第941号 Jul.19,2001


「政治学って面白いな」と、新入生の時に思った本

〈評者〉 谷澤 正嗣(政治経済学部専任講師)

『政治理論のパラダイム転換』藤原保信著 岩波書店 1985年9月発行 価格2400円+税

 学生に読んでほしい本を自分の専門から紹介するのがこの書評欄のテーマの一つである。当然、「古典を読め」「原書を読め」というのが型どおりの答えであろう。政治学のなかでも私の専門は政治理論や政治哲学と呼ばれる分野である。この場合プラトン『国家』(岩波文庫)やJ・S・ミル『自由論』(中央公論社)がそうした古典にあたる。しかし、もう少し初学者・新入生に親切にせよというのが本欄の趣旨らしいので、その線で考えてみよう。私自身が新入生の時に読んで、政治学って面白い学問だなと思ったのはどんな本だったか。藤原保信『政治理論のパラダイム転換』(岩波書店)がまず挙げられる。現代英語圏の政治理論の紹介とそれに対する批判から始まって、政治理論の歴史を大胆に整理しながら、最後は政治理論の近代的なパラダイム全体の批判にいたるこの書物は十五年前の私にとって実に刺激的だった。すでに哲学や思想史、倫理学などの多少の素養があって、そうした観点から政治学を学んでみたいという人にぜひ薦めたい一冊である。

 そうした素養はないが、政治学に関心があり、なにか読んで見たいという人は、たとえば藤原保信『自由主義の再検討』(岩波新書)、杉田敦『デモクラシーの論じ方』(ちくま新書)のような新書からスタートしてはどうか。前者は近代政治理論の柱をなしてきた自由主義(リベラリズム)とそれにたいする批判の流れを概観したもの、後者は民主主義(デモクラシー)をめぐる二十世紀の議論を、理論的にも実際的にも最新のトピックを題材に論じたもので、どちらも特定の素養なしに読めるはずである。読めない人は真剣に反省すべし。そういう人は、まず新聞と高校の教科書をちゃんと読みましょう。

やざわ まさし

1967年生まれ
2001年4月嘱任
担当科目: 外国文献研究・古典講読・専門演習
専門分野 政治学・政治理論


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 第940号 Jul.12,2001


新しいものの見方の発見

〈評者〉 戸田 貴子 (日本語研究教育センター・大学院日本語教育研究科助教授)

『もし「右」や「左」がなかったら』井上京子著 大修館書店 1998年5月発行 価格1500円+税

 『もし「右」や「左」がなかったら』。私のような方向音痴を「いったいどうやって道を聞いたらいいのだろう」と一瞬不安にさせるタイトルである。

 世界の人々が森羅万象を表現する際、ことばによる空間の切り分け方がいかに多様であるかということが、フィールド・ワークから得られたデータを基に示されており、興味深い。日本語という枠の中では到底説明しきれない、また、その枠にとらわれている間は見えてこない規則性が、視点を変えることによって見えてくる。

 私は、自分の向きを中心として「左右」という自己中心的空間表現を用いることが多いが、自分の向きが変われば「左右」は逆転するので、相対的な指示枠を使っていることになる。一方、オーストラリアの先住民族アランダなら、絶対的指示枠を用いて、手の届く狭い範囲でも「東西南北」を用いて表現する。しかし、メキシコの山岳地帯に住むマヤ族の一つ、テネパパ族は「左右」も「東西」もなく、「上り側」と「下り側」で事足りている。村の立地条件が空間表現に反映されているのだ。「右にナイフ、左にフォークを置いて」が、テーブルが傾いているわけでもないのに「上り側にナイフ、下り側にフォークを置いて」となる。ネパールの言語にもこのような表現があるらしいし、山岳地帯ではなく、海に浮かぶ島では「海側」「陸側」を用いる例もある。サッカー観戦中、観衆からは海が見えなくても、「中田の豪快なロングシュートが相手の海側をかすめて、ゴールの陸側に入った!」と解説するのだろうか。是非一度聞いてみたい。

 夏休みには、ちょっと視点を変えて、新しいものの見方を発見してみよう。ことばに関心を持つ皆さんにお薦めの一冊である。

とだ たかこ

2000年4月嘱任
担当科目:
◎大学院日本語教育研究科…理論研究「音声・音韻」、実践研究「音声教育」、
◎日本語・日本語教育研究講座…「日本語学1」、
◎別科日本語専修課程…「日本語発音A」、他。


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 第939号 Jul.5,2001


ひとがひとを「ケア」するとは…

〈評者〉 菊地 みほ (第一・第二文学部客員専任講師)

『まなざしの記憶―誰かの傍らで』 鷲田清一著、植田正治 写真 TBSブリタリカ 2000年12月発行  価格2500円+税

 数年間の在宅福祉現場での経験は、教員になった今も私に、"人が人の世話をする、「ケア」をするということの本質とは何か"について問うことを課している。臨床哲学という立場からこの問題を追究している著者は言う。「何もしないことが他人を深く支えることがある」。ただ聴くということ、じっと待つということ、静かに傍らに在るということ…そうした行為が「ケア」=他者の痛みを引き受けるというホスピタリティ(他者を温かく迎え入れるということ)の本質であるのだ、と。辛い思いを抱えている人が話す、とぎれとぎれの言葉にひたすら聴き入る、横たえられた自由にならない体の傍らでじっと手をそえている…介護の現場で幾度となく見た光景、そして私自身が経験したそれらの時間が、著者の簡潔な文章の行間に、新しい意味を帯びて浮かび上がってくるのを感じた。

 「ケア」はまた、"人を癒す"という行為ともいえるが、著者は「"癒されようのない"過酷な事実に目を背けてはいけない。"癒し"を知るには、腹を地面に擦って這うような、ぎりぎりくる時間をくぐる必要がある」とも述べている。そのような、自らの痛みの経験の中から時間をかけて濾過されたきたものが、他者を支え癒す力になっていくのかもしれない。ケアを考えるということは、自ずと我が身の生きざまを考えていくということになるのである。

 我が国のアート写真界の巨匠・植田正治のモノクローム写真と、気鋭の哲学者である著者の透徹した文章が織りなす世界は、読者を静かな、深い思考の世界に誘ってくれる。本書は著者の桑原武夫学芸賞受賞作『「聴く」ことの力―臨床哲学試論』の後に続くかたちで出されたものであるが、どちらから入っていっても構わないだろう。ぜひ両書を合わせて読んでみて頂きたい。

きくち みほ

1969年生まれ 2001年4月嘱任 担当科目「社会福祉援助技術」


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 第938号 Jun.28,2001


思い切り深呼吸して 心に映る風景を追う!

〈評者〉 八百幸 大 (高等学院 教諭)

「深呼吸の必要」長田 弘著 晶文社 1984年3月発行 価格1760円+税

 学生時代は何か目標を見出して、それに向かって突っ走る時期があると思う。学問、サークル活動、アルバイト、恋愛、自分が夢中になれることがあったら、気持ちは超特急になる。逆に、目標を見失って、あてどなく彷徨う時期もあるだろう。今まで目指したものが、信じていたものが崩れ落ち、悩みや不安に駆られて、自分の中で堂堂巡りをしてしまう。

 人生には突っ走る時期があるべきだと思う。また、嫌でも彷徨う時期がくるだろう。しかし、そればかりでは流れ行く遠景は見えても、近くにある大切なことを見失ってしまうことだってある。自分自身のピントが狂ったままで動くのは、どこか心もとない。

 思えば、自分もそのような時間を過ごしてきた。見えているようで見えていないものを目指して歩いていた。するとある瞬間、見えない誰かに呼び止められ、その場に立ち止まり深呼吸をしていた。そして、傍らにはいつもこの本があった。

 「深呼吸の必要」には難しい言葉はない。我々が呼吸するのと同じくらい何気ない、さりげない言葉たちである。しかし、この言葉たちを深呼吸することで、今まで見えなかった風景が広がり、いつの間にか忘れていたことが目の前に蘇ってくる。少し自分を取り戻すことができるかもしれない。

 また、この本は詩集である。詩という言葉を耳にするだけでそれを敬遠する人は少なくないが、詩にしか持ち得ない言葉のリズムを素直に楽しむことができるはずである。皆さんも一度この本を手にし、思い切り深呼吸してほしい。そして、心に映る風景を味わってほしい。

やおこう ひろし

1971年生まれ 2001年4月嘱任 担当科目「数学」


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 第937号 Jun.21,2001


4月から就職するみなさんへ!

〈評者〉草鹿 仁 (理工学部 助教授)

「仕事ができる人 できない人」堀場雅夫著 三笠書房2000年10月発行 価格1400円+税

 いま、早稲田ウィークリーを手に取り、ふと書評欄に目がいってしまったそこのあなた!就職はもう決まった?えっ、無事に決まった。それはおめでとう!そんなあなた(特にメーカーに就職する人)にお薦めの一冊がある。私は普段、理工学部機械工学科でエンジンの低公害化に関する研究を行っているのだが、実は、堀場製作所というのは、排出ガスや環境汚染化学物質(CO2、NOx、ホルムアルデヒド、etc)の測定分野では世界一のメーカである。今回、紹介する本の著者は、堀場製作所を世界一にした創始者の堀場雅夫氏で、会社で仕事ができる人、できない人をタイプ分けして、なぜそうなのか、ということを解説している。本当??と思った人は、次の項目で、できる人と思ったら○、できない人と思ったら×をつけてみて欲しい。

(性格編)1.結論を出すのが早い人、2.大風呂敷を広げる人、(能力編)3.得手、不得手がはっきりしている人、4.女子社員に好かれる人、(努力編)5.誰よりも早く出社する人、6.縁の下の力持ちの人、7.会社に親友がいない人、8.自分の給料と人の給料を比べる人。(正解は文末に)

ちなみに、現在、自動車メーカから私の研究室に来ている方は全員正解した!!私が本書を推薦する理由はズバリ、会社で成功してもらいたいからである。そのために会社とはいかなる所なのか、ということを入社後に学ぶのではなく、入社以前にある程度知ってもらいたい。勿論、本書の中身が全社に当てはまる訳ではなく、会社によってケース・バイ・ケースであろうが、これから会社に行こうとする諸君には役立つ筈である。健闘を祈る!!

くさか じん

1965年生まれ 1999年4月専任講師、2001年助教授嘱任 担当科目「機械工学の展望」「機械工学の展望」「エネルギー・反応工学」「熱エネルギー変換工学特論T」他

(正解:1.○、2.○、3.×、4.○、5.×、6.×、7.○、8.×)


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 第936号 Jun.14,2001


自分で考え、表現することができますか?

〈評者〉蛭田 啓(商学部 専任講師)

新版「考える技術・書く技術」バーバラ・ミント著 山崎康司訳 ダイヤモンド社 1999年3月発行 価格2800円+税

 企業の大規模な再編や倒産の増加、終身雇用制度の崩壊、能力別・成果別賃金制度の浸透など激変する日本社会で、知的武装による個人の資質の向上が叫ばれている。大学では社会の荒波を乗り越えるのに役立つ知識を学びたいと考える学生諸君も多いと思う。学際的に広範な分野の知識を学ぶのもよし、特定分野での専門知識を深めるのもよし、各自の興味次第である。

 しかし、知識を学ぶだけで充分であろうか。学問から得ることのできる既存の情報を単に知識として吸収するだけでは付加価値は生まれない。無関係のように思われる情報を繋ぎ合わせ、複雑な因果関係を解きほぐし、問題の本質と原因を抽出し、問題解決策を導き出し、そして、この一連の流れを自分の言葉で表現してこそ、吸収した知識が付加価値を生むのである。これらは簡単にできそうだが、実際は練習の反復によって培った能力が必要である。ところが、いったん実社会に出ると日常の仕事に忙殺され、そうした練習の時間が取りにくくなるのも現実である。そこで、学生諸君が思考と表現の練習に少しでも早めのスタートを切ることができるように一冊の本を推薦する。

 この本では、戦略系コンサルティング会社マッキンゼー出身の著者が、問題解決能力を向上させるための思考技術とプレゼンテーション能力を向上させるための表現技術を平易に説く。対象はビジネスパーソンであるが、盛り込まれている事例には身近なものが多用されており、実務経験や経営に関する専門知識が無くとも難解とは感じないであろう。自分自身で考え、表現する楽しさに触れることにより、社会を生き抜く力を培うことを願う。

ひるた さとる

1964年生まれ 2000年4月嘱任 担当科目「組織行動論」他


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 第935号 Jun.7,2001


あなたは今、どこにいますか?

〈評者〉工藤 裕子(教育学部 専任講師 国際教育センター 兼担講師)

『イルカの歌』カレン・ヘス著 金原瑞人訳 白水社 2000年10月発行 価格1500円+税

 あなたは今、どこにいますか。
 あなたは、誰ですか。自分と自分の居場所がわからなくなったときに、読む本です。

 「しんぽというのは、あたしがことばをしゃべること。コンピュータにことばをかくこと。ふくをきること。ベッドでねむったり、死んだ魚を食べたりすること。
 あたしは、人間がかわいそうになる。人間は、ゆるしがあるところにしか行けない。海の中には、鍵もスイッチもない。ドアもかべもない。イルカの家族のなかでは、あたしは自由だった。いま、この部屋のドアには鍵がかかっている。
 あたしはあそこへ行きたい。行かなくちゃ。
 海に帰らなきゃ。
 あたしは、うみがうねるおとをききたい。イルカにやさしくさわってほしい。うちにかえりたい。
 いつ、うちにかえれるの?
 うち。うちにかえるんだ。
 イルカは、きょうのために、いきている。にんげんは、あしたのために、いきる。どうして、あしたのことを、きにするの?だいじなのは、いまなのに。
 うみをでたときからもう、あたしはずっと、うみにかえろうとしていた。
 あたしには、わかる。うちが、わかる。ここだ。あたしのこころがいっている。うちだって、いっている。あたまでかんがえてもわからない。でも、こころのなかで、こえがする。わかるよ。うちだよ。
 あたしを、うみにもどして」

くどう ひろこ

1968年生まれ 1998年4月嘱任 担当科目「行政学」「現代社会と表象」「Japanese Government」他


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 第934号 May.31,2001


民族紛争を身近に引き寄せ、真摯に考えるための入門書

〈評者〉齋藤 正憲(本庄高等学院教諭)

「民族の世界地図」21世紀研究会編 文春新書 2000年5月発行 価格750円+税

 「民族の時代」と言われて久しい現在、世界各地で起る民族紛争が新聞の一面を飾ることも珍しくない。近年ではコソボ紛争が記憶に新しいが、メディアによって伝えられるその様子は凄惨そのもので、まさに戦争映画を眺めているような気分に陥った人も多いだろう。

では、民族紛争はなぜ起きるのだろうか。この非常に簡単なようで、実は難しい問題を考える上での入門書として紹介したいのが、本書である。本書は、世界各地に分布する様々な民族の在り方を、歴史、宗教、言語などから概観したもので、全世界の民族を記述の対象とした極めて意欲的な著作である。

一読して感じられるのは、民族対立の背景に横たわる民族差別問題の複雑さである。人間が複数寄り集まった場合、そこに自らと他者を区別する意識が生まれるのは自然ななりゆきである。しかし、そうした本能的とも言える行動が紛争の火種となることがしばしばある。一見すると、解決の糸口さえ見えない、そんな泥沼に陥ったかのような紛争さえ、実際に起きている。

こうした民族紛争の解決には、その歴史的・政治的背景を公平に理解することが必要であるが、これは当事者には難しい。そうした意味では、我々日本人が紛争の解決に貢献することは十分に可能である。すなわち、最も深刻な状態にある中東や東欧などの場合、そこから歴史的にも地理的にもかけ離れた場所にある我々は、紛争の背景を冷静に分析し、和平への方向性を提示し得る立場にあるのだ。

 そして、遠い異国の地で起る民族紛争を身近に引き寄せ、真摯に考えることができた時こそ、本当の意味での国際性を、我々は身に付けたことになるのかも知れない。

さいとう まさのり

1971年生まれ 2001年4月嘱任 担当科目:世界史 【e-mail】[email protected]


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 第933号 May.24,2001


自分がいちばん大好きで、そして寂しいあなたに…

〈評者〉太田 俊二(人間科学部・助教授)

「さんま大先生に学ぶ 子どもは笑わせるに限る」上條晴夫編 扶桑社 2000年12月発行価格1143円+税

 明石家さんまの話術を教育評論家が理屈っぽく解説しながら褒め称えている本です。タイトル通り、親や小学校の先生が子どもに対してどう接するとよいかを説いているわけですが、もっともさんま大先生ご本人はただ笑いがほしいだけなのでしょう。そうはいうものの、次の展開がまるで読めない子どもたちを相手に見事にコミュニケーションを成立させていくさんま大先生のテクニックが解説される本書の内容の大部分は、「子ども」を「大人」に読み替えることが可能です。ときには目線をぐっと下げ、またあるときには相手につっこみながらコミュニケーションをはかる…。

 麹町の御殿や台場のマンションには、ちょっとトボケ気味の芸能人たちが集まります。から騒ぎしにくる十八歳から三十歳までの女性たちや、さん組に通ってくる小学生たち…。大ボケ芸能人たちとのトークのために素人のビデオを話題のきっかけにするからくり。すべては偶発的なネタふりに対して大先生が変貌自在に動き回るという姿勢で一貫しています。唯一、ベランダで黄色い犬を飼っている世田谷の家でトークする番組だけは例外ですが…。

 自分が一番大好きだから、自分自身と同様にあらゆる他者を肯定的に受け入れた振る舞いをする、それが一番円滑なコミュニケーションをとる方法なのだ、とこの本では説きます。そしてそれをテレビというもっとも注目される場所で具現化しているのがさんま大先生だというのです。みなさんも本書を手に、ちょっとテレビをつけてみてください。大先生のまねなんかはできないでしょうけれども、他者との関わりに悩んでいる人には良い薬になるかもしれません。

おおた しゅんじ

1967年生まれ、2001年4月嘱任 担当科目「環境情報科学」、「循環システム論」、「情報通信ネットワーク論」など


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 第932号 May.17,2001


経済学の醍醐味を感じる本

〈評者〉高瀬 浩一(商学部 助教授)

『景気と国際金融』著者:小野 善康  岩波新書 2000年3月発行 定価660円+税

 大半の新入生にとって、経済学は生まれて初めての科目となる。経済学の研究者として、受講者には興味をもって熱心に学んでほしいと常日頃願っているが、残念なことに、その人気はあまり芳しくないようだ。よく耳にする理由は、第一に「抽象的すぎて、難しい」、第二に「実社会では、そんな知識は役に立ちそうにない」。

 本当にそうだろうか。現在の日本では、大成功し巨額の利益を上げる企業もあれば、業績不振により他の企業に併合されたり、倒産するものも少なくない。終身雇用はもはや幻となり、転職は当たり前となる一方、新しい年金制度やペイオフの導入など、各自の経済生活は自己責任のもとに管理されるようになってきている。このような時代に大きな力となるのは、法律、会計、語学、情報処理などの体系・制度化された知識に加え、社会(経済)の仕組みについての知識ではないだろうか。経済学は抽象的であるがゆえに、普遍的で応用範囲も広い。したがって、第二の理由に何ら真実はない。

 最初からうまくできるはずがないという点で、第一の理由は正しそうである。つまり、何事も地道な努力が必要なのである。しかし、スキーやテニスを考えれば明らかなように、うまくなれば楽しさも飛躍的に増す。そこで、経済学の醍醐味を感じ取れるような本を一冊推薦する。この本は、今日の経済問題(失業、デフレ、円高、株安など)を最先端のマクロ経済理論に裏付けられながらも、簡潔かつ直感的に論説している。著者の卓越した洞察・分析能力はもちろん、経済学者として日本国民に提言を発する責任感と熱意に触れることにより、今後の学習の糧としてもらいたい。

たかせ こういち

1964年生まれ 2000年4月1日嘱任 担当科目 「マクロ・ミクロ経済学」


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 第931号 May.10,2001


熱帯雨林の恩恵を享受するのは誰か

〈評者〉寺崎 秀一郎 (第一・第二文学部 専任講師)

『シャーマンの弟子になった民族植物学者の話』マーク・プロトキン著 屋代通子訳 築地書館 1999年3月発行 価格 上巻2200円+税 下巻1800円+税

 民族植物学とは、人間が植物とどのように関わってきたのか、またどんな植物をどんな目的で利用するのかということを研究するものです。この民族植物学を専門とする研究者の調査の様子が描かれているのが、今回紹介する『シャーマンの弟子になった民族植物学者の話』(築地書館)です。著者のマーク・プロトキンはアマゾン北東部を中心にフィールドワークをおこなっていますが、この本には彼が調査中に経験したさまざまな出来事が記されています。そういった意味ではこの本は彼がフィールドで生活を共にしたアマゾン先住民についての民族誌として読むこともできるでしょう。

 しかし、みなさんにこの本を紹介するのは、何も一人の学者の冒険譚を読んでもらいたいからではありません。実は、この本にはきわめて今日的な問題が含まれているからです。たとえば、熱帯雨林に自生し、現地の人々に薬として古くから利用されてきた植物にはガンやHIV治療に役立つ可能性があると考えられているものもあります。これら熱帯雨林からもたらされる薬用植物の市場価値は約十五兆円とも試算されています。しかし、その利益や恩恵は先進国の企業や住人にもたらされ、長い時間をかけて先祖伝来の知識を守り伝えてきた熱帯雨林の先住民にはなかなか還元されません。ここには先住民の知的所有権、伝統文化の断絶や環境破壊といった二十世紀の負の遺産とでも言うべき問題が内在しているのです。私たちは、毎日当然のことのように便利な都市生活を享受していますが、地球規模で人類の未来を考えた場合、こうした問題は避けて通れないでしょう。そういう意味では、この本は私たちの未来を考える一つのきっかけとなるかもしれません。

てらさき しゅういちろう

1967年生まれ 2001年4月1日嘱任 担当科目:〈一文〉「考古学基礎演習B」「考古学実習U」「考古学研究X」「考古学基礎講義B」「原始・古代の社会と宗教」(全学部オープン科目)、〈二文〉「考古学の諸問題」、〈文研〉「考古学研究T」




「平成の龍馬」が伝える、生き方・考え方

〈評者〉水間 英光 (理事・総長室長)

『人を見る眼 先を見る眼』渡邉 五郎著 講談社 2000年12月発行 定価 1600円+税

 「泥臭さ」という表現がある。

 いまや全国隅から隅まで、スマートで「カッコイイ」ことが もてはやされる状況になると「あかぬけない、やぼったい」と辞書に記されては、残念ながらこの国での受けはよくない。しかし、植物の根っこが泥にまみれていることを思い起こしてみると、違う意味が生まれてくるのではないか。根を広く深く張っていくことはすなわち“泥臭く”なるということ、と。本書を読み進むうち、だんだんそんな牽強付会にとらわれるようになった。

 本書は、商社マンで知らぬ人のない斯界の勇者であり、政治経済学部1958年卒業の校友でもある渡辺五郎さんの豊かな経験に裏付けられた「五郎語録」となっている。トップビジネスマンによる「経験訓」として読むもよし、海外雄飛を夢見ている諸君にも無数のヒントが埋まっている。

 驚かされるのは、これだけ世界を股にかけて活躍されてきたにもかかわらず、「アメリカ経営に学ぶもの」という章はあるものの、全体としては、国際社会で成功された「洋才」がちりばめられているのではなく、「粗にして野だが、卑ではない」「入魂と精神力」「念力―自己達成誘発能力」「我慢―顔で笑って心で泣く」「精神は“誠心誠意”で、行動は“全身全霊”で立ち向かえ」「情けをもって報いよ」など、「和魂」が中心となっていることだ。ありがちな成功譚がひけらかされることなど微塵もないところにも著者の気骨がうかがえる。

 国際(グローバル)舞台で大きく咲く花には、下へ下へとローカルな根が深くかつ広く伸びているのだ、それなくしては「平成の龍馬」を任じる先輩の大きな志も実現しなかったのだ、と、そんな「泥臭さ」を読み取ってもらいたいと学生諸君にお薦めする次第。

みずま ひでみつ

1954年生まれ


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 第930号 Apr.26,2001


激動の今≠フインドネシアを鋭く斬る

〈評者〉関 良基(アジア太平洋研究科 助手)

『インドネシア ―揺らぐ群島国家―』後藤乾一編 倉沢愛子、村井吉敬、ディディ・クワルタナダ著 早稲田大学出版部 2000年11月発行 価格 2800円+税

  外見的にはいかに安定的に見える社会システムでも、その内部には多くの矛盾を抱えるものである。外生的な「揺らぎ」が、それらの矛盾を噴出させたとき、システムはしばしば劇的に崩壊し、新たなシステムの再構築に向けて動き出す。

 インドネシアが一九九七年から九九年にかけて経験したことは、まさにそういうことであった。その二年の間に、空前規模の森林火災、ルピアの大暴落、スハルト体制の崩壊、東ティモール独立へ向けた住民投票、そして四十四年ぶりの民主的な総選挙と、世界の耳目を集中させる一連の史劇が展開されたのである。

 本書の執筆陣には、インドネシア研究の第一線で活躍するそうそうたる顔ぶれが並ぶ。内容は、総選挙、スハルトの開発政策、華人問題、東ティモール独立、と多岐にわたるが、それらに共通するキーワードは「変化」であろう。著者たちは、それぞれの局面で生じた変化を、活き活きと臨場感に溢れる筆運びで描写している。私は、本書を読み進めながら、「短期間のうちに、人々の意識はこれだけ変わるのか」と、何度も新鮮な驚きを受けたものである。

 ときとして現実は小説よりもドラマティックなものである。本書は専門的な本であるが、複雑な社会変化の背景を読み解く分析の鋭さは、きっと若い読者を魅了するだろう。アチェや西パプアの独立問題など、インドネシアには先行き不透明な部分も多いが、本書は、この巨大な群島国家の今後を展望するための羅針盤となろう。

 なお本書は、本学出版部から刊行される「アジア太平洋研究選書」の最初を飾るものである。続刊にも大いに期待したい。

せき よしき

1969年生まれ 2000年4月1日嘱任


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 第929号 Apr.19,2001


外国語の学習に一番大切なもの、それは…?

〈評者〉星井 牧子(法学部 専任講師)

『外国語の水曜日―学習法としての言語学入門』著者:黒田龍之助 現代書館 2000年7月発行 定価 2400円+税

 この本を読んだ時、私は著者に対して嫉妬にも似た感情を抱いてしまいました。なぜか? それは「この人は私がやりたいと思っていることをこんなにも楽しんでいる」からなのです。

この本は外国語の勉強の仕方を教えるノウハウものではありません。理系大学でロシア語を教える著者と学生たちが楽しみながら外国語を勉強している、そんな光景がつづられています。

 え? だって大学の外国語の授業はつまらない、ですか? でも「授業は教師と学生の両方で作っていくもの」です。皆さんの方からもどんどん教師を刺激してみましょう。

 だけど、どうして英語以外の外国語まで勉強しなくちゃいけないのかわからない、ですか? 将来いつ別の外国語が必要になるかわかりませんよ。大学での外国語の授業は「新しい外国語を学ぶノウハウを身につけるためのシミュレーション」なのだと考えてみるのはどうでしょうか?

 そうは言ってもやっぱり外国語はどうも苦手、ですか? でも、もしかしたらそれは「いままで外国語との出会いがあまり幸福ではなかったという、ただそれだけ」なのかもしれません。まずは外国語を楽しんでみましょう。そして続けてみましょう。外国語の学習にとって最も大切なこと、それは外国語を楽しむこと、そして「やめないこと」なのですから。

 4月。新学期とともに新たな外国語に取りくむ人も多いでしょう。外国語の授業なんてつまらないと思っている人にも、外国語に苦手意識を持っている人にも、これから外国語教育に携わろうと思っている人にも、そして、すでに教壇に立っている方にも、一度この本を読んでもらえたらと思います。

 私たちの「外国語の○曜日」を一緒につくってみませんか?

ほしい まきこ

1966年生まれ、2001年4月1日嘱任。
担当科目 「1年独語(基礎)」「独語中級(総合)」「独語中級(AV教室)」


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 第928号 Apr.12,2001


ゲーム理論って何?

〈評者〉荒木 一法(政治経済学部 助教授)

『ゲーム理論入門』著者:武藤滋夫  日本経済新聞社(日経文庫経済学入門シリーズ) 2001年2月発行 定価860円

「ゲーム理論」という言葉を全く聞いたことがない人は「それって何?」と思うでしょう。また、少しだけ予備知識を持つ人は「ああ、あの数学使う難しいやつね」と反応するかもしれません。本書は、そんなあなたに薦めたい「真の」入門書です。

 ゲーム理論で扱うゲームは、皆さんに馴染み深いカードゲームや、囲碁、将棋、麻雀などだけではありません。企業間競争、投票行動、政府間交渉、また、動物の営巣場所をめぐる争いも研究対象です。やや抽象的には、ある主体の行動の帰結が、他の主体の行動に依存して変化する際、主体間に生じる競争ないし衝突、あるいは協力関係を分析することがゲーム理論の目的なのです。「面白そう」と思いませんか?

 近年、経済学、政治学、社会学、生物学などへのゲーム理論の浸透度には目を見張るものがあります。また、政策設計にも利用され、例えば、米英両政府による携帯電話周波数帯オークションは、ゲーム理論家によって設計され大きな成功を収めました。但し、ゲーム理論は万能ではありません。

 昨年、バスク地方で開かれたゲーム理論学会で、バスク自治政府の副首相は「我々の問題解決を助けて欲しい」と訴えました。また、同じ時期にパレスチナ和平交渉が決裂した直後、バラク首相(当時)は、「我々は均衡点に達することができなかった」とゲーム理論の専門用語を交えた会見を行いました。残念ながら、現在のゲーム理論に二つの紛争を平和的解決に導く力はありません。本書のような優れた入門書によって多くの人々の思考が整理されるとともに、理論がいつの日か大きな期待に見合う進化を遂げることを願って止みません。

あらきかずのり

1964年生まれ 1999年4月1日嘱任。 担当科目 「現代経済学説」「経済学入門」など


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 第927号 Apr.5,2001


本嫌いの人へ

評者・小堀 深(理工学部専任講師)

『笑うから楽しい』読むクスリ 29 上前 淳一郎 著 文春文庫: 定価 448円

 昔、ある友人から「本を読みなさい。たくさん本を読めばたくさんの経験ができる。」と言われたことがある。でも、本屋には足がなかなか向かないものである。そんな私が、破れかけた五百円の図書券をもって、久しぶりに本屋に向かって手にしたものが本書である。今回の私の選定基準はまず図書券一枚で買えること。いつでもどこでも読むことができる文庫本であること。そしてなによりも内容が簡単明瞭であることであった。

 長文を読む力、忍耐力、ともに皆無の私にとって各項目が四ページ前後である本書は、非常に読みやすい。あたかもちょっとしたメールをみる感覚である。現代の若者にはまずこういった本から入門すべきであろう。ただ、本書は題名と内容があまり一致していない。副題の読むクスリというのは、読み終わった後も何を言っているのかよく分からない。おそらくシリーズ本である本書は、当初の趣旨から外れてきているのではないか。しかし、そのつながりのない話の連続がなかなか面白い。

 キッチンで使うラップフィルム。旭化成のサランラップと呉羽化学のクレラップが有名で、呉羽化学の方は社名からのネーミングらしいと見当がつくが、旭化成の方はなぜサランラップか。千円札のすかしの部分は縦長の楕円形だが、一万円札の方はまんまるである。なぜか。などと実社会ではどうでもいいことをまじめに論じている。いわゆる雑学の本に近いが、途中でいきなり人生訓のような話も出てくる。甘い飴をなめさせておいていきなり鞭を打つような戦法である。ああ、そういえば本の題名に関連した話も出てきていた。「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる。楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなる。」のだそうだ。早速明日から実践してみよう。

こほり ふかし

 1973年生まれ。2001年4月1日嘱任。担当科目「化学工学A」「応用数学」など。


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