第878号 Sep.22,1999 


■南アフリカ・ヨハネスブルグの現地NGOに参加した

■千葉愁子(ちば・しゅうこ)さん

 商学部5年。1976年東京都生まれ。高3時の読書をきっかけに南アフリカに興味を抱き、大学2年の時から、NGO団体「アジア・アフリカと共に歩む会」の活動に関わる。昨年は1年間休学し、南アの現地NGOの活動に参加した。

 「高三の時に読んだノンフィクションに、アパルトヘイト時代に結婚した黒人男性と白人女性について、"アパルトヘイト時代はお互いに刑務所に入っていた時さえうまくいっていたのに、アパルトヘイトが制度的には終わりを迎えて却って行き違いや戸惑いが増えた。アパルトヘイト時代に受けた心の傷に対処する精神科医が必要だ"というようなことが書いてあった。私は人種問題には接点がなかったけれど、過去の辛い体験がその後の人生に大きな影を落とすということはよく理解できた。だから、精神科医になろうと思ったんです」。その後、偶然に反アパルトヘイトの劇団の公演を見て、「生まれた時から劣った人種だと言われ、制度もそれを助長しているのに、その間違いに気付き、顔を上げてきちんとそれは間違っていると言えるってすごい、と思いました。何故こんなに強くて明るいんだろう、と」。

 以来、南アに行くことを念願。大学二年の夏に現地へ旅立った。「日本のNGOでボランティアとして派遣してくれるところを探したけど見つからなくて…。取り敢えず現地で活動を探そうと、往復の航空券だけ持ち、ホームステイ先を決めていた埼玉大学の院生に便乗して行ってしまいました」。行動力もさることながら、彼女は運も良かったのだろう。「ステイ先の方の縁で人脈が広がりました。その方の知り合いに例の本の女性がいて、話を聞かせてもらったり。この時は英語もできず、ただいろいろ見た、という感じ」。その後、一度の旅行を経て、昨年は大学を休学。アメリカのNGOから現地NGOに派遣され、ストリートチルドレンやホームレスユースと共に働いた。学校で教えたり、彼らのカウンセリングにあたるというNGOの活動に取り組んだのである。

 「日本に帰った時は、正直"助かった"と思いましたね。南アでは、自分のモラルや価値観が打ち砕かれ、何が正しいのか分からなくなるような経験をしました。八カ月いたけれど、実際に現状が正しく理解できたのは最後の三カ月。それまでは活動は順調で楽しかったけれど、本当に何が起きているか見えていなかったんですよね。私が関わった子供たちは暴力や犯罪が蔓延する中で生きていました。でも、一度信頼関係ができるとさりげなく守ってくれたり。彼らは知識はなくても物事の本質は知っていたし、生きる感覚がすごく鋭かった。私は活動の中で、失敗したり、だまされたり、自分の無力さを痛感したり、辛いこともありましたが、今後も、やはり南アとストリートチルドレンに関わっていきたい。そのためにどんなキャリアを積むか、今、それを考えているんです」

 アメリカのNGOは、学位や資格ではなく、クロアチア難民キャンプの体験や精神障害者との交流等の経験を評価してくれたという。「欧米の場合は大抵、大学院等で鍛えられて即戦力になる能力の高い人材が多いのですが、日本人は善意はあるけれど専門的な能力に乏しいケースが多い。今回、それを痛感しました。だから、日本で三十歳位までに児童福祉、三十代でマネジメントやコーディネート能力を身につけ、四十歳以降には社会開発の分野で国際的なストリートチルドレンやスラムの問題に取り組みたいと思います」

 二時間に及ぶ取材中、暴力や人間不信が横行する南ア社会の現実が次々と露呈されていった。しかし、彼女の笑顔の中に、南アフリカで一生懸命生きる子供たちの息吹と、彼らを支えようとする彼女の姿が現れていた。彼女の明るさが社会を変える、その夢がいつか叶うように。


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