第811号 Jul.10,1997


『カエルの鼻 たのしい動物行動学』 石居進著 八坂書房:本体2000円  

 「地図を持つヒキガエル」「蛙はお腹で水を飲む」「コンニャクを抱いた雄のヒキガエル」…。皆さんはそうしたカエルの行動の謎をご存じだろうか。またはカエルに限らず、何かしら謎に出会った時にそれを解き明かそうと試みたことがあるだろうか。

 この本はカエルの行動に疑問を抱き、謎を解明しようとした先生と弟子たちのお話。著者・石居進先生は本学教育学部教授だが、トキの研究でご存じの方も多いことだろう。

 「ヒキガエルなんて気持ち悪い」と言う人もいるかもしれない。でも、先入観や固定観念だけでは、人間としての進歩がないし、人生の面白味もない。この本によって今までの“ヒキガエル観”をすっかり覆されるこの新鮮な驚き。読み進めるにつれて、ちょっぴりコミカルで奥深いヒキガエルの世界にどんどん引き込まれてしまう。  さらに大きく心を惹きつけるのが謎を解き明かす過程で語られる科学の面白さ。著者が「ヒキガエルということも、行動ということも、私が本当に話そうとした目的ではないのです。実は科学の研究の手順とはこういうものですという話がしたかったのです」と言うように、研究への取り組みや手順がわかりやすく描かれている。

 もちろん、ここでは科学の研究について述べられているのだが、研究にかかわる者の心意気や優れた研究をするためのコツというのは文系理系を問わず、相通ずると思う。この本はいわゆる学問の書物とは異なり、読み物として十分面白いので気軽に読んでほしい。マンネリ化しがちな勉強にヒントと活力を与え、研究の魅力を教えてくれることだろう。

(ま)


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第810号 Jul.3,1997


『三島由紀夫あるいは空虚のヴィジョン』 マルグリット・ユルスナール著 河出文庫:本体価格640

 フランスの女流作家として始めてアカデミー・フランセーズに推挙されたユルスナールが三島由紀夫に関して論じた文章を澁澤龍彦が訳したもの。三島論を澁澤が訳出することに何か因縁めいたものを感じるが、これはやはり澁澤訳で読むべきものだろう。いや、そうでなくてはならない。

 三島由紀夫という作家が、「ミシマ」として海外でも翻訳され、名を馳せていることは周知の事実だが、フランスの作家による「ミシマ論」が出版されるということ自体、一つの感慨を覚える。

 我々日本人にとってさえ時には難解である三島文学が、外国人の眼にどう捕らえられるか、というのは非常に興味が持てるところである。ユルスナールは三島の遺作「豊饒の海」四部作を中心に、時に観念的に、時に情緒的に三島を論じている。些細な点での誤謬は幾つかあるものの、我々では見落としがちな部分を「外国人」という風習や習慣の違う眼で見つめているのは面白い。

 また、三島が自殺を決意し、自決に至るまでの行動をユルスナールなりに解釈しており、それが正しいかどうかはともかくも、我々が三島の死を考える上での一つのヒントにはなり得るようだ。

 三島由紀夫が逝って二十七年、その文学はいまだに色あせることはないが、ここにこうして新たな「三島論」が生まれたことは、三島ファンならずとも一読の価値あり、である。

(よ)


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第809号 Jun.26,1997


『HTMLポケットリファレンス』 シーズ著 技術評論社  

 就職活動にインターネットを使うことが当然のようになってから随分と経つが、皆さんはメールアドレスをお持ちだろうか? この四月に入学した新入生からアドレスが一括発行されることになり、学内の端末数も大幅に増加するなどキャンパスも情報化が進んでいる。mnシステムの学外接続を利用して、ネットサーフィンや友人とのメールのやり取りを楽しんでいる人も多いのではないか。

 さて、今回ご紹介する本は「HTMLポケットリファレンス」。今までの受信ばかりの利用に飽きたらず、発信をしてみたいと思っている人、つまりホームページを作りたいと思っている人にオススメ。小さな一冊ではあるが、進化するHTML(Hyper Text Markup Language)の最新情報、そして定番のタグがギッシリつまっている。  まず初めは、「基本定義」「テキスト」「イメージ」…など、ドキュメント(ホームページ)を構成する基本的な要素を組み立てるタグから説明されている。それぞれのタグが持っている機能ごとにまとめてあり、辞書のようにインデックスもついている。ホームページを作っていて「あれ? こういうときはどうするんだっけ?」と思ったら、すぐに調べることができ、大変便利だ。

 後半はホームページ作成に役立つフリーウェアやシェアウェアの紹介、そしてHTMLだけでは物足りないという人のためのJavaScriptのサンプル集で構成されている。ここまでくれば、あなたのホームページも随分と充実していることだろう。

 もちろん、この本を読むだけでホームページが作れるわけではない。まず中身をどうするか考え、それで本を片手に実際に作業してみること。またWeb上で見つけたお気に入りのページのHTMLソースを覗いて、勉強するのもいい。簡単なホームページならそれほど難しい知識が必要ということもない。この本をきっかけにして、新しい技術を身に付けてみてはいかがだろうか?

(ま)


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第808号 Jun.19,1997


『おもしろくても理科』 清水義範著 え・西原理恵子 新潮社

 「パスティーシュ小説」なる新しい分野を開拓して、一躍売れっ子となった作者が、最も苦手とする理科の世界について、ユーモアを交えながら解説したもの。

 「慣性の法則」だとか「海辺の生き物」など、確か中学や高校の理科の時間で習ったものが出て来る。大人になるとすべて忘れてしまうような問題ばかりだが、作者はあえて「理科ぎらい」の人々に興味を持たせようとしているようだ。

 しかし、作者自身が、これらの問題について、本当にわかってるんだかわかってないんだかわからないような、作品である。適当にお得意のギャグを散りばめながら、一生懸命資料を渉猟した勉強の後は見られるものの、いささか消化不良の感は否めない。

 むしろ、「まあじゃんほうろうき」で知られる西原理恵子の、随所に散りばめられているマンガやカットの方が面白く、完全にサイバラに助けられた形。清水義範にはやはりギャグ小説が似合っているのかも知れない。

(よ)


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第807号 Jun.12,1997


『大学とアメリカ社会〜日本人の視点から』 中山茂著 朝日選書

 この本の著者は「日本人の眼、留学生の眼で見たアメリカ大学史を書こうと思」い、「初心者にもアメリカの大学の道具立てや基本設計が分かるように解説サービスを試みた」という。しかし、この本は留学希望者だけに薦めるには勿体ない。「大学とは何か」「大学で何を学ぶか」、そういったことを考えている人にも読んでほしい本だ。

 まずアメリカの大学史から話がはじまる。移り変わる社会、そして変貌する大学の姿が簡潔に綴られる。世界の学問の最先端を行こうとするアメリカの大学のバイタリティがそこにはあった。社会によって変わることを余儀なくされたのか、それとも積極的に受け入れたのか。

 特に近年の傾向を「六〇年代の理工系ブームから紛争時の人文的対抗文化志向、そしてすぐその後に控えている新職業主義でもいうような傾向が、以後長く続いて八〇年代、九〇年代に至っている」としているが、日本も同様の状況にいるのではないだろうか。「就職に直結する学問」を大学に求める声が多い昨今、果たしてそれが正解なのか。その答えはこの本を読んで各自が考えてほしい。

 そして著者の筆は大学のシステム、授業、社会状況、留学などへと進む。こちらはアメリカの大学、そして学生生活の現状を語る内容。今、日本でも話題のMBAの話題や、電子図書館なども取り上げられている。これらを読むと日本とアメリカの大学の違いが見えると同時に、その類似性も見えてくる。

 今、自分がいる環境、そして境遇、自分がやらなければならないこと、やりたいこと…。それらを考えようと思った時、私たちはついつい自分の身の回りのことだけに固執してしまいがちだ。けれども、もしあなたが留学をすればその国や大学のことを知ると同時に、きっと日本での学生生活が見えてくるに違いない。この本が与えてくれるのはそうした擬似留学体験、そして大学や大学生活に対する新しいものの見方だ。ぜひこの本を読んで、あなたなりの答えを見つけてほしい。

(ま)


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第806号 Jun.5,1997


『邪眼鳥』 筒井康隆著 新潮社 

 帯より。「衝撃の断筆宣言から三年半−。筒井ワールドがパワーアップして、ついに再始動!」。多くのファンが待ち望んでいた復帰第一作である。

 差別用語の問題に関して筒井康隆が筆を断ってからもうそんなに経ったのかという想いである。この事件を契機に、文壇でも多くの人が「言論」や「言葉」について考え、書いてきた。それぞれに思うところはあるだろうが、筒井康隆のスタンスなのであろう。

 さて、肝心の内容の方だが、この本には表題作の他に「RPG試案−夫婦遍歴」という作品が収録されている。結果から言うと、「邪眼鳥」も「RPG試案」も、今までの筒井作品の持っていた世界を創り出した。

 句点のない長いセンテンス。いきなり飛び越える時間と空間。登場人物の変容。改行なしに大きく変わって行く内容。意味不明の展開。よほど注意して読んでいても、この新たな「筒井ワールド」を理解し、恥溺することは難しい。

 この二つの作品を、どういう視点で読んでいくか、という問題はあるだろうが、評者にはほとんど理解しがたい作品であった。今までいろいろな試みで読者をアッと言わせて来た筒井康隆ならではの「仕掛け」なのだろうが、今後の仕掛けは頭の中で消化不良を起こしそうである。もっとも、それが筒井の筒井たるゆえんなのかも知れない。

(よ)


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第805号 May.29,1997


『ぼくを探しに』 シルヴァスタイン作 倉橋由美子訳 講談社

 この本は絵本のような本である。ただいわゆる「絵本」というのはちょっと違う。帯にもあるが「イラスト物語」という定義がぴったりくるようなそんな本。主人公は「ぼく」。自分に足りないかけらを求めて旅に出る。宮澤賢治ではないが「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケズ」に「ぼく」は欠けているものを探しに行く。

 その旅はシンプルなイラストと、リズミカルな言葉によって描かれるが、同時に紙の上には描かれていないストーリーも存在する。裏表紙を見ると原版の表紙が印刷されていて、原題「THE MISSING PIECE」。直訳すれば「見当たらないかけら」ということになろうか。「ぼく」が一生懸命探すかけら。それが何なのかはここではあえて説明しないで、本を読んで考えてほしい。そういうところが単に「絵本」と言い切れない、この本の奥深さなのだ。

 そう考えると「ぼくを探しに」というタイトルはふさわしいとも、ふさわしくないとも思える。足りないかけらは読む人によって異なるだろうから、それぞれに自分好みのタイトルをつけてほしいと思う。それが見つかった時に読者は自分なりの「描かれない」ストーリーを読むことができるだろう。

 ここでふと浮かぶ、「ぼく」は何物なんだろうかという疑問。人なのか、生き物なのか、空想なのか、何なのか。表紙の絵が「ぼく」なのだが、ご覧の通り見掛けでは全く判断がつかない。でもそんな定義なんてどうでもいい。「ぼく」は「ぼく」、そして「ぼく」は私のことなのではないか、と共感を覚えるのがこの本の不思議な魅力。悩んだ時、行き詰まった時、不安になった時に読んでほしいそんな一冊である。

(ま)


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第804号 May.22,1997


『山妣』 坂東真砂子著 新潮社:本体価格2000円

 第116回直木賞受賞作品。伝奇小説で新しい分野を開いて来た著者の会心の作である。二段組みで約500ページ、原稿用紙1200枚の力作である。

 明治時代の新潟の雪深い山村に潜む山姥伝説に、炭鉱町で働く遊女、肉体に秘密を持った旅芸人などの男女の愛憎を交えて書いた作品。我々には馴染みのない風俗である盲目の旅芸人・瞽女や、山で生きる狩人・またぎといった登場人物に魅力がある。最近の小説としては異色の作品で、ホラー小説とも伝奇小説とも一味違う味わいの内容である。

 緊密な高密度の文章が、時として読みにくさを感じさせ、すらすら逑ヌめる本ではないが、それだけに読了後の充実感は大きい。伝説と現実、それも薄汚い現実とのはざまを行ったり来たりしながら、この作品は読者を著者独自の世界へと引き込んで行く。著者は今年39歳の女性だが、筆力は男にも負けないものがあるようだ。むしろ、女性だからこそ描ける情念の世界を、緻密に紡いでいるのかもしれない。

 手軽な読書を求める向きにはあまりお勧めではないが、どっしりした重厚感を味わいたい読者諸氏にはお勧めできる一冊である。

(よ)


『職人』 永六輔著 岩波新書  

 一年前に某有名企業に喜んで入社した友人が「忙しくて自分をすり減らすばっかりだ…」なんて愚痴を言う。挙げ句に「職人っていいよなぁ…俺も転職しようかな」と。でもこの台詞を職人が聞いたら「メシ喰う暇があったり、ウンコする暇があったら、忙しいなんて言うもんじゃねえ」ってめちゃくちゃ怒る、いや呆れるんじゃないだろうか。

 職人の世界というのは労働基準法なんてまったく関係ない徒弟制度で成り立っている。というより、そんなものを意識して仕事してたら身につかないってこと。職人にとって“職”は“”の一部。だから「近頃の若いやつは…、言いたかねェけど、働きてェんだか休みてェんだか、そこもわかんねェ」と言われるのだ。それでもまだ「転職したい」と言えるのか、おい。

 ベストセラー『大往生』を世に送り出した永六輔氏の書く『職人』。この本の中にはいわゆる彼が見聞きした“職人”の心意気がギッシリ詰まっている。「職業に貴賤はないと思うけど、生き方には貴賤がありますねェ」「樹齢二百年の木を使ったら、二百年は使える仕事をしなきゃ。木に失礼ですから」「職人が<何かすることありませんか>なんて言うな、おまえ。すること探して、黙ってやってろ!」。語録や対談、そして永氏の講演の中で示される職人の言葉は私たちに対する問いかけでもある。

 言葉の中に見え隠れする職人の生き方とこだわり。ある程度の品質の物が安く手に入る骭サ代。だが職人は嘆かない。欲しい人に使ってもらえればいい。あくまで謙虚、そして自分の腕に対する誇り。「褒められたい、認められたい、そう思い始めたら、仕事がどこか嘘になります」というその気持ちを私たちは本当にわかるのだろうか。それがわかった時、職人に一歩近づくことができるのかもしれない。

(ま)


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第803号 May.15,1997


『イギリス人の患者』M・オンダーチェ著 土屋政雄訳 新潮社

 本年度米アカデミー賞の作品賞・監督賞・助演女優賞など九部門を制した話題作「イングリッシュ・ペイシェント」(アンソニー・ミンゲラ監督)の原作である。

 第二次世界大戦の末期。イタリア・フィレンツェの郊外の荒れ果てた城に集う男女の、それぞれに傷を抱えた人生が物語られる。若く孤独なカナダ人の看護婦ハナと、彼女が看病する瀕死の重傷を負ったイギリス人(かどうかも疑わしいのだが)。ハナの父の友人でハナを幼い頃から知るカラバッジョは泥棒で、戦争スパイでもある。そして爆弾処理を専門にするインド人工兵のキップの四人が登場人物だ。

 作者のM・オンダーチェは一九四三年スリランカに生まれ、その後イギリス、そしてカナダに移住。詩人として出発して、以後小説や映画・演劇など幅広い分野で才能を発揮、この作品ではイギリスの代表的な文学賞であるブッカー賞を受賞している。

 イギリス人の患者の砂漠に燃え上がる不倫の恋の悲劇的な顛末、荒廃した城に暮らす若いハナの孤独と恋…。作者オンダーチェの語り口は、豊穣で流麗でかつ自在だ。工兵キップが暗い穴蔵で爆弾を解体する、その洗練された手つきまでが見えてくるようだ。物語の語り手たちの記憶の翼は、時間や空間を自由に飛び越えていく。迷子にならないよう必死にその尻尾につかまっているうちに、読者はすっかり語りの場にとりこまれていることに気付く。

 やがて個々の孤独な物語が、四人の心の交流を通して静かに響き合い、そしてそれぞれの心の回復を暗示しながら静かに幕はおりる。

 映画化作品の小説は“読んでから観るか”、“観てから読むか”という悩みが生まれる。どちらにしても、先に接した方のイメージに侵食されるから、一方の印象がよければよいほど期待を裏切られることも多い。

 けれども映画を観た人たちの話を聞けば、どうやらこの作品に関する限りそんな心配は無用のようだ(むしろ贅沢な悩みかもしれない)。

 ちなみに映画を監督したミンゲラの脚本も出版されているので、興味のある方はそちらもお読みいただくといいと思う。

(や)


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第802号 May.8,1997


『レポートの組み立て方』 木下是雄著 ちくま学芸文庫

『レポート・小論文・卒論の書き方』 保坂弘司著 講談社学術文庫

 大学時代に求められる文章は、実にさまざま。本格的な論文や課題レポート、さらには就職試験の小論文まで。皆さんはそういった文章の書き方について勉強したことがあるだろうか。

 レポートを書く時、自分の意見だけでは足りないと悩んだ挙げ句、本を丸ごと写している人を見たことがある。その前にぜひ読んでほしいのがこの二冊。どうしたら「合法的」に枚数を満たす優れたレポートが作れるか、そのコツが示されている。

 どちらも大変わかりやすいので、好みで選べばよいのだが、参考までに両著の性格を説明しよう。まず前者はレポート・論文の書き方だけを詳しく書いてある。どちらかといえば、社会系学部のレポートや企業の調査報告向けだろう。一方、後者は解釈や鑑賞などの主観的な要素が加わる文学系レポートや就職試験の小論文など、自己の意見を裏付ける形で展開されるレポートに向いている。

 レポートを書く上での最も基本的な心得は「(a)レポートには、調査・研究の結果わかった事実を客観的に、筋道を立ててまとめて書く<中略>(b)レポート中に書き手の意見が要求される場合には、それが(事実ではなく)意見であるということがはっきりわかるように書く.意見の当否を検討できるように、意見の根拠を明示しておくことが肝要」(木下氏)。さらに「先学や先輩の業績は十分利用すべきですし、また調べたところを図表や統計で表しますと、一段とレポートの説得力を増す」(保坂氏)とのこと。

 「違法」なレポートは労力の割には低い評価だったり、ひどい時には単位どころか受け取りを拒否されることもある。貴重な時間を無駄にしないためにも正しいレポートの書き方を身に付けて、「デキル奴」と呼ばれるのもたまにはいいのではないだろうか。

(ま)


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第801号 Apr.24,1997


『絡新婦の理』 京極夏彦著 講談社  

 日本のミステリー界に彗星のごとく現われ、緻密に構築された文体と独自の不思議な世界であっという間に人気者となった京極夏彦。新作「絡新婦の理」(じょろうぐものことわり)も、ヒットチャートの上位を占めてから長い。

 「魍魎の函」「鉄鼠の檻」「狂骨の夢」など、タイトルからして独特のおどろおどろしい雰囲気を漂わせる著者の作品はこれで五作目になる。作を追うごとに質量ともにボリュームを増し、この作品もノベルス(新書版)だが800ページを超す大作で、片手で持つのが大変なくらいの厚さである。しかし、ボリュームを増したのは本の厚さだけではない。

 作品の内容ももう完全に「京極ワールド」が出来上がっていて、読むものはその世界に引きずり込まれて行くように「はまって」しまう。文体が緻密でボリュームがすごいために、一気に読みこなす、というわけには行かないが、難解とも思える文章と目を見張るようなストーリーの展開にどっぷり浸かっている快楽は、他の本にはないものがある。今までのミステリーや推理小説にはなかった新たな世界がそこに構築されているようだ。

 「京極本を読もう!」とどっしり構え、読み急がずにゆっくりページをめくる時間をあらかじめたっぷり用意する。わからない言葉が出て来た時のためにできれば辞書を手元に置きながら、徐々に京極ワールドへ「はまって」行く面白さ。新たな読書の楽しみが見出せる一冊である。

(よ)


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第800号 Apr.17,1997


『アンダーグラウンド』 村上春樹著 講談社

 1995年3月20日、朝、東京の地下鉄で起きたあの出来事を皆さんはどんなふうに記憶しているだろうか? 本書は「ノルウェイの森」「ねじまき鳥クロニクル」などで多くの若者の支持を受ける作家・村上春樹の初のノンフィクション作品。「あの日、本当はなにが起ったのか知りたかった」と作者が述べる、いわゆる「地下鉄サリン事件」の被害者へのインタビュー集である。

 著者・村上がインタビューを申し込んだ約百四十人のうち、その申し出に応じた六十人の語り手たちのの生い立ち、仕事、家族関係から語り起こされ、そしてどんなふうにあの事件に遭遇したか、それぞれの三月二十日とその後の「物語」が語られる。

 「当代随一の人気作家初のノンイクション」+「地下鉄サリン事件」=ベストセラー。意地の悪い見方をすれば、この著作は商品としてはじめから成功を約束されているともいえるだろう(事実、私がよく行く渋谷の本屋の店頭にはうずたかく積まれている)。

 しかしこの七百頁近い書物の中から感じられるのは、未曾有の出来事である「サリン事件」という題材を前に、新たな「物語」の構築を試みる作家の野心ではない。真摯な聞き手として体験者個々の証言を素直に受け入れて、積み重ねることでしか記述できない「サリン事件」の巨大さと重みである(これまで多くの物語を紡いできた作家の村上春樹にして、である)。読者である私たちも、マスコミによってもたらされた二次的情報を捨て去って、作者(聞き手)とニ同化して語りの場に身を委ねてみよう。そして、あの日に本当は何が起ったのかを自分の頭で考えてみるほかはないだろう。

 著者は後書きともいえる「目じるしのない悪夢」の中で「この本は自分のためではなく、別の何かために」書くのだと記し、また「社会の中で与えられた責務」を認識したと語っている。 春樹ファンの人は、そんな作者の内面の変化も考えながら読むといいだろう。今後、作者のこの体験がどんな文学的な結実を見せるか、興味深くもある。                

 (や)


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第799号 Apr.10,1997


『いま就職をどう考えるか 精神的失業者にならないために』加藤諦三 著 PHP文庫

 「就職? まだ関係ないよ」という人にも読んでほしい。本当にやりたいことを見つけて「燃え尽きない」就職をしよう、というこの本のメッセージの中には、就職だけではなく充実した学生生活を送るために役立つヒントが満載だから。著者が『大学で何を学ぶか』で有名な加藤諦三氏(しかも本学理工学部の教授!)だから当然かもしれないが…。

 「あなたは何がしたいのですか?」この問いに即座に答えられる人も、全く見当もつかない人もいるだろう。探しにきたという人も、わからないまま就職してしまう人もいるだろう。就職活動はこの答えを必要とするもっとも典型的な機会だ。人が満足するためには欲求を満たさなければならない。「何がしたいか」という欲求がはっきりしていなければいくら早稲田に入学しようと、一流企業に就職しようと、「こんなはずじゃなかった」と後悔することになるのだ。だからそうならないように自分の意思を探そう、とこの本の著者は語る。

 ではどうやって探すか。「自分は何ができるだろうか、ということを毎日毎日考えていてもけっしてわかるものではない。(中略)何でもよいからまず行動すること」だ。悩むより動くこと。幸運にも大学生でいる間はまだまだ「何でも」やれるチャンスがある。特にここ、早稲田というフィールドには、チャンスや人脈、そして自由といった「やりたいこと」の実現に不可欠なものがすべて揃っている。就職活動をきっかけにしてそれを探すのもよいが、早く見つければそれだけいろいろなことを試せる。貴重な時間を、学生時代を無駄にしないためにも、まずこの本を読んで、そして自分から動き出そう!                 

(ま)


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第798号 Apr.3,1997


『神の吹かす風』 (上・下) シドニィ・シェルダン著 アカデミー出版

 「寝不足をしたくない夜は、この本は開かない方がいい」と帯にあるが、出版されると必ずベストセラーの上位に顔を出すシドニィ・シェルダン。相変わらず人気の衰えを知らないようで、この作品も長い間ベスト・テンの上位を占めていたものである。

 アメリカの片田舎の女性教師が突如ルーマニアの大使に任命される。彼女を巻き込んで次から次へと起こる事件や伏線を張り巡らせた緻密な構成、息もつかせぬ展開の巧みなストーリー・テリングはいつものことながら読者を飽きさせない。

 今までの作品群に比べたら若干パワーダウンしているようなきらいはあるものの、本を手にしたら最後、物語の世界に没入してしまい、徹夜はしないまでも上下640ページを一気に読み切ってしまう。

 巷には「シドニィ・シェルダンはもう飽きた」という声もちらほルらあるようだが、この巧みなストーリーの構成とテンポの良さが衰えを知らない人気の秘密だろう。

 この作品は旧作を「超訳」という翻訳方法で翻訳し直したもので、日本語として非常に読みやすく、それが「一気読み」をさせる原因にもなっているのだろう。

 この「超訳」というもの、普通の翻訳とは少し違うらしい。原文と照らし合わせてみたわけではないが、英語の堪能な友人によると、「超訳」が間違っているわけではないが、ペーパーバックで原文をそのまま読んだ方が遥かに面白いとのこと。自分の英語力をはかるためにも、一度原文で読んでみてもいいかなと思い、最後のページを閉じた。            

(よ)


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