第875号 Jul.8,1999


『人気職業残酷物語』 ロード文庫:本体価格680円

 就職難やリストラの嵐が吹き荒れる中、人気職業の実体は、という視点で書かれた本。取り上げられた職種は、スチュワーデスにはじまり、マンガ家、公務員、コピーライター、テレビマン、銀行員、医師、大学教授、弁護士など、二十四にのぼる。

 ところが、本書を読んでみると、「残酷物語」らしく味付けをするべく、その職業の表層的な部分をしか捕らえていない。こんな目で見られたのでは、取り上げられた職業に就いている人々に失礼であろう。それを面白おかしく読ませようとするだけで、「職業」について真面目に考えようとしている人間にとっては非常に不快感を与える不真面目な本である。

 出版社の数は数え切れないほどあるが、この本には、出版社名は出ているものの、著者の名前がどこにも見当たらない。責任の所在を放棄し、しかも誤字脱字の多いのにも呆れる。「本を作る」という「職業」に真摯に向かい合っていないのだ。

 「読書」という一つの出会いの中で、生涯を決定するような良書に出会うチャンスは滅多にないが、こういう「悪書」が無責任に垂れ流しのように出版されているのかと思うと、日本の出版の在り方というものを考えざるを得ない。

 (よ)


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 第874号 Jul.1,1999


『河童が覗いた仕事師12人』 妹尾河童ほか著 新潮文庫:本体価格705円(税別)  

 妹尾河童という人はとにかくしつこい。と言うと、言い方が悪いかもしれないが、好奇心が旺盛で飽くまでとことん追求し、観察するその姿勢を評するには「しつこい」という言葉が適切だろう。『河童のタクアンかじり歩き』では世界中のタクアンを追い求め、『河童が覗いた…』シリーズではヨーロッパやニッポン、インドなどを尋ね歩き、詳細な記録を残している。

 その妹尾河童が今回、取り組んだテーマが「仕事師」。妹尾さんにとっての「仕事師」はどんな人間であるかを皆さんに知ってもらうには、名前を挙げるのが一番だろう。作家・井上ひさし、写真家・篠山紀信、シェフ・三国清三、評論家・立花隆、衣服デザイナー・三宅一生…など錚々たる面々が並ぶ。この本では十二人の仕事師たちと妹尾河童さんが、言葉や文化、仕事、人生などを語り続けるのである。

 対談を通して、妹尾さんのキャラクターと好奇心が、仕事師たちを“しつこく”追求し、その姿形、頭や心の中身に至るまでつぶさに描き出していく。今回は、お馴染みの河童流スケッチによる詳細な「図解」はついていないが、文章だけでもう十分。くつろいだ楽しげな対談を読み進むにつれて、仕事師たちの意外な一面に驚かされたり、体験に基づく真摯な言葉が胸を突いたり、読者は「妹尾河童」というフィルターを通して仕事師たちを覗くことができる。

 建築家である石山修武本学理工学部教授も覗かれた一人。後に記された「覗かれた側の弁」で石山先生はこう書いている。「しつこさには自信があった。僕の仕事は地味でしつこくなければやっていけないからだ。河童さんと旅をして対談が延々と明方まで続いた。もう眠らせてクレーッと叫んでしまう様な目にあった…(後略)」。

 例え叫んでしまったとしても、妹尾さんに覗かれるような人間になりたい。それぐらい楽しい一冊。        

(ま)


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 第873号 Jun.24,1999


『「潜在脳」はこうして活かせ』 大島清著 ダイヤモンド社:本体価格1400円

 人間の脳には、まだ科学的に解明されていない部分が多く残されていると言われている。しかし、その「脳」が潜在的に持っているさまざまな力−著者はこれを「脳力」と呼んでいるが−について、多面的に分析し、分かりやすく読者に教えてくれる。著者は京都大学名誉教授で生殖生理学専攻の医学博士。それだけに、一つ一つのエピソードに説得力がある。

 二十歳を過ぎる頃から、脳の神経細胞は一日に約十万個ずつ死んでいくと言う。脳の重さは、六十〜七十歳になる頃には、約二十〜二十五%も縮んでしまうのだそうだ。しかし、神経細胞どうしをつないでいるシナプスは、脳を鍛えている限り、生き続けているらしい。

 脳を鍛えるには? 日常生活のすべてがかかわっているのだと言っても過言ではない。睡眠、食事、運動、入浴、勉強、読書、通学……。それらがどうかかわっているのかは、本書に目を通していただきたいが、改めて「脳」という、不思議な世界の仕組みに驚く。判断力、集中力、記憶力をアップさせるためのトレーニング法も面白い。

 著者は本書の冒頭で、「脳に不可能はない」と書いている。そして、ヘレン・ケラーの例を引いている。確かに、誰もがアインシュタインになれるとは限らないだろうが、脳を鍛えることによって、自分の持っているパワーがアップするような気にはなる。筋肉と違って「脳を鍛える」という言葉にやや違和感はあったものの、本書を読み終えると、少しだけ頭が良くなっているような気がした。

(よ)


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 第872号 Jun.17,1999


陳舜臣中国ライブラリー13・14『秘本三国志』(前)・(後) 陳舜臣著 集英社:本体価格2800円

  舞台は中国−。漢王朝(紀元前二〇二〜後二二〇)が衰退し、曹操(そうそう)、劉備(りゅうび)、孫堅(そんけん)、呂布(りょふ)、袁紹(えんしょう)、袁術(えんじゅつ)ら群雄が中国全土に割拠し、天下統一を志して知恵と力を競い合う。その後、曹操、孫堅、劉備の三人を中心とする勢力によって乱世は次第に統一され、魏・呉・蜀が天下を分ける三国時代を迎える。雄大な中国を舞台に繰り広げられる英雄豪傑の躍動と、人々が織り成す人間ドラマが読者の心を魅了してやまない。皆さんもご存じの『三国志』の世界である。

 この『秘本三国志』は、正史『三国志』や『三国志演義』(明代・羅貫中作)とは異なる視点・解釈で、この激動の時代を描き切った大作。陳舜臣という、中国歴史小説の第一人者ならではの豊富な知識が駆使されたこの長編小説。斬新かつ緻密な解釈の下に描かれた時代背景と人物像が実に面白い。帯に「正史・演義を凌駕する力作」とあるが、まさにその通り。作者の綿密な取材や資料分析によって、従来の善玉・劉備、悪役・曹操というイメージの人物像とは異なる人物解釈がなされている。同様に歴史観についても作者によって新しい解釈が施されており、すべての面において新鮮な小説となっている。

 その時代描写・人物描写の見事さを引き立てるのが、氏の巧みな話術。読者は書き出しからぐいぐい作品世界へ引き込まれ、読み出したが最後、途中では止められない強烈な魅力がある。

 また、巻末には稲畑耕一郎文学部教授との対談「自作の周辺」や関連断簡が収録されており、さらに付録「月報」には知人によるエッセイや書き下ろし自伝が収録されているなど、まさに盛り沢山の企画。

 寝不足覚悟で、手にすることをお薦めしたい。また、ストーリーだけを楽しみたい人には、文芸春秋社の文庫もある。

(ま)


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 第870号 Jun.3,1999


『ヒット商品の企画書が見たい!』 戸田覚著 ダイヤモンド社:本体価格1600円

 ビジネスにおける企画書とは、これから世の中に出ていく商品に関する情報がギュッと詰まった、非常に重要なものだ。企画書に分かりやすく簡潔にまとめられたアイデアと綿密な調査結果は、企業にとっては大事な“飯のタネ”。「見たい!」と言って、そうホイホイと見せてもらえる代物ではない。それがこの本では、実在の商品の企画書二十二本に加えて担当者のインタビューまで読むことができる。

 機密事項は塗り潰してはあるものの、企画書やインタビューから読み取れるのはマニュアル的な体裁・書き方だけではない。企画を通すためにアピール方法を工夫したスタッフの企画書作成術や熱意、ヒットに繋がる思考や制作現場の意識、裏付け調査の方法など、企画立案の際に必要なスキル、ポイント等の興味深い情報が随所に読み取れる。企画書の作成に留まらず、講義のレジュメやさまざまな資料を作成する際にここから読み取ったものを反映させれば、大学の教室でもビジネススキルの訓練が充分可能である、と言えるのではなかろうか。

 また、この本を作成したスタッフの熱意や交渉術もまた見逃せない。後書きに「事務所のスタッフ四名が必死に取材先探しを進めました」とあるが、必死さと共に誠意がなければこれだけの情報は得られないだろう。この著者には他に、『あの人の「手帳」が見たい!』『トップセールスマンの商談が見たい!』といった著作があり、そちらもまた面白いものに仕上がっている。事実・実物に語らせるこの一連のシリーズは、ある一定の方策に限定するのではなく、さまざまな例をして読者に示唆を与えてくれる。

 これからビジネス社会に巣立つ皆さんにぜひ読んでほしい本。

(ま)


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 第869号 May.27,1999


『大河の一滴』 五木寛之著 幻冬舎文庫:本体価格476円

 「私はこれまでに、自殺を考えたことがある。最初は中学二年生のときで…」

 本書はこんな衝撃的な言葉で始まっている。生きていれば、耐えがたい苦しみや、身を引き裂かれるほどの辛さに襲われるのは必然である。その暗闇の中で、自分を追い込み「死」を真剣に考えるのは、不思議な事ではない。しかし著者は生きている。苦しみを乗り越えて今、静かに語り出した。

 著者は「死」を軽々しく口にしているのではなく「死」の裏側にある「生」を示し、「どう生きていくのか」を真剣に考えている。だから困難に突き当たるのだ。だから、言葉の一言に重みを感じる。

 ネガティブ・マイナス思考・悲しみ・涙など、一般的に暗いイメージのものに対して目を背けがちである。しかし、前向きに生きたい。頑張る事に疲れ、もうダメだと諦めてしまった人に、「前向きで頑張ろう」と励ましてみたところで、その人の力に成り得ない。その「悲しみ」を分かろうとし、その人に寄り添い涙を流し、悲しみを共にする。「励まし」よりも「癒し」で心が救われる。涙を流しうめき声を上げることが、大きな役割を果たす場合があるのだ。

 涙を流す事で心が浄化されたり、悲しみで活性化されたり。深い悲しみもまた感動。そして相手の悲しみや絶望を、自分の悲しみや絶望として感じる事も大切だ。そんな世界で、我々は生きている。人間の「情」「悲」を軽蔑し、避けようとするのではなく、真の人間としての感情や情緒を豊かにする事が大切な時代なのだ。

 絶望の中の希望の光のように、生きる勇気を与えてくれる価値ある一冊である。

(吟)


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 第868号 May.20,1999


早稲田大学おもしろ話』 藤原潔著 光文社:本体価格1200円(税別)

 毎日通っていても、行動半径が決まっていたり、あるいは余り大学に来なかったりして、意外に自分の大学のことを知らなかったりすることが多い。本学はキャンパスも広く、分散しているために、まだ足を踏み入れたことのない場所も多いだろうし、読者の皆さんが知らない「伝説」も数多く残されている。

 本学政治経済学部を卒業した筆者が、そんな「早稲田大学」に親しみを込めて綴ったエピソード集が本書である。タイトルにもあるように、決して堅苦しくなく、遊び心に満ちている。

  目次から幾つかエピソードを拾ってみると、「合コン暮らし」「サークル怪人M」「『都の西北』六題」「早慶戦夜話」「世界最長の仮装行列」……。タイトルだけを見るとふざけているようだが、決しておちゃらかしているわけではなく、本学のOBとしての筆者の溢れるような愛校心が、こうした数々のエピソードを書かせたのだろう。

 四年間を過ごすキャンパスは、混沌としている。授業はもちろん、サークル活動、多くの人々との出会い、大学の行事……。そうした中でうっかり見過ごしていたことや知らなかったことがちょっとしたエピソードの中に隠されている。

 本文に添えられている故・安藤しげき氏の四コママンガも面白く、手軽に早稲田大学のあれこれを知ることができる一冊である。

 「非公式ワセダ・ガイドブック」と帯にあるが、ある側面からの早稲田大学を語っているものではあろう。

(よ)


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 第867号 May.13,1999


『ヒトかサルかと問われても "歩く文化人類学者"半生記』 西江雅之著 読売新聞社:本体価格1600円(税別)

 「わたしは"明快な妄想""馬鹿げた努力"という言葉を自分で創っておいて、それを好いている。とにかく、勝手なことをしてきているので、はっきりとした夢を持つこと、他人の何倍もの努力をすることが必要なのである。努力というのは面白い。努力として何かが完成するという保証など何もない。物事はがんばれば出来るなどということではないからである。ただ、目標に向かって絶え間なく進む。そこに楽しみが見出せる」。著者・西江雅之文学部教授はあとがきでこう語っている。

 このエッセイは、西江先生が生い立ちから学生時代までの半生を振り返ったもの。「サルかヒトか」見まごう程の野生児だった少年時代。持ち前の行動力を発揮し、好奇心の赴くままに体験を積み重ねた学生時代。ひたすら前進を続け、体当たりで生きるさまは読んでいて実に痛快だ。特に、本学で過ごした学生時代のアフリカ体験記の部分では、自分の学生生活と比べてその濃厚さに舌を巻く。書物だけでなく生身の人間を通して、体験の中からさまざまな物事を学び取っていく姿は実に魅力的だ。

 「歩く文化人類学者」の異名を持つ先生のパワーが存分に発揮されたエッセイ。五月病なんて青空の彼方に吹き飛んでしまう、元気の出る薬である。

(ま)


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 第866号 May.6,1999


『オーバー・タイム』 北川悦吏子著 角川書店:本体価格1400円

 今年のお正月から三月までフジテレビ系で放映されていたドラマ、「オーバー・タイム」。反町隆史と江角マキコ、木村佳乃、石田ゆり子などの人気メンバーが顔を揃えたヒット作品だ。それぞれの恋の行方に毎週釘付けになっていた人も多いのではないだろうか。

 本書は、そのドラマを作者自らの手で完全ノベライズしたもの。次から次へと流れていく、テンポの早いドラマとはまた違って、じっくり「小説」として読むと、また趣が異なっている。ドラマを観た人はそのシーンを思い浮かべつつ読むのもいいし、観ていない人は頭の中に自分なりのシーンを作りながら読むのもいいだろう。

 「オーバー・タイム」は三十路に差し掛かろうとする女たちの恋の話である。しかし、いわゆる「トレンディー・ドラマ」のようなカッコ良さはない。そこにあるのは、男と女のさまざまな形の「恋」の物語である。

 「恋」はカッコイイことばかりではない。みっともないことも情けないことも、笑っちゃうようなことも起きる。相手を傷つけたり、自分も傷ついたりする。皆、そういうことで苦しんだり、悩んだりするのだ。そんな恋の姿がこの作品では描かれている。

 恋は決して若者だけに許された特権ではない。幾つになっても恋をし、人を愛する、それが人間の姿なのだ。この本にはそんなことは書いていないけれども、一読して、ドラマで見過ごしていたことを改めて感じた。人を恋することは素敵なことなんだと。

 タイトルの「オーバー・タイム」は、「時間切れ」という意味ではなく、「延長戦」という意味なのだそうだ。決してこれで終わりではなく、まだ「これから」がある。男と女の恋に「時間切れ」はない。

 みんな、一生懸命恋をしよう。

(よ)


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 第865号 Apr.22,1999


『二十歳のころ 立花ゼミ「調べて書く」共同制作』 立花隆+東京大学教養学部立花隆ゼミ著 新潮社:本体価格2200円

 本紙読者の多くは今、二十歳の頃の真っ只中にいるはずだ。夢に向かって邁進する人、漠然と過ごしている人、何の意欲もない人、成すべきことが分からない人…。学生生活の過ごし方や将来について考え、悩みを抱えやすい時期でもある。

 この本は有名無名、老若男女、国籍も問わない六十八人の“二十歳のころ”について、東大生がインタビューしたもの。「やっぱり『二十歳のころ』というのは、どの人にとっても、その人の人生が、不定形の可能性のかたまりから、ある形をなしていく過程での最もクリティカルな時期なのである。取材で出てきた話を聞いて見て、その人のその後の人生を考えあわせると、なるほど背景にそういう流れがあったのかと合点することが多かった」とは、著者の一人・立花隆氏の弁。

 インタビューの多くは著名人だが、出征経験者や原爆被爆者、市井の人々に聞いた話もある。戦争により“選択”がなかった世代。経済的事情や時代背景により、可能性を消さざるを得なかった人。彼らの話を読むと、二十歳の頃に好きなことをして過ごせること、自分の意思で選ぶことができるという幸せを痛感させられる。

 そして同時に、人生を知る機会が、何もこの本に限らないということも分かる。インタビューに挑んだ東大生も、最初は自分の両親に話を聴くことから始まった。両親、祖父母、先輩、恩師…。手を伸ばせばすぐ届くところに幾らでも聞く機会はあるのだ。世代の違う人と話すのが苦手という人もいるかもしれないが、第三者というフィルターを通さずに、生で話を聞くことに価値があるのではないだろうか。本も素晴らしいが、やはり自分で体験できることはするに越したことはない。ぜひ挑戦してほしい。

 それはさておき、とにかく一読して損はない。人生の面白さと示唆が凝縮された一冊。

(ま)


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 第863号 Apr.8,1999


『夢あたたかき』 久世光彦著 講談社文庫:本体価格419円

 「向田邦子」という作家をご存じだろうか。一九八一年に台湾での飛行機事故で亡くなった、テレビのシナリオライターであり作家でもある。今年本学の門を潜った新入生のみなさんの多くが産まれた頃に亡くなった作家だが、今もなお女性を中心に人気は絶えない。

 本書は、その向田邦子とテレビの仕事を長年共にして来たプロデューサーであり作家でもある久世光彦が、二十年にわたる交友を思い出しつつ向田邦子について書いたエッセイ集だ。久世光彦は、向田邦子が亡くなってからも、彼女に関する思い出やエッセイを事あるごとに発表してきた。仕事の仲間として、友人として、書き残しておきたかったことがたくさんあったからなのだろう。しかし、本書の帯には「永遠のさようならを」とある。筆者自身、十八年にわたる亡き向田邦子への想いを、ここで封印するつもりで書いた一冊なのだろう。

 そこには、著者の心の中に深くしまわれた哀しみと共に、生前の向田邦子の姿が鮮やかに蘇ってくる。彼女が多く残したテレビドラマの作品、たとえば「寺内貫太郎一家」や「あ・うん」などは今でもビデオや映画などで観ることができるが、人の心の中にある向田邦子の印象は、観ることはできない。

 向田邦子をよく知る著者が、彼女に対して抱いていた敬慕の念や親近感、神秘的な部分、そうしたものが、この書では深い哀しみと共に鮮やかに浮き彫りにされている。「去る者は日々に疎し」という言葉があるが、著者の中では向田邦子は永遠の存在なのだろう。だからこそ、「永遠にさようなら」なのである。

 今でも、幾つかの女子大には「向田邦子研究会」なるものが存在するというし、若いファンも多い。星が瞬く如くに逝ってしまった一人の作家に対する、この書は墓碑銘なのである。

(よ)


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