第859号 Jan.14,1999

■フリートーク 「江沢民氏の来校・講演から」

 新聞・ニュースなどからもうご存知のことであると思うが、

先週土曜日に江沢民氏が来校された。私も一度は会ってみたいと願望を持っていたので当然記念講演を聞きに大隈講堂へ出向いた者の一人である。しかし、その講演を聞いた瞬間に私たちがこのままのスタンスで良いのかどうかに疑問を持った。

 まず第一に罵声が上がったことである。某友人によればこのようなことは大物の講演には良くあることであるという。しかしそれだけで片づけて良いものなのだろうか。主義主張が異なるかもしれない、自分のプライドを傷つけられるかもしれない、いわんやその為に理性を失ってしまうこともあるだろう。が、自分がもし相手の立場だったら、と考えられないものだろうか。これはおよそ日中友好に関わらず、私たちが世界の人々と付き合っていく上で必ず必要となるものではなかろうか(私は罵声を上げた人にこういう意味で軽蔑の念を抱いた。極論的に言えば同じ日本人であるのかと恥ずかしくなった)。

 次に携帯電話の着信音である。講演中何回なったことだろうか。デートの催促、バイト先から、いわんや家族の危篤の知らせなど確かに携帯電話を必要とすることもあるだろう。が、それは留守録、バイブレーション機能などを付ければ済むことであって、一つの音のために他の大勢の人の迷惑になることそっちのけというのはどのようなものだろうか。

 このようなことから、私に一つの提案がある。まず初めの問題について。今回の講演の聴講は、学生は4百人余程度だったそうだ。しかしこれをインターネットで学内の教室(特に14号館)を使えば、もっと多くの人が聴講できただろう。大学にお願いすることになろうが、入学式だけのために使うのももったいないからと善処していただけないものだろうか。次にもう一つの問題について。このような着信音はしばしば大学の講義の中でも見られる風景である。どちらかというと、教授も馴れ合いになっている感が感じられる。しかし本来は講義の妨げになるものであって声を大にしてでも教授は嫌うべきものであろう。そこでもう、今年度も残り少なくなってきたが講義中に着信音が聞こえかつ、講義が妨げられた場合には教授は講義を中断し退出も辞さないと告示してみては如何だろうか。告示されたからといって、学生にそれについて抗議する権利は何も無い。なぜならば、講義に出るということは講義を聴くため、であって講義を妨げるためではないからである。

 このような対処をすることはグローカルユニバーシティを目指す早稲田大学にあって最低限の教育の一環となるのではなかろうか。

(法2年 我叫孔良)


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第858号 Jan.7,1999

■フリートーク 「大学の授業の質は本当に低いのか」

 以前このコーナーで大学の授業の質についての意見が述べられていたのを拝見したが、それについて私も思うところあって今回投稿することにした。

 先の投稿にもあったが、我が校の授業の質が低いとの不満を私もしばしば耳にする。確かに今私の受けている授業の中にも開始時刻に堂々と遅れてきた上、何の弁解もないという教授もいる。しかしこれは彼が愚かなだけであり、多くの教授がその様な姿勢であるとは私には思えない。

 学生が授業に不満を感じることの原因のひとつは、大学教授には研究者として業績を残すこと(現在のそれに対する評価方法についての問題はさておき)を求められると同時に教師としても一流であることを期待されているという現状にあるのではないかと思う。研究には多大な時間と労力を要するのであり、それと同時に学生への懇切丁寧な授業をも完璧にこなすのは不可能だからである。両者を大学教授に望むのは酷であろう。

 一流の研究者であることと一流の教師であることとの両立が困難である以上、仮に教授が研究に比重を置くのであれば授業が学生の理想とする程度には至らないという結果が生じることは十分あり得ることであり、それを怠慢だと批判する学生の言い分もわからなくはない。

 しかしここで重要なのは、我々学生はそれを自分の甘えに対する言いわけにしてはいけないということである。学生は限られた授業内容を手掛かりに自分でさらに学問を深めていくべきなのであり、高校までの様な手とり足とりの授業を期待すべきではない。それぐらいは最高学府に通う者としての当然の責務だからである。

 大学の授業に不満を感じる者もそれが本当に大学や教授の落ち度によるものであるのか、それとも自己の甘えによるものなのかを今一度再考してみるべきだと私は思う。

(政経4年 誠みのる)


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第857号 Dec.10,1998

■フリートーク 「授業の質について」

 早稲田大学は、学生一流、施設二流、教授三流と言われている。

 厳しい受験戦争に勝ち抜いてきたこと=一流と言う前提には疑問だが、この言葉は、早稲田の本質を突いている面があることは、否定できない。

 学生は入学試験と言うふるいにかけられ客観的に査定されて入学してくるが、施設や、教授はどうだろう、それらは、客観的に評価されているのか? 否である。

 施設は14号館の新設や、コンピュータ関係の充実で近年だいぶ改善されてきたが、教授の質は、どうだろう? このことこそが問題にしたいことである。

 まず言っておきたいのは、ここで問題にしているのは、教授の研究業績ではない。教え方であり授業に望む姿勢である。この面から見る限り早稲田の教授の半数以上が三流にランクされるのは、間違いないだろう。授業に遅れてくるのは、日常茶飯事。中には、研究旅行などといって3分の2以上休講にすることを明言している授業(半期でしかも専門科目)もある。

 此処で学生や、大学側に一考を促したい。授業をほとんどしない有名教授など必要なのだろうか。大学は、授業の質の充実を有名教授を招聘するだけで安心していないか? 研究や政府関係の仕事で忙しく授業をしない教授などいくら有能だろうが必要ないのである。また授業において板書が読めないほど字の汚い教授なども然りである。こういう教授がいかに多いことか。後輩やこれからの早稲田のためにも大学側に深い反省と善処を求めるものである。

(政経4年 Goro)


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第856号 Dec.3,1998

■フリートーク 「明日、エルサレムへ」

 「明日、エルサレムを案内してほしい」。私の問いに、ラエットは何も答えなかった。

 私は今年の夏、イスラエルでパレスチナ人の家庭にホームステイをした。イエス生誕の地とされるベツレヘムの小高い丘の上に、その家はあった。父・母・ラエット・2人の妹の5人家族で、みんなとても明るかった。

 話はホームステイ2日目のことである。午前中にエルサレムの旧市街を見て回った私は、もう一度行きたいと、ラエットに言った。だが、家への帰りの坂道で、ラエットは黙ったままだった。その無言の意味に気がついたとき、私はいたたまれない気持ちになった。

 ラエットの家からエルサレムまでは、車で30分とかからない。しかし、彼ら家族はパレスチナ人であるために、エルサレムに通じるチェックポイントを超えることができないのだ。パレスチナにあるエルサレム。そこに彼らは行くことができない。一体なぜなのか。そんな問いは、ホームステイをしている間、ずっと続いた。

 ホームステイ最後の夜、父・ミカエルとパレスチナ問題について話した。話の中で彼は、自分たちの国が欲しいと、熱く語った。その言葉が、いまも印象深く残っている。

 パレスチナ問題は複雑だ。ラエットが無言になったように、私も何も答えられない。しかし、だからといって、絶望するしかないのであろうか。ラエットたちは、毎日を明るく暮らしている。自分たちの国を夢見ながら。そんな彼らを見ていると、今の事態から少しでも抜け出せるような気がしてくるのだ。そう思うのは、私の思い過ごしであろうか。

 最後の別れは、家族全員が出迎えてくれた。車はいま、ベツレヘムの丘を下りていく。丘の上には、ラエットたちが住んでいる。私は家の方に振り返り、いつの日かを願いながら、同じ言葉を繰り返した。

 「明日、エルサレムに一緒に行こうよ」、と。

(政経4年 石平 道典)


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第855号 Nov.26,1998

■フリートーク 「文化の日に」

 11月3日、友人の留学生に誘われて假な足を近所の大学の学園祭に運んでみた。

 「留学生の日本語スピーチコンテスト」。大学の一角、約100人入る小さな教室の中で中国、韓国、米国などの留学生がおのおのの意見をスピーチするもので、1人が話し終わるごとに惜しみない暖かな拍手が起こった。

 「アルバイトで私は2度クビになりました。日本語が話せなくて、もう来なくていいと言われた時の悔しさをかみしめながら日本語を学びました。辛いことも多かったけど、今は話せるようになって、やっとお弁当屋のバイトが1年6カ月続いています。アルバイトを通じてお金では買えない、自立する心と日本語の能力を身につけられました。大変良かったと思っています」韓国人のジョン丁さんの「アルバイトのすすめ」が最優秀賞だった。

 異国で不慣れな言葉を笑われながら、その悔しさをバネにして、何がなんでも上達しようと貪欲に学ぼうとする話には、実体験に基づく迫力があった。

 スピーチのテーマは大家さんとのこと、学費のこと、自国文化、日本社会の問題点などだが、話す学生たちの表情はいきいきとし、ジェスチュアも実に豊かだった。概して服装は地味で素朴だが、それでも内に持つ純粋さと自信は共通して見えた。

 自分のどこかに失われかけた、留学生たちの何がなんでもやってやるぞという泥水を這うような根性が羨ましかった。外国語で自分の意見を大勢の人前で話すことは、相当の自信と努力がなければできない。果たして今の自分にそれができるか。断言できぬ自分がやけに卑小に思え、情けなくなった。

 閉会の折の拍手は、ひときわ大きかった。合計100人に満たない聴衆と留学生とに対しても拍手をしあい、小さな集まりは終わった。

(教育4年 工藤 哲)


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第854号 Nov.19,1998

■CD評 Roddy Frame「The North Star」

 彼の最新作をどんなに心待ちにしていただろうか。CDショップでこの作品を手にした私は、あまりの嬉しさに、また、1分でも1秒でも早くその音を聞きたいがために、思わず駆け足で家に帰ってしまったほどだ。

 今回もロディ・フレイムは、私の期待に応えるべく「心の安らぎ」を届けてくれた。清涼感…。そんな言葉がぴったりの作品になっていると私は感じた。

 アズテック・カメラの名ではなく、初めてロディ・フレイムの名義で出した今回の作品は、彼にとって通算7作目にあたる。18年という長い年月で7枚というのは、ちょっと少ないように思えるかもしれない。しかし、彼の作品こそまさに量より質。アルバム1つ1つが、それぞれに私の心をとらえて離さない。今回の「ザ・ノース・スター」もそんな1枚になりそうだ。

 第1弾シングルに選ばれた「リーズン・フォー・リビング」はもちろんのこと、爽やかなギターで始まる「リバー・オブ・ブライトネス」やサビのメロディが心地好い「シスター・シャドウ」など名曲揃いである。ボーナストラックの「ビバ・ノバ」のコーラスとの掛け合いも面白い。

 このニューアルバムをひっさげて来日してくれないだろうか。心から願う今日この頃である。前作の「フレストーニア」に伴う来日公演には行けなかったので、今回は何がなんでも行きたいと考えている。その日が来ることを夢見て、毎日頭を悩ませながら卒論に取り組んでいる私である。

(一文4年 旅情編)


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第853号 Nov.12,1998

■フリートーク 「秋のけはい」

 Tチロタン、オハヨ!U

 我が家の朝は、この一言から始まる。白いふわふわした毛でおおわれ、所々にスカイブルーのうぶ毛がのぞく。目の周りには、アイシャドーもどきのグレーの毛が。そして、まつ毛まで外側に向かってカールをしている。なんともおしゃれなセキセインコである。

 さらに不思議なことに、チロタンはからだ全体を揺り動かして、人間の言葉を巧みに操る。父がネクタイを選んでいると、Tコレニシタラ?Uねぼすけの娘が、ふとんの中でもそもそしていると、Tチャンチャン、オキタラ?Uそれでもまだ起きないと、Tチャンチャン、オコシタゲル!Uえい! トリの世話にはならんわい、とばかりにふとんをはねのけ起きる私。

 そんなチロタンが、今日は情けない顔をしている。あの美しい、白いふわふわした毛が、水浴びをした後のように、ペトンとしている。赤い肌がすけて見え、丸くて黒い目が何かをうったえている。視線をカゴの中に移すと、白い毛がたくさんぬけていた。

 (ははーん。涼しくなってきたので毛がぬけかわるんだな。)と思い、ここで一矢報いようとちょっといじわるく話しかけた。「チロタン、毛がぬけたの?」すると突然洗面所から、「変な言葉を教えるな!」と、荒々しい声が。それは出勤前、最後の手入れをしていた、1本の毛も無駄にできない父であった。

 おわり

(教育3年 柿野 裕)


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第852号 Nov.5,1998

■フリートーク 「その一瞬を逃さない」

 幾日も雨が降り続いたのが嘘みたいにその日は朝からよく晴れわたっていた。

 空の青さには不思議な力があると思う。すがすがしくって、気持ちよくって、緑の葉っぱの一枚一枚をキラキラと輝かせる。空が青いだけでこんなに幸せになれる。こんな時、空がおうど色とか、こげ茶とかじゃなくて本当によかったと思う。今日の空の色を青に決めた人がもしいたとしたら、本当にセンスがいい。

 家に閉じこもっているのがもったいなくて私は外へ飛び出した。カメラ一つを手にして。思いっきりカメラを上に向けると、私はとてもレンズには収まりきれないほど大きな青い空の一部を切り取った。

 カメラのレンズから覗く風景はいつもと違って見えた。木立ちの間から降り注ぐ木洩れ陽。芝生の緑と赤茶色の小道と青い空のよく映えるコントラスト。通い慣れた公園のつまらない景色が今日は絵はがきに見えた。

 数日後、現像された写真を見てア然とした。あんなに輝いて見えた景色がすっかりと色あせて見えた。被写体がまるでずれていて、お腹と足しか写っていない鳥の写真もあった。写真なんてただのカメラのシャッターを押せばいいだけと考えていた私は甘かった。

 大学の図書館で、たまたまある写真集を見たのはそれからしばらく後のことだった。「早稲田の獅子」と題されたその写真集は早稲田大学応援部の部員の姿を生き生きと写し出していた。

 何万という学生を前にあらん限りの声をふり絞る部員、普通に登っても息切れがする胸突坂を上級生を背負ってはい上がる新人たち、指揮台の上で大きくジャンプする主将。零コンマ何秒の瞬間の世界が高密度に圧縮されていた。よくぞ、この瞬間をとらえたものだ。

 私は静止している物さえ満足に撮れなかったのに、小野田さんというカメラマンは、動いている被写体の一番いい瞬間を一番いいアングル角度で切り取っているばかりでなく、汗臭さというか泥臭さというか、本来映像では伝えにくいものも伝えてくれた。

 どの一枚も素晴らしかったけれど私を最も魅了させたのが写真集の最後のページに載っていた一枚だった。

 神宮球場だった。試合はもう終わってしまったのか、選手は一人も写っていない。電光掲示板のちょうど後ろの方から沈みかけた太陽が最後の光を放っていた。そしてその夕陽をいっぱいに浴びて、応援部主将が指揮台の上に一人ぽつんと立っていた。

 おそらく盛り上がったであろう球場の熱気の余韻と、それと対照的な静寂さが伝わってきた。そして何よりも選手と一緒に精一杯戦ってきたんだという満足感もその表情から伝わってきた。

 私は言葉を失った。いや、この写真はいかなる言葉も添えてはだめだと思った。男のロマン? そんな言い古された言葉でこの写真を飾っては嘘だと思った。

 言葉を越えた時、その写真はカメラの芸術の頂点に達するだろう。

 言葉を超越したその空間、その情景。その一瞬を逃さない――カメラマンの鋭い眼差しを感じた。

(教育3年 川平 理笑)


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第851号 Oct.29,1998

■フリートーク 「恋愛について思うこと」

 気付くと私ももう25歳を半分過ぎた。ほんのここ2年くらいで私の恋愛観は随分変わったように思う。その変わり様は大学4年間よりもずっとずっと大きく、速い。

 20歳のころ、私は恋も時間も無限に存在すると思っていた。次なんていくらでもあるわ、って。でも真の恋愛の成就は奇跡に近いんじゃないだろうか。愛されることは楽チンでも、愛することはなかなかしんどい。それだけに想いと想われのバランスは難しい。365日フィフティーフィフティーのバランスを取るなんてことは土台無理だけど、余りにそれを失してばかりいると恋愛は続かない。それが一時はどんなに真実性と輝きを放っていたものでも。

 それならそのバランスを保つにはどうすればいいのか? 私が思うに王道は無い。「思いやり」それに尽きる。相手の気持ちと、立場を思いやり、手探りの試行錯誤で2人の関係を築いていく。それしかない。そしてその作業に多くの時間が割けるのが大学時代だと思うのだ。

 20歳の私にとって恋愛は1番の関心事だった。だから生活や仕事にかまけて恋愛どころじゃなくなるだとか、愛よりも世間体を優先させるという大人の理屈は不潔に聞こえた。でも今の私は、少なくとも頭では理解できるように変化してしまった。心までそう変わってしまう事への抵抗はまだあるけれど、そうでないと大人になれないというのもまた事実。だからこそ、大学時代はちょっと合わないからといってせっかくの恋をなげてしまわずに、苦しみながら精一杯恋愛すべきだと言いたい。

 恋は実に簡単に始まるのに、持続するのは本当に厳しい。時には逃げることも、軽い恋もいいけれど、細かいこといろいろ気にせず「だって好きなんだもん〜!!」と相手にぶつかっていく恋をどうか学部生の皆さん、精一杯してください。

 最近、私の恋が終わった。文字通り全身全霊を打ち込んで、初めて現実に結婚を考えた恋だった。「永遠に続く愛」を真剣に信じて裏切られただけに本当に辛かったけどね。結局「永遠に続く愛」は肉親にしか期待しちゃいけないのだ。だけど運命の出会いに裏打ちされた「永遠に続け『られる』愛」はあると思う。それに出会う幸運をえた時に、思いやりと忍耐の心と態度で持続できるかどうかで決まるんじゃないかな。

 25歳の私は、それでも今はまだ、またまっさらに戻って恋ができる自信はある。もう一度傷だらけになっても大丈夫だと思う。が、それもいつまでなんだろう? とふっと考えた。自虐的になっているわけではないが、さらに5年後の30歳になった時には笑っていられるような恋をこれからしたいな、と思う。そのためにはさしあたりいつも笑顔でいること、かな?

(法研1年 るる)


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第850号 Oct.22,1998

■フリートーク 「医学部募集削減策について」

 文部省は、来春入試から二、三年かけて大学医学部の募集人員を二百人近く減らす方針を固めました。

 将来の医師余りを防ぎたい、というのが最大の理由です。私は、医学部の募集人員削減には疑問を感じざるをえません。医師が過剰になるとはとても思えないのです。

 その根拠の一つとして、高齢化社会の到来ということが挙げられます。お年寄りにとって、遠くの病院まで出かけるのは大変な負担になります。すぐ近所に病院があることが必要になってきます。さらに、在宅医療を希望するお年寄りのために、在宅医療にたずさわる医師の態勢作りも進めなければいけないでしょう。

 こうした点を考慮すれば、医師は過剰どころかむしろ不足するのではないでしょうか。文部省には再考をお願いしたいです。

 なお、本学には医学部がないので、直接関係のある問題ではないかもしれません。しかし、本学が有力大学の一つである以上、本学関係者もこの問題をある程度押さえておくべきでしょう。

(文研3年 財津 信也)


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第849号 Oct.15,1998

■フリートーク 「街」

 どんな街にも「聖」と「俗」が混在する―たしか前田愛氏の「都市空間のなかの文学」論だったと思う。

 無造作に捨てられた煙草の吸い殻、道端に転がる空き缶。宗教まがいの怪しげな勧誘。ホームレスのうつろな瞳。車の騒音、排気ガス、歩道を埋めつくす人の群れ。うす汚れたアスファルト。

 この街のどこに「聖」のかけらがあるのだろう。新宿という街を歩くとき、私はいつもそう思う。

 街にはそれぞれの色がある――こんな当たり前のことなのに大学で都市論の話を聞いた時には新鮮な興味を覚えた。例えば銀座のように、一見気品があって優雅な街でも一歩路地に踏み込むと、そこには古ぼけた小さな居酒屋があって、俗っぽい世界が展開されていたりする。表と裏、聖と俗、美と醜、都市にはいろいろあって、さらに都市の中の空間にもいろいろな匂いがある。そしてその匂いに吸い寄せられて集まってきた人たちが街の中に町を作る。

 ところが、時々「聖」だの「俗」だのと、きっちり境界線引きできないことが街にはある。そこがまた、面白い。

 以前、猥雑を絵にしたような街、新宿を歩いていたら、突然聖なる音が降ってきた。吸い寄せらるように音の方へ近づいていくと、ジュディー・コリンズの歌う「アメイジイググレイス」だった。

 まるで泥沼に降り立った白さぎを見たような気がした。ゴミゴミした街の中、雑然とした駅構内で聞いた音楽だからなおさら、その美しさが際立った。

 ゴミ箱をひっくり返したような街にだって時にはキラリと光るダイヤモンドが転がっていたりする。一度その味をしめてしまうと目つきが変わる今度はどんな宝石に出会えるのだろうと思うと、ありふれた街のどこかでもある通りがまぶしく見えてきたりする。

 あの時、私が見付けたダイヤモンドは今でも机の片隅にあって、時々私の疲れた心を癒してくれている。

(教育3年 川平 理笑)


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第848号 Oct.8,1998

■フリートーク「健康と森林、環境にやさしい割箸です」

 早稲田大学生活協同組合では間伐材を利用した国産割箸の使用・リサイクルを開始しました。

 近ごろ「環境ホルモン」について随分と取り沙汰されています。生活共同組合では「疑わしきは使用しない」という原則に基づき、食器の調査などをすすめてきました。その中で、生協で使用していた箸が「環境ホルモン」としての影響が危惧されるポリカーボネート製(PC製)であることがわかり、理事会では急きょ代替食器の検討をはじめました。

 これが、従来の箸の代わりに今回の国産割箸を使用することとなった経過です。

 この国産割箸は国内杉林の間伐材を使用しています。間伐材は森林を健全に育成するためには切らなくてはならない木のことです。近年は国内材木の需要が少なく、間伐されない森も増えています。手入れされない森では、日の当たらない下草が枯れ、木自体も弱り、風で折れてしまうこともあります。間伐材を利用することは過度な材採にもならず、森林を守ることにつながります。

 これまで割箸といえば、輸入割箸がほとんどでした。輸入割箸は大変安価なのですが、開発途上国を中心に森林乱伐採の原因の一つとして批判されています。また、それらの多くに漂白剤や防腐剤が添加されており、たしかに見た目には美しいのですが不安が残ります。生協の国産割箸は年輪や節の赤い部分とその他の白い部分などが混ざっていますが、これが木の本来の色なのです。また健康な杉はそれ自体に殺菌作用を持っています。見た目にはきれいとは言えませんが、安心・安全の証拠です。

 近年の不況の中、長い就職難が続いていますが、障害を持った人たちにはますます参加が困難な社会となっています。そんな中、割箸のばりを取り除く作業(割箸を切り出した後の表面を滑らかにする作業)など、割箸を作る上で大切な、それでいて簡単な過程に福祉施設のメンバーが参加しています。そういった作業がリハビリにもつながるということです。

 使用済みの割箸は全て回収し、小名浜合板鰍ナパーティクルボードにリサイクルします。「パーティクルボード」とはカラーボックスや棚、テーブルなどの芯材となっているもので軽くて丈夫です。たくさんの小さな木片が押しつけられた様な板を見たことありませんか? 家の床や壁などにも使われているんですよ。下膳口に専用の回収箱を置いてありますので、使用済み割箸の回収にぜひご協力ください。

 これまで割箸が敬遠されていた理由は「森林の乱伐につながる」ことと「ゴミ問題」からでした。生協の、間伐材を利用した国産割箸はそのどちらの問題とも無縁のものです。むしろこれらの問題を解決するための一つの方法だと考えています。

 早稲田大学生協は、今後さらに日本の森林や環境問題について組合員の皆さんと共に考え、行動していきたいと思います。ぜひ皆さんのご意見をお寄せください。

(早稲田大学生活協同組合)


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第847号 Oct.1,1998

■CD評「Grace of my heart」

 強い愛をずっと 止めないで

 いつも幸せが

 すぐに見つかるよう

 心のすべてを優しさにしよう

 MAXの新曲「Grace of my heart」には、こんな歌詞が登場します。何事にも負けずに強い愛を求めていきたい、二人の強い絆のために優しさを大切にしていきたい、といったメッセージがこの曲にはこめられています。また、「心のすべてを優しさにしよう」の歌詞が曲名の英語になっているものと解されます。

 曲を端的にあらわすキーワードは、mood(落ち着いた雰囲気)であると思います。詩の内容がしっとりとしたものであるし、実際に落ち着いたテンポで歌われているからです。

 グループ名のMAXは、Musical Active eXperience(音楽的活動的経験)から来ています。今夏には、ドラマに初主演し、いつもとは違った一面を見せてくれた彼女たち。まさに「音楽的活動的経験」のただ中にあるといってよいでしょう。今後の彼女たちの動向からはもう目が離せません。

(文研3年 財津 信也)


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第846号 Sep.24,1998

■フリートーク 「銃社会」

 アメリカ人の銃所持が日本でも問題になって久しい。最近では、学校内での生徒同士の銃乱射事件が続いている。銃を携帯して登校する生徒はかなりいるらしい。日本でも少年事件が大問題となっているが、アメリカほど凶悪化していないので、将来の日本がこんなことになってはいけないと、特にこうしたアメリカの少年事件に対しては神経過敏にならざるをえない。

 先日、日本では銃をなくせという声があがっているのに、当時者であるアメリカではそうした動きはほとんどないということをニュースで聞いた。これはなぜなのか? アメリカ人はなぜそんな危険なところで生活していられるのか? 多くの日本人にとっては、全く不可解である。こうした違いを、日本社会とアメリカ社会の伝統の違いと、大きく捉えることはできないだろうか。

 アメリカは昔から「人種のるつぼ」といわれ、多民族国家として現在でも多くの国の人々が頻繁に出入りする社会である。そうしたことから「違う人間」を排除しない、自由で開放的な国として知られている。だが、見知らぬ人間が多いということは、生まれも育ちも違う者が多いということであって、それだけ内部で人間関係を築くのが難しいということである。つまり、アメリカ社会とは「WHO ARE YOU?」の世界なのである。以前聞いた話であるが、アメリカ人が道ですれちがった時に、お互いにっこりと微笑んで会釈するのは、何も彼らが特別愛想がいいということではなく、あなたを傷つけるようなことはしませんよ、という暗黙の合図のためなのだそうである。

 一方、日本はどうだろうか。面識のない者同士が道であいさつするなどありえない。アメリカとはぜんぜん違うのである。日本人は島国の単一民族として、封建制の中でお互いの顔がわかる生活をしてきた。そして近代に入ってからは学校制度の普及により全国一律、どの学生も同じ制服、同じ髪型、そして同じような家庭環境で育ってきた。つまり、日本とは、良くいえば家庭的、悪くいえば閉鎖的な国なのである。このことは現在の学校、会社にも当てはまることだろう。こうした国では独特の煩わしさがあり、確かにアメリカ流の開放感はないかもしれない。だが、その代わりに、他人は自分と同じなんだという安心感がある。アメリカ人はきっと銃を持つことでこの安心感を手に入れようとしているのではないだろうか。見知らぬ人たちとの関係を円滑にしていくには、銃を持たざるをえないのかもしれない。良くも悪くもこれがアメリカなのである。いずれにせよ、現状のままでは銃はなくならないだろう。それは、アメリカ社会内部の構造変革なくしてはありえないからである。もしそうしたことが可能ならば、それはもはやアメリカを「アメリカ」でなくす大きな社会革命となるであろう。

(法3年 剛田ゴン)


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第845号 Sep.17,1998

■フリートーク 「独り言」

■書評 中嶋 博行著「司法戦争」(講談社)2千円(税別)

 九四年に江戸川乱歩賞を受賞して作家デビューした筆者は、早大法学部出身の弁護士、我々の先輩にあたる。既刊の「検察捜査」「違法弁護」で、リーガル・サスペンスの旗手として注目されたそうであるが、自分が本書を読んだきっかけは、書店で見かけた時のタイトルのインパクトである。

 最高裁判事の殺害をきっかけに巨大PL(製造物責任)訴訟の影に潜む、複雑な事情が次第に明らかとなる。現実の法曹界、産業界、官僚社会が抱える問題に対して、小説の形を採って警鐘を鳴らす・・・。読後に、本書に登場する問題のほとんどが、架空のものではないことに気付くと複雑な心境になる。特に最高裁による「巨大なたくらみ」は日本における訴訟に対する認識の変化と共に、今後ますます現実味を帯びてくるであろう。

 ただ、残念だったのは、本書のキー・ワードとなる、「ある法律」の存在を自分が知っていたために、後半の緊張感が欠けてしまった点である。筆者が念頭に置いたのは、法学部出身の私のように下手な予備知識のない、真っ白な思考の読者であったのかもしれない。読後、「ある法律」を知らなかった方にはぜひ、六法全書をひも解いていただきたい。そこには、あなたの知らない日本の法秩序がほこりをかぶって眠っているはずである。

 人並みはずれた公平さを要求される裁判官の現実が、同じ法曹界に身を置く者のち密な取材の下に明らかにされている。

 争いごとが嫌いなはずの日本人の現実。それを、この本を通じて認識する人が多ければ、「最高裁に対する愛のメッセージ」という著者の意図は、多少達成されたことになるのではあるまいか。法学部(出身者)以外の人にこそぜひお勧めしたい本である。

(法研1年 楠亭)


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