
社会学とは、おそらく今まで見えていなかった不可視の領域を見ることができるようにする技法であるだろう。僕たちが暮らしている社会には多くの暗黙の(それは言語化できない、暗闇に閉ざされた、黙ることしかできない)ルールなり権力なりが存在している。僕らはその不可視の領域を知らなくても十分生きていける訳だが、見えないってのは嫌だ、その見えない何かを語りたい、見ることって、知ることって気持いいから、と熱烈に思った人間が社会学を学ぶのだ。社会学をやるものは見なくてもいいものを見たがる知的変態であるが、変態のせいで世の中が変わっていく(変態する)のは文字を見ても明らかだ。
しかしながら大学に入ってくる、社会学を志す学生のほとんどは変態ではない。マスコミ関連に行きたいからとか、社会学って先端だし、国文よりかっこよさそう、といったごくフツーの感性を持った人間だ。そこで社会学演習という、学生を社会学に導く授業は、いわば学生を変態させる機関ということになる。変態の気持よさ、快さとは何かを教えるプロジェクトとして、社会学演習UAはある。
社会学の知的変態は何に知的(恥的ではない)興奮を覚えるのか。社会学が社会学と銘打っている以上、彼ら(そして僕ら)のフェティシズムの対象は社会である。僕らが生きている社会、と言ってもそれだけでは大きすぎてよくわからない。そこで大久保教授は具体的な領域を設定する。大学・東京・家族・言葉・メディア・時間・他者・身体・教室・電車・病院・レストラン・公園といった社会の構成要素を設定し、その中で見えていなかった何かを発見する快感、その何かを他人に伝える快感を覚えなさい。大久保教授が発していたメッセージはこれに尽きるだろう。受講した僕ら学生がどれだけ変態の快さに気付いたか、それが大久保教授のプロジェクトの成否を分けることになる。少なくとも僕は、変態の気持よさを知った。
*(執筆・学年は昨年度)
アジア太平洋研究科は、国際関係学専攻と国際経営学専攻に分かれ、後者はMBAに相当する。学生の約四割はアジアを中心とした留学生、キャリアアップを目指し退職して入学した人、企業派遣で通学している人などさまざまであるが、自分の仕事に活かすために目的意識が高いところは共通している。
その中の柳孝一教授の専門はベンチャー企業経営論。ゼミ生も「ベンチャー企業の経営と創出の研究」のテーマのもと、起業を目指す人、現役の経営者、ベンチャーキャピタリスト、金融機関の人、学部からの聴講生などさまざまな立場の人が集まっている。
ゼミは、大手企業、シンクタンク、行政との共同プロジェクト、経営戦略を分析するケーススタディ、ビジネスプランを策定するグループワーク、修士論文作成の四つを軸に活動している。これらの活動に共通していることは、文献調査や情報分析、講義などをもとにした理論的アプローチに加えて、起業家や専門家へインタビュー、社会人として働く中から得られる情報、問題意識から実践的アプローチをすることで、足と頭を使った新たな分析、理論構築、政策提言、を行っていることである。
私は自分の仕事も踏まえて、ベンチャー企業がより成長していくための人材戦略の中で、特に大学生を中心とした若い人材とのマッチング(インターンシップ)制度を研究テーマに選んだ。二年間の研究の中で大学院の知識・人脈と職場での実践を活かしながら、この制度を確立する基礎を築くことができたと思う。
柳研究室からは実際に起業した人もいる。企業経営の理論、メソッドを学ぶことで無駄なリスクを回避すると同時に、起業しようと志した時に準備が始められる環境、リソース(人脈、情報、資金等)を提供できることがこの大学院の大きな特徴でもある。「経営者って何?」から「実際に会社を起こしたい」という学部生の皆さんの幅広いニーズにも応えられる、そんな大学院ではないだろうか。
*(二〇〇〇年度修了生・執筆は昨年度)

拝啓
桜咲き誇る春、阿刀田先生におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。さて、一年間先生の講義を聴かせていただいたのですが、楽しい講義を毎回ありがとうございました。私は毎週水曜日、午前中に「ギリシャ神話」の講義を一コマ、午後にも「風土とストーリー」についての講義を一コマの計二コマ聴かせていただきました。
私にとって、先生の講義はまさに「飛ぶ教室」でした。阿刀田先生がツアーガイドをしてくださる、贅沢なタイムトラベルの時間だったのです。その気になれば、ギリシャ神話のレダの泉のほとりにも、神々の野原にも立てるし、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」の絵画の中にも入れる。あかねさす紫野に立って想い人に袖を振る古代の貴婦人にも、愛する鶴女房を失って立ち尽くす与ひょうにもなれる。地中海深くに眠るニケの首の微笑みも、嵐の中鉄の檻と共に海に沈んでいく人魚の涙も、すべて見ることができるのです。私たちにほんの小さな想像力の羽根さえあれば、先生の誘いによってどこにでも飛んでいける・・・そんな素晴らしい時間でした。
この一年、毎週水曜日がとても楽しみでした。あまり早起きが得意でない私も、水曜日だけはラッシュ時の満員電車につぶされそうになりながら午前中の授業に出るのが苦にならなかったのです。
先生の講義を一年間受けたことを、私は生涯忘れないでしょう。先生は素晴らしい書き手、そして魅力的なストーリーテラーでいらっしゃると同時に、非常に気さくでユーモアあふれる方でした。講義の後も学生の質問に笑顔で丁寧に応対しておられました。そんな先生の講義を受けられたことを嬉しく思います。
拙い文ですが、読んでいただけたなら幸いです。これからも素晴らしいものをお書きになってください。ありがとうございました。
敬具
(※ 執筆・学年は昨年度)

キース・フォード氏はイギリス人。アメリカのドラマに出てくるドクター(医師)のような印象。見た目は三十五歳くらい。学生に対する心配りが繊細。ジョークを言ったり、おどけたりして、笑わせてくれる。しかし、まじめ。ちょっとシャイ? 学生には自分のことを「キース」と呼ばせている。東京女子大学に勤務。早稲田大学へは非常勤講師として来校。
Hi! わがロバーツ・ゼミは、海外留学しているとも思わせる雰囲気がある。ゼミ生の数は、七人。大所帯ではない、アットホームな感じがある。
さまざまな領域の学問と出会える早稲田大学で「心理学」といえば、多くの人が文学部、あるいは、教育学部を連想するでしょう。しかしここ理工学部でも、心理学に関する多くの科目が設置されており、心理学、社会心理学、産業心理学、精神衛生学、心理療法、環境心理学、テクノストレスなどなど、一年生向けの教養科目もあり、その種類の豊富さには文学部からいらっしゃる先生も驚かれるほどです。「心理学」という単語には「理学」の文字が含まれているように、サイエンスと捉えることもできるのです。
私が、今年早稲田大学に入学してとった授業で今一番お勧めなのは、筑波常治先生の科学史・科学概論です。このことを聞くと、疑問に思う人がいると思います。「なぜ文系なのに理系の授業が必要なのだろうか」と。最初は私もそのような不安のほうが大きく、ただ先輩からの推薦によって登録を決めました。最初の授業でまずびっくりしたのが筑波先生の服装でした。全身を緑色のコントラストで統一していたからです。やはり緑を愛していらっしゃるのだ、と感心しました。
ではなぜ科学史・科学概論が政治経済学部の授業にあるのでしょうか。科学自体は確かに理系の範囲であると思います。しかし、科学史というのは「歴史」であり、その当時の社会に大きな影響を与えていると思います。現在でも環境問題やヒトゲノムの問題は、政治・経済両方にとっても避けて通ることのできない重要な役割を果たす要素となっています。文系・理系を問わず幅広い知識を持つ人材が求められている今、筑波先生の科学史・科学概論はとても有意義な授業です。
アジア太平洋研究科には、インドネシア語・タイ語・ベトナム語の各文献講読が設置されている。いずれも各言語の中級以上のレベルを有する学生を対象としている。
西早稲田キャンパスと大久保キャンパスの中間、築七十年の材料技術研究所に大坂研究室は本拠地を構えている。大坂研究室は、学部生(四年)四人、院生十三人(M1:七人、M2:四人、D1:一人、D2:一人)助手二人の計十九人で構成され、昼夜を問わず半導体の表面および界面に関する研究活動を行っている。理工学部物質開発工学科の中では、"厳しい、大変"との評判が絶えず、あらゆる意味で一目おかれる研究室である。そんな評判にひるむことなく自らこの研究室を志願した大坂研メンバーには、とにかく個性的で"変わり者"が多い。
私がこの授業を選んだ理由は単純だ。大学に入って何か新しいことを始めたかったからだ。合気道は名前しか知らなかったので興味本位で選択した。クラスの他の人もほとんどが同じ考えだった。だから初心者の私も合気道に親しむことができた。体育会系の厳しい雰囲気を予想していたので、半数が女子だったのが意外だった。
合気道は武道であり道を極めるものだ。その道へと導いてくれるものがこの授業だと思う。この授業をきっかけとして合気道サークルに入った者が何人かいる。私もその一人で後期から入った。道にいつ入るか、どう歩むかは個人の自由だと私は思う。四月から始めた人との差は大きい。しかし私はこの授業をきっかけとして合気道を始められたことを嬉しく思う。この授業では押し付けられることはない。どこまで本気でやるかは個人に任されている。全員に優しく指導し、学びたい者には道へと導いていく。これも先生の心の表れだと思う。こんな成山先生の授業をぜひ来年覗いてみてはいかが?