付する予定。「古典芸能は教科書には掲載されていても、教室の現場ではスキップされてしまうことが多いんです。ですから、教材の利用法も付けることにしました。狂言は上手下手に関わらず、実際に演じてみると実に分かりやすい。僕だって、学生時代にサークルで、謡をやっていたんですよ」と竹本先生。
ワークショップの収録。大勢のスタッフが動く
 「この取り組みは外国の研究者にもかなり注目されていまして、見学も多いんです。最終的には英語版も作成し、全世界に紹介します。外国の方にはいいものを見せるのが一番効果があるんですよ。当プロジェクトをきっかけに、公的予算を導入し、早稲田大学のリードで古典芸能全体のデジタル化を推進していきたいですね」。早稲田から全国へ、そして全世界へ、日本の古典芸能が発信されていく。時代の牽引役を目指して、研究は未来を切り拓いていく。

竹本幹夫 ■ たけもと・みきお
文学部教授。文学博士。『早稲田大学演劇博物館所蔵特別資料目録5貴重書 能・狂言篇』(1997年)、『観阿弥・世阿弥時代の能楽』(1999年、明治書院)などの業績により、本年1月、観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞。

【研究分野】国文学(能楽の作品研究、能楽資料の系統的研究)

【所属学会】中世文学会、全国大学国語国文学会、芸能史研究会、和漢比較文学会。

【E-mail】[email protected]

○能楽関係文書目録データベース
【URL】http://www.littera.waseda.ac.jp/db/pub/nougaku/Guest/index.stm

○演劇博物館公開プロジェクト「野村万作の世界」DVD作成途中報告
【URL】http://www.waseda.jp/enpaku/topics/2000/mansaku/mansaku.html

▲ページのトップへ戻る
▼「研究最前線 目次」へ戻る