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No.941 2001.7.19
(30) 日本のお家芸を知る「スポーツ方法論実習 レスリング」



人間科学研究科健康科学専攻博士課程 1年

「熱い岩男」太田章助教授  かつて、オリンピックで日本のお家芸といえば、「レスリング」と言われていたことを知る学生は少ないかもしれない。今でこそ、辛うじてメダルを絶やさない程度に甘んじているが、これまで多くのメダリストを輩出している。その中でも世界の強豪が顔をそろえる重量級で、二大会連続銀メダルを獲得したのが太田章先生である。

太田先生を初めて見た時 、デカイ岩に見えた人は僕だけではないだろう。とにかく、ゴツイ。しかし、ただの岩ではなかった。その巨岩は、線路を封鎖して、「微塵も動かないぞー」とがんばる落石のようではなく、ネコのようにすばしっこく動く。往年のメダリストは、授業中、軽やかなステップを踏み、学生と共に汗を流すのだ。

岩に例えるとちょっとこわいイメージがあるが、授業では先生の人柄にも触れることができた。とにかく、熱い。その熱さを伝えるエピソードがある。先生が日ごろのハードワークで、体調を崩されたことがあった。さすがにその日は動くことができず、じっと授業を見ておられた。だが、ものの十分もしない間に先生の身体は、マットの中心に近づき、授業が終わる頃には、いつもと変わらぬ汗だくの先生がいた。学生たちはその時、先生の熱意を感じるとともに体調が悪化しないことを祈ったに違いない。

オリンピック2大会連続銀メダリストの太田先生と共に汗を流す おそらく、皆さんはレスリングと聞くとあのカッコ悪い服装(ツリパン)をイメージするだろう。初めは僕もその一人だった。しかしながら、毎週の授業で少しずつ、レスリングの技を覚えていくにつれて、十月の体育祭であのツリパンを着て、自分の力を試したくなったのだ。体育祭の結果は散々だったが、目標を持ってチャレンジできた自分を少し誇らしく思った。

太田章という「熱い岩男」から、レスリングの面白さと目標を持って物事に取り組む喜びを知ってほしいと思う。



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No.940 2001.7.12
(29) インド生まれの「カバディ」



政治経済学部政治学科2年 金田美冬
第一文学部人文専修2年  橋村知暁


技を伝授する星川先生  カバディ。名前を聞くだけでは想像し難いであろうこのスポーツ。フットサル、セパタクローと混同する人も少なくない。しかし実際はそれらとはまったく異なる。相手コートに攻め込み、タッチして捕まらないように逃げ帰るのだが、攻撃できるのは一呼吸の間だけ、と決められており、途中で息継ぎをしていないことを証明するために「カバディ、カバディ・・・」と言い続けるのである。その攻め方は、相手を追いかける点では鬼ごっこのようでもあり、体がぶつかり合う点では格闘技のようでもある。

 ではその授業風景。守る側のおとり作戦、攻める側の挑発・・・。さまざまな心理戦が飛び交っている。攻める側はいかに相手の隙をつくか、いかに頭を使って多数の相手にタッチして戻れるか、が鍵である。たとえタッチしても逃げ帰れなければ意味がないのである。守る側で必要なのはチームワークである。手をつなぎ「チェーン」と呼ばれる網を作り、一心同体となって相手を捕らえる。信頼が無ければ成し得ない技である。自然と友情も育まれ、他学部の友達が沢山できるのも利点である。

敵の隙をうかがい緊張感漂う試合中  そういった和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気をさらに盛り上げてくれるのが星川秀利先生である。先生は日本代表として、アジア大会をはじめ数々の大会に出場しているだけあって、その動きには目を見張り、ただただ感嘆するばかりである。守るときは蜘蛛のように網を張り巡らせ目を光らせて獲物を待ち、それに捕らえられてしまうと蟻地獄にはまったように、逃げ出すことは不可能。また攻撃の際、ステップは子ウサギのように軽やかで、フットタッチはカンガルーのジャンプのような印象を受ける。そしてタッチして逃げ帰るすばやさは、いたずらを終えた子供のようである。

 これほどまでに楽しく魅力的な「カバディ」。

 声を出し続けなければならない唯一のスポーツ「カバディ」。

 しかし、言い易さから採用されたというこの「カバディ」という言葉には何の意味も含まれていないのである。



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No.939 2001.7.5
(28) 細川英雄教授の「日本事情教育実践研究」 ―解放された魂をめざす!―



日本語教育研究科 修士課程1年 蛇抜優子

対話をしかける細川英雄教授  対話の授業である。その主催主(ぬし)は過激である。院生の言語観・人生観・価値観・世界観に揺さぶりをかける。そして主自身も学生との対話を通して変容する。金曜一限の「日本事情教育実践研究」は2限、3限の実践の場「総合5」の理論編。この実践研究と並行して言語と文化の基礎固めの演習は必須。ここで頭をもみほぐし理論編へ。そして実践でその理論を具現化させる。

 実践での疑問は実践研究で補強され、再度実践へ組み入れられる。インターアクションでダイナミックな活動が。課題は、「日本事情をどう教えるか」ではなくて、「総合5は日本事情教育になりえるのか」の奇妙奇天烈さ。故に、今までの日本語教育界の「常識」は一切役に立たない。自らの頭をフル回転させ、私と他者の全人格をぶつけ合って、自らの思考を言語化していく。その過程は考えることを忘れてしまった人間にはきつい。「生みの苦しみ」と院生たちは呼ぶ。故にここは哲学の道場。時間切れの後も、メーリングリストでコミュニケーションは続く。

留学生も必死に学ぶ!  何をめざすのか。修士号? 然り。しかし、それは世間を欺くための仮説。知ることは「無知の知」。体得するのは人間のちいささ。そしてめざすは魂の解放。

 こころ深き者はこの門戸を叩け。こころ広き者は細川研究室のHPを開け。そしてこころ熱き者は己を語れ。ことばの力を確信せよ。そのあかつきの魂の呼応を感受せよ。

【URL】http://faculty.web.waseda.ac.jp/hosokawa/

総合5 別科日本語専修課程の留学生の必修科目の一つ。日本語研究科の大学院生は、教える立場で参加する。留学生と院生のコラボレーション授業である。その目的は参加者が日本語によって主体的な活動をし、的確な自己表現力を養い、限られた期間内にその目標を達成すること。それぞれの問題発見解決をめざす。院生は実践研究としてこのクラスに参加し、ことばと文化の統合を体得していくのがこのクラスの存在意義。



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No.938 2001.6.28
(27) 心に残るオープン科目「アメリカ西部で学ぶ地球の歴史」
 〜アメリカの大自然を満喫、地球の歴史という壮大なテーマについて学ぶ〜



教育学部5年    木林 隆真

 毎年多くの授業を履修するが、記憶に残る授業というのはその中に、果たしていくつあるだろうか。この授業は「記憶に残らない」単なる「パンキョー」でないことは、自信を持って保証する。

 教育学部小笠原義秀教授のこの授業は、集中講義前半、約一週間のアメリカでのフィールドワーク、そして集中講義後半の三つから成る。

 まず、集中講義前半は、地質学の用語・基礎知識を三日間にわたって習得する。その量は膨大で、非常にツライ。グランドキャニオンのビデオも見せられるが、このつらさもあいまってか、受講者はいっそうアメリカへの想いを募らせる。

今年3月のフィールドワークにて(中央下・小笠原先生、右隣が筆者)  次に、アメリカでのフィールドワークであるが、これはこの限られた字数ではとても語り尽くせない。それぐらい質・量ともに収穫が多い。アメリカの自然は、とても日本のそれとはスケールが比べ物にならない。まずは、Grand Canyon。自然が、いや地球が創り出したこの芸術作品をはじめてみたときの瞬間は、今でも忘れられない。他にも、Grand Canyon Caverns(大鍾乳洞)、Glen Canyon Dam、Meteor Crater(隕石の衝突跡)、Wupatki Ruins(インディアンの遺跡)…、毎日朝から晩まで、充実の一週間である。

 最後の集中講義後半では、フィールドワークのおさらいと受講者全員による成果報告会を行う。オープン科目なのでさまざまな学部学科から集まった参加者全員が、時には個々の専門知識を活かした報告発表をする。「学部の壁をブチ壊す」という小笠原先生の狙いは見事に実現されている。

 コロラド・カレッジのJeff先生の講義、円城寺先生の砂金とりなどまだまだ語りたいところではあるが、紙面の都合上、このあたりで終わりにする。

◆ 授業の詳細はhttp://133.9.221.70(学内のみアクセス可)


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No.937 2001.6.21
(26) 政治経済学部平野健一郎ゼミ 多文化、多様性のゼミ



政治経済学部4年 柴田 寛之

やさしいまなざしとするどい指摘

 「平野ゼミってどんなことやってるの?」。友達によくこんな質問をされることがある。「国際文化論かな」などと適当に答えてかわしているが、なかなか平野ゼミが何をやっているのか明確に答えられない。自分のゼミをうまく説明出来ないというのも妙な話だが、一言では片付けられない奥行きが我がゼミにはあるのだ。

 我々のゼミのテーマは、「ヒトと文化の国際移動」である。国際関係を領域主権国家という動かない主体の視点で見るのではなく、人や文化といった国境を越えて移動する主体の視点から捉え直そうという試みである。文化という切り口は、国際関係論の本流からすれば傍流かもしれないが、そこにまた我々のゼミの醍醐味がある。

 このように説明をすれば、多少なりとも我々のゼミをイメージしていただけようか。しかしそれでもなお、平野ゼミが「よく分からない」のは、各々のゼミ生が、余りにも個性的かつ多様な(統一性のない?)個別の卒論テーマを、それぞれの興味関心からゼミに持ちこんでくるせいである。

盛り上がる議論  捕鯨問題、日系ブラジル人にオリンピック。はては映画やサーフィンまで。卒業された先輩の中には、アニメをテーマにした人もいた。ある時間には、スイスの多文化主義について議論していたと思ったら、また別の時間には、満州映画について議論が展開される。これだけ幅広いテーマが、一つのゼミの中で議論されていることに驚かずにいられない。研究対象は無数に広がるが、移動する主体の視点という共通項があるので、ゼミでの議論が白熱するから面白い。

 今年は十九人もの三年生が入ってくれた。彼らは一体どのようなテーマで卒論を進めていくことだろうか。

 バラエティーに富んだテーマの下、皆が立派な卒論を作る為に切磋琢磨して研究している。
【URL】
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6463



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No.935 2001.6.7
(25) 薬の効果を実際に観察できる「薬理学実習」



人間科学部基礎科学科3年 荒木美和

最近ヒゲをのばしはじめた柴田重信教授

 私の所属する人間科学部基礎科学科では二年生から四年生の間に「実習」と呼ばれる科目を、心理学系、社会学系、生物学系のカテゴリーの中からいくつか選択しなければならない。今回ご紹介するのはその中の生物系に分類される「薬理学実習」だ。

 実習では学生は全員白衣を着用し、毎回数匹のマウスを使って覚醒剤や抗うつ薬、抗不安薬などの中枢神経系に作用する薬物を注射し、薬を投与したマウス、していないマウスの行動の違いを経時的に観察することによって薬物の作用を前臨床評価する。

 例えば記憶、学習を阻害する薬であるスコポラミンを投与したマウスと、投与していないマウスに音十秒とそれに続く電気ショック一秒の組み合わせで恐怖条件付けを行う。二時間後、音だけを呈示するとそれぞれのマウスの行動量の違いからスコポラミンの健忘効果がみてとれる。注射による投薬と行動観察を行うことでその薬の効果を実際に観察する事ができるのだ。

ただいま実験中!!  もちろん誰もそれまで注射器を使って動物に注射を打つなんてことを経験したことがないので、はじめはどんなに度胸のすわった学生でもおっかなびっくりでなかなかうまくいかない。しかし慣れてくるとはじめはマウスを怖がっていた女子学生も結構慣れた手付きで注射ができるようになる。

 授業の後半では自分たちが被験者になってカフェインの覚醒作用も体験できる。

 担当教員の柴田重信教授は九州大学薬学部出身の先生で主にサーカディアンリズム(体内時計)をご専門になさっている。学生に対しても親切で、質問などに対しても大変熱心に教えてくださる。実習と併せて柴田先生の「薬理学」を履修すると理論と実践がともなって随分ためになる。私も実習中はよくわからなかった部分が講議を聞いて「ああそうか!」と改めて納得した。

 他学部生からは「人間科学部はいったい何を勉強しているところなのか良くわからない」という意見がよくある。今回ご紹介した授業で人間科学部はこんなことも勉強できる学部なんだと少しでもわかっていただければ幸いである。



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No.933 2001.5.24
(24) 早稲田一の癒し系オープン科目「音と音楽の表現領域」



法学部3年 吉田智子

菅野由弘助教授

 「音と音楽の表現領域」というこの授業は、理工学部のオープン科目だ。最初の授業が始まった途端、理工学部の科目だから、わからなかったらどうしよう、と不安に思っていたことをすぐに忘れて、私は授業にひきこまれていった。

 たとえば大きなスクリーンを使って、音楽のないラッシュ(映像と俳優等の音声のみのもの)の状態の大河ドラマと、音楽をつけた同じTVの映像とを見比べると、この二つの、人に訴えかける力や迫力が、全く違うということがよくわかる。言葉だけでの説明ではなく、映像と音楽に直接触れられることで、内容をより早く、実感をもって、理解することができるわけだ。

大隈講堂で開催された「能管のコントラバスによる多国籍のミニマム:オーケストラ」(ピアノが菅野先生)  五月八日には、能管とコントラバスによる多国籍のミニマム:オーケストラ、と題されたコンサートが、大隈講堂で開かれ(演奏は、能管:一噌幸弘、cb:吉野弘志)。本物に触れる機会が多いことも(前期だけで五回のコンサートが予定されている)、この授業の大きな魅力だと思う。

 そして、大人数で行われる講義形式の授業にありがちな、一方通行の授業にならないようにと、菅野先生は、Eメールを使って学生からの質問や感想に答えてくださっている。

 私は、こんな個性的な授業は、他にはないと思う。聲明(しょうみょう:お経)とシンセサイザーで作られた曲に触れられる機会が、他にあるだろうか? ちなみにこの曲は、先生が作られた「虚空星響」(こくうせいきょう)という曲だった。

 それに、音楽を扱うので、不思議と和んでしまう授業でもある。特に先生の作曲された、NHKスペシャル「フィレンツェ:ルネサンス」のテーマ曲は、広い教室で、学生たちが皆聞き入っていた。だから私は、早稲田一の癒し系オープン科目、というサブタイトルが、この授業にはぴったりだと思っている。



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No.932 2001.5.10
(23) パワーポイントを利用した判例研究中心の知的財産権法・高林ゼミ



法学部4年 清水綾子

高林 龍教授

 知的財産権は民法の特別法として、無形の財産を保護する為に存在する。ここでいう無形の財産とは、人間の精神活動によって生み出された、情報のことを言う。比較的新しい法律であるが、企業などにおいてその果たす役割は非常に大きい。ビジネスモデル特許であるとか、著作権、といった言葉は法律にあまり興味のない人でも、聞いたことがあるのではないだろうか。

 早稲田大学法学部には、知的財産権法のゼミは二つある。それを多いと取るか少ないと取るかは、受け取る側の意識の違いと思われるが、そのうちの一つが、高林ゼミである。一昨年に比べ、去年、今年と、ゼミ生の数が倍増していることからも、学生の知的財産への関心の高まりを感じることが出来る。

4年生の発表に興味深く聴き入るゼミ生  現在は西早稲田キャンパス十四号館の610教室において、水曜二限にゼミを行っている。三十二人前後が定員であるこの部屋では、手狭な感もある総勢四十人が受講・聴講しており、パワーポイントを利用しての判例研究が中心である。ゼミ全体としては、特許を中心とした工業所有権法と著作権を中心としたその他の知的財産権法とを、一年毎に交互に学んでいる。今年は著作権の年であり、受講生の興味の方向を考えても、充実したゼミになることが期待される。

 高林ゼミは前述のとおり、発表の際にはパワーポイントを利用したり、また、ゼミ内での連絡にはメーリングリストを使うなど、コンピュータを積極的に取り入れているゼミでもある。これは、こういう経験は社会に出たときに有益なものである、といった高林教授の意向を反映したものだ。このような心遣いを、糧とすることができるか否かは、私たちの受け取り方次第なのだということを、就職を意識しては、ふと考える今日この頃である。



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No.931 2001.5.10
(22)「国際分業・協力と経済発展」
 人として大切なことを本気で教える!ベトナム出身の先生



社会科学部5年 須田 あさ子

いつも真剣なトラン・ヴァン・トゥ先生

 先生の「このゼミから首席卒業生を輩出します」宣言から始まったこのゼミが(残念ながら本学部においては、席次の定めがない)、発足二年目にして既に、「社学の裏看板」ゼミと囁かれているのは、当のトラン先生もご存知ないだろう。

 自分はトランゼミの第一期生として、昨年一年間だけ在籍していたのだが、先生とのお国柄の違い以前に、カルチャーショック満載の日々であった。そのショックとショックの合間にジェネレーション・ギャップならぬジェネレーション・ジャブが放たれつつ進行するのであるが、このジャブが効くのである。日本人であるはずの私たちが、改めて味わう「日本人的な異空間」とでも言おうか。本来、日本人が持っているはずの「礼を重んじる心」をしっかり教えられるのだ。

 先生に教えていただいたこと、および思い出させていただいたことをいくつか紹介したい。

(1)多忙極まりない方とのアポを取る際の段取り
(2)教授および学生にレジュメ等のコピーを配る際の気の配り方
(3)合同コンパの際の席順の決め方

ゼミにも一体感が生まれる!  以上はすべて、上下の見極めがポイントなのである。時には日本語の使用方法にも言及され、日本人の私の方が、目からウロコを落としたり、半ズボン・ヨレシャツ禁止令が出たり、インターナショナルかつユニークなゼミである。戒厳令をしきつつ、モットーは"良く遊び、良く学べ"であるから、合宿の際は、合間に卓球や弾き語りなどに励んでいることはお忘れなく。

 周りに流されて、大切なことを見失いやすいタイプの人は、「日本人をやり直そう」と思う良い機会になるかもしれない。いずれにせよ、一般的に東南アジアは、暖かくておいしくて安いというイメージがありがちだが、それだけではないということを身をもって感じることができる。日本人の先生では味わえない新鮮な授業である。あと、授業で頻繁に使われる図と表の読み取りがしっかりできることも、トラン先生についていくには大切、ということを付け加えておく。



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No.930 2001.4.26
(21)法律が親しみやすく感じた授業 大塚英明教授「会社法T」



法学部3年 宅見 尚子

友達のように親しみやすい'熱血漢'の大塚英明先生

  私が昨年度受講した、この講義、科目登録の抽選で多くの学生がふるい落とされてしまうほどの人気講義であった。

 実際、講義は判例を多く扱いながら進められていき、初めて会社法を学ぶ私たちにも理解しやすいものであった。そして、実際の事件に多く触れることにより、教科書とは違う生きた法律を学ぶことができたように思う。

 先生は、普段学生と話すときはもちろん、講義の中でも「〜です」「〜ます」といった話し方をされることがあまりない。「あのさぁ」「〜なんだよね」と、まるで友達に話しかけるように学生に語りかける。最初は、戸惑う。どういう反応をすればいいのかわからず無反応でいると、先生の一言。「お〜い、何か反応してくれよぉ」

 この一言になんとなく笑ってしまう。

 そんな大塚先生の会社法の講義は、法律の固苦しいイメージとは裏腹に、とてもなごんだ雰囲気であった。

いつも大勢の学生が集う大教室 そして、この講義では、会社法の知識以外のものも得ることができた。アメリカ留学の経験のある先生は、そのことについても講義の中で語ってくださった。アメリカに行って戸惑ったこと、楽しかったこと、そしてもちろん、アメリカ会社法のことも。

 日本の会社法とは違うアメリカ会社法の話はもちろん興味深かったが、先生の留学体験談を聞くのも、講義での楽しみの一つだった。先生のお話を聞きたくて、西早稲田キャンパスのはじに位置する十五号館四階(エレベーターなし)まで通った学生もいたのではないのだろうか。 

 単なる必修科目ではなく、先生自身の人柄に惹かれるものを感じた講義であったと、私は思っている。



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