第826号 Jan.14,1998


『ラヴクラフト恐怖の宇宙史』 H.P.ラヴクラフト著:本体価格854円

 H.P.ラヴクラフトという名前をご存じだろうか? あるいは、「クトゥルー神話」というものをご存じだろうか?

 ラヴクラフトは今から百年ほど前にアメリカに生まれた作家で、現代恐怖小説の祖と言われている。そのラヴクラフトが産み出した新しい恐怖小説が「クトゥルー神話」である。

 具体的には、人類が誕生する以前に地球に住んでいた邪悪な神々たちの話である。おどろどろしく、凶々しい先古の神々と人間の潜在下に潜む恐怖。それをえぐり出したのがラヴクラフトの「クトゥルー神話」だ。ラヴクラフト以降、彼に心酔した作家たちによって、現在も「クトゥルー神話」は書き継がれており、現代のモダン・ホラーの原形がここにあると言ってもよいだろう。

 本書は、その膨大な「クトゥルー神話」の中からの幾つかをセレクトしたアンソロジーで、荒俣宏が訳したもの。短編・中編を織り混ぜて約七百ページ近い大冊だが、充分よみごたえがある。十二編の小説から醸し出される独特の雰囲気は、一旦ハマルと徹底的にハマりそうだ。訳文にいささかの生硬さがあるものの、背後に、あるいは闇に迫り来る永劫の恐怖は充分に感じられる。

 ラヴクラフトを知っている人も知らない人も、未知の世界の恐怖に浸るには手頃な一冊かも知れない。期末試験が終わったら、炬燵に寝転がって、恐ろしい世界に浸ってください。

(よ)


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 第825号 Jan.8,1998


『うちの犬が変だ!』 ニコラス・ドッドマン著 池田雅之訳 草思社:本体価格1900円

 「犬もの、猫ものは売れる」という話を、とある編集者に聞いたことがある。これもその類? と思いつつ、読み始めたらこれが面白い! 最初に電話を襲う犬の話が出てくるのだが、それがなんと心の病であるようなのだ。

 著者のニコラス・ドッドマン氏は動物心理学を獣医学に応用している人物として世界的に有名。その豊富な臨床例を、ユーモアに富んだ体験録の形で書いたのがこの本だ。症例は飼い主を眠らせない犬やブラインド恐怖症の犬、自転する犬や幻のウサギを追いかける犬など、さまざまで、それが面白さの一つでもある。

 日本で一般的な獣医のイメージは外科的・内科的な処方であろう。だから、愛犬家であっても、犬(ペット)に心の病が存在するということはあまり知らないのではないだろうか。しかし、犬は精神を病むし、適切な治療も必要なのだ。この本を読むと、そのことがよく分かる。

 著者は、犬とコミュニケーションを取り(もちろん飼い主が大きな役割を占めるのだが)、その病の原因を突き詰め、治療をする。推理にも似たそのプロセスが分かりやすく、大変興味深く描かれているのがこの本の最大の魅力だ。

 訳者・池田雅之氏(社会科学部教授)は後書きで、「この本には、読者の愛犬の秘められた心の病や問題行動を発見するだけでなく、犬を通じて人間を知るうえでも、示唆的なヒントが豊富に隠されているように思われてならない」と語っている。愛犬家の人はもちろん、人間を知りたいと思っている人にオススメの一冊。

(ま)


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 第824号 Dec.11,1997


芸人』 永六輔著 岩波書店:本体価格640円

 「大往生」や「職人」で一大ブームを巻き起こした本学のOBでもある永六輔氏の新著。今度のテーマは「芸人」。何事にもこだわりを持って生き続け、それが魅力にもなっている永氏の「芸」に対するこだわりがいっぱい詰まった一冊だ。今までにも「芸人」の語録を五冊まとめている氏がコツコツ集めた有名無名の人々の言葉や、芸に対する考え方は一読に値する。

 全体の構成は「芸」「テレビ」「スポーツ」「光と影」「歌」「芸人」の六章に別れている。いろいろな人から聞いた言葉の数々や、永氏自身の芸についての考え、最後は歌手の三波春夫との対談など、多彩な内容。帯にある「僕の大好きな世界です」の言葉が、永氏の芸に対する思いの深さをうかがわせる。

 手軽に読める本で、一気に読み切ってしまえるから、実際に読んでいただくのが一番いいのだが、印象に残った言葉を幾つか紹介しておこう。

 「むかしの芸人は芸の上手下手が人気をわけました。近ごろの芸人は運が良いか悪いかです」

 「おまえの芸は泣かせる芸じゃないね、おまえの芸は寝かせる芸だね」

 「大江健三郎、杉村春子。文化勲章を断った人にさ……勲章やりたいね」

 「板前やコックがスターになるのは、自分で料理する人が減ったからだよ」

 舌鋒鋭い六輔ワールド、ますます快調のようだ。

(よ)


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 第823号 Dec.4,1997


『アインシュタイン150の言葉』 ジェリー・メイヤー ジョン.P.ホームズ著 ディスカバー21:本体価格1200円

 20世紀最大の物理学者と言われているアルバート・アインシュタイン(1879−1955)。現代科学の基礎となっている「相対性理論」や「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」など、彼の残した数々の偉大な功績を知らない人はほとんどいないのではないだろうか。今回紹介するこの本は、そのアインシュタインの語録の中から選りすぐった言葉を翻訳、再構成して出版したものである。

 全部で8つのカテゴリーに分けられた150の言葉の端々には、アインシュタインの人柄や想い、そして人生が見え隠れしている。この本を読むと天才・アインシュタインもまた、私たちと同じように人生について考えたり、悩んだり、人を愛したりしてきたのだということが分かるのである。偉人もまた一人の人間であるということに気付かされるのだ。

 「どうして、自分を責めるんですか? 他人がちゃんと必要なときに責めてくれるんだから、いいじゃないですか」「何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない」「専門的な知識を習得することではなく、自分の頭で考えたり判断したりする一般的な能力を発達させることが、いつでも第一に優先されるべきです」

 彼の口から発せられた言葉の数々は鋭く、時には優しく、時には厳しく私たちに語りかけ、教え、導いてくれる。日々の暮らしの中で何をしているのか分からなくなったとき、毎日が同じ繰り返しでつまらないと思ったとき、この本をめくって見てほしい。もしかすると、あなたの生涯の糧となる言葉に巡り合えるかもしれない。

(ま)


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 第822号 Nov.27,1997


『トットちゃんとトットちゃんたち』 黒柳徹子著 講談社:本体価格1500円 

 「トットちゃん」の愛称を持ち、幅広い活躍をしている女優の黒柳徹子さん。黒柳さんのもう一つの顔は、84年から勤めているユニセフの親善大使である。任命を受けて以来、タンザニア、ニジェール、インド、モザンビーク、カンボジア、アンゴラ、バングラデシュ、イラクなどの各地を毎年訪れ、その様子をつづったもの。書名の「トットちゃんたち」はアフリカの言葉で子供のことを「トット」と呼ぶことから、とか。

 我々の今の生活がどんなに豊かで傲慢なものであるかを彼女のレポートからつくづく思い知らされる。食事はおろか、まともに水も飲めないで栄養失調になり、死を待つばかりの子供たち。彼女は、その子供たち一人一人に愛を語りかけて行く。ところが、瀕死の子供から帰って来た言葉が、「あなたが幸せでありますように」。ここで、読者である私は絶句した。

 どこの国も、貧しい状況は変わらない。それでも、著者が13年間親善大使として懸命の活動をしたために、各地にきれいな水の出る井戸ができ、新生児にミルクを飲ませたり、予防注射を射つことができるようになった。それでも、まだまだ足りない。戦争や内戦の名残の地雷で命を落とす子供も多い。

 今、我々が無駄に消費している水や食料やお金で、どれほどの人々を助けることができるのか。そのために、我々は今、何ができるのか。そんなことを深く考えさせられ、何かをしなくては、という思いが身体の中から沸き上がって来る。そのもどかしい思いを、いつ行動に変えることができるのか。ほんの小さな行動でいい。何かをしてみなくては、という気になる一冊である。

(よ)


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 第821号 Nov.20,1997


『姉崎一馬の自然教室』 姉崎一馬著 山と渓谷社:本体価格1400円

 「水の中に酸素が足りないと金魚はあっぷあっぷする。それと同じように、人間たちは『自然』が足りなくてあっぷあっぷしているように見える。子供も大人も老人も、空が見えない都会の真ん中に暮らして、まわりは工場で作られたものばかり、なんとも息ぐるしいと思いながら毎日を送っている」

 本書の冒頭に寄せられた池澤夏樹氏の言葉である。確かに、私たちが子供だった頃に比べ、都会の自然は格段に少なくなった。そういえば空き地にあった数珠玉や駐車場に山ほど生えていたタンポポ、そういった草花も、それらで遊ぶ子供たちも見掛けなくなった。そして自分自身そういう体験があったことすら忘れていた。これが都会で暮らすということなのだろうか、とまず疑問を投げかけられた。

 この本は著者・姉崎一馬氏らが和歌山県で十八年にわたって続けてきた「自然教室」のプログラムを紹介するもの。自作のボートで川遊び、夜明けウォッチング、身近な材料で染める草木染め、不自然ゴミ始末記、廃油セッケン騒動記…など、さまざまな企画がそこで行われるのだが、そのどれもが素晴らしい体験であるということが本を読んで容易に想像できる。

 しかし、「どれほど美しい映像だろうと、いかにすぐれた図鑑だろうと、目の前に生きている現実の虫や花の輝きにはかなわない。映像や図鑑を見ても形は分かるが、『いのち』は感じにくい」と姉崎氏も語っているように、テレビで見た映像や、本から得た知識だけでは何も分からない。そこで分かるのは形骸的な知識だけであって、匂いも触感も温度も重さも、実は何も知らないのである。この本を完全に理解するにはまた体験が必要なのである。

 近年、アウトドアブームといわれるようになって久しいが、その中で私たちは何を学んできているのだろうか。その体験を子供たちに伝えられるのだろうか。秋の行楽シーズン、野山に出かける前にこの本を読んでみてはいかがだろうか。行動派の人にオススメの一冊である。

(ま)


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第820号 Nov.13,1997


黒い家』 貴志祐介 角川書店:本体価格1500

 恐い。ものすごい緊迫感だ。読んでいて、恐怖がグイグイ迫って来る。殺意がビリビリ伝わって来る。何だか状況のわからない中から、恐怖が鮮明に浮かび上がり、すべての事件が一本の線となって結び付いた時の恐ろしさ。近年のホラー小説の中では出色の出来である。

 生命保険にからむ殺人の疑惑が主人公によって徐々に解明され、その犯人像が明らかになっていく。次から次へと殺戮(「殺人」ではなく、まさに「殺戮」という言葉がぴったりである)を繰り返す犯人。特に後半、主人公と明らかになった犯人との息詰まる対決場面は、一気に読まされてしまう。

 この作品は、第四回日本ホラー小説大賞を受賞した作品である。作者は生命保険関係の業務についており、その専門知識をフルに活かした小説だ。選考の段階から非常に評価の高い作品だったようで、後書きの選考委員の評を読んでも、その質の高さがわかる。事実、新人が書いたとは思えないストーリーの構成力や描写の迫力には感心させられる。

 ホラー小説は、その恐怖のイメージを読者の頭の中でどこまでふくらませられるかが勝負だろう。その点で、この作品は見事に読者に恐怖を喚起させる。作者の見事な勝利である。

 この秋、イチオシの作品。

(よ)


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第819号 Nov.6,1997


『花影の花−大石内蔵助の妻−』 平岩弓枝著 新潮社:本体価格1262円 

 『御宿かわせみ』や『はやぶさ新八御用帳』といった時代小説の人気シリーズでお馴染みの平岩弓枝さん。『花影の花−大石内蔵助の妻−』は彼女の一九九〇年の作品で、吉川英治文学賞を受賞している。

 主人公は「忠臣蔵」でお馴染みの大石内蔵助の妻・りく。彼女が嫁入りをした後の赤穂の暮らしにはじまり、もどかしく過ごした討ち入りまでの日々、そして遺された息子・大三郎との葛藤…と、赤穂浪士討ち入りの影にひっそりと息づいていたりくの一生と、彼女の周囲を取り巻く人々のドラマがしっとりと書かれている。

 桜の花のように華々しく咲いて散った内蔵助と長男・主税。彼らが起こした大きな嵐に巻き込まれて波乱の一生を送ったりくと、桜の花になりきれず苦悩する大三郎の二人の交錯する思いが心を打つ。生き生きと書かれた人々の思いに涙を誘われることもしばしば。作品世界につい引き込まれてぐいぐいと読み進み、あっという間に読み終わってしまう。

 そして、この『花影の花』は平岩氏の脚本で舞台にもなっている。前回の公演では、今では引退したが当時SMAPの一員だった森君が、主悦と大三郎の二役を演じたことで話題になったから、ご存じの人もいるのではないだろうか。実は十二月の帝劇で再び上演が予定されている。りくに八千草薫さん、主悦と大三郎はV6の長野博君だ。

 言葉だけの表現でこれだけの力がある原作が、舞台の上でどう形を変えるのか。読んでから観るか、観てから読むかは好き好きだが、生身の人間の演技と小説の世界の力比べは何通りにも楽しめそうな予感がする。心ゆくまで平岩弓枝の世界を堪能したい、そんな気分にさせる作品であった。

(ま)


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第818号 Oct.23,1997


『真景累ヶ淵』 三遊亭円朝作 岩波文庫:本体価格670円 

 
今の季節に怪談は時期はずれだが、岩波文庫から三遊亭円朝の名作が復刊された。 初代三遊亭円朝は幕末から明治後期にかけての落語家で、「落語の中興の祖」と呼ばれ、いまだにその名を継ぐものが出ないほどの名人である。みずからも多くの噺を創作し高座にかけたが、「真景累ヶ淵」は、その中でも白眉の代表作と言えよう。現在も高座にかけられることが多く、劇化されて歌舞伎にもなって上演されている。

 この作品は「速記」と呼ばれる明治時代に流行した形式で書かれている。速記とは話した言葉をそのまま文字にするもので、当時の円朝の語り口がそのままに生かされ、怪談噺の臨場感にあふれている。

 江戸から明治に時代が変わり、人々の感覚も変わった中で、因果がめぐり次から次へと人が死んでいく怪談はいささか大時代な気もする。しかし、逆にそこに江戸の匂いを感じさせ、現代の我々が知る怪談とはまったく趣が違う。

 やや難解な言葉も出て来るし、現在の語りとはテンポも違うが、そこに面白さがある。落語のテープも市販されているので、耳から聴くもよし、活字で読むもよし。秋の夜長に亡霊の影を見て、背筋を寒くするのもまた一興。

(よ)


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第817号 Oct.16,1997


『ひとりは楽しい!』 藤臣柊子著 幻冬舎文庫:本体価格457円 

 黒木瞳や布袋寅泰、三谷幸喜に、もたいまさこなど異色のメンバーが名を連ねていて話題の幻冬舎文庫。今回はその数ある話題作の中から漫画家・藤臣柊子氏の『ひとりは楽しい!』をご紹介しよう。

 著者・藤臣柊子氏は八二年に「別冊少女フレンド」でデビュー、『人生とはなんだ』『金井家の人々』などの著書で人気の漫画家。男性が多い本学では馴染みが薄いかもしれないが。「わしは実はまんが家であるのですが文章を書かせれもらえる事になりましてつまりこの本がわしの文章デビュー作であります」という初の書き下ろしエッセイ集だ。

 ひとりで富士山に登る、ひとりで映画を観る、ひとりで引っ越しをする、ひとりで沖縄に行く…など目次には「ひとりで」したこと、できることがずらり。大勢でもできることかもしれないけど、一人でやって自分で直に体験するからこそ感動や喜びも大きくなる。「やり始めたらもう止まらない。どんな事でも面白いのだ。失敗も経験だし、うまくやるだけが人生じではないもんね」と著者は言う。

 とにかく負けず嫌いで先に進まずにはいられない性格が災いいや幸いして、何でもやってみてはやり遂げてしまう藤臣氏。そのあまりの頑固さやそこから起きるハプニングの数々に思わず笑ってしまうこともしばしば。ところどころに入る自筆の挿絵もさることながら、エッセイの読みやすさがいかにも漫画家らしい。

 一人でいるのが好きな人はもちろん、大勢でいるのが好きな人もちょっと読んでみてはいかが? ふいに訪れた一人の時間が今よりもずっと楽しく過ごせるかもしれないから。

(ま)


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第816号 Oct.9,1997


『わがモノたち』 原田宗典著 新潮社:本体価格1100円 

 若者に絶大な人気を誇る原田宗典のエッセイ集。タイトルからも想像できるように、著者の身の回りにある、またはかつてあった数々の品物についての思い入れを著者独特の軽いタッチで綴ったもの。

 8ミリカメラ、カラーテレビ、昆虫採集セットといった少年時代の思い出の品々に始まって、サングラス、電話機、ワープロ、自転車、バスケットシューズ、ライター、消しゴムなどなど、実にいろいろな品物が登場する。

 それらの品物に対する著者の想いは、時として困惑であったり狂喜であったり、贅沢であったり憧れであったりとさまざまだが、その感情の表わし方が面白い。著者特有の言い回しで面白く、軽く書かれていて、読んでいてついつい笑みがこぼれてしまう。これが「原田ワールド」の楽しみの一つだろう。

 その一方で、登場する多くの「モノ」を通して、少年時代から現在までの原田宗典という一人の作家の姿が浮かび上がって来る。大袈裟な言い方をすれば、その時々に触れ合った「モノ」を通しての、作家・原田宗典の自叙伝と言えるかもしれない。

 原田ファンならずとも楽しめる一冊である。

(よ)


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第815号 Oct.2,1997


『すっぴん魂』 室井滋著 文藝春秋:本体価格1143円 

 本学OGで、いつも元気印の女優として知られる室井滋さんの最新エッセイ集。個性的な魅力を持った存在の女優である一方、「まんぷく劇場」「むかつくぜ!」「東京バカッ花」など、爆笑物のエッセイでも人気が高いのは周知の通り。

 身近に起こった様々な出来事を、面白おかしく、時にはちょっぴり哀愁を漂わせて綴るエッセイは、読みやすいし、面白い。読んでいると室井滋さんの顔と声とその時の行動が頭の中に浮かんで来て、ひとしきり笑った後には室井さん同様に元気印になれる。

 「春ボケ」「宝の山だす」「びっくり便所」「腐ってからじゃ遅いのよ」「わんこ一騎討ち」などなど、文章のタイトルからして笑わせてくれる。エッセイを書くタレントや俳優は多いが、室井さんのエッセイは質が高く、余技の域を超えた才能と言えよう。

 読書の秋に大作にじっくり取り組むのもよいが、大いに笑って室井さんからエネルギーをもらう読書もまたいいかもしれない。

(よ)


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第814号 Sep.25,1997


『もの食う人びと』 辺見庸著 角川文庫

 飢餓、紛争、貧困…日本ではニュースでしかほとんど聞くことのない言葉。これらは私たちにとってはもはや体験ではなく、形骸化した知識でしかないのか。『もの食う人びと』は著者・辺見庸氏がそうした世界を旅し、そこに住まう人々とともに食べ、飲み、そして語り合った「食」の軌跡である。

 「食」といっても、今の私たちにははなかなか口に入らないものばかり。ダッカでは残飯を食べ、ソマリアでは銃弾の下をかいくぐり、ロシアでは放射能汚染スープを飲む。「長年の飽食に慣れ、わがまま放題で、忘れっぽく、気力に欠け、万事に無感動気味の、だらりとぶら下がった、舌と胃袋」がどう反応するか、考えてみてほしい。

 と同時に興味深いのは、それらが始めから全くの異世界というわけではないことだ。ベトナムのうどん、クロアチアの焼き魚、択捉のフキ…。味の共通と相違の妙。「食う」ことがあくまで人間の暮らしとともにあるから、その根源に迫ることで彼らの思いを味わうことができる。この本にはそうした体験なしには語れない、味わえない「食」がぎっしり詰まっているのだ。

 そしてその「食う」という行為が私たちに教えてくれるのは、体験の素晴らしさ、そして怖さだ。私たちは『もの食う人びと』を読むことで、彼の記憶を食らうことができる。彼が自らの肉体を使い、時には喜び、時には脅え戦きながら食いまくった旅の記憶の数々を。

 そのことは記憶を共有化するのに役立つかもしれない。けれどもそれはあくまで知識にすぎない。本当に知りたかったら自分で見て、聞いて、食うことだ。そして夢中になることだ。幸い、学生時代はそのための時間がたっぷりある。人と同じ体験をしろとは言わない。文庫本をポケットに忍ばせて、自分自身の体験の海へ漕ぎ出そう。この本はきっと良き友に、そして良き羅針盤にになることであろう。

(ま)


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第813号 Sep.18,1997


『姫島殺人事件』 内田康夫著 光文社 

  辰巳啄郎や榎木孝明のテレビ・ドラマでもお馴染みの浅見光彦シリーズ。次から次へと、すでに100冊以上書かれている浅見光彦もので、今や浅見光彦は国民的な名探偵かもしれない。江戸川乱歩の明智小五郎にはじまって、今までに多くの作家が名探偵を生み出して来たが、浅見光彦は二枚目のルポ・ライター。兄が警察のお偉方で、頼りない次男坊は三十を過ぎても独立できず、母親に頭が上がらない。そんな設定になっているが、頭脳は明晰で、幾多の難事件を快刀乱麻のごとく解決していく。

 この作品の舞台は大分県の沖合いに浮かぶ姫島という小さな島。車エビの養殖では日本一を誇る島だが、そこで起きた殺人事件に端を発して、伝説の島に巨大な策謀が渦巻いていることが明らかになる。それを浅見光彦が解決していくのだが、著者ならではの旅情もたっぷり含まれており、旅情と伝奇が一緒になった推理小説だ。

 内田康夫の作品には近ごろ流行の旅情ミステリーが多く、あちこちの土地が舞台になる。小樽、長崎、日光、津軽、神戸、札幌……。それぞれの土地の景色や風俗を写しつつ、一つの作品となっているのが内田康夫の魅力の一つかもしれない。この作品にもそうした背景が描かれている。推理小説なので結末を明かすわけにはいかないが、文章も読みやすく、手軽に読める一冊だ。

 秋の旅行シーズン、内田康夫の旅情ミステリーを手に、実際にその土地を訪れてみるのも内田作品の楽しみ方の一つかもしれない。

(よ)


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