第843号 Jul.9,1998

■フリートーク 「独り言」

 ロサンゼルスは、夜九時以後は一人で歩くなと言われる程治安が悪い。ニューヨークもそうらしい。治安が悪いということは、危害を加える人が多いということである。危害を加える時は、何事であれ、見つからぬように、分からぬようにやるということであって、その心情は自己中心の心、不正直な心を持っていることを意味する。どんなことであろうと自分にとって有利でさえあれば、他人はどうなっても構わないという心情なのである。

 こういう心情は、嘘をつくことやごまかすこと等平気であって、それが悪いことだと思わないのである。

 さて、嘘やごまかしを平気でやる心から学問や技術が発達したり、経済が発展するだろうか。例えばビルを建てる時、設計に十本の鉄骨を入れるようになっていても、ごまかして八本しか入れなかったらどうなるか。ビルや橋が倒壊した時、手抜きがあったとよく報じられている。手抜きとは、嘘やごまかしをしているということである。こうしたことを考えた時、嘘やごまかしの多い社会とそうでない社会はどちらが安定し繁栄するだろうか。

 人間が正直であるということで、正直であるが故に勤勉にもなるのであるが、それが人間生活の安定そして繁栄の重要な要因であると思う。日本の戦後の経済復興と繁栄がそれをよく示している。

 人の見ていない処で学校の公共物を破損させ、申し出よと言っても出て来ない。官僚・財界・政治家・労働界の私的なつながりによって利権が誘導され、ばら撒かれる社会。不正直が横行したら学校、社会はよくなるだろうか。

 私の通っていた高校の校訓に「誠意を旨とすべし」とあった。正直は誠意の一つである。ちょうどいい機会なので旨とすべしの意を熟考してみようと思う。

(商1年 持田 英裕)


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第842号 Jul.2,1998

■フリートーク 

 先日、早稲田時代の同期生、現役の学生・院生と一緒に、“第五十四回欽ちゃんの仮装大賞”に出場しました。「スピードスケート」というタイトルでしたが、ご覧になった方も多いと思います(一人WASEDAとロゴのはいったTシャツを着ていた組です)。そのお話を少し書きたいと思います。

 出場したのは、教育学部地理学研究会(通称“ちりけん”)というサークルのOBと学生なのですが、そもそも仮装大賞に出ようと言い出したのは忙しいはずのOB(社会人)からでした。本人曰く、「仮装大賞は子供の頃から出たいと思っていたが、社会人となって、それがますます難しいことだとわかると、無性に出たくなった」。

 後からわかったことですが、今回は応募総数5864組中、40組が出場という甲子園並みの狭き門でした。しかし、そんなことは知るよしもなかったメンバーは、誰一人として、書類選考・予選を通じて落ちるとは思ってもいませんでした(多分この根拠のない自信が予選を通った最大の理由だったのかもしれません)。書類選考が通ったあと、10号館の屋上や8号館のロビーで、10時半の閉門時間までよく練習していたので、通りがかった人達には怪しいやつらだと思われてていたことと思います。

 そして予選を勝ち抜いたあと、メンバーの中で、今春王子製紙に入社したN君が、会社の先輩の宮部(慶応出身の元オリンピック選手)さんから本物のユニフォームを借りることができ、いやがうえにもテンションがあがっていきした。

 そして本番。結果は―――なんと見事20点満点!!この時、みんなの頭に100万円がちらちらとよぎりました(優勝賞金が100万円なのです)。やがて全部の組が終了、準優勝までが発表され、私達の組はまだ呼ばれてない(私達の組は28番)――そして運命の時。「発表します。優勝は……にじゅう“いち”ばん…」あれっ“はち”じゃないのね…一瞬身を乗り出したものの、ぬか喜びでがっかり。満点をとった満足感と、賞をもらえなかった無念さがまじりあった複雑な心境。

 「満点とったのに賞に入らないなんて、不思議なチームだねぇ。でもワセダの人は面白いひとが多いけど、出世できない人も多いからなぁ。」と、ほめられてるんだか、けなされてるんだかわからないようなコメントを、収録後に欽ちゃんからいただきました。

 「確かに会社で居眠りしたあと、大学にきて仮装大賞の練習してちゃあ出世もできんわ!」と、後日馬場の飲み屋でバカ話でもりあがりつつも、心の内ではみんなこう思っていたはず――「次は絶対100万とったる!」と。

(教育97年卒 野口 貴司)


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第841号 Jun.25,1998

■フリートーク 「民族、核、そして戦争」

 恐ろしい時代がやって来たような気がする。中仏印パの核実験。ただ危惧すべきは「核実験」そのものではない。民族主義とナショナリズムに裏打ちされて、核保有そのものが必要不可欠なこととして正当化されようとしているのだ。民族の誇示=核の正当化が定式化すれば、「核廃絶」どころか、主権国家として核保有は当たり前という傾向になりかねない。また、そうすることで、民族間の対話・和解の機会がますます少なくなっていくという悪循環にしかならないと思う。

 よく「冷戦時代の方がましだった」という言葉を耳にする。西側諸国・東側諸国・第三世界と、各ブロック内でそれぞれの国の果たすべき役割が明確だったからか、すなわち、国家間の均衡が保たれていた、ということのようである。だからこそ、その時々の政府方針がおかしい時は、それに対応する反対運動もそれなりの盛り上がりと説得力をもっていたのかもしれない。(核反対についていえば、あの世界的な原水爆禁止運動。)

 しかし、各ブロック構造が解体した現在、完全に新しい時代に入ったといっていい。今、パレスチナ、カシミール、エリトリアと、世界中で民族の戦闘が絶えまない。私たち日本人が、今こうして平穏の中で暮らしていられるのもただの偶然ではない。日本国政府の外交上、経済上の努力の成果なのだ。けれど、それによって私たちと同じような平穏を享受できない人々が世界中にたくさんいるのも現実のことなのである。だからこそ、生きるために戦っている戦争地域の人々に対して、「戦争はやめよう」、「平和を守れ」などと軽々しく言うことは私にはできないのだ。こうした言葉を聞くと、「果たして平和とは何か」、「平和とは守るものなのか」、「日本は平和か」といった疑問が沸沸と湧いてくる。

 インド国民やパキスタン国民にとっては、「核の脅威」よりも「隣国の脅威」の方がより切迫した目先の問題として現実的なのだろう。私たちはもはや「ヒロシマ・ナガサキ」をアピールすることだけでは消極的な抵抗にすぎないのかもしれない。「ヒロシマ・ナガサキ」の被害の大きさよりも、それをもたらした要因を訴えることの方が現在の核に無頓着になってしまった世界に響いてくるのではないだろうか。大事なのは人間一人ひとりであって、「国家」ではないのだ。国家間の外交駆け引きの上では説得的ではないかもしれないが、あえて根源的な問いかけを発したい。

 「自分は好きですか? 人間は好きですか?」

(法3年 剛田ゴン)


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第840号 Jun.18,1998

■書評「榊 東行著「三本の矢」(早川書房)」

 タイトルは「政・官・財」の均衡を表すレトリックである。著者が東大、ハーバード大出身の現役の某省庁の課長補佐(いわゆるキャリア官僚)ということで、若干、色眼鏡的な思考で読み始めたのだが、上下合わせて七百ページを超えるその内容は圧巻だった。久しぶりに「寝る間も惜しんで」読みふけった。

 衆議院予算委員会での大蔵大臣の失言による長期信用銀行の倒産をきっかけに崩壊する日本型金融システム。旧来の制度を打破し真に自由化されたシステムを目指す大蔵省若手官僚グループと、金融システムの安定を口実に更なる権限獲得を図る幹部官僚。ここに選挙を見据えた「政」の思惑と、企業利益と既得権保護に奔走する「財」が絡み事態は複雑化する。

 場面はあちこちへ飛び、人物関係も複雑だが、著者は読者の思考を整理する方策に万全を期している。政治学や経済学、金融などの分野の専門的な内容・方法論を素材としながらも、決して素人の頭を混乱させない。むしろ、自分の専攻とは畑違いの経済・金融分野への知的好奇心を喚起してくれた。そして、自分がこの分野にいかに無知、かつ無関心であったかを痛感した。

 金融危機が叫ばれる日本の現状を十分に把握した上の著述は強烈なインパクトとリアリティを兼ね備えている。銀行の倒産を引き金とした経済の混乱は、現在の日本にとっては決して絵空事ではない。同著のカバーの言を借りればまさに「現在進行形」の内容である。

 私と同様、普段は経済や金融の分野と縁の薄い人にこそ是非読んでもらいたい名著である。

(法研1年 楠亭)


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第839号 Jun.4,1998

■フリートーク 「キャンパスの風景」

 四月二十三日付の当紙「えび茶ゾーン」の筆者は、「壁という壁に、同じポスター、ビラが、これでもかと貼り付けられている風景は、早稲田的なのか?」と問い、ポスター、ビラ類の掲示法の確立を説いた。私はこの筆者の問いに、私見を呈したい。

 壁という壁にポスターやビラが貼り付けられている風景は、少なくとも早稲田的「だった」と私は思う。私が多くの大学の中でも早稲田に憧れ、そして入学したのは、キャンパスを訪れて最初に目に飛び込んできた、多くのポスターやビラに、「自由放任」を感じたことが大きい。学生が伸び伸びと好きなことをやって、それぞれ自分なりに魅力的な世界を持ち、しかもそれを互いに開放している。それに強い感動を覚えたのだ。

 入学後の日々、授業が終わって手持ち無沙汰な時は、その辺にあるビラを見て、公演や催し物に顔を出すことも多かった。そうして、私の毎日は様々な体験に彩られていった。いわば、早稲田の隅々までもが、多様な機会を提供する唯一無二の「情報紙」だったのだ。

 掲示法が確立されたからといって、サークルがなくなるわけではないし、早稲田の人間が育んできた多様な文化はそう簡単に消滅はしないだろう。しかし、掲示物が乱雑に貼られたキャンパスと、秩序正しくあまり目立たぬように貼られたキャンパスとでは、大いに印象が違う。私は前者を魅力に感じたのであり、後者であったならば、あえて早稲田に強い憧れを抱くことはなかっただろうと思う。「掲示法の確立」は、キャンパスの風景を一変させ、訪れる人の、早稲田への印象を変えるほどの効果をもつことなのだ。

 それが果たしていいのか、悪いのか。その議論こそもっとされるべきだと思う。私が冒頭で「少なくとも…だった」と控えめに言ってみたのは、もしかしたら、人々が早稲田に求めるものが今や変わってきているのかも知れない、との思いも併せ持っているからだ。ただ、私の好きだった早稲田の風景が、目に見える議論もなく急速に変わっていってしまうのは、とても切なく苦しい。私は、先日の筆者の問いに、もっと多くの答えが寄せられることを望む。今なお早稲田が好きだからこそ、納得して、今後も早稲田の風景を眺め続けたいと思うのだ。

(政経5年 秋葉 丈志)


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第838号 Jun.4,1998

■フリートーク 「大学受験を終えて」

 ゴールデン・ウィークも過ぎ、各大学の新入生はようやく「大学生」に慣れてきた頃と思う。受験生活を終えて数カ月、「もう二度とやりたくない」と思っている方々が大半だろう。

 近年、受験界では、偏差値評価による受験をやめて、生徒の人間性を重視するための面接試験や「一芸入試」なるものが流行っているらしい。偏差値だけで人間を評価すべきではない、機械的に問題を解くだけの受験エリートは最近の企業では必要とされていない、と学歴偏重社会を是正すべく導入された入試方法である。

 しかし、こうした一見良い傾向であるかのように見受けられる入試制度を、社会が快く受け入れることは果たして正しいことなのか? これらの新しい選抜方法にも、客観テストにはないいくつかの問題点があると思われる。

 まず、人間性や人格といった人それぞれであり、優劣をつけるべきでないこと、正否のないことをどう正しく客観評価できるというのだろう? また、その評価結果に絶対誤りはないと言い切れるのか? さらに、「テスト」そのものを「諸悪の根源」であるかのように見做し、努力しないことを覚え、楽な方に流れる「だめ人間」が増える可能性すらあるのである。

 私はむしろ、従来の「受験勉強」ほど純粋な世界はないと思っている。働いた経験のある方、若しくは社会人の方ならわかると思うが、他人との相性、人間関係などで、自分が正当に評価されていないことに悩む時がたびたびあるだろう。テストのように、真に自分の努力・実力だけできっちりと割り切れる世界ではないのである。

 確かに、客観テストには、純粋な世界であるがゆえに、自分の出来、不出来が正確に答案上に反映されるという、残酷な側面がある。しかし、人間の個性、性格、思想などに関係なく、「誰が解いても正解は一つ」というすばらしい利点があることを見逃してはならない。

 受験勉強を通り抜けてきた人たちには、受験を通じて、地道な努力と忍耐で解決できることがあること、ゴールがあることを忘れないでほしい。なぜなら、すでに受験を終えた私たちは、これから「基準なき基準」によって評価される実社会へ出ていかなければならないのだから。

(法3年 剛田ゴン)


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第837号 May.28,1998

■フリートーク 「就職活動」

 私は、社会人一年目、女子の総合職です。新人ではありますが、この四月から五月にかけ、リクルーターとして何人もの学生に会いました。色んな夢を持ち、それを叶える為に仕事を探している学生の姿は、気持ちの良いものです。

 しかし実際、会社というところはセミナーやパンフレットで説明されているような、きれいで素晴らしいだけのところではありません。確かに、はじめは夢を持って入社したかもしれない人たちの中にも、ただ仕事に追われて自分を見失ったり、または単なる仕事と割り切ってこなすだけの日々を過ごしている人も沢山います。「自分だけは」と思っていても、学生の頃より自由な時間は随分と減り、忙しい日々に流されそうになってしまうこともあります。

 ただ、そんな現実をお話した上で敢えて言いたいです。「それでも自分のやりたい事をとことん追求して下さい」勿論、仕事はお金を稼ぐ為だけのものと割り切る人もいるでしょう。そういう人は仕事以外のところに、そうでない人は仕事に、諦めずにやりたい事を追求して欲しいと思います。

 そしてもう一つ、「小さなところでもやりたい事ができるなら」という思いと「でもやはり、周りも周りだし大企業に行っとかなくちゃ」という思いで迷っている人に言いたい事があります。

 大企業というだけで、自分の心は魅力を感じないところなら行っても苦しいだけです。周りの評価なんて気にしないで下さい。自分ならではの仕事ができそうなところに行って下さい。自分に正直にさえなれば、自然に強い自信と誇りが芽生えるはずです。

 その誇りがあれば、気持ちよく生きていけると私は思うからです。

(教育学部98年卒 あすぱら)


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第836号 May.21,1998

■フリートーク 「学生とは何か」

 昨年の八月、思うところあって長年勤めた会社を辞め、今春、久しぶりに母校のキャンパスに帰ってきた。周囲を見渡せば、若葉が顔をだし、見慣れない建物が建ち、新入生であふれかえっていた。

 同級生は、年齢層もさまざま、中には白髪の交じった人もいる。講義は少人数で、多くて十五人前後、少ないと二人だけのマンツーマンである。正直に言ってついていくのがやっとであるが、学部時代とは異なり、教授と自由に意見のやりとりができるし、教授の方もある程度対等に扱ってくれる。しかも、何より勉強がおもしろくて楽しい!

 そんな中に、中国からの留学生がいる。向こうで修士課程を終え、論文作成のために勉強しているそうだ。修士課程を終えているだけあって、こちらが知らないような細かな日本の歴史にまで精通している。講義中も熱心に質問しているし、そばで見ていて本当に頭が下がる。

 一方、キャンパスを見てみると学生が青春を謳歌している。だが、みんな同じようなブランド品を身につけているのが気になる。世の中が豊かになったせいもあろうが、大学生がブランド品で着飾っているのは異常ではないだろうか。何を着ていようと個人の自由であるが、変な横並び意識から着ているのであれば、そのような意識は捨てればいい。個性を主張したいのなら、他のことで主張すればいい。

 大英帝国が衰退した理由の一つに、若者が遊びだしたからだ、という説がある。日本を代表する大学がこの有り様ではこの国は将来どうなるのだろう。本来、大学とは無知を憎む者が知ろうと努める場所である。おしゃれよりも先にすることはたくさんあるはずだ。

 古人も言っているではないか、「少年老い易く、学成り難し」と。

(社学研1年 一書生)


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第834号 May.7,1998

■フリートーク「凛とした物乞い」

 連夜の夜行バスで、マレーシアから一気にタイのチェンマイまでやってきた。帰国を目前にしての強行スケジュールでその日の夜行列車に乗るため慌ただしく市内を回り、みやげ物屋が集まるナイトバザールに行った。街路に店や屋台が立ち並び、大勢の観光客で賑わっていた。通りに面した建物の階段の前に、一人の物乞いが座っていた。彼はわずかなコインが入った缶を両手で天に掲げ、じっと施しを待っていた。盲目なのだろうか、決して目を開かなかった。おまけに、彼の両手首から先は何もなかった。

 アジアでは、観光客の集まる所には必ず物乞いがいた。かつて訪れたインドでは、路上にうごめく無数の物乞いを見てきた。収入を増やすため、故意に不具者を作り出すという話も聞いた。しかしこれまで僕は一度も喜捨(バクシーシ)を与えたことがなかった。施しを行えば、得た者は甘え、そうでない者はねたむ。あの時十代だった僕は喜捨という行為に何の意味も見出せず、価値判断を保留されていた。

 彼の前を三、四度通っただろうか。鮮やかなバザールの光は闇を一層浮かびあがらせる。僕は彫刻のように微動だにしない彼の方へと歩き出した。そして、あらかじめ用意した一バーツ(約3円)を掌のない両腕で掲げられた缶の中に入れた。それは驚くほど大きな音を立てた。彼は一瞬びくっと体を震わせ、軽く頭を下げた。なぜだか一刻も早くその場から立ち去りたくなり、華やかなバザールの人込みの中へ僕はまぎれ込んだ。

 ギリギリを生きたことがない僕は、一つの重い現実に直面する時、どこまで彼らに近づけるのか。単なる同情は彼らにとって無意味だ。利他や無関心が錯綜するなかで、それでもまずは考え、問い続ける中に一つの答えを導き出すきっかけがあるのかもしれない。

 闇を走る列車の中で、そう思った。

(教育2年 くり)


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第833号 Apr.23,1998

■フリートーク「三年目のオウム裁判によせて」

 地下鉄サリン事件。あれから三年が経とうとしている。過日、実行犯であるオウムの林郁夫被告に無期懲役の求刑が出された。「オウム信者」でもない「医師」でもない「林郁夫」その人自身は、犯罪の重大さに比べて、ひどく小さな存在に思えた。

 一連のオウム事件や酒鬼薔薇事件の報道を通じてマスコミに登場していた識者の間で盛んに指摘されてきたことに、「現代人の心の空虚さ」がある。戦後、受験競争や過重労働によって画一的な生き方を半ば強制されてきた日本人は、ひととのつながりや生の尊さといった一見当たり前のことを失ってしまったのだという。そうした者たちが「心の空虚さ」を埋めようと、カルト信仰に絶対的なものを求めていったのだと言われている。

 確かに日本人は既製のレールを一直線に走ってきた。ただ、ひたすらに。だが、ある日突然、その確固としていたはずのレールさえ消えてしまっていることに気づく。

 モノや情報に翻弄されるような物欲社会を資本主義体制の弊害と捉えるならば、一つの打解策としてそこに革命の可能性が生まれるかもしれない。だが、確固としたレールがなくなった今、人生の座標軸をどこに求めるべきなのか? この答えを出せるのは、いずれにせよ、各々でしかない。いや、各々でなければならないのだ。

 もし、答えを国家が用意しているのなら、それは私たち自身の手で再びファシズムを招き寄せることでしかない。でも、ひょっとしたら、もうすでに私たちはファシズムの中にいるのかもしれない。それは普段は見えないのだが、時々「事件」となって身近に立ち現れてくる。あの「地下鉄サリン事件」のように。

(法3年 剛田ゴン)


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第832号 Apr.16,1998

■フリートーク「留学生の目的とは?」

 将来、中国へ留学しようと考えている。私が初めて中国へ行ったのは高校生の時。北京・西安一週間の家族旅行だった。特に印象深かったのは、西安の小雁塔である。塔の天辺が欠けているのが特徴の小雁塔は、大雁塔が観光スポットであるのに比べて、人も疎らだった。だが、それがかえって「遺跡の雄大さ」を際立たせていた。そんな小雁塔を見上げると、歴史との会話さえ可能であるかのように錯覚してしまう。

 最近、いくつかの中国留学団体の方々にお会いして話を伺ったのだが、留学生の多くは、中国を「ビジネス・チャンスの到来」と捉えていて、ただ中国語を身につけることだけを目的にして早々と帰国してしまうらしい。

 留学情報収集のため様々なパンフレットを見ても、中国がいかに奥深い国であるかが分かる。時間が止まってしまったかのような悠久の西域都市、のんびりとした水墨画の世界、桂林。まるで仙人が住んでいるかのような昆明の石林。エネルギーあふれる経済都市、香港、深潤B中国には実に様々な“表情”があるではないか。「ビジネス・チャンス」などという打算だけで中国を平面的に捉えるのはあまりにもったいないと思ってしまう。

 日本人はとかく、「後進国」からは学ぶことが何もないと思っているようである。だが、国や経済の優劣などは、どれだけの比較になるというのだろう? 

他国の文化を目の前にして、それでもなお、自分が外国人であることを認識しつつ、謙虚になることこそ、その国の“心”に触れることができ、考えていた以上に学ぶことが多いのではないかと思う。

 これが私の中国留学の目的であり、目標である。留学希望の早大生の皆さん、どういった目的をお持ちですか? 

(法3年 剛田ゴン)


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第831号 Apr.9,1998

書評「約束」

 昔、軍隊で教官として新しく入ってくる兵士達に下手でありながら精神教育をしたことがある。その時のことだが、正規の教育内容のほかに余談として‘約束’についてよく話したことを覚えている。我々の身の回りのすべては約束であるんだと。

赤い色をアカと呼ぶのはなぜか。赤い色をクロ或いはアオと呼べばいけないのか。赤い色を redといえば大丈夫であるが、blackといえば周りから変な目で見られる。(もちろん、みんなの心の目は同じ物を見ている。ただ口に出すのが異なるだけだ。)我々が着るものをフクと呼び、座れば安らぎをくれるものをイスと呼ぶ。父をチチと、母をハハと、大統領をダイトウリョウと。我々の名前もそうだ。自分の意志とは無関係に、自分が好むと好まないとを問わず、生まれるときから決められ一生自分自身の象徴になる。

 なぜそうなのか。答えは簡単である。すべてを我々がそう約束したからである。血の色をアカと呼ぶとしよう、髪の色をクロと呼ぶとしよう等々。すべてを遥か昔からそう呼ぼうと人々同士に決めてきたからである。つまり、この世のすべては約束の山である。1+1はなぜ2なのか。それもそう約束したからに他ならない。それに文句を言えばおかしい。

そして、我が世はこのような約束をよく守る人が優秀と言われるのである。テストでは予め授業で約束したとおり書けばいいんだから、より多くの約束を覚えている人が高い点数を取り、よりよい学校に行き、周りから褒められる。

約束にはこうした自分の手ではどうにもできない決まっているものがあるばかりか、調整ができる約束もある。これが普段約束と呼ばれるものである。友達とのミーティングの約束など。その時も約束を時間どおり守る人は信頼を築いていくことができる。

ところで、たまには少々負担になる約束もある。あるサービスを受けようとするとき担当者がいわく、“これは駄目です”。“何故ですか”と聞くと、“決まりなんですから”と。事務的でとても便利な言葉である、‘決まり’。“俺はそんな決まり知ったこともないし同意したこともないのに”とつぶやきながら仕方なくきびすを返す。しかし、ほかのみんなが同意する‘決まり’なら守らなきゃ。みんなが同意するだけに正しい決まりであるはずだから。ともかくみんな約束を守ろう。ならば優秀な人物になれるよ。END.

(法研委託履修生 Kim Chi Hwan)


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第830号 Apr.2,1998

書評「親」

 母が洗い物をしている流しで、ちょっと手を洗わせてもらった。「お母さんの手と随分違うねぇ。」そう、母の声を聞いて、思わず手を引っ込めたくなった。母の手は赤くて、細かいしわがいっぱいあって、ひび割れてて、

小ちゃくて、ポチャッとしていた。「細くて、長い指が羨ましいわ。お母さんもそんな時があったのに。」

 最近“首のところのしわが目立ってきたなぁ”とか“前は全然だったのに、この頃はよく風邪をひくなぁ”とか、そういった親の「老い」の部分に気付かされる。老いることがそのまま“醜い”だとか“良くない”だとかは、全く思わない。けれど、そんな部分を目にすると、なんだか切なくて寂しくなる。

 私が小さい時は、親というものはすごく大きくて、頼りになって、完璧な存在だった。それが私が成長するにつれ、少しずつ少しずつ、親の弱さもみえてくる。そんな時、なんだか余計に優しい言葉がかけられなかった時があった。また時には、気遣ったつもりで言った言葉が、逆に傷つけてしまったこともあった。親は親でまだ、子供にそんな目で見られたくないんだろう。

 この前、夜はいつも家にいる母を飲みに誘った。はしゃぐ姿がなんだかかわいかった。また、こんな風に誘ってみよう、そう思った。来春から社会人だし、今度は私がお金を払って(笑)。

(教育4年 あすぱら)


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