サッカー日本代表監督 岡田 武史さん


■おかだ・たけし

 大阪府出身。1980年政治経済学部卒。現在、(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ日本代表監督。天王寺高校3年の時に日本ユース代表。在学中ア式蹴球部に在籍し、DFとして活躍。卒業後、古河電工(現ジェフ市原)に入社、日本代表としてロス五輪予選、メキシコワールドカップ予選などに出場。90年引退後、ドイツへコーチ留学、ジェフ市原のコーチを経て日本代表コーチ、九七年に日本代表監督就任。

早稲田に憧れた高校時代

 高校生の頃、いや中三だったかもしれないけれど、五木寛之さんの『青春の門』など、たまたま二つぐらい続けて早稲田大学の出てくる小説を読んだんですよ。それで、見たことはなかったものの、頭の中に早稲田のイメージが自然とできて。自分は慶應みたいにカッコ良くないし、スマートじゃないからどうも早稲田だな、と。その頃から早稲田に行きたいと思うようになりましたね。

 それで模擬テストを受けたら、「君はまず政経、法、商は通らない。教育の体育専攻を受けなさい」と言われて。でも、当時から斜に構えていたところがあったので、お金を払ってサッカーだけやるなら企業へ行ってお金を貰ってサッカーをやるよ、と嘯いて、政経、法、商しか受けなかった。今、思えば体育行って、体育の勉強をしておけば、もっと役に立ってるんじゃないかと思うんですけれども、その頃は実情を知らなかったんですよね。

 高校三年の時に高校生から三人だけ日本ユースに選ばれたんです。僕はその代表のキャンプの途中に抜けてテストに行かしてもらったけれど、アジアユースでクウェートに行ってたから発表は見れなかった。帰ってきたら「落ちてたよ」と。それで自然と浪人になった。

 そうしたら、当時サッカー部部長だった政経の堀江先生から、「君は合格最低点の半分しかありません。これでは一年でどれだけ勉強をしても無理だから、来年は体育を受けなさい」というような手紙が来て。それを読んだ途端、もう絶対体育は受けない、と思いました。でもさすがに二年目は不安だったから、関西の私学も受けたんです。それが受かってたから、早稲田を受けるときは結構気楽でね。ま、駄目でもいいや、政経、法、商だけ受けよう、と思ったんです。

念願かなって晴れて入学

 実は商学部には受かる自信があったんですよ。今はどうか知らないけど商学部はマークシートでね、全部書けたんですよ。政経は記述式で、書けないのが結構あって、これは駄目だなァと…。そうしたら政経しか通らなかった。やっぱりまぐれだったかな、と高校の先生にいじめられましたけどね。「先生! 政経通りました」って言ったら、「お前、嘘つけ!」と(笑)。

 受かった時はサッカーのことは全然考えていませんでした。一年間何もしてなかったから、体重も十`以上太ってて。最初はサッカー部に入らないで同好会の稲穂キッカーズってとこでやって、学生生活をエンジョイしようと思ってたんですよね。そうしたらたまたまサッカー協会の人に会って、「高校生三人だけを協会の金でアジアユースに行かせたのは将来への投資だ」と、すごく怒られたんです。それで、その頃はまだ純粋だったもので、「今から早稲田のサッカー部に電話するから明日行け」と言われて、行って入った。それが早慶戦の一週間くらい前。一年生の時は練習についていくので必死で、ものすごくしんどかったですよ。

 浪人して一年のブランクができたじゃないですか。若いから体は何とでもなるんですけど、気持ちの方が、なかなか“よし! やろう”という気にならなくってね。もっといろんな世界を見たいなァと。でも、具体的な目標があるかと言うと、ないに等しい。そういう意味では、目標に向かってこれをやろう! という感じじゃなかったですね。でも『環境問題』にすごい興味があって、将来そういうような仕事ができれば、というのはあったんですよ。ただ、そのために大学でこうしよう、というのは全然なくて遊びまわってましたけどね。

早稲田に集う人々と

 早稲田に入って良かったことは、先程も出てきましたが、政経の堀江教授に出会えたことですね。僕の人生においてものすごく大きな刺激というか、影響を受けて。まぁ、政経の教授であられて、サッカー部の部長でもあって、そして四年の時にはゼミも取らせていただいた。学問的というか、あの先生の生き方というか、そういうものにものすごく影響を受けました。

 あとはやっぱり、今になって、早稲田のOBのつながりを感じることがありますね。すごい人と「同じ早稲田だ」というその一言でコネクションができる。サッカー以外の世界の人とそういう形でいろんなつながりができてくるというのは、やっぱり伝統を感じますね。ただ、“つるむ”っていうんじゃなく、「あぁ、早稲田なんですか、僕も早稲田なんですよ」というきっかけができるというか。僕自身、早稲田であろうがどこであろうが、あんまり意識しないんですが、きっかけとしてね。

 早稲田っていうのは大体雑多な奴が多いから、皆で一緒にっていうんじゃなく、勝手に行ったらいいんじゃないか、という人が多いような気がしてならないんですよね。僕もね、サッカー界で早稲田で集まろうという話があっても、別に早稲田であろうとなかろうと一緒じゃないか、なんて思うし。

 この前も記者クラブかどこかで、「母校の早稲田のサッカー部が二部に落ちましたよ。どう思いますか」などと言われて、「早稲田が二部に落ちたからって日本人類が困るわけじゃないからねぇ」と答えたら、「そういう気持ちしかないんですか」って言われてしまって。そう言われても困っちゃうよね。先輩として残念は残念だけど、しょうがないと思ってますから。

 早稲田だけ二部に落ちたことがないって言っても、それはいつかは切れることだし。逆に切れる時の選手や指導者やってた奴はかわいそうだと思いますよ。別にその時だけ弱くて切れるわけじゃなくて、他が良くなったり、いろんな問題があってだんだんと悪くなっていくんじゃないかと。僕も早稲田のためになにもしていないんだから、やっぱり何も言えないですよね。

 サッカー部の友達とか、同好会の時の友達、クラスの友達とは今も付き合ってますよ。早稲田の人ってある意味でいい加減というか、スマートじゃないんですよね。ちょっと泥臭いっていうか。ま、僕はそういうところに憧れて入ったんですけど。あまりエリート然としてない人が多いですね。

現役学生の皆さんへ

 取材などで、「茶髪とか今の若い人の行動とかに対して、日本代表というスポーツ選手の鏡として何も言われないんですか?」と言われるんですが、スポーツ選手だからすごいっていうんじゃなくて、スポーツ選手も普通の人間、同じ若者ですよね。ああした行動っていうのは社会を反映しているんだ、と。僕もあまり好きじゃないし、自然になくなればそれに越したことはないけど言う気はないですね、と話したんですけどね。

 結局、今の世の中が若者をそうなるようにしてるんだと思うんですよ。何をやっても適当に食っていけるし、特にこうやったら急に上にのさばれるわけでもないし、というような。サポーターとか今の若い選手を見てるとよく分かるんですよ。なんかだらしないというか、つかみどころがなくてフラフラしてる。

 ところが、彼らもバッと強いつかみどころをあげると、皆、突っかかってくるんですよ。それがスタジアムにいるサポーターがアイデンティティを見つけた時であり、日本人だったと気付く時でもあると思うんです。君が代を歌って、国旗を振って、ニッポン、ニッポンって大声で言って、自分を見つけるわけです。そういうものが今、ほとんどないから、今の若者は、ってことになるんですけど、彼らだってそういうものを見つけた時にはしっかり捕まってくるし。

 早稲田に来たいと思う学生と言うのは、早稲田っていう何かに惹かれてくるわけですよ。俺が通りそうなのはここで、学部はこれで、だから受けようというんじゃなく、早稲田というちょっと泥臭いようなカラーとか、打たれ強い、はいつくばってでもやるタフさに憧れてくる人が多いと思う。一覧表見て何を勉強したらいいかな、ではなくて、この学校へ行きたい! という。僕がそうですからね。そういう意味では早稲田の学生はまだ一つのものを持ってるかもしれませんね。

 結局ね、世の中のものっていうのはいろんなバランス感覚だと思うんです。「大学っていうのはやっぱり勉強しに行くんだから、もっとこうしっかりこの勉強をしようという気持ちがないのは駄目だ。それ以外は大学行かなければいいんだ。アメリカみたいに入るのは簡単で、真剣に勉強する人だけ取る」という理論的なところがあってもいいと思うんですが、もっとエモーショナルな面で、俺は早稲田が好きなんだ、という気持ちも必要ではないか、と。ここのバランス感覚なんだと思うんです。

 これはサッカーの試合ですごく言えるんです。サッカーっていうのは論理性なんですよ。もう論理的に確率を考えていくわけですよ。ひらめきでね。例えば1対0で勝ってる。あと十分守りきりたい時、長い目で見て確率では、ディフェンスのうまい選手がいた方が高いですよね。それだけでいいんだったら、確率を考えるだけで論理的に素晴らしいサッカー、いいサッカーになるんです。

 ところがそれだけじゃ勝負は勝てない。勝つ時は絶対負けないぞ! 目の前で取られたら取り返すぞ、というような精神的なものが必要なんです。日本人というのは感情面が、えてして大きいんですよ。「頑張るぞ。 絶対フランスに行くぞ!」と言うだけで行けるなら、僕は一試合中どなってやる。でもそれだけでは駄目で、冷静に自分の役割をやらなきゃいけない。

 UAE戦では1対1で引き分けて後半に入った。89分に1点とっても2対1で勝てるのに、「引き分けじゃ駄目だ! これじゃワールドカップに行けない」とパニックになって引き分けた。僕はそれではいけないと思って、冷静にファイトしろと言い出して、選手もだんだん感情面とのバランスがとれるようになってきた。

 前回のワールドカップは最後のドーハでイラクに引き分けて出れなかったんですが、あの時はハーフタイムに1対0で勝って選手が戻ってきて、「おい、これでワールドカップに行けるよ」とパニックになってて、監督が何を言っても聞かずに騒然としていた。今回、最後のイラン戦ではやっぱり1対0で勝ってハーフタイムに入って、少しは話はしていたけど、「おい、ちょっとこっち見てくれ」と言ったら、ばっちりこっちを見ますよ。大人になったんですね。

 大学に行くのも、ロジカルに大学は勉強しに行くところで、こういう勉強をする、と考えているならいいんですけど、あと一方で「早稲田に行きたいんだ」と思うバランス感覚を持っていることが大事だと思うんです。僕なんかこっちだけで来ましたけどね。両方のバランス感覚が大切なんじゃないかと思いますよ。今の若い人はロジカルな面が強くて、ちょっと上になると感情面が強い。ただ早稲田の学生には、早稲田に行きたいんだっていう感情面が残っているような気がしますがね。早稲田の学生は周りにあまり流されないで、自分の目標みたいなものを持ってやってくれるようになるといいですよね。

(1998年6月4日掲載)

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