テコンドー67kg級・シドニーオリンピック銅メダリスト

岡本 依子さん


■おかもと・よりこ

 1971年大阪府生まれ。95年人間科学部スポーツ科学科卒。現在、ルネスかなざわ勤務。大学2年時、交換留学先・オレゴン大学でテコンドー道場に入門。95年世界大会2位、96年USオープン2位、97年東アジア大会3位、98年アジア大会3位、99年9月の五輪選考会で2位となり、シドニーオリンピック代表に決定。67kg以下級で見事銅メダルを獲得。

◆「全ては幻想である」『唯幻論』に憧れた大学時代

 空手を始めたのは中学時代。高校生の頃、新聞に筑波大学の先生がスポーツ心理学の小さなコラムを連載をしていた。それを読んで、「緊張のメカニズムとかが、空手にも通じるなぁ。どうやったら練習の力を試合で出せるのか」と、スポーツ心理学に興味を持ったんです。それで筑波大を受けようと思ったら体育学科は推薦しか採らなかった。でも、早稲田は受験で入れるやん。それで、人間科学部へ進学しました。

 別に真面目な学生じゃなかったから、授業は最低限しか出席しなかったけど、人間発達の社会学とか、研究の最先端のはやりのことをいっぱい教えてくれて、すごく面白くて。全然知らないことについて学べたから。学問的に研究した結果を勉強できて、すごく良かった。人間科学って新しい学問だから、常識とは違うんちゃうか、ということが良くある学問で、「そうか、自分はこう思ってたけど…そっか!」みたいに。バイオエシックスで、クローン人間とか脳死について法律より倫理の面から考えたり。それまで、新聞とかで読んでも他人事のようにしか思っていなかった問題を説明されて感動した。面白くない時は寝てたけど(笑)。人科、いいですわ。

 ゼミはスポーツ心理学ではなくて、精神生理学を選んで。心理学は推測の域を出ないけど、精神生理学は脳波や心拍を使って緊張などを測定しようという学問で。でも、実際、機械を取り付けられて実験したら、全く意識しないってことはないんとちゃうかな。これは、機械がすごく小さくなって意識しないような形になるとか、技術が進歩しない限り測定の限界があるな、と感じました。

 (ゼッターランド・)ヨーコさんとも同じ授業とってたことありますよ。彼女が四年の時、私、一年で、ダンスの授業か何かで。すごく性格いい人で、皆、ヨーコさん好きだった。彼女はでっかいから、踊るとこんなんなって(大きく仕草)(笑)。すごく、人気がありました。荻原兄弟とか、巨人の仁志君とか、S&B行った陸上の人とか沢山いて、面白かった。

 読書は大好きですね。大学時代は、高校時代に国語の先生に薦められて読んだ、岸田秀さんの『唯幻論』に憧れてた。心と身体の関係を知りたくて。武道って、型から入って、その後、中身がついてきますよね。そういうのが全部幻だって言う話で、自分がどうやったら成長するんだろう、ということも、そういうのは意識的にできるんとちゃう、何かをやってもやらなくても結果は同じ、というもので。それで理屈的に面白くて、「そうなんかー!」と思って、大学時代は好き勝手やった。とにかく憧れみたいなもんがあって、一緒のことをやろうと、岸田さんが「フランス留学中、昼まで寝てて…」とあればやってみたり。遊びばっかでもあかんわ、って分かったし良かった。

 でも、毎日飲んだり、遊んでても、別に毎日何もないから楽しくない。自分が一生懸命やっててしんどくて、それで遊びに行くのは楽しいけど。そのうち遊んでばっかりいるのも大変になって。何か制限があって、忙しい中遊べる方がいいやって。遊びをちゃんとやることって難しい。その時も分からなかったし、テコンドーやってても分からなかった。最近になってやっと、遊びが分かってきたかなぁ。

 だから読書は好き。字を見ていたら落ち着く。自分だけの考えだけじゃなくて、いろいろな他のことが分かるじゃないですか。

◆人生は短いけど、芸術は長いテコンドーとの出会い

 そうやっていろいろやってみた結果、私にはそういうやり方は向いてへん、と分かった。どうせやるなら大きな目標をかなえるようにしたい。「人生は短いけど、芸術は長い」って言葉があると思うんですけど、いろいろなことを広く浅くやるより、一つでいいから深くやって極めたほうが人生の真実が分かるんちゃうかな、って。

 留学したのは、とりあえず一年卒業を遅らせたかったのと、アメリカに行きたいな、と思ったんで。アメリカに行けば、何か変わるかな、と。結局、アメリカに行っても自分は変わりはしなかったけど、テコンドーを始めるきっかけになった。アメリカの人は陽気でのりが良くって、人のことを認めるし、すぐヒーローを作りたがる。ちょっとでも才能があったら褒めたたえる。でも、日本はヒーローをなかなか信じない。アメリカでは大きな夢を持っていたり、大人になっても夢を持つことに対してすごく評価するけれど、日本は違う。だから、日本にいるとすごくしんどくて、アメリカは楽だなぁと思いました。

 でも、アメリカ人は言い訳も上手ですよね。日本人は言い訳しなくて勤勉。結局夢があって、勤勉なのが一番かも(笑)。また、アメリカ人はすごくカウンセリングを重視したり、おかしな事件も多い。自由過ぎるのも、いけないのかもしらんなぁ。まぁ、最終的には風習の違いはあっても、うまくいく人はいくし、いかない人はいかないんやろね(笑)。でも、知らない人でも微笑みあったり、バスで席を譲り合ったり、リラックスできるいい人が多くて良かった。

◆近所の人がカンパ! 皆の力で取れたメダル

 オリンピック行く前から「テコンドーは日本から二人出て、二個金メダルだ」って言っていたんですけど、誰も信じてなかったですね。でも、男の子の候補は一回戦で負けてしまって、運悪く敗者復活もなく。私は、敗者復活戦から銅メダル。日本チームとしてメダルが取れたことが嬉しかった。でも、応援に来てた人は、敗者復活が決まるまでの二十分間は、誰もしゃべらなかったらしい(笑)。

 オリンピック出場が決まるまで、ずっと一人でやってて。経済的な援助もなく、自分でバイトして稼いだお金で留学して。他の競技みたいに、競技に専念したいなぁと思っとった。でも、自分で精一杯、贅沢とかしないでやってきてたところで怪我をして。オリンピック出るには九九年七月の世界選手権で四位以内になるか、九月のアジア大会で二位以内になるしかなくて、怪我をしたのが六月。でも、結局九月の選考会に出られて、二位になった。その時点で、「自分でなんでもできるわ」と思ってた。

 でも、オリンピック出場が決まって、大切なことをいっぱい学んだ。それまでは、親には感謝していたけれど、社会が何かをしてくれていたわけじゃなかったし、自分一人でやってきたと思っていたから、近所の人とかが応援してくれても、最初は負担に感じていて。でも、頑張ってメダルが取れたとき、「周りの力があったからこそ、勝てたんだな、もっと人を信頼していいんだ」と思えて…。オリンピックの一年で一人じゃなくて、沢山の人で協力した方が大きなことができるって分かった。経済的にもオリンピック出場が決まって就職もできたし、近所の人が千円ずつとかカンパしてくれてサポートしてくれるようになった。それまで、自分でアルバイトをしていたから、お金の大切さは骨身に染みて分かる。本当にありがたい。

 一人の方が自由だし、競技は一人でもできるけれど、皆でやった方がいろんな目標も追いかけられるし、いろんな人のためになる。この競技自体は自分が好きだから楽しかったけど、人の関わりとか、オリンピックを通してそれまで体験できなかったことができたのが嬉しい。テコンドーを続けていたから、なんでも夢がかなうし、明るく前向きに生きてこれた。テコンドーからいろんなことが学べて良かった。

◆私は"マーファー"生きているのが面白い!

 二年位前からマーフィーを読み出してマーフィー信者に! 妹に「マーファー」、マーフィー研究家って言われています(笑)。だいたい生活が上手くいくのは、マーフィーのおかげもありますよ。願いがかなうのって嬉しい。河合隼雄とかユングも好き。簡単で面白いし。

 どうせやるなら、すぐにできる成功よりも、ちょっと時間かかるやつの方が達成した時の喜びが大きい。人生で、大きい成功の方が、自分がそれができる、大きなことができるって思える。折角、生きているんやったら自分の人生を使って大きなことをやりたい。大きな目標を立てたら、それができるから、生きてるのが面白い(笑)。

 「あかんのちゃうか」って自分の夢を最初から小さくしていたら、小さなことしかできない。かなうかどうか分からなくても夢は大きく持ってた方が、できるかもしれないし、人生も楽しい。失敗したって、その夢を持ってればいつかかなうんだから、あまり気にすることはない。失敗して何もないことはあるけど、マイナスになるということはない。夢を持ち続けてもう一度やればいい。失敗したって、夢はなくならないんやし。

 金メダルは一つの夢だったけど、今、それが一段落して、のんびり、生活を楽しんでいるんやけど、私の夢は、選手としては来年の東アジア大会と世界選手権で金メダルを獲ること。それで、銅メダルを獲って、いろんなチャンスが増えたから考えるのは、将来はテコンドーの道場を持ちたい。テコンドーで食べていけそうだし。夢を描く時は、最高の夢を持たな。お抱えの運転手さんが運転する白いベンツに乗って、各地の道場を回るんです。その道場には、生徒さんがいっぱいいて、通ってたら皆が楽しくなって、私はお金持ちで、暇な時は遊んで…(笑)。描くなら、最高の夢を描かな!

 でも、金メダルを夢にした時は、実力もなかったし、夢でも描けなくって。そんな時には、リフレッシュすることが大切。昔、金メダル獲れるかなって悩みながら韓国に留学していた時、遊びでサッカーを一生懸命やったんですよ。そしたら、意外と上手くって「お前はサッカー選手になるといい!」って、誉められてすっきり。それで、あ、金メダル獲れるんちゃうかな、なんて。考えてもしょうがないんですよ。人間なんてそんなもんだから。夢とか持って、あかんかなと思っても、無理やり持ち続けて頑張りますわ!

(2000年12月7日掲載)


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