俳優 内野聖陽さん


本学政治経済学部のOBで、テレビ・舞台に大活躍の人気俳優・内野聖陽さん。今回のOBインタビューは内野さんの現在の活動の元となった学生時代の話などを中心にお送りする。

■内野聖陽(うちの・まさあき)

1968年神奈川県生まれ。本学政治経済学部卒業。在学中に文学座に入所し、97年座員となり、現在に至る。主な出演作品に、舞台「ロミオとジュリエット」「トランス」「みみず」「カストリ・エレジー」など、ドラマ「ふたりっ子」「ミセスシンデレラ」「ラブジェネレーション」「徳川慶喜」など多数。

★なぜ早稲田大学を?

僕は関東の出身なんですけれど、入る前から早稲田の学風というか校風というか、気取らないバンカラみたいなところが好きだったんです。すごく活気のある大学だな、って感じて早稲田へ来ました。進取の精神というか、開拓精神みたいなものがあって、何かが生まれて来そうな大学っていう気がしました。人真似とか、人が敷いたレールの上を歩くような生き方をする人たちじゃなくて、それぞれ夢を持っているような気がしました。

最初は法学部へ進んで法律の勉強をしようかなと思っていたんですが、政経に入って社会正義に生きるジャーナリストになりたいと思いはじめ、その方向で就職活動もしたこともありました。

僕は中学高校と男子校だったんですよ。女性とデートもしたことないし、恋人もいなかったし、女性に関しては無菌状態という感じで早稲田へ入ったんで、「こんなに女性がいる!」と思って、「しゃべれない」と思ってました(笑)。そうしたら、「彼は硬派でいいわね」なんて言われてたんですけど、しゃべってみるとただのヤンチャボウズだったっていう(笑)。それでイメージが崩れたって言われました。

★演劇との出会い

学生時代は第一学生会館にあるESS(英語会)というサークルに入ってました。入学と同時にそこへ飛び込んでしまった感じでしたね。当時、ディベートなんかが流行っていて、自分自身ディベートを学びたいなと思って、ESSへ入ったんです。

ESSというのは、スピーチだとかドラマだとかいろいろな活動があって、全部の活動を一通りやって英語を身に付けましょう、というようなサークルなんです。そこでたまたま、何もわからない状態で英語劇をやったんです。それまでは演劇なんてかけらもやったことがなかったから、人前で演じるなんていうのは想像もつかなかったですね。しかも、英語で。どうなることやらと思いながら、英語劇をやり始めたら、「面白いじゃないか」っていうことになりまして(笑)。

初めてやったのは、マイケル・ウォーカーという作家の「ザ・ウォール」という、ベルリンの壁を題材にしたような話でした。それから、四大学英語劇コンテストというのがあって、早稲田と慶應と、立教と一ツ橋と津田塾のジョイの五大学が出るんです。六十年近い歴史のある大会なんですよ。早稲田もそれに毎年参加していて、当時二百人近くESSにいたんですが、その大会に出るのにオーディションをやるんですよ。僕も、初めての英語のお芝居で「演劇面白いぞ」っていう気持ちになってましたので、オーディションを受けたら受かったんです。それでニール・サイモンの「吹け角笛を」っていうお芝居で、初めて主役をやらせてもらいました。これが演劇に入り始める大きなきっかけでしょうね。

僕は根っから引っ込み思案で、人前に立って何かを表現するなんて全くできない人間だったんですけれども、それで目覚めた感じがありますね。その時は、どうやったらわからないから暗中模索の日々が続いて、精神的にまいってしまい、「英語劇なんかもうやらない」と思って、二年生三年生の時は裏方へ回って舞台監督やったりしてたんですけど、やっぱり裏方へ回るより演じたいなという気持ちが常にどこかにありました。

その頃は大隈講堂の前で発声練習をしていました。その横でトランペット吹いていたりする奴がいたりして、自由な感じが良かったですね。今でもそうなんでしょうね。

大隈講堂の裏には「演劇研究会」だとか「木霊」なんていういう劇団がありましたし、五月の「カルチャー・トーク」ではこう上尚史さんの話も聴きましたが、そういう学生演劇には縁がなくて、結局英語劇に夢中で、最後までESSでした。

当時は英語をしゃべることに興味を持っていて、「ゆくゆくは世界を舞台に仕事するんだ!」と思ってまして(笑)、英語を身に付けようと思って入ったサークルで、たまたま英語劇をやったことで、英語よりも演じることに響くものをみつけてしまったという感じです。

大学時代の思い出って言えば、イコールESSみたいな気持ちになるぐらい、その活動に没頭してましたね。

★演劇の道へ

ところが、留年しちゃいましてね。「さあ、卒業だー」と思っていた矢先に、「あ、単位が足りない」っていうんで(笑)。それなりに就職活動も始めてたんですが、留年が決まってしまい、先輩に「どうせ一年遊んでるんなら、芝居の勉強でもしたらどうだ」って、渡されたのが文学座の入学願書でした。「えー、文学座ですか、よく知りませんけど(笑)」っていう感じで、願書を出したら、受かっちゃったという。

それまでは英語で芝居をやってましたが、日本の方に観ていただくのに英語でやってもしょうがないなあと。芝居って、言葉も大きな力の一つでしょう。人の心を動かすのは、心の底から出てきたものじゃないとダメだなと思ってしまったんです。そこで、自分の思いを一番伝えられるのは日本語しかないと。

役者を自分の道にしようと思ったのは、文学座へ入ってからですね。文学座は発表の機会が多いんです。役者は机の上の理論よりも、実践あるのみなので、いろいろやらせてもらいました。本公演では清水邦夫作の「愛の森」っていう芝居が初舞台でした。

研究所が一年、研修生が二年、準座員が二年あって、五年目で座員になるんですよ。上へ上がる度に絞られて行って、研究所の時は昼夜合わせて六十人いたんですけれど、座員になったのは三人です。厳しいといえばそうかもしれませんが、やはり演劇にも王道はなくてその人の志の持ち方次第じゃないでしょうか。研究所を出て活躍されている方は沢山いますしね。

★役者として

「僕はこういう役しかできませんから」って言いたくなくて、いろいろな役を演じ切るということがやりがいみたいなところがありますね。芝居の作品という虚構の世界の中で、その人間の生きていく生を全うするということがすべてなのだという思いがあります。

今までに演じて来たものは、テレビも舞台もどれも大切ですね。一つ一つの役に「入魂」しているつもりです。十二月に新国立劇場で演じた「野望と夏草」の平清盛も、すごく演じ甲斐のある作品だったし、今月松たか子さんと演じている「天涯の花」も、面白いです。松さんはテレビでご一緒しましたけれど、芝居に対する姿勢も誠実だし、素敵です。そういう方と一緒に仕事ができるのは役者として、嬉しいですね。皆さんにもぜひ観ていただきたいです。

役者は人間を表現する仕事だから、人間が持っている何かが見えないと、どうしようもないと思っています。いろいろな演劇がありますけれど、姿形や言葉づらの表層だけじゃなくて、作品の中で生きているキャラクターが何をもって生きているのかを表現できる役者でありたいと思っています。

役者っていうのは、何もないところに素敵な物をこしらえて、「どうだ」って見せて、楽しませるっていうところがあります。そこに快感を覚えているのかもしれません。

それと、幕が開くと、それまでのいろいろな苦労がお客さんには見えないっていうのがいいですね。人の見えないところでやればやるほど結果が自分にはね返って来るし、それが一瞬にして燃え尽きる、みたいなことがいいんですね。

昔から、一瞬にして燃え尽きる花火のようなものが好きだったんですね。花火師になりたいと思ったこともあります(笑)。みんなが空を見上げて「綺麗だな」って言ってる間に、下を向いて花火を筒に詰めている。夜空に美しい結果だけを見せて、下では誰にも知られずニンマリしている。なんて素敵だなぁと思いました(笑)。

役を作って行く上では、常に自分や自分が演じる役と対話をして行く孤独な作業が多いですけれど、そういう孤独は必要だと思いますね。

★みなさんへのメッセージ

早稲田には昔から進取の精神があって、それをみんながいつまでも持っていてほしいですね。人に言われて何かやるんじゃつまらないですよね。演劇なんてまさにそういう世界で、「やりたい」っていう情熱がなかったら、何も生まれて来ないですからね。面白い人達が集まる大学であり続けてほしいですね。

(1999年1月7日掲載)


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