第941号 Jul.19,2001

■「938号・えび茶ゾーンを読んで」

 独立研究科とくにアジア太平洋研究科(以下、GSAPS)の現状に触れられた「えび茶ゾーン」の「ほ」氏のエッセイを拝読し、一、二感じたことを述べさせていただきたい。書き手と読み手の間のこうした「ボール投げ」も、「ほ」氏の言われる大学におけるコミュニケーションの重要な一環と考えるからである。GSAPS設立の当初から関わってきた1人として、「ほ」氏の議論には傾聴すべき点も多いが、ややミスリーディングと思われる点も散見される。「ほ」氏の論点はGSAPSが定員を大幅に上回って学生を入学させたため、教員は修士課程で1学年15人、2学年15人、計30人もの指導を行う結果、学生との「コミュニケーションは不足しがち」で、「高い学費」を払う学生から「当然不満が起こるだろう」と言うことにあった。さらにこうした状況は、「儲かればいいと言う」「企業論理」が先行するからではないかと示唆される。

 それではGSAPSの現状はどうであろうか。筆者が属する国際関係学専攻を例に説明したい。ここには現在十七の研究指導がおかれており、2000年度と2001年度(9月入学予定者も含め)の入学者(それぞれ161人、158人)をみると教員1人当たり、9.5人および9.3人合計18.8人の指導にあたる計算となる。先行の研究科と比較すると高い数字に思われるかもしれない。しかしGSAPSの教員は学部授業の負荷を基本的には負っておらず、多くの時間を研究指導に当てているのが実情である。また創設間もないと言うこととも関係するが研究科自体の開放的、国際的な性格とあいまち、教員・職員・学生間のコミュニケーションは、他研究科と比べても決して遜色ないものと自負している。さらに4学期ごとにすべての授業に学生による評価を求め、かつその結果を公表し、爾後の授業や研究科運営に反映させるべく努めている。また休講はすべて補講で補填し、シラバスも充実したものを作成するなど、教職一体となって国際的な評価に耐えうる研究科育成を目指している。

 「ほ」氏の言われる教職員、学生との「協同的な相互関係」こそ真の意味での大学自治に向けての第一歩であり、GSAPSもそれに向けて日々地道な努力を続けている。そういう姿を実際に「取材」された上で、より建設的な叱咤激励をお願いしたいものと念じている。事実にもとずく開かれた場での建設的対話こそが、早稲田改革の要諦ではないだろうか。

(アジア太平洋研究科教授  後藤乾一)


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第940号 Jul.12,2001

■フリートーク「先輩と、乾杯」

 先輩は行動力のある人だった。

 先輩は、僕が一年から二年に上がる時、つまり先輩が三年から四年に上がる時に突然寮を飛び出してアメリカへ留学した。一年がたち、日本に帰ってきた先輩は、寮にいた頃からは比べものにならない位大きくなっていた。向こうで英語を死に物狂いで勉強し、苦労しながら大学の単位を取り、生活費を得るために働き、多くの困難と正面から向き合ってきたのだ。

 僕は自分の過ごした一年間と先輩の過ごした一年間を比べて痛烈な劣等感と敗北感を感じずにはいられなかった。携帯でアメリカに住む彼女と英語で話す先輩の姿を見て、もう手の届かない所に行ってしまった人のように思えた。

 それから数カ月先輩とは会わなかった。もし会ったら、先輩は僕のことをつまらない奴だと思うに違いないという気がして怖かったからだ。

 ある日、先輩の就職が決まったという噂を聞いた。どうしても就職活動のプロセスについて聞きたかったので、勇気を出し、先輩に連絡して、飲みに行く約束をした。

 当日、重い足取りで待ち合わせの場所に向かい、ひさしぶりに先輩と顔を合わせた。いつまでも先輩の目に僕がどう映るかなんて考えていてもしょうがない、真っ向から先輩に向き合おう。意を決し、僕は、聞きたいことを面と向かって聞き、自分の今やっていることを正直に話した。

 話す内に、だんだん先輩への恐怖心なんか忘れて夢中にしゃべるようになった。徐々に話は就職活動から恋愛にそれてゆき、どんどん盛り上がっていった。偶然にも二人とも好きな女の子に振られて未だに思いを引きずっているのがわかり、大いに意気投合した。  先輩とこんなに楽しく話し合ったのは初めてだった。中ジョッキを五本空けて顔が真っ赤になった先輩はいきなり僕に、「お前から飲みませんか? って連絡してくれてうれしかったよ」と言った。ビックリした。先輩として後輩を可愛がる気持ちだけでなく、その言葉から先輩が僕のことをほんの少しでも認めてくれているのが感じられた。

 これまで、先輩の前ではずっと萎縮していたので、弱い面なんてまるで知らなかった。けれども、正面から向き合って話し合ってみて、先輩も、僕と同じように好きな女の子や自分の将来に対して悩んでいるのがよくわかった。

 僕の中での先輩の人物像は、「尊敬する神様のような人」から「尊敬する生身の人」へと変わった。それは僕にとってとても大きな変化だった。

(教育3年 江里 英之)


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第939号 Jul.5,2001

■フリートーク「おススメ、ベトナムの旅」

 「先輩に乾杯」第1回に掲載された河辺です。この春フィリピンのマニラから東京へ戻り、現在は某国大使館観光局に勤務しています。今回は、マニラから帰国前に行ったベトナム旅行のお話。夏休みの旅行にもお薦めです。

 まず、ベトナムは思った以上に整備されていました。たとえば、お金の支払い。とにかく明朗会計なのが、気に入りました。タクシーはちゃんとメーターを倒すし、ふっかけてもせいぜい2倍程度。10倍も平気でふっかけてくるマニラで暮らしていただけに嬉しくなりました。

 そもそも物価がとにかく安くて、たとえそれが観光客価格であっても香港の5分の1程度、マニラやバンコクの半分以下。だからといって、ローカルと同じ物は、実際に使うにはちょっと厳しいカンボジアなどとは違って、その辺に売っているものでも十分間に合うものが買えるのです。しかも、スレていないというか、観光客を見たらぼったくるということもなく、なんともいい感じでした。

 また、バックパッカーにとって嬉しいのは安いホテル。タイのカオサンのように、安宿街も充実していて、ホテルも14ドルで、バスタブ付きのきれいなものでした。 もっと安ければ、3ドルくらいからあるようでしたし、観光地までのツアーも豊富で、一泊二日でも15ドル程度でした。

 あえて残念な点を探せば、長期滞在だと、少し退屈しそうな狭さと、娯楽のなさと、英語の通じにくさ。その点はマニラの方がいいかなと思いました。それから、インターネットもサイトによっては、アクセスできないようになっていたりするのも、何だかんだいっても社会主義国家。また、バイクに乗りにくくなるためか、あまりアオザイ女性がいなかったのも意外でした。アオザイが制服になっている学生か、ホテル関連の人以外は、日常的には着ていなかったようでした。

 けれど、とにかく旅行するにはすごーく良い環境でした。ぜひ行ってみてください!

(社学98年卒 河辺由美子)


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第938号 Jun.28,2001

■フリートーク「第31回St.Gallen国際学生会議に参加して」

 5月17日―19日、スイスで第31回St.Gallen国際学生会議(ISC)が開催された。この会議は、世界中から各界のリーダー700名と学生250名が一堂に会し、現代における重要な問題点について討議し、新たなアイデアまたは方向性を提示する会議である。

 今年のトピックは、New Balance of Powerだった。このトピックをキーワードにして、政治、経済、科学、報道、教育、芸術などの分野から意見を交換する。幅広い分野から参加者があるため、自分の専門以外の分野から違った視点を持つ主張を聞くことができて、とても良い経験になった。またISCに参加したことで、人種も国も専攻も異なる学生たちと友達になった。世界中から集まった学生の割合は、アジア、ヨーロッパ、北米とアフリカがそれぞれ三分の一を占めるといったところであろうか。彼らと会話をし、さまざまな国の社会・文化を知ることができて、とても楽しかった。

 残念だったのは、今年のISCに参加した日本人が少なかったことである。そもそも、私がISCの投稿募集を知ったのは本紙『早稲田ウィークリー』だったので、早稲田大学の学生が多いだろうと想像していた。しかし現地で私の予想は見事に外れ、日本から来た学生は私独りのみという淋しい結果に終わってしまった。

 そこで、国際交流をしたい学生にISCの参加を是非勧めたい。もうすぐ夏休みになり、語学習得やホームステイを計画している学生もいるだろう。海外へ短期留学するのも良いが、こうした会議にも出席してみてはどうだろうか。

(アジア太平洋研究科 上原 美鈴)


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第936号 Jun.14,2001

■フリートーク「早稲田を使おう!<講演会のススメ>」

 私は「高い授業料を払ってるんだから、早稲田を大いに利用してやろう」といういじきたない(?)思いから講演会通いを始めたが、そのうち損得関係なしに「自分のために」参加するようになった。無論毎回感動できるわけではないが、講師の先生や発表者は、有名・無名に関わらずその道で頑張ってきた人なので、話を聞くだけで沢山の知識が得られる。今は直接専攻する学問に結びつかなくても、その小さな関心が更なる関心を呼び、だんだんと自分を成長させてくれると信じている。

 ただ毎回残念に思うのは、学生の参加率が低いこと。早稲田にいながらまさに宝の持ち腐れである。参加学生の質問から、思わぬ知識や情報を得られることもあり、沢山の人が足を運んだらいいのになぁと、いつも感じる(ド素人の疑問の方が逆に面白い展開になったりすることも…)。先日のワセダ・カルチャー・トーク、サッポロビール社長・岩間辰志さんの講演会も、忙しい仕事の合間を縫って、それでも後輩のためならと引き受けてくださったのに、質問も一つもなく、とてもがっかりした。自分に質問する勇気がなかったこともとても後悔しているが、もう少し多くの学生が参加していたら講演自体に活気が生まれて質疑応答も盛り上がったのでは…と残念に思う。

 私が真面目過ぎるのかもしれないが、早稲田の人にはもっと向学心を持ってもらいたいと思う。単に単位を取るためだけなら、授業料の無駄。もちろん地道に頑張っている早稲田生がいることは分かっているが、入学前に憧れた向上心とチャレンジ精神みなぎる早稲田生は、そう多くはないんだなぁと感じている。バイトやサークルも有意義だが、もっと気軽にいろいろな講演会に参加し、自分の知識関心を深めてはいかが? 社会には(早稲田には)こんなにエネルギッシュな人たちがいるんだ、と気付くだけでも有意義。講演終了後少し賢くなった自分にも気付くはずだ。

(政経3年 たね)


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第935号 Jun.7,2001

■「100キロハイク、毎年続けるのは『早稲田魂』か『おれの力』か」

 100キロハイクにいってきた。おまえ6年だろう、まだ歩くのか、と呆れられるが、好きなものは仕方がない。晴天のもと、歩き出す。うっかり落し物をする。ざあっと大粒の雨にやられる。もちろん疲れる。後輩にはスイスイぬかれてゆく。新しい友情を得る。楽しく、つらい。まるで、おれの大学生活そのものだなと、ひとり苦笑する。

 大隈講堂の夜。千差万別のようで、じつはひとつにちかい、苦痛と安堵と歓喜が、むせかえるようなエネルギーとなってうずまいている。時折、どっと紺碧の空がこだまする。この「力」を目前にすると、おれも彼らも大丈夫だ、これで日本も安心だと、底抜けの楽天家になる。これが100ハイの、ひいてはワセダ行事の醍醐味だとおもう。

 家に帰って、脚をもみながら、早稲田魂でよく頑張ったと、自分をほめてやる。が、ふと考えた。おれは、早稲田魂で100キロ余を乗り越えたのか? はて、おれの「力」を早稲田魂とよぶべきなのか? そもそも、おれは早稲田魂をなのっていいほどの人間なのだろうか? さして高級なものではないだろうが、独立自尊に似た気持ちが、ふつふつとこみあげてくる。笑われるだろう。6年もの間、「ワセダ」を自分の代名詞とする喜びのなかで、さっぱり見落としてきた、大切な問いかけだ。

 しかし、我を忘れるような美酒の酔いからさめて、ああ美味かったと、ふたたび心をふるわすとは、何というしあわせだろう。たとえ若造であっても、それだけはつかんでいるつもりだ。遠近の先輩諸氏をあおいでも、今日までの自分をふりかえっても、「ワセダ」に酔いしれたという誇りからは、決して逃れられまい。そして、これからの時間のなかで、自分とはなんぞや、早稲田魂とはなんぞやと、問いかけ続けてゆくのだろう。

 人生は、山道を登るが如し云々と聞く。100ハイは人生のミニチュアかもしれない。疲れ切った脚をもみながら、これが早稲田魂だとつぶやき、ナニおれの力だとはねかえってみせる日が、何度あるのだろうか。可笑しくなる。可笑しくなって、また、脚をもむ。

(教育6年 里憲治)


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第934号 May.31,2001

■「科目等履修生の皆様へ」

 一文聴講生のためのサークル「早文会」があるのを知っていますか。早大では聴講生を科目等履修生と呼んでいますが、数多いサークルの中でも「早文会」は最もユニークなサークルの一つではないでしょうか。それは、会員の年齢も、職業も、その来歴も、学ぶ目的もそれぞれ異なっていて実に幅が広いからです。

 この会は、毎年『早文会論集』を発行しています。これはレポート等の発表の場として評価を受けている冊子で、「早文会」の重要な事業活動となっています。刊を重ね今年で十六号となりましたが、その内容は実に多方面にわたり、ユニークで自由な研究発表がされています。ぜひ一度手にとって読んでいただきたいものです。

 一方では、手作りの「会報」を毎年二回発行しており、会員の声が沢山寄せられ、さまざまな活動振りが伝わってきます。

 主な行事は、新会員を中心に親睦を深め、情報を交換する「春の総会」と、毎年楽しい企画がたてられる「秋の集い」があります。ちなみに昨年は、「中近東文化センター」を訪れ、トルコ・オスマン朝期の珍しくも美しい陶器やタイルを見学の後、楽しく会食しました。今年は是非参加してみませんか。

 今年度の「春の総会」の予定と連絡先を早稲田ウィークリー934号「杜の手帳」欄に紹介しています。

(一文科目等履修生 小椋香織)


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第933号 May.24,2001

■映画評「バトル・ロワイヤル(特別編)」深作欣二監督

 中学生のクラスメイト同士が無人島で殺し合う。最後の一人になるまで…。しかも法律の下で。国会議員有志が「子供たちに見せないように」とアピールを出した時はくだらぬ横槍だと反感を覚えたが、映画の内容に対しても興味より嫌悪感が先行した。

 そんなこの映画を訳あって鑑賞する機会を得た。スクリーンでは前半から血しぶきの飛ぶ地獄絵図が展開し、予想通り何のメッセージ性も感じない。鑑賞中、人が死んでいく光景に徐々に「慣れ」を感じ始めていく自分の存在にふと気づき寒気が走る。深作監督の「登場人物と同世代にこそ見て欲しい」という趣旨の発言が記憶にあるが私には理解不能だった。中高生世代がこの映像を見て「慣れ」ていくことの怖さを考えた。

 しかし、後半を観て私の評価は若干変化した。劇中登場する教師キタノの台詞が鮮烈だったからだ。「人を嫌いになるなら、それなりの覚悟をしろ」と。いじめという行為も、キレるという言葉で括られる暴力も、結局は相手を殺そうとしているに等しい。それくらいの覚悟をして相手を傷つけているのか…そんな問いかけを感じる台詞だった。

 映像の悲惨さは度を越している(その意味でR―15指定は極めて妥当である)が、それは監督が「それなりの覚悟」をもって臨んだからであり中途半端な描写に終わらせなかった姿勢は評価したい。しかし鑑賞後の今もやはり、中高生世代に敢えて見て欲しいとは思わない。作り手がメッセージ性を意図的に抑制しているが故に、映像の示唆することへの理解が鑑賞者任せになり過ぎていると感じられるからだ。大人と子供が互いを理解できないという苦悩。その解決への糸口を示さずに映画は終わったように見えた。真偽を確認すべく再び鑑賞するには余りにも残酷な映像である。だが、他の鑑賞者とこの映画の意図することについて語ってみたい…そんな思いが残る作品であった。

(法研4年 楠亭)


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第932号 May.17,2001

■チャンス到来!!

 本年度からついに早稲田大学でもインターンシップが履修科目として認められることとなり、これからは早稲田大学の学生もインターンシップへの参加者が多くなっていくことだろう。そこで、一つの参考意見として私の体験談を話させていただく。

 私は、昨年の夏に一カ月間、ドイツの政党SPDへのインターンシップをした。初めのうちは、職場というものに慣れていないこともあって、自分の思うように動くことができなかったが、周りの歓迎してくれる雰囲気のおかげですぐにそれはなくなった。言葉はもちろんドイツ語、と言いたいところだが、大半は英語でのコミュニケーションとなった。初めて課された仕事は「新聞の切抜き」である。はるばるドイツまで来てなぜこんなことをやらされなければならないのかと思ったが、それが会議の前の重要な参考資料となることが分かり、一つ一つの仕事の大切さが理解できた。主な仕事の内容としては、会議の傍聴、資料集め、そしてインタビューなどであるが、その他にも外務省へ訪問したり、シュレーダー首相の演説を聞いたりなど、さまざまな経験を積むことができ、自分の世界が大きく広がった気がした。また、自分と異なる国の歴史、文化を持つ人たちと一緒に働くことを通じて、自分に新たな視点も増えた。最終日には、地方紙ではあるがインタビューをされ、私のインターンシップのことが新聞に載り、何らかの目に見える形で残ったことは大変嬉しかった。

 インターンシップは、大学生活だけでは得られない経験を実社会に出る前に得ることができるという大きなメリットがある。しかし、それだけではない。私たち学生の場合は、経験をした後、学生生活に戻り、自分の足りない点を反省する時間が多く残っているのである。だからこそ、インターンシップはこれから過ごす大学生活に大きな影響を与えると思うし、実際私の場合そうであった。

 これから早稲田大学が大きなチャンスを与えてくれる。

 是非、それを見逃さないでほしい。

(政経 2年 Drop bear)


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第930号 Apr.26,2001

■日中の相互理解に思う

 私は現在、交換留学生として上海の復旦大学在籍中で、今年七月に帰国予定だ。今回、留学中の経験を通して思うところがあり、投稿することにした。

 先日慶応大学の国分良成先生(法学部政治学科)が、ここ復旦大学で講演をし、私も参加した。演題は「日中関係の回顧と展望」。内容は七十二年からの日中関係の変遷を分析的に解説したものだった。講演の中で、「中国の今を正しく伝える人がいない。」という点が興味深かった。

 確かに、日中が衝突する原因の一つとして"相互理解に対する怠惰"があると思う。たとえば、教科書問題一つにしても、中国人は「教科書というものは国定のものが唯一」という中国的観点から日本の教科書問題を批判したりするが、実際には日本の教科書検定制度そのものを知らなかったりするのだ。結局、この相互理解への怠惰は、お互いに「大体同じ」という勝手な思い込みがあるからだと思う。また、似ていることを認めるが故に細かい違いを指摘しあって対立を無理に引きずり出して拒絶する場合もある。どちらも本当の理解、相手の実像に迫る努力という点で怠惰だ。

 日本の外に出てみると、わが国がどのように世界の中で捕らえられているのかが客観的な視点から観察することが出来る。最近の、特に政局の動向はあまりに世界の目を意識していないように感じる。情けないことである。

 最後に我が早稲田大学に対しても一言。私が現在学んでいる復旦大学国際政治学部では去年の九月から今年の三月までに、二回も慶応大学主催の講演会と討論会があったが、早稲田大学主催の講演会などは一度もなかった。中国では慶応より早稲田のほうがずっと知名度は高い。しかしその人気の上にあぐらをかき行動力はゼロだ。その間に、慶応は着々と中国の要所要所を抑えるため関係構築に力を注いでいる。早稲田よ頑張れ!

(一文4年 犬飼俊介)


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第929号 Apr.19,2001

■高田馬場駅前のコンパの待ち合わせは、近隣の迷惑を考えて自粛を!

 私は、数年前に早稲田大学を卒業し、大学の近くに住んでいて、高田馬場駅をよく利用します。近頃の駅周辺のすさまじさに「これでも、早稲田の学生か」と、情けないやら恥ずかしいやらで、思わずペンをとりました。

 この時期になると、高田馬場駅前のローターリーが、早稲田の学生のコンパの集合場所として使用され、FTビル側から駅側に渡るのが大変困難になっています。あまりに学生の数が多く、信号が青のうちには到底渡りきれないのです。しかも、私はいつも小さい子供を連れているのですが、ロータリーの中に入ってしまうと身動きがとれない上、子供もとても怖がってしまいます。

 私も早稲田を卒業した者なので、学生の気持ちを理解できない人間ではありません。それでもあれは節度を持った学生の待ち合わせとは到底思えません。
 私が学生の頃はロータリーが完成していなかったので、もっぱらビックボックス前での待ち合わせだったのですが、これでもかなりの迷惑だということは当時も感じていました。
 しかし、今はロータリーがあるので、この時期はロータリーの方を通ればコンパの学生の待ち合わせ混雑に巻き込まれないと思っていたのです。ところが、現実はどちら側も(ビッグボックス、ロータリーとも)ものすごい混雑で、通り抜けることさえ困難なのです。小さい子供を連れている私のような者以外でも、お年寄りなどには大変迷惑なだけでなく極めて危険な状態です。ロータリーは、道路の一部なのです。待ち合わせ場所ではありません。この時期だけの異常事態ではありますが、この近辺で暮らしている者にとっては、大変迷惑です。

 毎日のように、すさまじい混雑ぶりに巻き込まれ、関係箇所にいくら訴えても、全然改善されていないことにガッカリしているのは私だけではありませんでした。ネット上の某有名掲示板でも話題になっているようで、しかもそこに怒りや嘆きを書き込んでいたのが、やはり早大出身者でした。
 五月くらいまではこのような混雑が続くかと思いますので、大学側に厳しく取り締まっていただきたくお便りしました。また、学生の皆さんには卒業生にさえ理解されないような道路の使い方はただちに止めていただきたいと思います。同内容を警察の方にも連絡させていただきました。
 早急な対処をお願いいたします。

(早大OG M・Y)


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第928号 Apr.12,2001

■燃えよ、早稲田スポーツ!…「Waseda will win Start!」
僕たちの「ワセダウィルウィンプロジェクト」が雑誌を刊行!

 「早稲田のスポーツをもっと身近に」ワセダウィルウィンが雑誌を刊行した。ワセダウィルウィンとは、庭球部に所属する私が早稲田有数の出版サークルに呼び掛け、昨年十一月に発足した早大生コラボレーションプロジェクトだ。
 早稲田にはスポーツを体育各部やサークルで選手として、サポーターとして、観客として、研究者として楽しむ様々な人々がいる。そのすべてを伝えるメディアとして、ワセダウィルウィンはウェブサイトを中心に活動を始めた。スポーツの本当の魅力は、勝敗という「結果」ではなく、試合に挑む「過程」にある。その「過程」を選手の「生」の言葉で伝えることで、早稲田のスポーツを「文化」として支えて行きたい、私たちにはそんな思いがある。
 雑誌は、世界で活躍する競泳の稲田法子さんとフィギュアスケートの村主章枝さんの大型対談にはじまり、スポーツ経営学誌上授業、早稲田スポーツ年間観戦ガイド、体育各部・サークルで活躍する選手達のインタビュー、ワセダウィルウィンが提唱する「早稲田スポーツ、未来への提言」など六十四ページ、盛り沢山の内容だ。新入生だけでなく、学生、教職員の皆さんにも自信を持っておすすめする一冊だ。
 ウェブサイト、雑誌と様々な形で早稲田のスポーツを応援するワセダウィルウィン、私たちは次なる挑戦としてスポーツのフォーラム開催(今冬予定)を準備している。
 今後のワセダウィルウィンに、乞うご期待!

【問い合わせ先】
URL
http://www.wasedawillwin.com/

(人科4年 神原 一光)


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第927号 Apr.5,2001

■書評「映像という神秘と快楽」
長谷正人著

 長谷正人はこの『映像という神秘と快楽』において、執拗なまでに「カメラ」とは何かを問い続ける。著者自身、序において「同じ主張が、別の素材で繰り返されるだけの場合もあるだろう」と述べている通り、ひたすら同じことを語りかけている。しかし私は憤りを感じることはあっても、退屈さを感じることはなかった。
 さまざまな思想家、映画を例に引きつつ、著者はここでひとつの逆説を呈している。カメラという非人間的なテクノロジーが、実は人間の目よりもはるかに人間的なビジョンを与えてくれる、と言うのだ。私たちはさまざまな風景を文化的な枠組みの中で捉えてしまう。親子の食事風景を見て、「赤ん坊と親が親密に食事をしているな」と理解してしまうとき、その赤ん坊がおかゆを口から少しこぼしているのは見逃されてしまう。しかし、カメラは私たちの目が見過ごしてしまう風景の細部をも平等に捉える。カメラによって、私たちは既成の意味からはこぼれ落ちてしまう様々な世界の豊かさを見ることが可能になる。
 言うまでもなく、私のこの要約は詰まらないものだ。長谷正人の魅力に富んだ文章を含んだ本を、一つの意味に沿って理解してしまっているからだ。『映像という神秘と快楽』には以上の要約からあふれ出る細部があり、それこそがカメラ的視線で捕まえなければならないものだが、それは原文にあたって実際に感じてもらうしかない。その細部を読むことは決して退屈なことではない。
 しかし著者も言うように「ここには論理的な体系性はない」。この本は多くの魅力を含んだ、カメラに対するラフスケッチである。この本で示されたアイディアを基に、理論的体系を構築したとき、私は画期的な映像論が誕生すると思っている。長谷正人がそうして自らの主張を形にするのを私は待っているが、それまでは『映像という神秘と快楽』を読み、憤りつつ待っていようと思う。

(一文3年 山澤 英三郎)


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