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No.915 2000.11.2
(10)多くの学生が集まる棟近研究室


大学院理工学研究科経営システム学専門分野 修士課程1年 田中 正和

カリスマ的な魅力で学生を指導する棟近教授(一番右)  棟近研究室は、教授一人、学生四十五人の大所帯の研究室である。なぜ、小学校の一クラス分にもあたる学生が一研究室に集っているのか、以下にその理由と思われる棟近教授の魅力と当研究室での楽しい研究室生活について触れてみたい。

 まず、棟近雅彦教授について紹介する。先生は、そのお人柄と頭のよさとから、研究室の学生皆から慕われ尊敬されている。多岐にわたる学生の研究テーマに対して、次々と鋭いご指摘をしてくださるお姿には畏敬の念を禁じえない。

 次に、研究室の活動について述べる。ゼミは、三年生だけのゼミが週に一回、四年生以上のゼミが週に二回ある。前者は、四年生になってから取り組む卒論の準備のゼミで、作文技術や過去の研究テーマについて学ぶ。後者は、卒業論文、修士論文などについて途中経過を発表するもので、毎回三〜五人が担当する。ここではさまざまな議論がなされ、研究へのアプローチの仕方など発表者以外の学生にとっても学ぶところは多い。

 ゼミ合宿は、年に二回、追分や菅平にある大学のセミナーハウスで行われる。内容は勉強、スポーツ、および飲み会などである。スポーツには、先生を含めた全員が参加し熱戦が繰り広げられる。八月末にあった合宿では、先生が野球で七回を完投され勝利投手になられた。先生の球を打てず、皆が地団太を踏んだことも付け加えておこう。

大勢で熱気ムンムンの棟近ゼミの模様
 最後に、研究テーマについて紹介する。一例として医療事故防止、ソフトウェアのユーザインタフェース、工程の不良低減、リサイクル、ISO9000、および感性品質に関するものなどが挙げられる。産学協同のテーマが多いといえる。

 私自身は感性品質を考慮した製品設計について取り組んでおり、具体的には飲料缶についてどのような形状のものが開けやすいか(飲みやすいか)研究している。ポイントは、統計的手法を用いて人間の評価構造モデルを抽出することである。

 主に先生、研究室の活動、および研究テーマについて述べたが、毎日がとても楽しい研究室といえる。本専門分野では学部三年の初めにどの研究室に所属するか決定するのであるが、もし私が当時に戻ったとしても、やはり棟近研究室を志望していただろうと思う今日この頃である。

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No.914 2000.10.26
(9)中原 道子教授主催の「マレーシア・スタディーツアー」に参加して


政治経済学部政治学科4年 中村 桂子

(右から)プランテーションの人たち、マレーシア国際赤十字のスタッフ、中原先生、筆者、学生たち  中原道子教授が計画された「マレーシア・スタディーツアー」が春休みにあり、一九九九年度国際部秋学期に教授の"Southeast Asia: Society and Culture"を履修した学生の中から七人が参加し、異文化の中国・インド・マレー人が混住するマレーシア国内をまわりました。そんなツアーのテーマの一つに、マレーシアの主要な産業を支える「プランテーション制」がありました。イギリスの植民地政策の遺恨であるプランテーションには、タミール人(インド人)が強制的に労働者として移住させられ、今なお貧困が深刻です。今回はこれを社会問題化し改善しようとするジャーナリスト・大学教授・NGOの三者から話を聞き、国の許可制であるプランテーションの村を訪れました。

 タミール人用の別教育を受けマレー語が話せぬ彼らは、マレー人の大農場制の下、配給制の生活で、日常は一集落の中に完結しています。現金入手手段もなく、構造的に社会から隔絶しているのです。しかし貧困という表面的問題より、その封建的生活形態も非常に印象的でした。「習慣だから」として女性蔑視や、村人間での階層もみられました。問題は、貧困よりも生活の中で踏襲してきた慣習以外に選択肢の無いことで、搾取される不平等な状況にも気づいていないようでした。社会構造が彼らを無知にするのであり、支援、つまり外圧として貧困状態は緩和可能でも、教育による自発的な力がないので、構造的な変革は益々困難なように見えました。

 しかし後のディスカッションでは、この状況に驚くことよりも、私達の訪問の意義に関心が集まりました。「状況を認識し哀れむ"先進国の驕り"に終始したのでは?」という疑問や「別世界である我々外国人に触れるだけでも彼らには意味がある」等の意見もありましたが、どことなく自分の無力感を感じてしまいました。

 ツアーには多くのテーマが設けられており、その都度、教授の体験を交えた講義を受けることができました。また、参加した留学生たちは、シリアスな問題に気軽にディスカッションを繰り返す雰囲気があり、同年代の外国人の問題意識や反応の仕方に触れるよい機会になりました。

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No.913 2000.10.19
(8)社会科学部・浦田秀次郎ゼミ他大生と交わす激論!「対抗ゼミ」


社会科学部社会科学科4年 伊東 充代

2000年夏、ゼミ合宿にて、いざ恒例のソフトボール大会へ!  私たちのゼミでは、国際経済の現状や問題点を理論、実証面から研究しています。毎週木曜日六限のゼミや自主的なサブゼミでは、国際経済学の理論書や時事ネタ、最近ではジョン・グレイ氏の著書『グローバリズムという妄想』を取り上げ、経済活動のグローバル化の進展により益々複雑化する世界経済の将来について多角的な視点から議論を展開しています。

 そして今年もまた秋風と共に、我がゼミの一大イベント、「対抗ゼミ」の季節がやってまいりました! 四月以降、試行錯誤、論文等の準備を行ってきた三年生が、関西学院大学、慶應大学、中央大学、韓国の高麗大学、フィリピンのデ・ラサール大学と各々討論会を行うのです。

 この「対抗ゼミ」は、私たちゼミ生にとって、自分たちの知的好奇心、勉強意欲・勉強実績、お互いの議論の積み重ねを頼りに、「私たち」の論文を作り、そしてそれを自分たちとはまた異なった環境で研究している同世代の学生にプレゼンテーション、討論し、最後は文字通りの美酒で締め括る、という学生として大変貴重な機会です。

 昨年、私たちは、この「対抗ゼミ」を通して沢山の宝物を得ました。経済学の知識・分析手法や、それを基に論理を構築する術、等は勿論、皆で一つのものを作り上げる喜び・自信、人と根本から議論することの面白さや、そして何より、現実・将来を今後も共に語る事ができる多くの仲間です。また、「後悔」や「未熟な自分を痛感した」という苦い経験も、卒論や、卒業後の世界で実を結ぶ大切な宝物だと感じています。

 というわけで、今秋、私たちのゼミでは依然、残暑厳しい毎日です。三年生は勿論、自らの卒論に追われながらも「浦田ゼミならではのそんな幸せを、三年生の皆に噛み締めてもらいたい!」と応援に熱が入る四年生、皆様、「文武両道」頑張りましょう!

 最後に、いつも暖かな瞳で私たちの主体性を信じ、成長を見守ってくださる浦田先生、有り難うございます。

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No.912 2000.10.12
(7)小和田恆(ひさし)先生「国際機構論」(2000年春学期)を受講して


アジア太平洋研究科国際関係学専攻修士課程2年 本多 美樹

世界的に有名な小和田恆  国際会議やシンポジウムに欠かせない日本の「顔」といえば、小和田恆氏を思い浮かべる人は多いのではないか。

 小和田氏といえば、昨年、国際連合日本政府常駐代表を退官された後も、外務省顧問、世界銀行顧問、さらに、国際問題の専門機関である(財)日本国際問題研究所の理事長として、世界を飛び回る超多忙な日々を過ごされている。

 その小和田氏が、今春から、本学科の教授として赴任された。春学期に教鞭を執られたのは、「国際機構論」。

 この授業の目的は、国際紛争処理機構としての国際連合を、とくにその平和維持機能の面から検討することによって、国連がこの分野で果たしている役割の可能性と限界を明らかにすることであった。  授業は、先生が昨年の夏にHar-vard Law Schoolで同名の講座を教授した際のカリキュラムに則って行われた。

 まず、国連の紛争処理機能について概観する。次に、過去あるいは現在展開中のPKOの具体的実例に即して、活動の目的と性格、実態を分析し、問題点を検討する。毎時間かなりのボリュームの必読文献が配られた。

 当初、九十分授業のうち、前半が講義、後半がディスカッションに予定されていたが、実際には、講義だけで次の授業に間に合わない程の時間超過で終了。これが、小和田流授業であった。某新聞社に勤めていた筆者の経験からいえば、外交官はどうやらこのタイプが多い。つまり、さまざまな角度から事象を解説し、相手に誤解を与えないよう「言い尽くす」のである。

 受講生たちは、PKOの歴史的背景、政治的駆け引きなど、現場ならではのエピソードに引き込まれ、ひと言も漏らさじとペンを走らせた。緊張感みなぎる授業であった。

 今学期には、春学期とほぼ同じ内容の講義が英語で行われている。

 ところで、補講が二コマほど残っているはず。「セミナーハウスでも借りて一泊でやりましょう」と先生はおっしゃっていたが、覚えていらっしゃるだろうか。食事時にビールでも口にされた時、どんな話が飛び出すのかとても楽しみだ。ぜひ実現させたいものである。

 その時にはぜひ早稲田の学生の印象を聞いてみたい。

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No.911 2000.10.5
(6)早稲田大学〜チリ大学間でのインタラクティブ遠隔講義


国際情報通信研究科修士課程1年 島田 健一郎

参加者も国際色豊か  今回の遠隔講義は日本〜チリ間の時差という関係もあり、約三カ月間、隔週で土曜日一時間目に行われた。講義は全部で五回。授業内容はインターネット上で展開されるマルチメディアシステムの理解から最終的にはJavaの概念把握まで多岐にわたるものであった。

 遠隔地間でのリアルタイム・インタラクティブを実現するために、Mboneによるマルチキャスト通信を採用した。これにより、早稲田大学国際情報通信研究科(西早稲田キャンパス二十九−七号館)〜チリ大学、さらに早稲田大学理工学部の三地点を結ぶ同時間・双方向の遠隔講義が展開可能となった。授業講師はチリ大学のNelson Valoyan先生が勤め、英語による講義が行われた。添付資料はMicrosoftのPowerPointにより作成されたもので、事前に別途配布されている。

チリ大学のNelson Valoyan先生  授業が始まる前は、この遠隔講義がインターネット上の通信によるものということもあり、確実性・信頼性の面で不安を感じていた。今回のシステムの場合、通信網内の状態(トラフィック)や帯域に大きく左右される。実際に一回目の授業では、インターネットの混雑のため、しばしば授業が中断する場面も見られた。新しい動画情報が届かない場合、画面が固まってしまい、また音声情報等も届かないので音声も聞こえなくなる。また他のトラブルとしては、チリ側でのシステム設定変更により、通信自体ができないということもあった。

 しかし二回目の授業以降は、毎回クリアな動画および音声での授業が展開された。インターネット上の状態によるものと考えられる。Nelson Valoyan先生の説明している様子が設置された大画面上に展開された。先生がホワイトボードに書き込んでいる内容も適時クローズアップされるので、より具体的な講義内容が理解できた。また先生側で講義を必ず途中で中断して、日本の学生側の質問を受け付けてもらえるので、理解できない部分はその場で確認できる体制も整っていた。

 遠隔講義の評価基準として重要な「講義内容理解」という面では、既存の講義と比較して全く遜色無いものであり、個人的にはかなり理解を深められた。講義内容の面白さもあったためか、受講生が皆一様に満足しているようであった。現に土曜日の一時間目という時間帯にも関わらず、講義参加者の中で講義に来なくなった人はいなかった。リアルタイム・インタラクティブ遠隔講義という意味では、今回の講義は当初の予想以上に成功していたと言えるのではないだろうか。今後の課題としては、VHS並みの動画面画質の追求・情報(パケット)ロス率の低下等があげられる。

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No.910 2000.9.28
(5)「ナチュラルフローイング」 人間科学部春木ゼミ


人間科学部人間基礎科学科4年 植田 真紀子

  われらが春木教授。今年は浮き輪で登場!?  ゼミ生である私が言っても説得力がないかもしれないが、人間科学部人間基礎科学科心理系で一番人気かつユニークなゼミと言ったら「春木ゼミ」であろう(多分)。

 我らが春木教(などというものは存在しないが)の教祖である春木豊教授は身体心理学なるものを研究なさっているが、東洋医学に興味をお持ちで太極拳や気功法などもたしなまれる、とても笑顔が素敵で気さくな、腰の低いお方である。そんな春木教授の考案されたなんとも楽しく素晴らしい奥義が、教授名付けて「ナチュラルフローイング」である。

 春木ゼミでは近年毎年長野県の長谷村というところで夏合宿を行っているが、そこでのメインイベントとなっている(と私は勝手に思っている)のがこのナチュラルフローイングだ。一体何をするのかといえば、そこを流れる川に体を浮かせ、その名の通り川の流れに身を任せて自然と一体となりフワフワと流れてゆくのだ。

気持ち良さそうに浮いています。これぞ「ナチュラルフローイング」  聞き伝えられるところによれば、実は元々は教授が学生に川になげ込まれて、入って流されてしまったところ思いがけず気持ちよく、これこそが自然を感じることだと学生たちにも勧めたところから始まり、自然に身をゆだねて水に浮き流れるのだから「ナチュラルフローイング」にしよう、と命名され毎年の合宿での恒例となったらしい。

 この感覚は実際に体験してみないことには何とも形容しがたいのだが、目をつぶって水に浮かび流れに身を任せてみると、不思議とリラックスした気分になり、水に浮いているのかどこにいるのかわからないような感じを覚える。人によって感じることはさまざまだろうが、本当に気持ちが良いのだ。なんなんだこれは、これが自然の力というものかと、とにかく不思議としか表しようがない。 皆さんにもぜひ一度経験していただきたいものである。

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No.909 2000.9.21
(4)「人の体はまさに化学工場」 理工学部応用化学科『酒井清孝研究室』


理工学研究科修士課程2年 荏原 充宏

   「人の体はまさに化学工場!」と言うと、皆さんはびっくりされるかもしれないが、これが酒井研究室のキーワードなのだ。

いつも温和な酒井清孝教授  酒井研究室での基本は「化学工学」であり、そもそもは化学工場などの最適な設計法を研究する学問である。その化学工学を医学の分野に生かし、早くから人工臓器の研究を行っている。化学工学と人工臓器がどのようにつながっているかについては、「人の体は化学工場」という考えにいきつく。たとえば、「肺」は人が吸った酸素を血液中に吸収させ、逆に血液中の二酸化炭素を体外に出す。つまり化学工学でいうガス吸収とガス放散が行われている。同様に、「心臓」は血液を体内に送り出すポンプ、「血管」はパイプライン、「胃・腸」などの消化器や「肝臓」は物質を分解・合成する反応装置、また「腎臓」は体内の老廃物と水を尿として濾し出す濾過装置というように、生体は非常に精密な化学工場と言える。したがって、こうした機能を代行する人工臓器の設計には、化学工学の知識が不可欠である。特に酒井研究室では、人工腎臓、人工肺、人工鰓(えら)が中心テーマである。人工腎臓の主な機能は、腎臓の代わりに血液中の老廃物を除去することであり、酒井研究室では、膜を介した物質の移動という化学工学的手法により実験およびシミュレーションを行い、性能を評価している。さらに研究を進めるには計測法などの開発が必要なことから、医療用センサーの研究にも力を入れている。

医療用品も豊富な実験室  このように酒井研究室では、人工臓器の研究を通して工学と医学の学際領域の重要性を学ぶことができると同時に、医用工学の先端を垣間見ることができる。 また、病院や医療機器メーカーとも共同研究を行っており、実際に私も東京女子医科大学医用工学研究施設との共同研究に参画している。研究室では一人ひとりににテーマが与えられ、自主的に、時には先輩や先生と相談しながら、和やかに研究に取り組んでいる。

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No.907 2000.7.6
(3)第一文学部広域科目1『ロシア文学と現代』


第一文学部哲学科人文専修4年 藤原 有希子

 一体、世の中はどうなってしまったのだろうか。テレビも新聞も暗いニュースばかりが目立つ。大人ばかりか子供たちもが、未来に希望なんてあるものかという顔をして過ごしている。

 第一文学部に、ドストエフスキイの『罪と罰』を読み解く授業がある。一文の誇る名物教授、井桁貞義教授の「ロシア文学と現代」だ。この授業を受けると、『罪と罰』が現代を生きる我々にとっていかにリアルな小説かが分かる。それはこの小説に〈死と再生〉というテーマや、復活への祈りの原型のようなものが織り込まれているからではないか、と井桁教授は語る。

 もちろん、授業は物語としての『罪と罰』の面白さも追求していく。この小説には多くのシンボルが含まれていて、一人で読んでいたらとても分からないものもある。その謎解きをしながら読んでいくのだ。例えばある日の授業では、娼婦ソーニャが初めて身体を売った日のシーンを読んだ。戻って来たソーニャは、テーブルの上に黙って稼ぎの銀三十枚を置く。ここで、ドストエフスキイはなぜ彼女の稼ぎを銀三十枚にしたのだろうか。銀三十枚というのはユダがキリストを売った値段なのである。つまり、ここで罪の意識がイメージとして挿入されていると読めるのだ。このように読んでいくと、キリスト教圏の文学(西欧文学やドストエフスキイ)を読むときにさまざまなキーワードを知らずに読んでいるのは、ナンセンスだという気がしてくる。

 また、『罪と罰』を読み解いていくうちに、その影響を受けている村上春樹などの現代日本文学も違う角度で読むことができるようになって、二度おいしい!

 この授業は、ロシア文学に触れたことのない学生を受講対象者として設定しているので、大変分かりやすい。また授業は、井桁教授自身のホームページやそこに張られたリンクを使ってどんどん広がっていく。学生からの意見もレビューシートという形で盛り込まれている。ビデオやプリントも使う。授業そのものが大きな物語といった感じであり、一時間毎に自分の世界が広がっていく思いである。今後は、『罪と罰』だけでなく多くのロシア文学、文化に触れていくということだ。この授業はお薦めである。


■井桁貞義研究室ホームページ
【URL】
http://www.kt.rim.or.jp/~igeta/"
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No.906 2000.6.29
(2)飛び散る汗! 弾ける笑顔!『体育実技 バスケットボール2』


第一文学部文芸専修3年 中村 彩

 土曜の記念会堂の朝は早い。待ちきれずに、授業開始の数十分前からシュートを打って体を温める程、ヤル気満々の猛者が集う。

 伊藤順蔵先生は、岩のような体と顔の先生だ。土曜一限、通称「ジュンゾウバスケ」は厳しくも優しい先生の指導の下、バスケットボールを頭と体で学ぶ。

伊藤順蔵先生  ウォームアップのサイドキックでコートを一往復する頃にはうっすらと汗をかける。先生曰く「バスケットの動きの中で最も基本」と言うフットワークだ。バスケ経験者が履修者のほとんどながら、いや、だからこそと言うべきか、基礎練習から全力! 息を弾ませたまま引き続き、予め四つに分けられた各チームごとに練習を行う。

白熱するゲーム。一瞬のスキを突いてノーマークを狙う。  チーム練習が終わるといよいよゲームが始まる。スキルテストによって技術的に均等に分けられたチーム同士の試合は熱い。残り数秒で一点を争う事もしばしばだ。「ゴール下は戦場だ」と言われるバスケで男女混合だというと、女の子が尻込みしてしまうようなイメージがあるかもしれないけれど、やはり"ワセジョ"。ナイスシュートでチームに貢献して大活躍する面々は、コートの華とも言えるかもしれない。

 「おおっ! ナイッシュー!」。試合中に順蔵先生の檄が飛ぶのも、プレーヤーとしては嬉しくもあり、また励みでもある。なお、順蔵先生は、土曜二限、火曜二、三限にも体育実技の授業を担当。この土曜一限は経験者向けであるが、その他は経験不問。経験者と未経験者が入り混じって和気あいあい。どの授業でも「ジュンゾウバスケ」は熱く、楽しい!

 授業時間は九十分と短く限られてはいるけれど、こんな先生と共にボールを追いかければ、他学部や学年の違うチームメイトとも友情が芽生えてくる。仲間や先生とランチを食べたり、夕方には、高田馬場に出かけたり…。「ジュンゾウバスケ」っ子の土曜日は長い。

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No.905 2000.6.22
(1)全学部オープン科目「学習ストラテジー概論:効果的な言語習得のために」

 記念すべき第一回は日本語研究教育センター・宮崎里司助教授による全学部オープン科目「学習ストラテジー概論:効果的な言語習得のために」。さて、どんな授業だろうか…。

旭天鵬関
 「力士が授業にやってくる!」。そんなユニークな話から、ついつい授業に参加してみた。体育実技の授業かと思う人もきっといるだろう。いや、いや、これは言語習得に関する授業なのである。

 モンゴル出身の旭天鵬関(大島部屋・前頭六枚目)がどうやって日本語をマスターしたかを実証的に検証する授業が、五月三十日、実際に関取を授業に招いて、十四号館地下一〇一号室において宮崎先生との対話形式で行われた。

 旭天鵬関は大きくて茶目っ気があって、日本語がうまかった。しかし、日本語学校で学んだことはないというから驚きだ。カラオケ、テレビのバラエティー番組、ドラマなどで日本語を習得したという。「モンゴルでは日本語を学んだことはないんです。来日して三カ月通訳がいる間にとにかくよく書いて、それをおかみさん学生も国際色豊かと何回も何回も繰り返して勉強したんです。また、音楽好きなんでテープやCDを聞きながらモンゴル語で書いて全部覚えちゃう。それから、とにかくしゃべる。番付が上がると付き合いが多くなるのでしゃべる機会も多くなります。辞書は来日する時に持って来ましたが、ほとんど使わなかったので、今はどこかにいっちゃいました。二年ぐらい経つと聞いてることに応えられるように、四〜五年経つと日本語で夢を見るようになったんです。最初はモンゴル語を話すと罰金を取られましたが、来日して八年以上になる今は、同郷の旭鷲山関と話す時でも日本語です。都合が悪い時はモンゴル語で話しちゃいますが、最近バレちゃってるようです(笑)。日本語は難しいと聞いてましたが、覚えていくうちにそんなでもないと思いました」

 テンポ良い会話に留学生・日本人学生も熱心に聞き入っていた。現在日本語と"格闘中゛の留学生および第二言語習得という意味で、英語などの語学習得に励んでいる日本人学生にとっても「目から鱗が落ちる」ような興味深く参考になった授業に違いない。

(な)


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