第930号 Apr.26,2001 


■ワセダ発・ワセダ初! オルガン奏者は「東哲女」。
 

電子オルガン奏者 仲里紀子さん

 「自分らしさ」を追求する姿勢がオーラとなって輝いている。絶品の笑顔が魅力的な仲里さんは卒業と同時に故郷へUターンし、プロの電子オルガン奏者となった。舞台・演出、営業まで全て自分でこなし、全国を飛び回っている。
 153cmと小柄な全身から満ち溢れるパワー。スタート当初、どん底のプロ生活の中でも、"自分らしく楽しんで"という音楽観を貫いた。演奏は迫力満点。一度見たら忘れられない。全身を使い、ぴょんぴょん飛び跳ねて踊っているかのような激しい動き。この独自のスタイルは、競い合うレッスンに疑問を持った中学生の時、"自分らしく楽しんで"弾く奏者に出会って確立した。トレードマークの帽子は、「小さい私を大きく見せてくれる」。最近は弾く姿までも楽しんでもらおうと舞台設営を工夫し、新しいショーのスタイルを実践中だ。

<東哲で"ワセジョ"を満喫。でもやっぱり私には演奏しかない! "自分を磨くエンジンを止めない"ための猛練習>

 大学時代は自分らしい演奏スタイルが分からなくなり、電子オルガンは全く弾いていなかった。第一文学部東洋哲学専修は僧侶の卵が約半数、しかも強烈な個性人が集う。"何でもあり"の環境にぴったりハマリ、"ワセジョ"を満喫。特にやりたいことも見つからないまま、就職活動に突入した。そんな折、突然、高校時代に演奏活動で知り合った広告代理店の人から一本の電話があった。「沖縄市のイベントで演奏してほしい」。「演奏を覚えていてくれた!」と一念発起して、練習を再開。「指が覚えている。体が動く。たまらなく楽しい。やっぱり演奏が好き!」。本番は予想以上の大成功。「喜んでくれる人がいる。私の道はこれしかない」と気づき、身を削って猛練習に励んだ。

<自分の「根っこ」沖縄にUターン。厳しさ覚悟で飛び込んだプロの世界。
「今があるのはやりたいことを持ち続けられたから」>

 「沖縄の風土は私の音楽が一番活き活きできるところ」と、沖縄を拠点に、弾きたい一心で単独でプロの活動をすることを決心。しかし、厳しさは想像以上だった。まず、音大卒ではないことが大きなネックに。また電子オルガンの認知度も予想以上に低く、テレビ出演に行けば「水着で」、ホテルのメンバーズバーでは接客もするように言われた。スポンサーの意向に添わなければ仕事にならず、自分の演奏などできない世界。そこで、出してもらうという発想を転換。一斉の依頼を断り、自分でコンサート「紀collection」を企画するが…。「観客が5人だった時はさすがにショックで。でも納得のいく演奏ができる。儲からなくても最低限食べていければいい」。1年、2年と月1回のコンサートを粘り強く続けた。
 そんなある日、ディナーショーの話が舞い込む。テレビ・ラジオでの活動を一切避けていたことも逆に宣伝になった。徐々に奏者・仲里紀子としての演奏依頼が増えた。諦めないで良かったと思えたのは、つい最近のことだ。

<"私らしさのある、妥協しない舞台"がモットー。
「集まり散じて人は変われど」早稲田から広がる輪を実感>

 実力はもちろん、ガッツ・持ち前の明るさ・人柄の良さも手伝って、演奏の機会も増え、現在は全国を飛びまわる毎日。校友からの依頼も多く、「校歌に『集まり散じて人は変われど』という歌詞がありますが、OB・OGの方との縁や、早稲田から広がる輪を感じています」。現在は、一人の舞台からホテルの料理長との共同企画や室内楽、またお経との共演等、新たな活動も企画中。「応援団の方々が心の支え」という彼女の目標は、「まだ見ぬ可能性を100%活かしきった"自分"。人生は"自分探しの旅"。音楽は旅の乗り物の一つです」。今日も、真っ青な沖縄の空の下で「笑顔を届ける舞台」を創り続ける。

■ なかざと・のりこ

1975年那覇市生まれ。首里高校3年時にJICAエッセイコンテスト全国大会準優勝。98年、第一文学部卒業と同時にプロとして活動。沖縄にて7月より月1回のsoloLIVE紀collectionをスタート。現在、沖縄を拠点に各種イベントや式典等の出前演奏や講演など全国を飛び回る。また地元紙『沖縄タイムズ』、『琉球新報』にて連載エッセイを執筆。ディナーショー「紀ら星」シリーズが今年もスタートした。

【E-mail】s-art@ml.cosmos.ne.jp
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