第891号 Jan.20,2000

■映画評「ブエノスアイレス」'97香港 監督ウォン・カーワァイ 出演トニー・レオン、レスリー・チャン

 本作品は「タランティーノ? そんなの忘れちまえ! これからはウォン・カーワァイの時代だ」とハリウッド映画帝国メディアを中心に全世界的にも、つとに注目を集めているウォン・カーウァイ監督が「同性愛」という昨今すっかりと記号的に定着した感のあるテーマを使った映画である。原題は「Happy Together」。しかし、全くHappy Togetherではない。そして、その基本的なコンセプトはカーワァイ作品に一貫しているものである(詳しくは「天使の涙」「恋する惑星」「欲望の翼」を観られたい)。主人公はトニー扮するファイとレスリー扮するウィンというゲイカップルがブエノスアイレスという香港とはほとんど無縁に思える土地ですれ違い、どなりあい、身体を求め合い、仲直りするということを繰り返すバディ・ムービーである。「ブエノスアイレスの広東人」という設定は我々日本人からすると極めて興味深いものである。しかし、画面に現れる人物たちはきわめて「ありふれた」登場人物に過ぎない。そして「ゲイ」も、その一般的に想像される特異性はことごとく毒抜きされている感がある。ただ男と男がいるだけなのである。

 ファイとウィンは互いの恋愛関係を通じて成長もしなければ愛がクライマックスに向けて進行するといった「物語」も拒否する。そこには二人の愛を妨害する階級差や戦争、同性愛への偏見すらない。つまりドラマチックな契機が全くない。あるのは人間関係の「摩擦」であり、息遣いの聞こえるような「実生活」である。実生活とは「食卓のとり肉」であり「ベッドの湿気」であり「タバコのまとめ買い」であり「レスリーの脚を濡れタオルで拭くトニー・レオン」である(そのシーンは「恋する惑星」でフェイ・ウォンの脚をマッサージする姿を彷佛とさせる)。そして、何げない実生活を描くことこそをモットーとするカーワァイ監督の本作は期せずして珠玉の「ロマンティック・ラヴストーリー」となっている。「恋愛幻想」を相対化するにも必見の映画であり、失恋に対する免疫力をつけるにも大いに得るところがあるだろう。

(政経5年 Ann Egg)


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第890号 Jan.6,2000

■フリートーク「十月二十八日号の『投稿コーナー』への投稿者「漢」さんへ」

 「えび茶ゾーン」の小生の文章に対する反論を拝読しました。漢さんのご推察どおり、小生は疎開世代で、歴史認識がかなり違うようです。以下で感想を述べます。できれば、侵略戦争、天皇教などについても意見交換を続けたいと考えますが、いかがですか。

 拡声器で呼びかけるアメリカ軍を前に断崖から飛び降りるサイパン島の女たち。記録映画でこのシーンを見たとき、痛ましいと感ずると同時に「投降すれば助かったのに」と思いがよぎった。一瞬、「犬死」だと思ってしまったのである。しかし犬死だろうか。人間は国(ないし民族)と時代を選んで生まれてくることはできない。彼女たちをそこまで追いつめたもの、それを後代が正しく認識しなければ、今度こそ彼女たちを犬死させることになる。

 今の若い人たちに、戦争が始まったらどうすると尋ねると、「逃げる」という答が多いらしい。しかしあの時代と社会を知れば、「逃げられない」を前提に考えなければならない。「逃げられなか」った世代が戦争を前にした苦悩を知ると同時に、あの戦争の世界史レベルの評価に真剣に向き合わなければならない。

 奥島孝康総長は、九五年度のホームカミングデー・校友大会の式辞で、学徒動員の話から「あの戦争…とりわけ、中国を始めとするアジアの国々に対する加害行為」に及び、「…自分たちはその歴史に行き合わせはしたけれども、何も手を下したわけではないから、直接の責任はないんだとか、あるいは、自分個人はその歴史が終わった後に生まれたのだから、そういうことには全く関係がないんだとかというだけでは責任は免れない。それは民族全体で負わなければならない責任なのだ…」と述べている(式辞には大隈重信の歴史的評価が、負の部分も含めて、敬愛の念と共に述べられている)。

 私にとってあの時代は、空襲と極度の空腹と「教育勅語」とビンタの時代だった。だから国内的には被害者の世代だと簡単に考えていた。しかし「少国民」としての反省がなければ戦争責任を負うとの指摘に出会ったとき、この考えを捨てた。

 日の丸・君が代とアメリカの国旗・国歌とをストレートに比較するのは、今まさに問題になっている背景を無視している。毎日新聞(99・7・28)の投書欄に「新国旗・国歌の法制化を」「君が代は国民不統合の象徴」「『非国民』といわれたくない」などがあった。朝日新聞(11・3)の投書欄には、日中国交正常化以後、祝日には日の丸を掲揚してきたが今回の法制化で憲法前文を信条とした良心が傷つけられたので、今後は憲法記念日だけしか掲げないという内容の投書が載った。投書者は八十二歳である。

 本学で誇っていいと思われる唯一の首相だった(とかつて私は書いたことがある)石橋湛山氏なら、「盗聴」法もあわせて、その徹底的個人主義にしたがって、幼少年を巻き込む国民的課題を、しかもわずか八日間という審議で強行採決はしなかったと思う。石橋政権が続いたら、日本は変わっていたかもしれない。

 大山郁夫氏が敗戦前、アメリカ政府筋と在外日本人反戦主義者たちによる「海外革命政府」樹立の勧めを受けていたら、大いに変わっていただろう。人民の声によらない政府はいずれアメリカの傀儡政権になるとして拒絶したという。もともと同氏に権力欲はさらさらなかった。

 早稲田精神と言うと、私は常にまず大山郁夫氏を思い浮かべる。

追記】ほかに私の文章に対する投書が二通あり、その中に「神」という匿名は卑怯だと非難する部分があった。一字署名はあの欄の慣例である。たかがあれほどの小文さえ、匿名でなければ出せぬという憶測を生ましめる類の暗愚が、確かにこの国にはある。それは民主主義と早稲田精神の敵である。

(人間科学部教員・神崎 巌)


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第889号 Dec.9,1999

■フリートーク「米国における好景気の中の厳しさ」

 私は三年前、一年間留学する機会を得て、米国中西部の地方都市ミルウォーキーに滞在した。私は、この貴重な機会に米国を内側から何でも見てやろうと考え、ホーム・ステイをすることに決めた。この経験は、何物にも代え難い素晴らしいものとなった。

 留学生活も終わりに近づいた頃、ホーム・ステイ先の奥さんが職場の上司と対立し、突然仕事を辞めた。彼女は、有名大学でMBAを取り、二十年以上も大手保険会社の不動産投資部門専門職として仕事をするなど現代の米国女性の中でかなり成功した方だ。今でこそ、米国のビジネス界では女性がかなり進出しているが、彼女の時代にはMBAを取得し、彼女のような職種へ進出しようとする女性は非常に少なく、苦労が絶えなかったという。

 辞職後、彼女は自分のキャリアに見合う仕事を探し始めたが、人口百万の地方都市では彼女の求める職種が少ない上に、女性で年齢も高いということがネックとなり彼女のキャリアに見合う仕事はなかなか見つからない。米国は、「空前」の好景気に沸いているとはいえ、ハンディがある人にはとても厳しい状況が依然として存在する。

 ついに彼女は自分で不動産投資コンサルタント業を始めた。彼女は起業家になったのだ。米国では日本に比べ簡単に開業できる環境・風土が格段にある。しかし競争はとても厳しく、ほぼ同数の企業が廃業していく。今、彼女も苦戦中である。

 日本は、景気低迷、失業率上昇、学生の就職難などの問題に直面している。一方、米国の好景気と低失業率は羨望の的である。しかし、厳しい状況が存在するのも事実である。日本では、経済システムが米国型に接近し、大手企業も人員削減の動きを加速させている。大手企業に就職してもこの先、何が起こるか分からない。不確定な世の中で生き残るためには自分に競争力をつける努力が常に必要だと実感した米国生活だった。

(政研1年 菊地 望)


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第887号 Nov.25,1999

■フリートーク「『研究室』の強み」

 夕刻、ふいに研究室の電話が鳴る。新聞社の海外支局からだ。ある事案について先生の教えを乞いたいという。

 ところが、先生は会議で連絡がつかない。記事の出稿は日本時間の六時で、それに間に合うように回答が欲しいらしい。あいにくと持ち合わせの情報はない。さては研究室を挙げての大調査が始まった。

 一人が概説書をめくりながら大まかな検討をつける。すると、残りの人間がより詳しい資料で裏付けをとる。政治学の分野では洋書の方が内容が揃っているので、研究室のさまざまな洋書にもあたる。幸い、英語・ドイツ語・フランス語がそれぞれ得意な人がい合わせたので、各言語の豊富な文献に取材できる。各人が直ちに必要な箇所を日本語に訳して読み上げる。それを博士課程の方が、新聞社に伝える形に整理していく。

 かくして、一時間後には、即席のレポートが仕上がった。大学院の研究室の強みを実感した瞬間だ。一人だったら、半日図書館に閉じこもることになっただろう。それでも、フランス語やドイツ語が分からない自分には、参照できる資料が限られただろう。わずか一時間で知識を集約できたのは、快感だった。

 記事はごくごく凝縮され、私たちの痕跡は見えなかった。しかし、責任ある全国紙の記事の裏付けに、知識の面から貢献できたのだと、大学に学ぶ者としての幸せを感じた。

(政研修士1年 秋葉 丈志)


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第886号 Nov.18,1999

■フリートーク「軍事技術の革新とリアリティー」

 曲がりなりにも大学で国際政治を学ぶものとして、昨今の旧ユーゴスラビア諸国の動向は関心を持たざるを得ないものであった。特に新ユーゴスラビアはNATOによる空爆直後ということもあり、またそこに行けば何か自身の問題関心の原点のようなものを感じられるかもしれないというやや他力本願な動機もあり、九月初めに旧ユーゴ諸国に向けてリュック一つで日本を後にした。

 新ユーゴの首都ベオグラードは空爆直後ということもあり、街は夜になると一気に暗くなる。しかしそれを除くと、市街では他国でも見受けられたのと同様の市民生活があった。本当に空爆直後なのかと疑いたくなるほどであった。だが一日かけて市内を歩き回っているうちに、意外と中心部から近いところに空爆の跡を見つけた。駅前から五分ほどの官庁街にある十字路を中心に、窓ガラスが一枚残らず割れ、崩れに崩れた建物群を見ることができた。

 正直に言うと、それが空爆の跡だと理解できるまでには一瞬の間があった。「ちょっとした火事があってねぇ」。通りがかりのおばさんにそう言われたら納得してしまうほど、被害空間は極めて限定的で、その十字路に面した三、四の崩壊した建物以外は何ら変わらずそこに建っていた。眼前一面に広がる被害というものを想像していた私が、理解に一瞬の間を必要としたのは無理もなかろう。

 「軍事技術の革新と共に、民間の被害を減らすことができるようになりました」、このようなフレーズはおそらく数え切れない程耳にしてきた。しかしそのまさにピンポイントとしか言いようのないその被害状況およびそれを可能とした軍事技術は、そこで戦争があったのだ、そこに人の死があったのだというリアリティーすら我々から奪いかねないものであった。

 その直前に訪れたサラエボ郊外で広がっていた一面に崩れた家々の風景を思い出すまでもなく、なじみの深い原爆ドームなどはいずれも、我々にそのリアリティーを訴えてあまりあるものである。一方、ベオグラードで私が目にしたものには果たして我々に諍いの空しさを訴えるだけのものがあるだろうか。戦争や空爆に反対だとか賛成だとか、そういうことを言いたいのではない。ただ、戦争のリアリティーのかけらを感じない、感じさせないというのは、戦争の意味・無意味論を超えた恐ろしさを孕んでいるように思えてならない。

 人間はどのような絶望的な状況に陥っていても、そこから自ら「救い」を見いだそうとしたり、また何が何でも生き抜こうとするエネルギーは必要だと思う。「数カ月に渡る連夜の空爆は非常に恐ろしかった」、ベオグラードの人々は口を揃えてそう言った。しかしそうした人々とのささやかな交流を通じて発見した彼らの明るさやユーモアは、私にささやかな希望を抱かせるものであった。そしてそれは現在彼らが属している国の名前に関わらず、旧ユーゴ諸国のどこでも共通して感じたことであった。

(政研1年 島田 学)


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第884号 Nov.4,1999

■フリートーク「上原の涙に感動」

 十月六日の朝刊のスポーツ欄を読んで、感動したことが一つあった。巨人の上原投手が泣きながらプレーしたという。何が起こったの? と思い良く見ると、同僚の松井のペタジーニとのホームラン王争いの関係で、打たせない=敬遠、という指示がベンチから出て、それに対しての悔し涙ということだ。

 僕はだからといってベンチを攻めたくはない。プロ野球は多くのファンがいて成り立っているもの。優勝の望みがなくなった巨人ファンにとっては、松井のホームラン王は最後の楽しみであり、大きな期待でもある。巨人ベンチも序盤はペタジーニと勝負をしていたが、この日、松井は三つの四球を与えられた。「スポーツマンシップに反する」とベンチを非難するのは簡単だが、「競争」が相手との関係で成立している以上、やむを得ないことであると思う。

 しかし、この上原の涙にはジーンと来た。今、プロ野球の投手のなかで、敬遠の指示に対して涙を流して悔しがる選手がほかにいるだろうか。フェアプレーの精神が人一倍強く、心から真剣に、プロ意識をもって野球に取り組んでいるからこそ出た涙である。

 甲子園の出場経験はない。一浪して大阪体育大に入学し、野手から投手に変わった。野球部は指定強化クラブでもなく、授業料免除もなかった。教員の資格も取得した。並々ならぬ努力とハングリー精神で鍛えられた「雑草男」が流した、純粋で、さわやかな涙は、巨人ファンだけではなく、プロ野球を見るすべての人に投げかけた感動のメッセージであった。

(経研2年 MASA)


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第883号 Oct.28,1999

■フリートーク「九月二十二日号の『えび茶ゾーン』について」

 九月二十二日号、興味深く拝読しました。早稲田祭不開催の記事などを、特に面白く読ませていただきました。

 しかしながら、「えび茶ゾーン」に関しましては、あまりにも見方が一面的であり、到底納得できかねるものでした。よって、以下私の意見を述べさせていただきます。

 まず、「一九四五年八月十五日、人間らしく生きる権利を天皇制全体主義から取り戻した日である」とありますが、それではそれ以前の日本人は、人間らしく生きていなかったのでしょうか? このように物事の一面だけを切り取って断定できる感覚こそが危険だと申し上げたら言い過ぎでしょうか?

 また、「日本による加害の犠牲者たち」とありますが、最近は我が国が犯したといわれる戦争犯罪のいくつかには、疑問符がつくようになっています。それにこのような物言いは、私たちの先祖を(我が早稲田の先輩すらも)貶めることになります。「自分だけが善人でいたい」とお思いでなければよいのですが。

 続けて、通信傍受法や国旗国歌法のことを非難されていますが、戦前と今日とはあまりに違います。それを安易に「国民を整列させ呟きすら封じ」と不安を煽るようなことを書くのは短絡的ではないでしょうか? さらに、「侵略戦争」「天皇教」(これも客観的事実を無視した言い方だと思いますが)の責任をすべて「日の丸・君が代」に押し付けるような物言いは、言外に「自分には関係ない」と言っているのと同じです。

 それに、「法制化は踏み絵につながる」という旨のことを書かれていますが、国旗国歌尊重規定は何も我が国だけの専売特許ではありません。むしろ世界の常識です。特にアメリカでは学校教育で「国旗国歌への敬意」を教えます。あなた方は世界中のすべての国が「踏み絵は社会全体に及び、非国民という罵声の飛ぶ」国だとお考えなのでしょうか? 小渕恵三首相は我が早稲田大学の出身ですが、それを「権力の座にあること自体は百歩譲って問うまい」と書かれているのはどうしたことでしょう。百歩譲らないと認められないのでしょうか? それならばかつての石橋湛山首相や、早稲田大学創立後にも首相の座に就いた大隈重信卿も認められないのですか?「早稲田精神とは在野と権力批判の精神である」とおっしゃるのは、全くそうです。しかし通信傍受法や国旗国歌法が必要か、何も公明党と組まなくても、他のやり方があったのではないか、などのことを考えもせずに並べ立て、国会前に座り込みをした本学の学生をたたえ、まるで「国がやることは何でも嫌い」のような物言いをすることだけが、早稲田精神ではないのでしょう。我が国は法治国家であり、民主主義国家なのですから、「弾圧」のために法律を作ることなどできようはずもありません。何が国民にとってためになるのか、それを真摯に考えられる精神こそが、早稲田精神ではないでしょうか? 実際石橋湛山首相は就任に際して、「僕は国民のご機嫌取りはしない」と語ったといいます。むしろ「早稲田精神に照らすまでもなく万死に当たる」のは、先程申し上げた独善的な態度ではないでしょうか?

 書き方を見ていると、ご年配の方が執筆なされたようですが、もしその方に早稲田人としての誇りがおありなら、同じく早稲田の学生であることに誇りを感じている、私の以上の意見もお考え頂きたいのです。

(政経1年 漢)


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第882号 Oct.20,1999

■フリートーク「学生考」

 この夏上海へ行った。一カ月ほど語学研修に参加したのである。その間、昨年、同様に語学研修に行ったとき知り合った友達に会話練習の相手になってもらうことにした。

 ある時僕はこう聞いた。「中国の学生はなんでこんなに一生懸命勉強するんですか?」。実際、僕は彼らの頑張りにはまったく恐れ入っていたので、これは素直な感想だったのである。だが、彼女は怪訝そうな顔でこう答えた。「学生だから」。

 そういえば上海で見る学生は、留学生も含め大変質素で学生らしい。僕のルームメイトはドイツ人だったが、いつもよれよれのTシャツを着、Gパンを穿いていた。Tシャツは中学校の頃からずっと着ていると言うからこれはいい加減捨てたらよさそうだが、べつに悪い気はしない。逆に妙に着飾る日本人留学生は奇妙であった。

 また、中国の学生はよく共同出資で、コンピュータを買う。しかも出来合いのものではなく、バラの部品を買ってきて、自分たちで組み立てるのである。このほうが安上がりだからだ。そのパソコンを囲み、狭い寮の六人部屋(中には八人部屋もあると言うから驚く。中国の正式の大学は全寮制で、広大な大学の敷地内に宿舎が立ち並ぶ)で共用する。大学にコンピュータルームが無いわけではないが、一人ひとりに割り当てられる時間が厳しく制限されているため、めったにパソコンに触れないのである。

 上海の大学の資料室で二日遅れの朝日新聞を読みながら、僕は、私たち日本の学生がいかに恵まれた環境にあるのか、思わずにはいられなかった。そして帰国して彼らの多くがそのことに気づかずにいることが悲しかった。

 私たちが日本人に生まれたのは偶然である。早稲田に入ったのは偶然ではないが、中には、不本意だった人もいるかもしれない。しかし私たちは今、ここにいる。だとしたら、大学の用意してくれた環境を最大限に生かすべきではないか? 私たち学生の、それは果たすべき義務なのではないだろうか。

(一文3年 犬飼 俊介)


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第881号 Oct.14,1999

■展覧会の感想「大『顔』展を観て」

 人の印象は、第一印象で約七十パーセントが決まるという。中でも顔は、その人の性格や年齢、職業まで推測する要素が集中している。だからこそ自分の顔に興味の無い人などいないだろう。そんな顔に関する展示会が「大顔展」だ。

 会場では、筋肉や神経など顔の構造からあごと噛み合わせの問題まで医学的な展示や、歌舞伎や京劇の化粧からオオカミ男の特殊メークまで世界各国の化粧の展示、縄文時代から未来を予想した日本人の骨格の展示など趣向が凝らされている。中でも女性に人気があったのが顔工房のコーナーで、自分の顔を理想の形に修正し合成写真を作るというものだ。

 彼女たちの修正前と修正後を見ているうちに、老若男女を問わずある共通点があることに気付いた。それは修正後の顔が、修正前と比べてあごが細く目が大きいことだ。人間の顔はさまざまなのだから、修正したい部分も人によって違って良いはずなのだが、なぜか皆同じなのである。目が大きくあごが小さい顔が今の流行だからだろう。

 「大顔展」ではこの他に、合成して作られた職業別の平均顔の展示もある。政治家や銀行員などの中に、現代の女子大生と女子高生の平均顔もあった。どちらも確かに学校などでよく見かけそうな顔だ。ありがちな顔は平凡で個性がなく面白みが無いな、と思った感想が、先程の修正美人顔を見ているときよみがえってきた。つまり皆が美人になっているのだろうが、どれも似てくるので「美人の平均顔」になっているのだ。はかない表面上のことに皆が一斉に真似をして皆同じ顔になり、美人顔はもはや美人ではなくなり平凡な顔となる。流行と女性の心理、そして自分の顔をどうしたいかを考えた展示会だった。

(アジ研2年 べる)


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第880号 Oct.7,1999

■フリートーク「携帯電話とカラオケの相関性について

 携帯電話派が幅をきかせる今日この頃、かくいう私も常日頃「携帯」のお世話になっている。「携帯」とはくせもので、なくてもなんとかなるけれど、あると非常に便利な代物である。

 お世話になっている「携帯」様ではあるが、私は電車の中での「携帯」の使用、これには我慢ならない。私が毎日利用している中央線では、時折「車内での使用は禁止している」という内容の車内放送をしているが、どうも効き目がないような気がしてならない。一向に車内での「携帯」の使用が減らない。これは思うに車内での「携帯」使用禁止の必然性がいまいち不明瞭であるからではないであろうか。果たして聞いた人すべてが納得する説明のできる人がいるだろうか。ペースメーカーなどの埋め込み式の医療器具を誤作動させる恐れがあるからというのが、今のところ一番のもっともらしい理由であるが、いまいちピンとこない。また、携帯で話をしているとついつい大声になってしまうものだが、大きな声が迷惑と言うのであれば、電車の中で大声を張り上げて話している人との違いはいったい何なんだろうということになる。要するに小さい頃親にさんざん言われた、「他人の迷惑になるようなことをするな」ということに立ち返って考えてみれば非常に分かりやすいのであるが、人に対する思いやりの精神を忘れつつある日本人にとって、これは案外至難の技なのかもしれない。

 先日土曜の夜八時ごろ中央線に乗っていると、携帯で話しているらしき声が聞こえてきた。それもボリューム最大級であった。声のするほうを見てみると、携帯の話し手は見たところ三十歳前後のアパレル業界で働いていると思えるキャリアウーマン風の女性。睨んでみたがまるで効き目なし。一向に話が終りそうにない。しまいには空いた座席に座りながらも話を続けている始末。しかも今でも忘れはしない、その話の内容。要約すると「マリアという子供を実家の親に預けながら仕事を続けている。帰りがてら夕食のおかずは何を買えばいいのか。さらにはマリアの教育のことで悩んでいるので今度相談に乗ってもらいたい」というもの。何せ声が異様に大きいので聞きたくなくても耳に入ってくる。

 何でこんなプライベートな内容を公衆の面前で堂々と話せるのだろうか。

 そう、この表情、どこかで見たことがある…。なんだ簡単じゃないか。カラオケ。カラオケで自分から進んで歌を歌っている人は、うまい下手に関わらずみんな「この表情」をしているではないか。つまり電車の中で人の迷惑も省みず、堂々と携帯で話をしている人は「携帯で話をしている自身に陶酔している」といえるのではなかろうか。陶酔の前には、公共心など思い浮かばなくて当然なのである。

(アジ研2年 落合 美紀)


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第879号 Sep.30,1999

■フリートーク「心のオアシス」

 この夏、私は友人の誘いでボランティアホームステイに参加した。内容はシアトルにある富士山に似た山、マウントレーニエの国立公園で障害者の人を含めすべての人々が気持ちよく森林浴をできるキャンプ場を作ること。ぜひ日本でもこういう場を増やしていきたいものだ。さて、現場に初めて現れた私は? と言うと、普段かぶることのない黄色いヘルメットにゴム付き軍手…。格好だけは一人前だった。が、いざ仕事が始まるととにかく指示されることをやるのが精一杯。ただ無我夢中で働いて会話なんてできるはずもなかった。

 でも、そこはアメリカ人の人柄(?)腕の見せ所(?)。ジェスチャー交じりのユニークな会話は、たとえコトバすべてを理解できなくても、私たちの疲れを癒し、やる気、元気、パワーをくれた。

 そこで、「私だって」の余裕もできたのかな? 一緒に心から笑うことができるっていいもんだなぁ。そう言えばみんないい顔してたもん!!

 でも、そう楽しい時間も長くは続かないもの。約束の二週間がとうとう来てしまった。硬い握手をしながら、ふと「せっかく…」の言葉が頭をよぎった。でも汗のにおいいっぱいのハグをした時、たった今よぎったであろうあの言葉はもう私の中には存在しなかった。「おれ達がついてるぞ!」って胸に強く響く友情を強く確信できたから。

 コトバに上手く表現できないから、だから心と心で触れ合えた。まるごと自分を感じることができた。本当に最高の夏だったと思う。

(一文3年 シアトル大好き)


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第878号 Sep.22,1999

■フリートーク「早大生としての自覚」

 この間、大隈ガーデンハウスで無銭飲食の現場を発見した。一人の男子学生がレジを通らないで、裏から料理を持ち逃げしたようなのだ。私は直接現場を見たわけではないので、注意をしに行くこともしなかった。またある時、大学近くのジャポカレーというお店で一人の客(おそらく早大生)が無銭飲食をする瞬間を目撃してしまった。今度は私が直接見たのである。彼は、店のマスターがトイレに入っている瞬間にさっと外に立ち去っていったようだった。私はまさか隣に座っている客がそんなことをするとは思ってもみなかったので、「おかしい!?」とは思いつつも、また止めることができなかった。

 こんな事件があってから、私は名前の知らない「他人の早大生」を信じることができなくなってきている。よく早稲田の良いところの一つに、「馬鹿なことができる」とか「途方もないことを考えつく」ということが言われている。しかし、最近はこれらのことを履き違えている人が多いのではないだろうか? 大学が大きいために何をやってもバレないと考えているのではないだろうか?

 私の在籍する商学部では、前期試験において不正行為を行った学生がいるようだが、これもまた早大生としての自覚が完全に欠如した行為だと思う。一人ひとりが早大生として、いやむしろ人間として、社会的常識を考えて行動してほしいと思う。

(商3年 三四郎)


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第877号 Sep.16,1999

■フリートーク「理論の正当性について」

 数学において、より抽象的な計算式・等式などに基づいた論理は、より具体的な事実と合致します。これは驚くべき現象です。私には理解し難い。更には数年前、ゲーデルは"不完全性定理"を示しました。いくら数学の基本を理解しているとしても高校の文系数学の知識しか持ちあわせない私には、その意味する所を論理的にもイメージ的にも理解できません。しかしこれは、数学を数学で証明しているという奇妙な性質を持っています。

 ところで私は以前から識ら無いことがあります。我々の存在の特筆すべき点は、我々が環境の中に存在する諸事実を認識する主体であることです。そこにおいてわれわれ認識主体は、事実を認識し理解する際、論理という思考方法を用います。そして驚くべきことに、論理は事実としばしば一致します。より説得力のある論理は、事実とより一致するという現象が見られます。これは驚くべき現象です。

 われわれの論理あるいは論理的思考には、事実を現し、認識し、理解する手段として、また事実と一致するものとして、いかなる正当性を持っているのでしょうか。それを証明することができるのでしょうか。試みるとして、論理に拠って論理の正当性を証明することが出来るのでしょうか。論理を包括する秩序体系が存在するのか、それとも、"論理は自ら存在する"独立した体系なのでしょうか。

(政経3年 渡邉健太郎)


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