第859号 Jan.14,1999


『自分からこころをひらく練習』 キモトアユミ著 リヨン社:本体価格1100円

 世紀末だからか、不景気や殺伐とした事件など世の中の話題は明るくない。そんな中、大人に絵本が売れているという。「心の奥の小さな悩み」や「ちょっと哲学的な思い」を絵と言葉で表現して、読む人にメッセージを与える小さな贈り物。こういった本がもてはやされる背景には、心のどこかに寂しさや悩みを抱え、満たされない人々が多いのではないだろうか。

 つい最近の新聞で優しさの変容について読んだ。「身近な人が悩みを抱えていた場合あなたはどうしますか」。そう尋ねた時に、そっとしておくことが親身になって相談するより“優しい”と答えた人が多かったという。核家族化や個人主義の台頭など、さまざまな社会の変化で人間関係の在り方が変わってきた現れだろうか。果たしてそういう関わり方が、本当に心が求めている“優しさ”なのか。

 怒らない、子供のことが分からない親と、援助交際をしたり、電話が手放せなくなっている子供。過剰な期待で過保護になる親と、目的意識を持てなくなってしまった子供。“優しさ”や愛情、コミュニケーションに悩む人々の話題を耳にする度に、心に寂しさを抱えている人が増えている、と思わざるを得ない。

 『自分からこころをひらく練習』という絵本は、そうした寂しさにふっと染み込む暖かさを持った本。シンプルなイラストと簡単な言葉で綴られるメッセージが、心の中に素直で小さい明かりをともす。

……

たくさんのモノにかこまれていてもなにかが足りない

まわりにはたくさんの人がいるのに一番伝えたいことは伝わらない

……

ひとりぼっちがかたよるときはまどを大きくあけてみよう

……

 キモトアユミさんのキラキラした感性が紡ぎ出す言葉の一つ一つが心の琴線に触れた瞬間、心の奥底で暖かなハーモニーを奏で始める。手のひらサイズの絵本から溢れる“優しさ”が、外の寒さを忘れさせてくれた。

(ま)


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『司法腐敗』 山口宏著 PHP研究所:本体価格1333円

  日本の現行裁判制度ほどいい加減なものはない!と断言する『司法腐敗』が出た。

著者は、本校卒業の現役弁護士、山口宏氏である。著者は以前、副島隆彦氏の共著『裁判の秘密』がベストセラーとなり、法曹会全体に、裁判の遅延などに関して多くの問題を投げかけた。

 本書では、刑事事件における有罪、無罪判決から交通事故裁判、そして競売に関する「事実認定基準」がいかに曖昧であり、しかも原告、被告の雌雄を決する「事実認定」が、警察、検察、裁判官の都合よくいかに歪曲されてしまっているのかを鋭く糾弾する。

 目次一つを取ってみても、著者の現行司法制度に対する怒りが如実に現れている。

一例を挙げると、裁判官と検事の仲が悪いと無罪判決が出る。求刑を上回る判決を出した裁判官が出世する。文章力のない警察官のために調書の作り方がある。五千五百円の恐喝で、執行猶予なしの実刑判決。あなたも逮捕される。人を轢いて殺しても執行猶予の事実認定。裁判所は銀行を守り、あなたの住居を奪う!等々。

 また戦後日本を震撼させた、「トリカブト事件」「甲山事件」「リクルート事件」などを取上げ、実際の事実認定の矛盾を暴く。その中の一つ「ロス疑惑」においては、地裁で「全く疑う余地がない」と有罪判決であったが、二審の最高裁では逆転無罪判決が下されたことに言及し、判決とはフイクションによってもたらされる結果である、と断言する。そして春から開廷される「和歌山毒カレー事件」の公判が今後の「事実認定基準」に大きな影響を与えると言う。

 多くの読者がマスコミを通しての事件報道に一喜一憂している。また、事件に限らず日々の生き方でも、事実を客観的に眺める姿勢は失われ、世論や時代の趨勢に流されがちである。事実を正しく見るための眼を、気づかせてくれる好著である。

(木南)


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 第858号 Jan.7,1999


『大学で学ぶべきこと、学ばなくてよいこと』 鷲田小彌太著 PHP研究所刊:本体価格1095円

 著者は現在札幌大学教授で、以前「大学教授になる方法」という著書で話題になった人。名前を知っている皆さんも多いだろう。

 現在、本学をはじめとして、多くの大学でさまざまな改革や新しい試みが行われている。少子化による受験生の減少が、各大学に危機感を持たせ、大学としての個性をいかに作り出し、教育をしていくかということが大きな問題になっている。本学でもカリキュラム改革や新棟の建設など、ソフト面ハード面にわたって多くの改革が行われているが、本書は、そんな大学で学ぶ大学生に向けて書かれたもの。

 「君にとって大学とは?」という著者の問いかけで始まる第一章の中にも、大胆とも言える大学改造案がたくさん登場する。すべてが正鵠を得ているとは言えない面もあるが、「いかに大学を利用するか」のノウハウは、さすがに現役の大学教員が書いただけのことはあって、学生には役に立ちそうな情報がたくさんある。

 「モラトリアム」とも言われる大学の四年間の生活をどう過ごすかで、その後の人生が大きく変わるのは当然だが、その四年間に何を学ぶべきなのか、何を学ばなくてよいかを著者はこの本を通じて問いかけているようだ。「学ばなくてよい」と言っても、それは決して「遊んでいる」ことを意味するわけではない。これは、大学という学問の場から始まって、その先に続く人生にも関わって来る大きな問題だ。

 本書は、大学生だけではなく、教職員を含めた大学人全員が一読してみる必要があるのかも知れない。その中から、著者の言いたいことのエッセンスをどう取捨選択し、どう活かすかが、この本の読者に問われるところであろう。

(よ)


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 第857号 Dec.10,1998


『プロデューサーは次を作る』 中谷彰宏・小室哲哉著 飛鳥新社刊: 本体価格1300円

 本学出身のビッグな2人によって作られた1冊。音楽プロデューサーで歌手の小室哲哉氏と、トレンド・面接・顧客満足の達人である作家・俳優の中谷彰宏氏。活躍している分野は違う2人だが、それだけにどんな話が展開されるのか、読者にとっては楽しみなところである。

 サブ・タイトルは「ビジネス成功22の方程式」。CDのトータル売り上げが1億2千万枚を超えたという小室氏と、日本ばかりでなく韓国などでも年間60冊というペースで著書を出版し、四百万部以上の本を売り上げる中谷氏。互いに、ビジネスで成功した2人だけに、ビジネスに対するシビアで懸命な姿勢がうかがえる。

 形式としては、小室氏の語り下ろしたパートに中谷氏が解説をつけたものになっている。2人とも、自分をプロデュースする才能に長けているだけに、息の合った語りと解説の二本立てだ。「売れない時代に売れるために」「客観的データより直感を信じる」「自分が入り込む隙間を探す」など、二人が実践し、成功して来たことが明確に、わかりやすい形で語られている。これは、ビジネスマンだけではなく、これからビジネスに携わる人々にとっても、またとない指南書である。

 最後に二人での対論「一人ひとりがプロデューサーになる時代」がおさめられているが、そこにもビジネス・チャンスのヒントが隠されている。

 不透明な時代、先の見えない不景気と、あまりいい話題のない昨今だが、本学出身の「達人」二人からのメッセージは、これから社会へ旅立つ学生のみなさんに大きなヒントと、やる気を与えてくれる一冊だ。

(よ)


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『大学に「明日」はあるか』 毎日新聞教育取材班 毎日新聞社:本体価格1500円

 10月26日、文部省大学審議会の答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について−競争的環境の中で個性が輝く大学−」が出された。それから1カ月半、今、大学教育とは何だろうか、大学で学ぶということはどういうことなのか、ふと考える時がある。

 「大学に『明日』はあるか」と題されたこの本は、1996年の秋から98年の春にかけて毎日新聞で全8部にわたって連載された「大学どこへ」を加筆、再構成したもの。マスコミという、大学教育現場から見れば第三者にあたる立場から、客観的に「大学」や「学生」を取材し、キャンパスの実像を描き出そうとしている。「文部省や大学審議会の論じるような制度論ではなく、あくまで大学現場の生の現実を直視し、とりわけ学生たちの肉声を聞くことに重点を置」いたレポートからは『理想の大学像』を探る大学の姿と、『自分探し』に思い悩む大学生の姿が浮かび上がる。

 確かに、第三者による取材には限界があり、この本に記されているような大学像や大学生像がすべて、という訳ではないかもしれない。しかし、この本で記されているような現実も少なからず存在しているというのは紛れもない事実。昨今、大学教育に限らず、日本の教育についてさまざまな試行錯誤が行われており、提言や報告書を目にすることが多くなっているが、教育現場を構成する教職員や学生という当事者が、こうした第三者の視点を知り、自らを見つめなおして問題意識を持つということが今、最も必要なのではないだろうか。

 この本の最後の章には、森毅京大名誉教授ら各界から選ばれた5人の論者による提言が掲載されており、それぞれ転換期を迎えた日本の教育に対する示唆に富んでいる。「大学」というステージに関るすべての人に読んでほしい1冊。

(ま)


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 第856号 Dec.3,1998


『人に教えたくなる雑学の本』 星田直彦著 ダイヤモンド社刊:本体価格1400円

 世に雑学に関する本は数え切れない位ある。何をして雑学と規定するのかにいささかの疑問は抱くが、みんなが知っていそうで知らないこと、というのが、大きな意味での「雑学」ではないだろうか。別に「雑学」を知らなくても、生きて行く上で何ら支障はない。でも、知っていた方が面白かったり、ためになったりすることもある。

 本書は、第1章から第4章にまで別れており、それぞれ日常生活、数学、自然科学、文学・歴史の各ジャンルに別れている。

 「世界で最も短い国境はどこ?」「チョコレートはもともと飲み物だった!」「日本に燃えてしまったゴッホの『ひまわり』がある!」「船の航路も国道だった!」などの項目に、丁寧な解説がつけられている。他にこぼれ話もたくさん掲載されており、確かにこれを1冊熟読すれば、ちょっとした雑学博士になれることは請け合いだ。

 「雑学」という言葉がどこから出て来たのかは知らないが、確かに「学」という文字はついていても、学問の中ではいわば「遊び」の分野である。「クイズ」と非常に近い意味を持っているとも言える。だからこそ、手軽に誰もがその中に入っていけ、楽しむことができるのだろう。

 本書にもクイズのコーナーが設けられていて、難問珍問が並べられている。レポートやテストに直接役には立たないかも知れないが、勉強で疲れた頭を休めるにはオススメの一冊かも知れない。

 しかし、ここで一言。タイトルには反するが、「雑学」は知っていることを人にひけらかすものではなく、知っていても何気なく黙っていて、聞かれれば答える奥ゆかしさがいいのではないだろうか。                

(よ)


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 第855号 Nov.19,1998


『年賀状を楽しむ・書と絵のアイディア』 渡部大語著 雄山閣出版 :本体価格1800円

 早いもので、今年ももう年賀状が郵便局に並ぶ季節がやってきた。年賀状は儀礼的で印刷だけで済ませてしまう人もいれば、心を込めてもう準備している人もいるだろう。受け手としては、やはりただ印刷されただけのものでは、あまりにそっけなく、せっかくの年賀状もあまりうれしくない。

 この本に掲載されている12支をモチーフにしたり決意や目標などを書いた年賀状を観ていると、年賀状書きの基本は著者の言う「相手が喜ぶ姿を想像して書く」こと、「既成観念を捨てて柔らかな頭にすることが肝要」だとを改めて思った。

 著者は書家で、皆さんも知らず知らずのうちに作品を見たことがあるはずである。大学構内では入学式に始まり各種講演会と実にさまざまな催しものが開催されているが、その立て看板を書かれているのも著者・渡部大語氏である。

 書の年賀状を楽しむために、「書く方も楽しむ」ための工夫が随所に見られる。筆の穂の先をバッサリ切ったり、タバコの火で焼いたり、アクリル絵具でわざと固めてみたり、また、墨にもボンドやアクリル絵具用のメディウムを混ぜたりして質感の変化を楽しんでいる。

 また「下手も芸のうち」で、「下手だからこその味わいというものがあって、下手な文字には達筆な文字にはない独特の味わいが潜んでいるものです。それを活かさない手はありません」という言葉には励まされる。自分を飾らず、巧く書こうとせず、ありのままに、しかし心を込める。このことは意味深長で、いろいろな意味で肝に銘じたい。

 これから年賀状をどう書こうかと迷っているときに読んでみると、インスピレーションが湧いて来るはずだ。新春にあなた年賀状が喜びを与えることができますように。

(な)


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 第854号 Nov.19,1998


古典を歩く4 『「源氏物語」を旅しよう』 瀬戸内寂聴 講談社文庫:本体価格590円

 不朽の名作『源氏物語』。平安の御世から現代に至るまでの長い年月、多くの人に愛読されてきた。最近もいろいろな人が独自の解釈を元に『源氏物語』の現代語訳を手掛けているが、瀬戸内寂聴さんもその1人。10年がかりで「現代語訳『源氏物語』」を完結させた。

 この本は、女性作家が日本古典文学の名跡を旅して綴る全12巻のエッセイシリーズ「古典を歩く」の第4巻。他にも『万葉集』や『平家物語』、『おくのほそ道』などがあり、著者も杉本苑子さんや竹西寛子さん、田辺聖子さん他、多岐に渡っている。どの巻も著者の個性が現れて非常に面白いので機会があったら読んでみてはいかが。

 さて、この本では『源氏物語』に造詣の深い瀬戸内さんが、作品に出てくる土地を巡り、作品の内容や自分自身の人生経験を交えて物語の舞台を紹介する。いわゆる名所ガイドとは異なり、『源氏物語』やその他の古典文学作品の引用や古歌を交えてその土地について綴るエッセイで、しっとりした語り口が心地好い。行間から、その土地や『源氏物語』に対する瀬戸内さんの溢れんばかりの愛情が感じられ、古の光景と現代の風景が二重写しにまぶたに写るような印象を受ける。皆さんもご存じの通り、『源氏物語』はフィクションだが、その舞台となった土地では虚構が現実として人々の心の中に脈々と息づいているという。この本を読んでそれらの土地を訪れたらきっと、私たちも同じような錯覚に陥るに違いない。

 古都・京都というと、四季の彩りや多くの名刹が世界各地の人々に好まれ、観光地として毎年大勢の人が訪れている。このシリーズは、何も知らなければ単なる名所旧跡巡りに終ってしまいがちな旅に素敵なエッセンスを加え、時間を超越した旅をも楽しませてくれる。旅のお供に、ぜひ。

(ま)


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 第853号 Nov.12,1998


『定価200円の殺人』 吉村達也著 角川mini文庫:本体価格200円

 96年、角川書店から定価200円の「角川mini文庫」が創刊された。カメラもビデオもてのひらサイズが流行る中で、文庫も更にミニサイズ化したもの。従来の文庫サイズの約2/3で、厚さも100ページ程度で、短編が収録されている。

 この「角川mini文庫」は、読書量の総体的な低下で、読書市場にも不況の風が吹き荒れている中で、角川書店が新しい試みとして打ち出したものだ。試行錯誤を経て、出版する作品にも工夫を凝らした結果、一つの新しいジャンルの「読み物」として定着し、コンビニなどで気軽に買えるとあって、一定のペースで新刊が出ているようだ。

 今回の書評で取り上げるのは、そんな中の一冊、「定価200円の殺人」。次から次へと新しい企画を生み出して、量産ながらアイディア豊富な作品を送り出し、多くのファンを獲得している推理作家・吉村達也が書いた作品。

 「定価200円の殺人」とは人を食ったようなタイトルだが、読んでみると、「mini文庫」の定価と、200円という価格の本にまつわるエピソードをうまく組み合わせて推理小説になっている。さすが、アイディア豊富な吉村達也と感心させられる部分も多い。こういう新しい試みに自ら喜んでアイディアを提供するのも吉村達也の得意技の一つで、なかなか鮮やかだ。

 推理小説と一口に言うと、何だか通俗小説のようで、「読書」という気がしない向きがいるかも知れない。しかし、読みようによっては、そこには殺人に至るまでのさまざまな人間の感情の相克や葛藤が描かれており、一概に「推理小説」としてバカにすることはできない。

 わずかな通学時間でも一気に読み切ることのできる「角川mini文庫」、かさばらないし、何よりも気軽に本が読めるのが面白いシリーズだ。

(よ)


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 第852号 Nov.5,1998


『決断 命のビザ』 杉原幸子監修 渡辺勝正編著 大正出版:本体1942円

 第二次対戦中に「命のビザ」を発給し、ユダヤ人がナチスドイツの迫害から逃れるのを助けた故・杉原千畝氏(元リトアニア領事代理)。戦後、世界各国でその行為が賞賛され、今もさまざまな賞が贈られている。この10月14日にも、ユダヤ人人権団体「ブネイ・ブリット」から「ラオウル・ワレンベルク・ロージェ賞」が贈られたという。

 その杉原氏が、4人の外交官と共にイスラエル建国五十周年記念切手になったことは記憶に新しい。彼の人道をたたえるこの切手について、杉原幸子夫人は「主人の切手が大空を翔け、平和を運んでゆく日を、楽しみにしております」というメッセージを寄せている。日本における切手の位置付けは主に料金支払い手段、もしくはコレクターズアイテムに過ぎない。しかし、世界各国において切手は国際的な宣伝媒体として重要な意味を持ち、戦略的に用いられることも少なくなかったという。

 この本は「千畝手記」を元に、「命のビザ」の発給を決断した杉原氏の周辺事情を紹介し、時代背景の解説を試みたものだが、加えて「切手エピソード」として各国の切手事情が描かれている。念入りに調査された本文のストーリーはもちろん、切手という小さな紙片に封じ込められた思惑の数々が、時代背景を雄弁に物語っているのが実に興味深い。

 「苦慮、煩悶の揚句、私はついに、人道、博愛精神第一という結論を得た」と語る杉原氏。激動の時代を生きた校友・杉原千畝氏を綴ったこの本、平和の重みがずしりと胸に堪える。

(ま)


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 第851号 Oct.29,1998


『五体不満足』 乙武洋匡著 講談社:本体価格1600円

 以前本紙の「ぴーぷる」のコーナーでも紹介した本学政治経済学部の乙武洋匡君(政経3年)の著書。電動車椅子でキャンパスを移動している乙武君を知っている読者の皆さんも多いことだろう。

 「五体不満足」というタイトルにはいささかびっくりするが、このタイトルに乙武君のユニークなかつ明るい生き方が現れている。

 「先天性四肢切断」という障害を持ちながらも、明るく生きる乙武君の生活を描いた、と簡単に言ってしまえばそれまでだが、この本にはもっといっぱいのメッセージや感動するエピソードが詰まっている。

 乙武君は、何しろ明るい。しかも行動的である。電動車椅子でなければ移動が不可能な乙武君ではあるが、その不自由さをものともしない行動範囲の広さと意欲的な活動にはびっくりする。

 中学校ではバスケットボール部、青森旅行、高校ではアメフト部で活躍。そればかりではなく、アメリカ旅行まで。大学生になってからは、障害者の立場から各地へ講演活動に飛び歩く日々。本書にはそんな乙武君の22年が語られている。

 障害者でありながら、「障害を持っていても、ボクは毎日が楽しい」と言い切る乙武君の明るさは天性のもの。明るい家族に支えられ、みずからの個性を活かしての生活は、障害を持った人々の励みにもなるし、持たない人々にとっては目から鱗が落ちる感じである。

 この本を読んでいると、「障害を持つ」ということの意味を改めて考えさせられる。障害を持たない人々が、障害者を一定に凝り固まった目で見てはいないだろうか。本当に、障害者の気持ちを知ることなく、勝手な判断をしていないだろうか。障害を持つ人と持たない人が、何の区別もなく生きていける社会が、今本当に必要とされているのだ、ということにも考えが及ぶ。

 いつも笑顔を絶やさずに、ポジティヴに生きる乙武君の「元気」と「勇気」と「やる気」が、ビンビン伝わって来る。「苦労をして障害を乗り越えました……」という悲壮感は微塵もなく、楽しい明るいエピソードがいっぱい詰まった、元気の出る本だ。

(よ)


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 第850号 Oct.22,1998


『永遠の都』全7巻 加賀乙彦著 新潮社:セット価格3904円(税抜)

 第48回芸術選奨受賞作品『永遠の都』は、読後の充実感たっぷりの読みごたえある大作。文庫にして全七巻の本格的長編小説、という物理的分量など些事に過ぎない。それ以上に充実した作品世界によって与えられる満足感が心地好い。ぐいぐいと小説世界の奥深くまで引き込まれてしまう圧倒的な筆力が感じられる。

 この作品は単行本当時『岐路』『小暗い森』『炎都』の三部作であったものを、文庫版刊行に際して『永遠の都』という総タイトルのもとにまとめ上げたもの。著者曰く「こんどの文庫出版によって『永遠の都』という長編小説は完成したのであって、この新潮文庫版が作者の決定版である」。

 小説の舞台は昭和初期の東京。上流階級に位置するある一族−−元海軍軍医の時田利平、2人の娘である初江と夏江、孫の悠太、そしてその周辺を織り成す人々・家族−−の終戦までの物語が、歴史と共に描かれていく。著者の自伝的小説ということもあって、時代描写が実にリアル。第二次世界大戦に纏わる出来事とその時々の人間心理が、戦争を知らない私たちの世代の胸にも強く迫ってくる。

 さらに、本文が手記や手紙といった形式に変化したり、語りの視点が違う人物のものへ移行したりといった小説の技法を用いることで幾重にも折り重なったストーリーを書き出したことにも注目したい。複数の視点から描くことで奥行きが増し、作品世界がより立体的に浮かび上がってくる。また、登場人物が愛する文学作品等が象徴的に折り挟まれ、小説世界が外部へ広がりを持っているのも興味深い。その意味で一巻の巻末に掲載されている加賀氏と大江健三郎氏の対談「長編小説、時代の鏡と層をなす語り」も必読と言えよう(全巻読了後読むか、一巻の終わりで読むかに意見は分かれるところだが)。

 秋の夜長、腰を据えてじっくりと味わってほしい傑作。

(ま)


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 第849号 Oct.15,1998


『鏡花幻想譚』全5巻 泉鏡花著 河出書房新社:本体価格1700円

 明治から昭和の3代にわたって活躍した作家・泉鏡花の全集の中から、幻想譚ばかりを集めた選集。

 泉鏡花と言えば、流麗な文体とロマンティックな文章で知られ、耽美派の先駆けとして著名な作家。いまだに人気の衰えない作家で、ファンも多い。舞台で上演されている作品も多く、現代では歌舞伎俳優の坂東玉三郎や演出家の蜷川幸雄が、よく鏡花の作品を取り上げている。ただ、我々の世代には鏡花の文章は書かれた時代の問題や、完成されすぎている余りに、いささか難解でとっつきにくいのも事実だ。

 そんな我々にとって、非常にありがたいのがこの選集。それぞれの作品に、話の舞台となった場所の地図や、あらすじ、主な登場人物の説明やポイントごとの丁寧な解説などがついている。こうした立体的なサポートによって、難解な泉鏡花の文章が、よりわかりやすく頭の中に入って来て、鏡花の世界に遊ぶことができる。

 各巻には「高野聖」「月夜遊女」「眉かくしの霊」「幻往来」などの幻想的な作品が四編ずつ収められている。どれも、鏡花の耽美的な文体、異界に生きる物たち、そして作品が書かれた時代の匂いをたっぷり味わえる作品だ。最後の五巻だけが戯曲になっていて、「天守物語」や「夜叉ヶ池」「海神別荘」などの作品が収められている。

 日頃あまり接する機会のない作家かも知れないが、こういう親切な選集が出たことをきっかけにして、鏡花の世界にチャレンジし、幻想の世界にどっぷり浸かってみてはいかがだろうか。

(よ)


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 第848号 Oct.8,1998


『岩波新書を読む−ブックガイド+総目録−』 岩波書店編集部編 岩波書店:本体価格640円

 1938年の創刊から60年。良質かつ豊富なコンテンツに定評のある岩波新書のナビゲーターと言えば良いだろうか。2千余点の総目録と、さまざまなジャンルの専門家がテーマについて読み解くブックガイドの両編から成る。

 まず前半の「テーマで読む岩波新書」では、29の岩波新書にまつわるストーリーが描かれている。専門研究分野についての読書案内もあれば、その人生と新書との関わりを語るものもある。「読書の流儀は十人十色。本の選び方もよみ方も、人それぞれです」とある通り、29のストーリーの中に著者の人生が垣間見えるのが実に興味深い。コンパクトなストーリーなので、切れ切れの移動時間のお供にうってつけだ。

 ただ、惜しむらくは書き手の専門分野に偏りが見られること。岩波新書がカバーする広範囲なジャンルをまんべんなくガイドしているとは言い難い。29のストーリーそれぞれが、あの膨大な岩波新書に取り掛かる格好の手掛かりとなりうるだけに、今後、今回カバーできなかった分野についてフォローされることを期待したい。

 とは言っても、この本を読むことで、広く教養を深める手段としての岩波新書の魅力が十分に感じられることに間違いはない。後半には著者名、書名、年代別の総目録が綴じこまれているので、お気に入りの著者や知りたい分野を手掛かりに新書の世界を自在に旅することができる。教養を深めたいと思っている人の入門書に相応しい一冊。

(ま)


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 第847号 Oct.1,1998


『神鳥−イビス−』 篠田節子著 集英社文庫:本体価格543円

 ホラーか、ミステリか、伝奇小説か、はたまた読み方によっては恋愛小説か……一つの作品をあえてジャンル分けする必要はないが、何とも不思議な読後感を味わう小説がこの「神鳥−イビス」だ。

 明治時代に夭折した日本画家・河野珠枝が死の直前に描いた「朱鷺飛来図」。その絵に魅せられた作家と女性イラストレーター。その絵に隠された謎を追う2人は奥多摩から佐渡へと朱鷺の足跡をたどり、絵に秘められた謎を解こうとする。そのうち、異空間に巻き込まれ、タイムスリップした2人は……。

 こういう作品を読む楽しみは、先がどうなって行くか展開の読めないところにある。グイグイと作品の持つ力に引っ張られ、息もつかずにページをめくるうちに、それまで絡み合っていた糸がほぐれ、すべてが白日の元にさらされる。その時の安堵感と満足感こそ、読書の醍醐味の一つではないだろうか。

 女性の作家ならではの繊細さを持ちながら、その一方で大胆な構成で骨太に描き切った世界は、読者を魅了する。主人公2人のデコボココンビも魅力的に描かれているし、特に、2人が異次元の世界に引き込まれる辺りは、かなりの迫力でせまって来る。活字を目にしながらも、作品の中に描かれている情景が頭の中に浮かんで来るようだ。

 「リング」や「らせん」などの作品でホラー小説のブームが起きたが、こういう作品も読書の秋にはぴったり。秋の夜長、1人静かに背筋をぞっとさせながら、異空間を漂うのも一興。

(よ)


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 第846号 Sep.24,1998


『ふたり』 唐沢寿明著 幻冬社:本体価格495円

 刊行が96年5月、というからもう2年以上の歳月が経過したことになる。その間にこのエッセイ・『ふたり』は高等学校の副読本に採用され、そしてミリオンセラーとなった。だから、文庫化される前にもうとっくに読んでしまったという人も少なくないのでは。

 当代きっての人気者2人、と言ってよいであろう俳優・唐沢寿明氏と女優・山口智子さん。華やかな印象のある芸能界で活躍し、しかも“トレンディ”という言葉で表現されることが多い2人である。その私生活やさぞかし…と思わないでもない。しかし、この本を読み進むにつれて、そうしたイメージが全くの幻想に過ぎないということが次第に明らかになる。

 役者として成功するにつれ、「『寿明』だろうと『潔』だろうと、一部分といえどもともかく認められているんだから、いいじゃないか、という思いと、まったく違う人間として認められて何が嬉しい、という分裂した思いにさいなまれるようになった」という唐沢氏。そしてそのすべてを認め、愛情を持って受け止めてくれた女性との出会い、結婚。1人が「ふたり」になるまでの物語がそこにはある。

 しかし、この本で彼が語ろうとしているものは、それだけではない。「役者」というただ1つの夢に向かう若者・唐沢潔の本音。そしてTVの画面を通して見る唐沢寿明氏と、役者を離れた1人の人間としての彼とのギャップ。ストレートで潔い言葉で描き出されるエッセイには、ブラウン管の中の笑顔からは想像ができない程に強烈な個性が垣間見える。1人の中の「ふたり」の葛藤、そして1人の人間が誰かと出会って「ふたり」になる優しさ。交錯する2つの魅力が楽しめる。

(ま)


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 第845号 Sep.17,1998


『漂う提督』 A・クリスティ他著 ハヤカワ文庫:本体価格 621円

 1930年代の初頭、当時の有名作家が集うロンドンのディテクション・クラブというものがあった。そこで、13人の作家たちが長編リレー・ミステリを書き継いで行くという前代未聞の試みが完成した。これが、本作品である。

 A・クリスティ、クロフツ、ドロシー・L・セイヤーズ、G・K・チェスタトンといった、ミステリ史上に名を残す錚々たる作家たちが、1編の長編ミステリを一章ごとに書き続けて行く。

 最初に殺人が起こり、それを取り巻く人物や事情が作家によってどんどん変化して行くのが面白い。みんな一流のミステリ作家だけに、それぞれの思惑を持ちながら、話を進めて行く。前の人の章を受けて、自分のストーリーを作りながら次の章へ受け渡して行くのは見事なもの。作家によって文章から受ける感触も違い、1冊で13人分のミステリが味わえる。

 巻末に「予想解決編」なるものがついていて、これが傑作である。それぞれの作家が、自分の担当する章までで、誰が犯人でどういうトリックが使われたかを予想するもの。本当の結末とどう違っているか、自分なりにどういう筋立てを考えて内容を書いたのかがよくわかる。中にはとんでもない犯人を考えていた人もいて、その意外性に驚きもする。

 本格ミステリ華やかなりし頃のロンドンで行われた、非常に贅沢な1冊だ。日本でこうした試みが行われているかどうかは知らないが、面白い企画であり、充分に楽しめる。

(よ)


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