第835号 May.14,1998

四川調査〜97年度 民族・考古調査から


早稲田大学文学部非常勤講師・成城大学短期大学部専任講師 小澤正人

◆宝とん遺跡の調査(1)

 中国国内で外国の調査隊が考古学調査をおこなう場合、中国側研究機関との共同調査になることが多い。我々の調査も四川聯合大学(以下、四川大)・成都市文物考古工作隊(以下、成都市考古隊)との共同事業である。四川大は解放前からの歴史をもち、四川省の中心となる大学。成都市考古隊は成都市の文化財の調査研究をおこなう機関である。四川の古代文化の研究を目指していた我々は考古学調査が必要と考え、四川大と成都市考古隊をパートナーに調査を計画した。1995年夏のことである。そのとき「宝とん遺跡はどうでしょう」と提案してくれたのは、成都市考古隊の隊長である王毅さんだった。成都市考古隊は遺跡内部に石器や土器片が散布していることから、密かにこの遺跡に注目していたらしい。我々も現地を見て良好な遺跡であることを確かめ、提案に賛成した。

 外国隊との共同調査には国家文物局(日本の文化庁にあたる)の許可が必要となる。そこで申請資料作成のため、四川大と成都市考古隊による試掘調査が11月におこなわれることになった。その結果は調査を提案した王毅さんも想像していなかったものとなる。

 もともと四川省では今から2千年以前のことはほとんど分かっていなかった。ところが試掘調査の結果、宝とん遺跡が今から2千5百から2千年前の新石器時代の良好な遺跡であることが判明した。これだけでも四川省では大きなニュースとなったが、もっと重要なことは宝とん遺跡には遺跡を取り囲む城壁があったことが分かったことである。中国の伝統的な都市は周囲を城壁で囲む。したがって城壁の出現は、都市の出現と密接な関係があると考えられている。宝とん遺跡の城壁の発見は、「都市文明の出現」という中国史における最もホットなテーマと関わることになったのである。王毅さんは城壁が確認されたとき、思わず現地から国家文物局に電話をして「大発見だ!」と叫んだという。


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