第811号 Jul.10,1997

フリートーク 「親切とは」

 ある日の電車内での出来事、同じ車両に外国人の女性の方がいた。その方がポケットから地図を取り出した瞬間、切符が床に落ちた。本人は気づいていないが、周りの乗客は僕を含め気づいていた。しかし誰も拾ってあげず、見て見ぬふりをしているようだった。僕も始めはそうしていたが、この人がこのまま降りてしまったら、後で相当困ってしまうだろう。でも何といっていいのか、何か言われたらどうしよう。などとあれこれ考えているうちに、その外国人は降りてしまった。その時、僕が思い出したのは、先日大分へ旅をした時、僕がコンタクトレンズを落としてしまい、途方にくれていた時に、近くにいたおじいさんが一緒に探してくれ、見つけてくれたことだった。その時はとても助かったし、本当にうれしかった。僕の少しの勇気でこの人がどれだけ助かるか、を考えたら、ためらう気持ちもなくなった。僕は思い切って、その切符を拾い、その人の後を追って駅に降りた。そして勇気を出して、「Excuse me Is this your ticket?」と言ってみた。すると、その人は、「Oh! Thanks very much」と言って、とても助かった、と喜んでいるようだった。僕もとても気分がよかった。英語が通じたことよりも、その人が喜んでくれたことの方がうれしかった。「人に親切にする」言うのは簡単だが、実行するには勇気がいるし、大変なことだ。僕の場合、まだ困った人を見た時に「どうしよう」というためらいが入ってしまう。本当に親切な人というのは他人から見ると“親切”と思われる言動を、当の本人は“親切”などと思わず、ごく自然体で、そうすることが当然のように思っているのだと思う。僕はまだまだその段階至っていないが、普段からの心がけでいつかはそのようになりたいと思っている。

(教育2年 京介)


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第810号 Jul.3,1997

映画評 「ロスト・ハイウェイ」

 「ツイン・ピークス」のデビッド・リンチ監督作品といえば、どんな系統の作品か見当がつくだろう。暴力と性の絡む不可思議なストーリーが魅力である。
 ネタばらしは反則になるから書けないが、この映画こそ友人と行く価値がある。もちろんややこしい筋立てを無視し、展開のスピード感、不思議感を楽しむのもいい。しかしそれ以上に、閉演後「あれはこういうことじゃないか、ああいうことじゃないか」と語りあう楽しみがあるからだ。自分が見逃したキーポイントを相手が覚えていることがあるので、相方は必需品である。お互いの指摘に触発されつつ、自分たちなりに解釈論を展開し、ストーリーを再構成する。これは快感を超えた境地である。口下手な人でも、何らかの疑問点から話の糸口は見つけやすい。盛り上がること必定である(ただしどぎついシーンが多いので、それが苦手な人には辛いだろうと思う)。
 会場では、分けが解らなかったという人も果敢に謎に取り組む人も、共に銀幕に引き込まれて満足度は高かったようだ。私の同行者も、「とにかく人にススメる!!」と張り切っている。私も同感だ。他の方の感想に興味がある。
 リンチワールドを共感しよう。キャンパスで待つ。

(一文4年 沢柳敦子)


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第809号 Jun.26,1997

CD評 「For the moment」

 Every Little Thingのニューシングル「For the moment」をご紹介します。
 某製菓会社のCMソングとしてタイアップしているので、ご存知の方も多いことと思います。
 恋人同士、うまくいかない事があっても、嫌な事があっても、今のこの瞬間を大事にして乗り越えていこう、とのメッセージがこめられています。
 歌詞には、「潤してほしい この熱い身体」、「止まらない汗ばむ手を拭って走り伝えたいよ!」、といった情熱的なくだりが出てきますが、実際には、爽やかな調子で歌いあげられています。
 初めレンタル屋で借りて聴きましたが、とても良かったので、先日、とうとう買ってしまいました。もちろん、この投稿もCDを聴きながら書きました。
 これが掲載される頃は、試験・レポートの期間中だと思います。頭が混乱してきたら、このCDでも聴いて息抜きしてもらえたら、と思います。

(文研修士2年 財津信也)


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第808号 Jun.19,1997

フリートーク「失敗」

 大学生になって、一人暮らしになって二年以上が過ぎ、それまでに経験したことのない多くのことがあった。そこから得たことは多いが、そこで特に気が付いたのは、失敗に対する考え方だった。失敗といってもその程度は大小さまざまだが、いずれにしても失敗は全く無意味ではない。失敗から得られることは多いということが分かっていれば、失敗を恐れることはないのだ。
 まず、成功は自信になるが、失敗は経験になる。自信と経験の両方がなければ、どんなことでも前進出来ないだろう。いくら失敗しても、成功したいという意志があれば、何故失敗したのか考えて、出来るまでやり直さなければならない。経験は、成功からではなく、失敗を克服するということから得られるものだと思う。重要なのは結果よりも課程なのだ。
 また、大きな失敗をして落ち込んでしまう、あるいは失敗を克服する意志を失ってしまうこともあるだろう。しかし、過去に失敗だと思ったことが、後に思いもよらず良い結果をもたらすことだってあるのだ。
 人間の想像力には限りがあるもので、イメージしていた成功が最高の結果になるとは限らないだろう。起こりうる失敗を全て予測することも出来ないし、ましてやその先は分かるはずがないのだ。失敗とは、「思い通りにならないこと」というよりは、「思いもよらないことになること」というべきだと思う。すぐに思い通りの結果が得られなければ無意味だ、何にもならないと考えていては、本当に何も得られない。「こうならなければならない」というような余計なイメージは捨てて、失敗のもたらした未知の世界で、自分の出来ることから新しい自分を目指すことが、失敗を活かすもう一つの方法だと思う。
 とにかく、過去のことや、狭い未来のイメージに囚われないで、今の自分を大切にすれば、どのような状況からでも道は開けるだろう。

(理工3年 影)


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第807号 Jun.12,1997

フリートーク「偉い先生方へ、早大生諸君へ(謹んで言上す)」

 偉い先生方へ
 今、偉い先生方は、皆、大学再編に、一生懸命でいらっしゃる。それは、時代の流れを考え、学苑の御繁栄を考えれば当然の事である。しかし、かつて稲門がもっていた個性が学内の何処を見ても、見当たらない今、大学再編によって、それが完全に消滅してしまうのでは、と私はとても心配でならない。例えば、稲門の古き歴史を刻む八、十一、十三、(十四)号館を、補修工事もせずに壊し、“学術センター”や“A棟”などの、杜に似合わない高層建築をふやす事は西早稲田の伝統的個性を殺す事になるのだ。西早稲田の学生街(とくに古本屋)も、ガーデンハウスや、新図書館によって死にかけている。稲門の文化は、学内だけで成っているのではない。
 ビル校舎に通う我々早大生も、変質してきてはいるが、私のように、稲門の古い味わいを求めて、入学する学生は意外に多い。下駄をはく友人もいる。今の早大は、今まで大切に守られてきた文化を未来にのこす努力を、忘れているのではないだろうか。新しく作られたモノから、必ずしも、新しい個性が生まれるとは、限らないのだ。
 早大生諸君へ
 ある日、三号館の前で、応援団と一緒に校歌を歌う機会があったので、オレは腕を振って歌った。しかし君等に聞きたい。なぜ、校歌を歌わないのか?暗いカラオケBOXに入らないとダメか?
 入学して間もなく、私は過去の早稲田と今の早稲田とのギャップを痛感した。学生だけでなく、校舎も、不気味にファッショナブルなものが増えている。西早稲田特有の、シックな校舎は、改築もされずに取り壊される。いい建築なのに。街から、古本屋や古い食堂が消えてゆく。理由は簡単だ。おしゃれな早大生は皆、便利な“ガーデンハウス”とか、“学術センター”に通うからである。とにかく、我々早大生は、マナーを知らないくせに、おしゃれだ。社学の隣の観音寺までハデになった。人が近寄らないけど。“人は変われど…”というフレーズが好きだ。ただ、今の早大生にこれだけは言いたい。早大それ自体を、単なる高校の延長として考えてほしくないのだ。子供じゃないんだから、優しい人達に、迷惑をかけるのはよそう。携帯使うにしても、タバコ一服するにしても、他人への思いやりを持とうよ。オレ等、早大生だろ?

(商1年 早大生)


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第805号 May.29,1997

フリートーク「慣れぬが勝ちか、負けか、」

 「えー、空いているドアからお入り下さい。お荷物をお引き下さい。…ドア閉まります。無理をしないで下さい。駆け込み乗車はおやめ下さい。ドア閉まりまぁす。」
大抵の人にとって聞き覚えのあるセリフではないだろうか。これを耳にする度に、私の神経は逆立てられる思いなのだが。
 JRにおける、「行き届いた」お決まりの車内放送だ。
一旦、駅の構内に足を踏み入れると、我々は絶えまない音の嵐に巻き込まれる。次発の電車案内、自動改札の人工音、車内の降車駅案内等々、数えあげればきりがない。
命令されなければ乗客は何もできないとでもいうのだろうか。近頃では、新たに「お年寄りや、体の弱い方にシルバーシートをお譲りいただきますよう」という指示も加わり辟易しまった。本来はやって当然のことなのだ。ここまで言われてしまうと、社会経験のあるイイ大人の方達も静かな顔に徹してはいられまいと周囲をぐるりと観察してみた。が、こともあろうか紺や黒やらベージュのコートを各々だらりと垂らしたサラリーマンたちは平然として宙を眺めたり、ひたすら読書に専念といった様子で、外面のみで判断する限り何も感じていないようであった。濁った瞳は既に諦念の色が混在しているのだろうか。
 揺り籠から墓場まで式に面倒を見て頂くのは結構なことかも知れぬが、日本の駅は常軌を逸しているといっても可笑しくはない。海外の多くでは、バスに乗っても降車駅の案内はないし、「DOOR CLOSING!!」などと、しつこく放送はしないだろう。自分が降りる駅は自分の目で覚えれば良いからだ。降りそびれたなら、それは本人の責任である。
 私は正常な神経を保つことを欲する。麻痺は恐ろしいことだ。我々は過剰に保護されているということを銘記したい。

(教育1年 あじろ)※学年は昨年度


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第804号 May.22,1997

フリートーク 「学ぶ者の権利」

 僕は常にいたって温厚な若者であるが、時には怒らずにいられるかっ、と思う事だってある。―『迷惑者』奴らに一言言ってやりたい。
 僕は、だれでも自由な言葉や行為を行う権利を有する事を、否定する気は毛の先程もない。だが、それと同時に、それらの行いが、決して他者の有する同等の権利を侵害するものであってはならないとも、思うのである。このことは、権利というものが、自由を認めると同時に、責任を伴うものであるという、小学生でも知っているとして最低限のモラルに支えられていることを示している。
 しかし、我々の中には、人類のようであり乍ら、実は人類ではない方もいらっしゃる様です。
 自らの権利を主張するなら、好きなだけ、やればいいのである。自分の意見を表したいなら、どんなことでも、思いつく限り、やれば良い。だが、それが、他人の迷惑になっていたり、その人の権利を害したりする様なことがあれば、もはやそれは権利の主張でも意志の表明でも有り得ない。それは単なる暴走ではないか。授業妨害や強引なビラ配り、教室乱入など、歯止めの効かない小児性が、丸出しである。意見を聞いて欲しいなら、土俵に上がればよい事だ。せっかく用意された土俵に上がりもせずに屁理屈や虚構の正義に身を委ね、それを理由にそのものの快感を貪ろうとする暴走族じみた行為は、嘲笑と哀れみを生むばかりである。大学は、学ぼうとする者の為にあるもので、暴走族の為にあるのではない。授業料、返してくれ(図書券千円分程度)。

(一文一年 ゐ )


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第803号 May.15,1997

フリートーク

 昨年、一年間、早稲田を休学して、アメリカの大学に留学していた。アメリカの学生に混じって暮らした学園生活。一年振りの早稲田では、毎日が小さな「驚き」の連続だ。つまり、日本とアメリカの大学、学生の違いが目につくのだ。まず、キャンパスの大きさ。これは比べものにならない。私の通っていた大学では、キャンパス内に道路が四方八方に走っていた。州外の生徒用にドミトリーが数多く設置されていた。
生徒の格好がが違う。日本の学生は全体的にオシャレだ。流行ブランドのダウンジャケットやフリース。ルーズなジーンズ。女の子は、ヒールの高いブーツを履いている子が多い。雑誌の中のスーパーモデルが出てきたみたいに感じた。アメリカではスニーカーにジーンズとネルシャツという人が多い。もちろんバックパックを背中にかけている。
 アメリカでは、授業のスケジュールを一人一人で作り上げる。必修科目が多くないので、例え同じ学科専攻でも、各人によってクラスのスケジュールはだいぶ違う。だから、クラスとクラスの合い間は、次のクラスに向かって、黙々と一人で早歩きをしている人ばかりである。お昼も一人で、テキストを片手にサンドイッチをほおばる人が多い。早稲田では、五〜十人のグループで、ワイワイと語り合いながらランチをする光景をよく見かける。
 授業について。よく言われるように、アメリカのクラスでは生徒は真面目に授業に参加している。先生方も、よく準備してから、クラスに臨んでいる。この理由は、アメリカでは、大学の卒業が難しく、成績が就職と大きく関係しているからだと思う。クラスで、私語は許されないといった雰囲気がある。久し振りに早稲田のキャンパスライフで、アメリカと日本の違いを発見するのはなかなか面白いものだ。

(理工4年 トラスト)※学年は昨年度


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第802号 May.8,1997

映画評 アンドレイ・タルコフスキー監督「僕の村は戦場だった」について

 第二次大戦下、ドイツとの戦争で母を失ったロシアの少年は、ドイツへの憎しみを支えに旧ソ連軍の斤候として働く。任務を終え、帰還した彼を周りの将校は後方へ送ろうとするが、少年は聞かない。やがて再び偵察の任務を受けた少年は、川を挟んだ敵地ヘと向かい、二度と帰ることがない。少年を対岸まで送った二人の将校は戦後、ドイツ軍の処刑リストの中から少年の名簿を見つける。
 フィルムは、、少年の母を殺し、最後には少年をも殺したはずのドイツ兵の姿を映さないことで問いかける。
 「少年は実際何を憎み、何と戦い、何によって殺されたのか」
少年がに対して「許さない!」と叫ぶ場面は恐らく、その問いに対する答えを暗示するだろう。すなわち少年がその全存在をかけて否定した否定すべきだったものは、軍服が象徴するところのもの―戦争そのもの― にほかならない。
 戦争そのものを憎むことを知らずに、進んで戦争に加わることによってしか自らを表現できなかった少年の死は虚しく、悲しい。

(政経三年 牧岡 俊一)


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第801号 Apr.24,1997

フリートーク

 本紙七九八号の「紙はゴミじゃない!!」を興味深く読みました。私は地方出身者なのですが私の地元では紙のリサイクルも行政の手でわりと活発に行われており、資源ゴミの日というのが月に一度あって、その日には新聞紙や雑誌はもちろんお菓子の空箱やレシートまで回収してくれていました。(もちろんある程度個人のほうで分別して出さなければならない必要もありますが)だから東京へきて学校やその他でもらうたくさんの配布物などをゴミとして捨てることにためらいを感じていました。だからぜひ、理工の校内にもボックスを設置してほしいです。ほんの小さなことでも自分にもできることはしたいと思うのです。

(専門学校一年 はる)


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第800号 Apr.17,1997

フリートーク「親とは」

 この年になっても、私は今だにうちの門限に縛られている。出かける時なんて、二言目には「早く帰ってきなさい」とくる。うるさいなぁ、と思いながら、夜、家庭教師へ行く。
 家庭教師をすると、教え子の親と対等に話をする。年齢的には教え子の方が近く、ついこの間まで自分も“子供”だったのに、いつの間にやら分類上では“大人”になっていたんだ、と感じさせられる。
 ある小学六年生の男の子は、小学校の友達と離れたくなく、本当は公立の中学校に行きたいらしかった。いかにも、“親に言われて仕方なく受験する”という勉強状態だった。しかし、その子のお母さんは、その子が病気がちで学校をよく休むので苛められるのではないか、と心配して私立の中学校を勧めていた。
 また、自ら国立中学を志望していた小学六年生の女の子は、希望校へ行くには勉強しなければならない、ということが頭でわかっていてもなかなか行動に移せずにいた。だから成績はさっぱり。それでも、本人が志望しているならできるだけのことはしてあげようと、ご両親は塾の他に家庭教師をつけることにしたのだ。家庭教師をつけるのは金銭的にもそうラクではないはず。でも、子供はそんなことはつゆ知らず。いい話し相手が出来たとばかりしゃべりまくっていたが。
 親の行動は、過保護かそうでないかの議論は別にしてとにかくまず子供のためを第一に考えている。けれども、子供は親のそんな気持ちに気付くどころか、反抗する場合がほとんど。家庭教師として親と同じ目線で子供を見るようになって、感じさせられたことである。親とはそういうものなのか、と思うと同時に、自然と自分の親がダブってくる。
 家庭教師をしてから、以前ほど門限いやではなくなった。

(工研修士1年 未来の親?!)※学年は昨年度


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第799号 Apr.10,1997

フリートーク「大学の目的」

 「悪を悪と見抜ける目を持った人間を育てること」、これがオックスフォード大学の教育目標だという。日本経済新聞のコラム欄に載っていた。「世界が複雑になれば、個人の段階でも、政治経済、国際関係の段階でも悪を悪と見抜くには、価値観・倫理感に加え、広い知識や深い分析が必要になる。オックスフォードの教授は、ここにこそ大学教育の使命があると考えていたのだろう。」―この教育目標を掲げた理由について、記者はこう説明している。
 大学改革が叫ばれる中、私も学生なりに考えてきた。大学とは何か、何をするところなのか。自明の問いのようにかんじられるかもしれないが、オックスフォード大のように明確にその答えが意識されている大学は少ないのではないだろうか。
 大学の目的は、「豊かな人間性を育むこと、社会に出た時大卒として必要とされるスキルを身につけること、自分が本当に興味をもてる専門分野をもつこと」、この三つにあるのではないかというのが私の考えである。そして、四年間で学生が人間的に成長できる大学だといいなと思う。
 そのために大学は何をすべきか。授業はどうあるべきか。サークルや体育会はどうあるべきか。学術研究はどうあるべきか。結果や成果も大事だが、人間的成長も約束できるような人間主体の活動であって欲しいと思う。
 早稲田の魅力は何といっても自由にあると思う。就職を前にして思うのだが、大学時代とは価値観・人生観をみつけだす最後の自由な時間だったのではないだろうか。社会人になれば、学生の時ほど自由な時間はないだろう。試行錯誤の末みつけた自分の価値感はずっと自分を支えてくれると思う。
 早稲田に、お世話になった人々に、ありがとうと言いたい。

(一文4年 タマ子)※学年は昨年度


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第798号 Apr.3,1997

フリートーク「Be Yourself」

 (1) 大滝さんのフリートークを読んで多くのことを考えた。
 まず最初にその読み方に新鮮な驚きを覚えたことを記したい。作者である有吉はその作品を通して社会に吠えていたという。私自身は「非色」を読み有吉が単に人権差別そのものに対し怒り、そして我々に何かを伝えようとしているだけではなさそうだ、と思ったが自分の中でうまく定義出来ないでいたのだ。
 (2) 「下の存在を作るのが人間の本能」。今回はそれ以前の段階の「自分と他人との比較」について書いてみたい。「あぁ、どうして私は**に比べて積極性がないんだろう。」等、他人と自分を比較して自分の劣ったところを見つけては落ち込み、他人に追いつこうとしては疲れ果て・・を繰り返してる自分がいた。人は言う、「だったら努力して追いつけばいいじゃん?」―それが出来ないからみんなもがいてるんだよね。確かに向上心を持つのは大切だしそれなしでは人間は退化の一途を辿るであろう。でもちょっと待って。自分自身の良さを認めようよ。根拠はうまく説明出来ないけど自分自分自身の存在に意味があるんだよ。
 (3) こんな風に悟って自分自身を楽にしてあげるまでに随分と時間がかかった。相当苦しんだ。もし苦しみもがいている人がいるなら声をかけてあげたい、例えばこんな風に。友人と自分とを比較して自分を卑下して卑屈になっている娘に母は言う。「どうしてあの娘に追いつこうとばかりするの?やさしい『あなた』ならそれで良いじゃないの。」(映画「ジョイ・ラック・クラブ」より)と。そう「Be Yourself」。

(教育1年 Hey Jude)


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