第880号 Oct.7, 1999

■東京染ものがたり博物館(富田染工芸)


 新宿の数少ない地場産業「染色」。江戸時代以来の伝統の技を守り続ける人たちがいる。

 "色は水が染める"と言われるほど染め物には水が、質・量共に重要な役割を果たす。その清流を求めて早稲田の街を流れる神田川に染色業が根を下ろしたのは今から約九十年前。流域には染色とその関連業者が多数集まり、新宿の地場産業として栄えた。現在の大隈通りでもあちこちで布を干す様子が見られたとか。しかし明治以後、水質汚染や着物の需要の低下などにより、その職を絶った人たちも少なくなかった。

 今回訪れた「富田染工芸」は関東大震災後、浅草から豊かな水を求め早稲田に移り、東京染小紋の老舗として活躍。地下二百メートルから汲み上げた水を利用して、染め物を作り続けている数少ない現役の民営工場である。富田染工芸は新宿に地場産業の歴史と文化を残そうと一九九六年には工房のすぐ隣に「東京染ものがたり博物館」を開設。東京染小紋と江戸更紗を中心に染色の技法や作品を展示し、モダンな感覚を折り込んだ工房活動も紹介している。

 月一回、染色工程を各作業場所で紹介する工場見学と、参加者による染め物体験が行われることを聞き早速足を運んだ。

 最初に案内されたのは色糊の調整をする工房。豆電球がほのかに光る部屋の棚という棚には染料や糊 がびっしりと並ぶ。色糊はもち米粉と米ヌカを混ぜて良く蒸し、練ったものに染料を入れたものだとか。糊の香りと湿った空気が漂う。次の作業部屋では職人さんが型付け(布に模様を付ける)の作業に追われていた。真剣な眼差し、馴れた手つきですばやくこなす姿はまさに職人技。「職人である以上、これでいいという合格ラインはありません。一つ一つが真剣勝負。プロはすべての工程で絶えず百点を取らなければならないんですよ」。解説してくださった博物館の大橋昭三さんの厳しい一言が胸に染みた。一反十三メートル(着物一着分)を乗せる板は水分を良く吸収するもみの木を使用。今でも先人たちの知恵を活かした昔ながらの技法が息づいている。

 工房を一通り回り、博物館に戻ってくると次は、参加者による染め物体験が始まった。大橋さんの指導の下、型作りから筆で色を付ける作業まで体験できる。わずかな時間でオリジナル作品ができるのが嬉しい。

 この博物館は染め物に魅せられたボランティアの人で運営されている。専門家を招かないのは、自由な発想で小さな博物館だからできることをしていきたいからだという。

 機械化が進む中、一から職人の手で仕上げた作品には美しさの中に、重みがある。「染色にも歴史があって現在があります」と大橋さん。染めの歴史は四百年といわれる。はるか昔から行われてきた伝統の技、先人たちの積み重ねによる知恵が今も早稲田の町で生きていた。

※写真(上):かつて神田川では染色業者による布洗いををする姿がみられた

   (下):染め物体験の様子

 ■東京染ものがたり博物館(富田染工芸)

開館日】月〜金 10時〜12時、13時〜16時 。

○工房見学・染色体験教室は第3土曜日(第四に変更あり)14時〜16時のみ公開。定員は20人、参加費2千円。 ※要予約

問い合わせ先】東京染ものがたり博物館(富田染工芸) TEL 03(3987)0701


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第872号 Jun.17, 1999

■早稲田奉仕園&スコット・メモリアルホール


 早稲田奉仕園は、一九〇八年、アメリカ人バプテスト宣教師、H・B・ベニンホフ(Harry Baxter Benninghoff)によって創設された。

 ベンニホフは安部磯雄教授に面会を申し入れ、「学生のために奉仕するには如何なる方法が最も有効か」意見を求めた。その回答が学生寄宿舎を作ることであった。そもそもは、大隈重信がベニンホフに「早稲田の学生がアメリカにいるのと同様な、楽しい意義のある学生生活ができる機会と施設をつくって教育してほしい」と依頼したとか。

 現在ここには国内の他韓国、中国、タイなどアジア各国の留学生ら計八十人余りが生活している。その他に会議室や宿泊施設の貸し出し、各種講座の運営を行っている。今年度前期には、中国語、韓国語、タイ語などの語学教室、「キリスト教を探る」「実践写真教室」「日本語教授法」「鍼灸・指圧」「東洋医学の知恵と健康法」といった教養講座、世界のさまざまな問題を英語で話し合う「International Communication Seminar」、国際交流のための基礎講座「Cultural Stadies for 21st Century」などを開催していて、誰でも参加できる。早大留学生に日本語を教えるボランティアサークルもある。

 この寄宿舎を運営しているのは財団法人早稲田奉仕園だが、敷地内には寄宿舎となっている奉仕園会館、国際学舎の他に、早大生に奉仕する目的で建てられた赤レンガの建物、スコット・メモリアルホールが目を引く。大隈講堂に先立つこと六年の一九二一年に建てられ、関東大震災にも耐えたというから一見の価値ある建物だ。今年四月には東京都歴史的建造物に選定された。

 設計はウィリアム・メレル・ヴォーリス。家庭薬メンソレータム(現在はメンターム)を世に広めた人と言えばなじみがある人も多いだろう。近代の日本において手がけた建築は千五百あまりにも上がり、その愛好者も多い。

 スコット・メモリアルホールは一般にも貸し出しされており、講堂でコンサートが催されたり、集合室でNGO団体などが会議を開いたりしている。

※写真:赤レンガが素敵なスコット・メモリアルホール

■財団法人・早稲田奉仕園

【問い合わせ先】(財)早稲田奉仕園 TEL03(3205)5411

【E-mail】hoshien@tkb.att.ne.jp


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第858号 Jan.7, 1999

■お産のミニ博物館


 「命を世の中に産み出すのはすばらしいことです。そして喜びです」お産の学校を開設して17年。お産に関するプロであり、母であり、そして1人の女性としての奥の深い言葉である。館長の杉山次子さんが訴えてきたのは、医者や医療によって「産ませてもらう」のではなく、本人自らが「産む」という意識でお産に臨むこと。

 かつてお産は、女性の地位の低さや偏見などから、汚れたものとして考えられてきた。また今の衛生的な状況からは想像もできないほど危険を伴うものであった。

 杉山さんは市川房枝氏とともにウーマンリブの運動に関わってきた経緯があり、1977年には新宿区に医療110番を開設。当時絶対の権力を持っていた医療に対して、口を閉ざされてきた被害患者の声を集め、医療改善を図った。この時に殺到した苦情の一つであった「出産」という分野に興味を持ち、助産婦が実施してきた自然分娩を取り戻そうと、自然なお産に関する活動に熱を入れ始めた。

 80年3月、自然分娩のラマーズ法を普及する「お産の学校」を、自立したお産と人権回復を目的に開講。夫に対する分娩準備教育・お産への夫の参加「夫婦共学」を掲げ、日本にラマーズ法を広めた。つい最近まで開かれていた講習会では7千5百人以上もの受講者を送り出した。主催者の杉山さんは性やお産について話し合える場所を作りたいと、現在では高田馬場駅から徒歩3、4分、点字図書館裏にあたる自宅を改装して「お産のミニ博物館」を創設。お産に関するさまざまな活動を今もなお続けている。

 「お産は、10kmを走り続ける時と同じくらい体力を消耗するんですよ。だからできるだけ余計なエネルギーを使わない無痛分娩が理想ですよね。何をするにも呼吸を整えるのは基本で、お産も例外ではありません。ラマーズ法(呼吸法)は痛みをやわらげる効果があります。お産は痛いと思うからいけないんです。緊張して力んではだめ。口を閉じて歯をくいしばると、子宮口が閉まってしまう。収縮で痛む時には口を開けてゆっくり『ハァー、ハァー』と息を吐くようにするんです」。また、お産の際の工夫は呼吸法だけでなく、姿勢や補助動作にも及んでいるという。お産の際には自分で最も楽な姿勢や動作を探すように勤めることも大切とのこと。

 博物館の玄関を開けると、左手のガラス棚の中には昭和20年代に助産婦さんが使用していたというお産の7つ道具や往診鞄、消毒用具など、お産に関するさまざまな展示品が収められている。約40平方mの室内にはじゅうたんが敷かれ、大きなテーブルを囲んで語り合うという、なんともアットホームなリビング形式の博物館だ。壁一面には7百冊もの本と、自然なお産に関するビデオがずらりと並んでいる。絶版になった古い書籍や専門雑誌のバックナンバーの閲覧やコピー、またその場でお産関係のビデオも見ることができる。また1850年に発行されたという「産育全書(コピー)」や「産科指南」、文政年間に書かれた産科指導書「産科指南(コピー)」、安永6年に著された「産家やしなひ草」など江戸時代の古い産科書籍もあり、当時のお産のありかたを学ぼうと毎月1回の読書会も開かれている。マタニティ・クラスやマタニティ・ヨーガなどの勉強会、母乳マッサージや育児相談の日を設けているなどその活動は幅広く、学生のサークル活動にもスペースを貸している。

 「女性に限らず思春期の若い男性にも知ってもらいたいです」と館長の杉山さん。「良いお産をするための準備をしましょ」

※写真:やさしい笑顔で迎えてくれる館長の杉山さん。

■お産のミニ博物館

【開館時間】要予約。10時〜17時(水曜・日曜は休館日)

【入館料】入館料はとらないが、300円で目録を購入する。

※スペースの利用の場合、個人・団体での入館料は多少異なります。予約の際に確認してください。

【問い合わせ先】TEL03(3232)0006


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第849号 Oct.15, 1998

■六月社 〜小さな雑誌の図書館〜


 今回の「わせだかいわい」は雑誌の図書館「六月社」。

 高田馬場駅から小滝橋方面へ真っすぐ6、7分。SEIYUの角を右に曲がり、少し急な坂を降りて左手に行くと小さな雑誌の図書館「六月社」がある。

 入り口のドアを開ければ本の香りでいっぱい。圧倒されるほどの数の雑誌たちがずらりと並んでいる。さまざまな種類の雑誌は同種ごとにきちんと整理されており、部屋の壁際にぎゅうぎゅう収められている。「六月社」の所蔵は5万冊。本館の一フロアーと、道を挟んで斜め前のガラス張りの分室にそれぞれ置かれている。座席数は十席と、決して広くはない空間だが、配置と収納の工夫ですっきりとまとまっている。

 六月社にはほぼ毎日、最新号が配達されるため、日々雑誌の最新情報が得られる。雑誌の種類は週刊誌・ファッション誌・情報誌など娯楽雑誌全般で、約250種を収集している。

 「六月社」の特徴は最新雑誌はもちろん、懐かしいバックナンバーや、廃刊になった全雑誌がいつでも開架式で閲覧できることだ。お弁当やお菓子、飲み物、ワープロ、本の持ち込みも可というのが助かる。また記事検索、貸し出し、コピー、FAXサービスなど(いずれも有料)、利用者には嬉しいサービスが多数ある。

 検索時は約2万人からなる「人名インデックス」や「事項インデックス」を利用。早速「早稲田大学」で検索をお願いしてみると、六月社の九八年度分のデータで十件拾うことができた。その内容は多岐にわたっている。

 利用客はテレビ番組のリサーチャー、AD、編集社、フリーライターなどマスコミ関係がほとんどだそうだ。

 創業は1983年。現在地に移転して6年目になる。創業当時からの手作業での仕事は今も変わらない。

 本館を離れて分室にいくと、廃刊になった見覚えのある雑誌たちが静かに並んでいた。消えていった雑誌に時代が移り変わる速さを実感。そしてまたバトンタッチするように、新しい雑誌が次々と生まれ、新時代の文化を創っていく。

 私たちの生活にごく身近ゆえに好まれ、興味深い最新情報・流行を提供し続けてくれる各種雑誌。「六月社」で雑誌の山に囲まれて過ごすのも面白いのではないだろうか。

■六月社

【開館時間】11時〜22時 ※年中無休

【入館料】非会員1時間まで500円(以後30分毎に200円)会員1時間まで300円(以後30分毎に150円)

【問い合わせ先】六月社 TEL03(3367)4772


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第848号 Oct.8, 1998

■日本点字図書館


 指で読む本、耳で読む本−−それを必要とする人、支える人々について、あなたは考えたことがあるだろうか? 日本点字図書館。「視覚障害者が自由に本を読むことができるように」という願いが込められている場所だ。

 高田馬場駅の手前、戸塚第二小学校を左に折れてしばし歩く。壁面に下がる無数の鎖が印象的な新しい建物。それが日本点字図書館だ。四階建の本館と三階建の別館からなる日本の点字図書館の中枢となる存在。1940年11月、自らも視覚障害を持つ理事長・本間一夫氏が自宅を利用して設立。それから58年、今では点字で16万冊以上、テープ図書は約43万巻もの蔵書を抱える日本一の点字図書館へと成長を遂げた。「最大の特徴は、本の制作・出版から図書館が担っているということ。点字やテープの図書は一般書店では手に入らないので、作るところから始めなければならないのです」と、職員の方。案内に従って、図書館を見学した。

 本館四階。ラジオ放送局のような大スタジオから、机一つとテープデッキの小スタジオまで、大中小合わせて18のスタジオが設置されている。「朗読ボランティアとして現在129人が登録しています。元アナウンサーの方や、お勤め帰りに来る方も。週1回2〜3時間朗読して、1冊分の録音にかかる期間が1〜3カ月程。3階でダビングをしています」。近年、糖尿病等が原因となる中途失明者が増えており、テープ図書の需要も増加しているという。

 2階では貸出作業が行われている。この図書館では、郵送による貸出が中心。1日でテープ図書は千巻以上、点字図書も百冊以上発送されているそうだ。また、「専門対面朗読室では、個人が希望する研究書や説明書などの専門図書を対面で朗読するプライベートサービスを提供しています。コンピュータや語学、その他さまざまな専門分野のボランティア登録者の中から、依頼者の要望に添う方を選んで、こちらに来ていただきます」。このボランティアは朗読ボランティアと違って読む技術は特に必要ないが、専門分野を持っていることが条件。大学や大学院で専門を学んでいるからこそできるボランティアと言えるのではないだろうか。

 「視覚障害者の悩みは活字が読めないことと、外を一人で歩けないことです。でも、目が悪いのは人間の本質には全く関係ない。行政の理解、皆さんの協力、そして障害者自身の努力の三つの条件が揃えば、視覚障害者も社会へ貢献することができ、大きな幸せとなるのです。点字図書館が充実すれば、私たちは好きな時に好きな本を、自分の力で読んだり、聴いたりできる。視覚障害者が目が不自由であることを忘れられる幸福な時間が訪れるのです」と、理事長。本を読むことで得られる充実感がひしひしと伝わってくる。

 “知”の喜び、“共生”への歩み。日本点字図書館から全国のポストへ、今日もまた幸福が届けられている。

■日本点字図書館

【開館時間】9時〜17時 ※見学は要予約

【休館日】日曜、祝祭日、8月の土曜日、年末年始。

【事業内容】

○点字図書・録音図書の制作

○図書・雑誌の貸出、資料提供、レファレンスサービス

○点字教室、相談

○盲人用具の斡旋販売

○点字図書出版事業   など

※点訳ボランティア養成講習会は春秋の2回実施

※その他のボランティア、古ハガキの回収などについては左記までお問い合わせを

【問い合わせ先】社会福祉法人日本点字図書館 TEL03(3209)0241


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第847号 Oct.1, 1998

■東京理科大学 近代科学資料館


 飯田橋から外堀通りを市ヶ谷方面に歩いて行くと、左手にはお堀、右手にはお店や雑居ビルなどが目に入って来る。お堀沿いの桜の木と木陰の水面に浮かぶボートを左手に眺めながら2、3分歩くと右手に東京理科大学の校舎が見えてくる。その隣のBRITISH COUNCILとの間の道を入ると左側に明治時代の建築様式の洋館風のしゃれた建物が東京理科大学近代科学資料館だ。

 東京理科大学は「理学の普及をはかる」ため1881年東京大学理学部出身の青年学士ら21名により、東京物理学講習所として創立された。創立後間もなく東京物理学校と改称。創立110周年を記念して、この近代科学資料館を東京物理学校の木造建物を模してコンクリートで建築した。

 中に入ると右手にはレトロ調の蓄音機がいくつも並んでいる。ここは音のレコーディングの歴史が見られるコーナー。エジソン蓄音機やベルリナー蓄音機など80〜100年位前の発明品が並んでいる。円筒型のレコードをかけると現在でもノスタルジックな音を奏でてくれる。

 楽しい理科の実験コーナーではつまようじを針の替わりにつけた紙コップを、回転する円盤レコードに当ててみると音が流れてくる紙コップ蓄音機などさまざまな実験が楽しめる。

 古い理科学書の展示コーナーには貴重な本がいくつも展示されている。πの計算の仕方などが掲載されている和算の元祖で江戸時代中期の数学者、關孝和による『活要算法』。館長が特別に見せてくれた日本の数学体系をまとめた大変貴重な『大成算経』など。他にも、西欧の技術・文化の吸収に多大な貢献をした誤訳珍訳いっぱいの日本初の英和辞書などを見ることができる。

 また、占い師が持っている竹ひごのような“ぜいちく”から各国のそろばん、計算尺、電気計算機までの算具の変遷が見られるコーナーもある。国立科学博物館から貸与を受けている世界的名品パスカルの計算機(パスカリーヌ)やライプニッツの計算機も展示されている。

 最後に見たエジソン炭素電球は、明治12(1879)年京都の竹を炭化することにより寿命の長い、安価な炭素電球を発明したもの。百年以上経った今日でも明かりを灯していた。

 お堀沿いを散歩してお堀でボートに乗ったり、近くにあるBRITISH COUNCILや日仏会館を巡ったりもできるいい散歩コースだ。科学を身近に感じることができるので近くに行ったらぜひ立ち寄ってみてはいかがだろうか。

■東京理科大学 近代科学資料館

【開館日時】毎週土曜日 10〜16時 ※ただし団体等により事前に予約を受けた場合は支障のない限り開館する。なお、土曜日が祝日または大学の休日の場合には休館とする。

【入館料】無料

【問い合わせ先】東京理科大学 近代科学資料館  TEL03(5228)8116


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第843号 Jul.9, 1998

■甘泉園


 早稲田大学のまわりには商店街や住宅が立ち並び、日々喧騒に包まれているそんな中に、深い緑に包まれた憩いの場として新宿区民にやすらぎを与えてくれる所がある。

 甘泉園。

 鬱蒼と茂る常緑樹林が園全体を覆っている。陽光を浴びた葉は色つやがよく、そこにできるやさしい木々の日陰は訪れた人々のオアシスとかわる。ところどころに咲き乱れるアジサイの紫が美しい。甘泉園にはふっと往時をしのばせる伝統豊かな雰囲気が満ちている。

 甘泉園は本学西門を出て少し歩いたところ、19号館(西早稲田ビル)の真向かいに位置する。ここは昔、江戸時代中頃に徳川御三卿の一つである清水家の下屋敷の跡だった。

 早稲田大学の付近はその昔から茶畑や茗荷畑であったとよくいわれるがそれだけでなく、国持大名らの屋敷も連なっていた。

 甘泉園は後に実業家相馬永胤の所有となり、ついで、早稲田大学に移譲された。甘泉園では早稲田祭後のキャンプファイヤーや教職員の運動会が行なわれたと聞く。年配のOBには思い出深い場所だろう。

 後に大久保キャンパス拡大や、西早稲田キャンパス拡大(九号館設立)のため、甘泉園の土地を国の土地と交換することで利用され、公園のみとなった甘泉園は大学から東京都へ明渡された。さらにその後この甘泉園は新宿区に譲渡され、今はすべての人々に開放されているようになった。

 春はツツジ、秋は紅葉に彩られるこの公園は、徳川幕府の馬場跡に近い。地名の「高田馬場」の由来となったこの史跡は、赤穂義士堀部安兵衛の仇討ちの舞台でもある。甘泉園の緑地帯に連なる水稲荷神社の参道に建つ石碑が、彼の武名を今に伝えている。

 「甘泉園」の名は、園内の湧き水が常時涸れず、また茶に適したところからつけられた。往時は清れつな水に恵まれ、様々な生き物が棲息していた。しじみがたくさん採れて、たいそう美味だったという。

 しかし、早稲田通りで地下鉄東西線の工事が行なわれたころから、湧き水が少なくなってしまい、今ではわずかな泉が昔のなごりをとどめるにすぎない。

 長い時の流れの中で絶えず芽を出し、花々を咲かせ続けてきた甘泉園。時代の流れには逆らえなかったが、変わらずに伝えられてきたものがある。四季を彩る景観と、時を越えてここを訪れた人たちの心だ。

 前期試験直前、疲れた頭を休めに足を運んでみてはどうだろう。知る人ぞ知る、早稲田名所の一つである。

 甘泉園は夏を迎える。

■甘泉園

【開園時間】7時〜19時(3月〜10月)、7時〜17時(11月〜2月)※年中無休

【入場料】無料


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第835号 May.14, 1998

■オルゴールの小さな博物館


 本学から歩くこと15分、青々と色付いている新緑を楽しみながら、細い路地を通っていく。もれてくる陽射しがやわらかい。大都会を思わせない穏やかな町並みだ。そんな環境に包まれたところに「オルゴールの小さな博物館」はある。

 中に入るとまずオルゴールの軽快な演奏が聞こえてきた。

 この博物館では展示するだけでなくスタッフの方がオルゴールのたどった歴史などを説明しながら、三つの部屋を案内する。百年前に作られたという人間の背よりも大きいオルゴールや、オルゴールつきのからくり時計など、白黒映画の中でしか見たこともないような数々のアンティークオルゴールの演奏を、スタッフの方の案内で直に聴いたり演奏したりして楽しむことができる。

 オルゴールの音色がこれほどまでに美しかったとは。軽快な響きはこちらの心を弾ませ、しっとりとした流れる音では、心地よいやすらぎを与えてくれる。どれくらいのオルゴールの音色を楽しんだだろうか。ふと懐かしい気持ちになってきた。神秘的な音達にかこまれて、まるでおとぎの国にいるようだ。

 1830年から1920年にかけてオルゴールがスイス、ドイツ、アメリカなどで作られ、音楽を楽しむ装置として用いられていた。しかし、そんな中でも1900年代にはエジソンによって発明された蓄音機との戦いがあったのだ。オルゴール業界も生き残りをかけてレコードとの兼用などを売り出したが、やはり便利さ、機能性を重視した文明の流れには逆らえなかったのだろう。オルゴールはついにその姿を希薄なものにしてしまった。

 しかし、今なぜこうしたアンティークに心惹かれるのだろうか。オルゴールの魅力はどこにあると思いますか、の問いにオーナーの名村さんは「音はもちろんですけれども歴史ですね。わずか百年の歴史ではありますがオルゴールがどのように改良され、蓄音機にバトンタッチしていったか、その過程も面白いですね」と、続ける。「そして、当時の人々の間でどう愛されてきたか。そういう人びとに向けてオルゴール職人たちがより美しい音を、優れた技術を求めて励んできたその情熱が魅力です」と語った。

 オルゴールに魅せられ、趣味で集め出したのが始まり。博物館にして15年。裏には作った職人の熱い想いがあったことを音色を通して感じてきた。「針が折れて、音が出なくなってもそれらのオルゴールは幸せだったと思いますよ。そのぶんだけ多くの人々にそにの音色を、感動を届けてきたのですから」

 機能性のみを追いかけてきた現代だからこそ、目の前で弾かれる生の音は魅力かもしれない。昔も今も変わらないオルゴールの響きは、当時の人との共通した感動を得られるはずだ。

 いつか聞いたあのオルゴールの音を覚えていますか。

オルゴールの小さな博物館

開館時間】13時半〜14時15分、15時〜15時45分(完全予約制)

休館日】土・日・祝日

入館料】1000円

問い合わせ先】オルゴールの小さな博物館 TEL03(3941)0008

箱根(小田急線箱根湯本駅送迎バス3分)にもあります。ヨーロピアンカントリースタイルのガーデンに囲まれ、自然の中でアンティークオルゴールの数々をお楽しみください。個性的なオルゴールに出会えるミュージアム・ショップも併設しています。

開館時間】9時〜17時(最終入場16時半)年中無休

入館料】一般:大人900円、小人500円

      団体:大人800円、小人450円(団体は15人以上)


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第820号 Nov.13, 1997

■現代マンガ図書館


 本学から歩くこと6〜7分、首都高の早稲田インターの正面に「現代マンガ図書館」はある。

 建物の右手階段を昇るとそこが入口。足を踏み入れると、壁の棚にマンガが隙間なく並んだ閲覧室が目に入る。机とカウンター以外の空間はほとんどマンガで埋められていると言っても過言ではなく、マンガ世代の私たちにとっては心踊る光景だ。

 「書庫も見ますか?」という内記稔夫館長の後に続くと、そこはマンガで溢れていた。「1カ月に700点は発行されてるから整理も大変」と、指した棚には本が2列に並んでいる。「奥は立てて、手前は倒してあるんです。そうすれば両方ラベルが見えるでしょ」

 「2階が単行本で、3階が雑誌。今では14万冊、いやそれ以上かなぁ。とにかく開館以来発行されたものは全部入ってます」と館長。書庫の奥には昭和三年の『現代漫画大観』をはじめ、時価数万円は下らないという貴重本も並ぶ。開館前のものも遡って収蔵しており、古今のマンガ勢揃いといったところだ。

 1978年11月1日に、館長の個人蔵書2万7千冊に全国の貸本屋さん等から寄せられた3千冊を加えて誕生した専門図書館。開館3日目には手塚治虫氏も来たという。特に昭和30年代の「貸本漫画」の収蔵量は他に比類なく、それだけに漫画家や研究者の利用も多い。卒論の資料調べに来る学生もいるとのことだ。

 ここの利用は閉架式、目録で検索して閲覧を申し込む。「閉架式だとどうしても有名なものばかり出るんですよね。偶然の出会いがない。だからといって開架式にすると、保存の問題や盗難などの事故もあるから…」と内記館長。多くの人に見てもらいたいという反面、資料の保存の観点からそうもいかないというのが悩みの種だそうだ。

 閲覧には入館料と閲覧料が必要だが、年会費6千円で友の会の会員になると入館料が免除され、さらに年4回の「古本マンガ即売展」の目録が無料送付されるなどの特典がある。「蔵書を集めたり、収蔵する場所を確保したり、維持運営費の確保が大変です。寄贈本なども助かりますね」と館長。

 今や毎日の生活に溶けこんでしまっているマンガ。「現代マンガ図書館」でマンガ文化を思う存分満喫する1日も面白いのではないだろうか。

現代マンガ図書館<内記コレクション>

開館時間】12時〜19時

休館日】火・金・年末年始

入館料】一般300円

閲覧料】1回1冊毎に100円

※貸出なし、コピー有り。

問い合わせ先】 TEL03(3203)6523


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第810号 Jul.3, 1997

■護國寺


 早稲田からほど近いところにある護國寺は、都会の雑踏の中に広大な敷地を持つ真言宗豊山派という宗派に属する大本山のお寺である。また、初詣で有名な西新井大師もこの宗派のお寺に属しており、総本山は奈良県の長谷寺だそうだ。

 このお寺は、宗祖の弘法大師空海上人、中興祖の興教大師上人、派祖の僧正の三大祖師によって広められた。本堂は、1697年江戸幕府の絶頂期の権威と元禄文化の雄大にして華麗さを今に伝える建造物である。また、境内に入って本堂正面向かって左側にある月光殿は、大津市の三井寺の日光院の客殿を移築した桃山時代のものであり、書院様式を伝える貴重なこの書院造りは日本家屋の原形となっている。この建物と本堂は国指定重要文化財でもある。

 一歩境内に足を踏み入れるとまさにそこは都会にいるとは思えない静かな場所で比較的緑の木々も多く、ちょっとしたオアシスといったところ。関東大震災や第二次世界大戦の戦火からも逃れ、焼け落ちずにすんで現在に至っているためか境内の中心部であるこの本堂の建物を見ていると歴史の重さを感じる。

 このお寺にお墓のある有名人として、まず本学の創立者大隈重信、日大創立者山田顕義、財界に目を向けると安田財閥の安田善次郎などそうそうたるメンバーがいることがわかった。明治以前までは祈願寺として栄え、それ以降は、檀家寺として今日に至っている。

 このお寺には、もう一つ門に特徴がある。表門の仁王門に対し、東側の本坊という建物に通ずる門で「惣門」と呼ばれている。その形式は、5万石以上10万石未満の大名屋敷の表門の格式を持ち、2代将軍綱吉が1千人以上の供揃えで参詣したからと言われている門で、護國寺の歴史を物語るものの一つである。

 皆さんも一度出かけてみてはいかが?


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第802号 May.8, 1997

■東京カテドラル


 西早稲田キャンパスから北の方(つまり目白台方面)を眺めると、すっくと青空にそびえたつ灰色の塔が見えることがある。今回のわせだかいわいでは、その正体を探ってみたい。

 以前このコーナーで紹介した「芭蕉庵」や「永青文庫」がある趣のある道をぶらぶらと歩いていくと、目白通りに出る。すると右手に目標とする建物が見えた。あの謎の塔の正体は「東京カテドラル」の鐘塔。高さ61.68mもあり、上の方に4つの鐘がついている。西ドイツから輸入されたものだそうだが、日本的な音が出るように工夫されているという。そういわれて聴くと、確かに西洋の教会よりも音が重いようだ。

 「東京カテドラル」はキリスト教カトリック東京地区の中心地。東京カテドラル大聖堂を中心に大小さまざまな施設が集まっている。正面ゲートを入ってすぐ目につくのが大聖堂。昭和39年に落成したこの建物は、上から見ると十字架を広げたような形になる。銀色に輝く建物は、近代的で一見教会のイメージとは異なるようだが、どことなく荘厳な気品をただよわせている。

 建物の中に入ってみると、外見とは裏腹に静かで穏やかな空気が流れている。ここには教会用としては日本最大だというパイプオルガンや高さ17mもあるという大十字架、祭壇などがあり、改めて教会なんだなということを認識した。日曜日やクリスマスなどにはここでミサが行われるそうだ。

 聖堂から出てみると、奥まったところに洞窟のような物が見えた。近づいてみるとマリア像や祭壇がある。祭壇で祈りを捧げる人の邪魔にならないようにさらに近くまで行くと、なんとこれは「ルルドの洞窟」だという。ルルドはフランスにある町で、不治の病が治るという霊泉が湧き出ている奇跡の地。それと全く同じ大きさで復元した物だそうだ。

 近くを歩いている人に声をかけると「信者ではないのですが、なんとなく落ち着くのでたまに来ています。ここで国際交流祭とかバザーとかやってることもあるんですよね。あ、それからクリスマスのミサは一見の価値がありますよ」と言っていた。悩んだ時にふらりと訪れると、いい考えが浮かぶかもしれない。ただし、ここは観光地ではなく、あくまで信仰の地なので祈る人たちの邪魔にならないよう、くれぐれもご注意を。


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