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えび茶ゾーン
 

1208号 (1月21日発行)掲載

 中国で自己紹介をする時に早稲田大学と言うと、「あの有名な早稲田大学ですか」と言われて、かえってこちらが驚かされる。それに対して、慶應義塾大学は名前が通っていないと、慶應で学んで帰国した中国人留学生が嘆くのを聞いたことがある
 それではなぜ早大は、中国人の間で著名なのだろうか。その鍵は、早大が一九〇五年に清国留学生部を創設し、多くの中国人留学生を受け入れてきたことにある。留学生の中には、中国共産党の創設メンバーであり、毛沢東の先生として知られる李大釗がいる。こうした留学生が、中国に帰国後に教育界や各界で活躍した
 また、早大教育学部の前身にあたる高等師範部の教務主任であった中島半次郎は、近代教育が本格的にスタートした清末期に、中国の教員養成機関である北洋師範学堂で一九〇六年から三年以上にわたって教鞭を執った。中国近代教育の要とも言える師範学校で早大の教授が指導に当たり、中国の近代教育に大きな影響を与えたことは特筆すべきことであろう

 数年前、中国西北部の少数民族地域に出かけた時のことである。教育局の幹部に、早大の教員と名乗ると、意外にも早稲田のことを知っているという。かつて自分が子どもだった時代に、父親と同じ職場で働いていた水利技術者が早大出身者で、大学時代のノートを大切に保存していて自分にも見せてくれたという。こうして、先人が培ってきた早稲田と中国との関係を、留学生を大切にしながら、今後とも大切に育てていきたいものだと思う。  (A・K)

1207号 (1月14日発行)掲載

 アメリカ南部の文化研究の楽しみの一つは、さまざまなジャンルの音楽、つまり、ジャズ、ブルース、カントリー、霊歌、ゴスペル、ロックンロールと呼ばれる南部音楽を扱うことが、単に趣味を語っているという後ろめたさを感じることなく、学術的な意味をもたせてくれる点にある。「カントリーミュージック」は「白人音楽」、「霊歌」は「黒人音楽」の代表格のように見なされがちであるが、実は、それほど単純に境界線を引くことは出来ない。レコード会社、レコード店、最近は音楽ダウンロードでの販売をする際に、単純なジャンル分けをした方が購買者にとって分かり易いし、利益が上がるという経済効率でもってそのように言われているにすぎないのである

 「人種」というカテゴライゼーション、即ち「白人」「黄色人種」「黒人」といった分類は、今では生物学的にも、ほとんど意味をなさない

 バラク・オバマ大統領の母親はいわゆる「白人」であり、父親はケニア出身である。異母妹はインドネシア生まれで、彼自身は、ハワイとインドネシアの多文化環境で育った。にもかかわらず、「最初のアフリカ系アメリカ人大統領」と言われるのはなぜか。それは、「白人」の視点から語られているからなのだ

 大統領であろうが無名の音楽家であろうが、人は、そもそも「人種」でもって分類すべきではない。マーティン・ルーサー・キング牧師の言葉を借りれば、「個人の資質でもって」判断すべきなのである。それが早稲田からWASEDAになる大前提であろう。 (JMV)

1206号 (12月17日発行)掲載

 早稲田キャンパスでは、制服姿の高校生をどの季節でも見かける。ただ、入試の季節に見かける高校生が保護者同伴で来校する姿には、どうも馴染めない

 このような光景だけを見て、「過保護」な親と「自立」しない子供といった構図を描き出すのは単純に過ぎるだろう。しかし、「親の心子知らず」で、入学後も保護者に不要な迷惑をかける学生が多いのも事実であろう

 司馬遼太郎は『オランダ紀行(街道をゆく)』で、十九世紀欧州で生まれた児童文学の『フランダースの犬』を、なぜ欧米人が日本人ほど好まないかを問うている。司馬は、自立ということばに「他人に支配されないこと、自分で考えて行動すること、他人の権威を借りないこと、他に依存しないこと、他人の援助を当てにしないこと」という意味が入っていると考える。そして、祖父を亡くした十五歳の少年ネロが、忠犬パトラッシュと寄り添うように死んでしまう物語は、年少者にも自立を促す「近代の美徳」にあわなくなったと解釈する

 もちろん、どんな「良い子」も生き残る術を使い尽くす必要がある。しかし、司馬の言う「自立」を一面的に捉えて、他人の言うことを聞かず、社会のルールや規範にすら従わない、というのは、単なる「甘え」だ

 キャンパスでは、そんな甘えた学生が散見される。例えば、禁煙の学生ラウンジで喫煙するような学生は、自立した大人とは到底言えない。もしかすると、喫煙者を甘く見逃がすような周りの学生も同罪かもしれない

 自立した大人になって、キャンパスの内外で逞しく生き抜いてほしい。(H)

1205号 (12月10日発行)掲載

 ちょうどロータリークラブの奨学生としてドイツに滞在して二カ月が過ぎたところだった。現地クラブの会合が毎週金曜にあり、留学生はしばしば昼食に招かれた。だがその日に集まった現地ロータリアンはいつもと違ってみな一様に興奮していた。会長のスピーチは「今日このような記念すべき日に……」という前置きから始まった。状況がのみこめない私たち留学生は、帰りに駅のキオスクで新聞を買って、事の次第をやっと知ったという後の祭り。二〇〇九年十一月九日「壁の崩壊」、その翌日のことである

 「壁の崩壊」という歴史的瞬間にドイツにいたが、だが周囲の動きからは完全に取り残されていた。小型テレビを買ってニュースを見たり、新聞を読んだりするようになったのは、「これではいけない」と思ったそのあとから

 先日の授業で「新聞の終焉?」というドイツ語の記事をとりあげた。インターネットの普及で購読者が減少し、新聞社もかなり苦戦している様子だ。クラスの学生に聞いたところ、「新聞を毎日読む」と答えたのは半数以下。新聞を読むどころかテレビも見ず、インターネットのニュースで十分だという声もあった

 たしかにインターネットは便利だ。世界中の情報に瞬時にアクセスできる。ただし関心のない情報を素通りする危険もあるのではないか。興味があることに集中するのは大事だが、幅広く世界の動きにも関心を向けてほしい。あの二十年前のような瞬間はいつ来るかわからない。(M・H)

1204号 (12月3日発行)掲載

 「洋もの」が売れないらしい。日本の音楽・映画市場は「邦高洋低」が鮮明。ハリウッド映画会社も活路を求め日本人好みへのイメージ戦略。原作を買い取ってハリウッドが作る映画も時代とともに変化。「ゴジラ」「ドラゴンボール」などの日本のファンを無視した制作も減少傾向。賛否両論あるが3DCG「ATOM」は素晴らしい出来だった。日本の原作はどんどん世界に広がり喜ばしい限りだが、果たしてどのくらいの金額で原作権を渡しているのか気になるところ

  不況の影響もあり、現在新しい企画にはどこも乗ってくる気配がまるでない。そんな折最近は米映画会社自ら主導して邦画制作を進めている。共同制作は主にTV局だ

 今現在の邦画はすでに人気のあるもの、何度も目にする役者やタレントのオンパレード。邦画で大当たりした「ルーキーズ」などは典型。映画ではなくTVドラマの焼き直しだ。自局のCM枠の大解放、垂れ流し状態で映画館に足を運ばせる。観客側も大枚はたいて安心してしっかり泣ける映画か単純でわかりやすい派手なものしか選ばなくなる。そんなTV局と米映画会社主導で制作するものが文化の多様性を生んでくれるのか、という懸念や低俗化しかねない危険性をはらんでいる

 とは言いながらいつの時代でもそんな大衆の中から突然変異のようにとんでもない作品が生まれてきている。不安は考えるとキリはないが混在となっている今は海外投資でも何でも受け入れ、質より量。いけるところまでいってしまうのもアリかもしれない。誰も一年後の予測など不可能な時代なのだから・・・。 (K・K)

1203号 (11月26日発行)掲載

 劇団銅鑼の「センポ・スギハァラ2009」を観た。一九九二年初演の前作同様、杉原千畝・幸子夫妻の心の有り様がよく描かれ見応えのある舞台であった

 千畝は一九一八年四月に高等師範部英語科に入学し、官費留学生として哈爾浜に派遣される翌年秋まで、本学で学んだ。リトアニアの在カウナス日本領事代理として「命のビザ」を発給し、六千人のユダヤ人を救ったことは有名である。「東洋のシンドラー」と讃えられる千畝であるが、後年、彼はビザの発給を「自分としてできることをやったにすぎない」と述懐している。この謙虚さはどこから来るのか

 また、同窓である野村万作氏の「釣狐」を観た。この狂言は「猿(靱猿)に始まり狐(釣狐)に終わる」と言われるほどの大曲で、今回は面も装束もつけない袴狂言として演じられた。万作氏の老狐がいい。僧に化けて殺生の無益さを猟師に迫るという筋書だが、老狐ぶりを荒々しい息づかいで見事に演じて見せた。百歳に余る老狐の息づかいは、時には万作氏自身の息づかいとも、時には七八歳でこの大曲に挑む狂言師の心の叫びとも思われ、強く心に残った。袴狂言は、簡素なるがゆえに役者の姿と心とが露わになるという。その特色がよく表れる、何とも「凄い」演技であった

 氏ものち、千畝同様、「自分としてできることをやったにすぎない」と述懐するのであろうか。己の生き方を貫いた人の姿・心は美しいものだと感じさせる二つの舞台であった。それを観た私は、「自分としてできること」とは何ぞやと、いま考えている。  (M・S)

1202号 (11月19日発行)掲載

 このコラムを書くにあたって、自分が学生だったときのことを思い出してみた。携帯電話もPCもインターネットも今ほど普及していない時代だったので、連絡手段はもっぱら固定電話だった。E-mailを使用することはできたが、やり取りをするにはネットワークに接続された端末室へ行かねばならず、お世辞にも便利とは言えなかった

 あれから十五年、携帯電話やPCはもはや一人一台と言っても過言ではないくらい普及し、ネットワークも高速になった。インターネット上では膨大な情報が公開され、それを閲覧することができる。便利な世の中になったものである。かつての自分と比べて、ネットワーク経由でさまざまな情報にアクセスすることができる今の学生諸君を羨ましく思う

 ネットは確かに便利だ。しかし、だからと言ってそれに頼り切ってしまうというのはいかがなものかと思う。「頼り切ってしまった」例として、提出されたレポートの内容がサイトの内容をコピー&ペーストしてきたものだった、というのが挙げられる。「自分の力でなんとかしよう」という意欲が低下し、安易に正解を得ようとした結果だろうが、これは不正行為であり、絶対に許されない行為だ。これから社会に出て、数々の難問に直面していくことになる若者が、そのような姿勢では困る

 便利なネットの情報を利用するのは結構だが、最終的な答えを導き出すのはせめて自力でやってもらいたいと思う。他人の考えをいくらつなぎ合わせても、ブレイクスルーは起こらないのだから。 (K・H)

1201号 (11月12日発行)掲載

 夏季休暇を利用して、米国ニューヨーク州イサカ市に本部を置くコーネル大学(Cornell University)に滞在した。実業家Ezra Cornell と息子Alonzo Cornellによって一八六五年に創設され、一二〇カ国からの留学生を含め二万人の学生を有し、あらゆる分野で世界をリードする私立(一部州立)大学である。これまで、多数のノーベル賞受賞者を輩出しており、名門大学から構成されるアイビー・リーグに属し、大学ランキングでは 科学工学、物理工学分野が、常に、米国トップグループに位置し、また全ての学科において入学は難関といわれている。私立大学の名門だけあって、早稲田大学の三倍ほどの学費であるが、世界からの国費留学生など優秀な学生が集まっている。ただし、入学後の単位取得が極めて厳しく、講義において質問等の発言をしないと出席したとはみなされず、講義の半分が学生と教員との質疑応答に費やされる。また、毎週課されるレポート提出も大変で、ほとんどの学生が夜中まで図書館に篭り作成に明け暮れている。在学中に豊富な基礎知識と実用的な専門技術、そしてディベート能力を身に付ける鍵はここにあるのかと思う。この大学でも、低炭素社会の実現のための技術として、電気情報、エネルギー、環境分野が脚光を浴びており、米国環境・対策法に基づきスマート・グリッドに対して研究予算四五億ドル(約四千億円)が計上され、また、関連研究所が設立されるなど、双方向通信技術(IT)や先端クリーンエネルギー技術を活用した次世代エネルギー供給システムの研究開発が活発化している。(R・Y)

1200号 (11月5日発行)掲載

 二十代で早稲田の教員になってごく初期の頃のゼミの教え子たちが、同期会を開くので先生もいらしてください、という。全国各地で活躍していたのが、この春からいっせいに東京近辺勤務に戻ってきたので、卒業後十周年を記念して一度集まろうかとなったようだ。皆三十代に入って、何割かは結婚し子どもができ、仕事でも自分の差配できる大きい領域が持てるくらいには出世をし、順調そうで何よりである

 年一回のOG・OB会(我がゼミは女尊男卑なので、OGが常に優先)では、これまでなかなかこの期は常に主要メンバーの誰かが地方にいて全員が一堂に会することはなかったので、本当に卒業以来久しぶりのほぼ全員集合で、会には懐かしい顔が揃った。アルコールが進むにつれ、次第に学生の時のような会話になっていく。酔いのせいか、彼女ら彼らの顔も二十前後の頃のように見えてくる。なんと楽しいひととき。大学の教師になってよかった

 話は次第に、最近の新社会人の行状についての辛口になる。彼女ら彼らの口から「最近の学生は」とか「今の子たちは」という台詞が出ると、待ってましたという感じで、かつての君たちもこれこれだったよ、と例証つきでまぜっかえす。結局は、早稲田の学生は今も昔も本質的なところは変わってない、と確認して、早稲田のOG・OBは何かしらホッとした顔になる

 最後に、今度後輩のゼミ生のコンパに「お財布」になりに行きますよ、と言ってくれる瞬間が、なんだか早稲田らしくて、私は大好きだ。 (T)

1199号 (10月29日発行)掲載

 田んぼの畦の曼珠沙華が美しく風にそよぐ。稲穂は頭を垂れ、柿も色づき始めて秋の気配が日一日と濃くなっていく

 人生を一日二十四時間にたとえた話がある。零時に生まれ、昼十二時が人生の真ん中で、二十四時に人生を全うする。最近の発表によれば、日本人の平均寿命は男性七十九年、女性八十六年とのこと。筆者は今、人生時刻の午後六時にいる。ほどほどの経験も積ませて頂いたと思う一方、これから自分自身に何を起こそうか、若い諸君に何を残せるだろうかと自問しているところである

 一方、多くの学生諸君は今、朝の六時から八時頃にいるのであろう。清々しい空気の中、今日一日を新たな希望を持ってスタートする時間帯である。あるいは昨日の出来事でしょげていても、陽が昇るとともに元気を取り戻すことになろう。人生で言えば、生きるための力を養成し、蓄える時期である。少々の失敗があろうとも、夢に向かって果敢に挑戦して欲しい

 大学を出て社会人になり、経験を積み、四十歳にもなれば重要な役も任される。後輩の指導・育成も大切である。時刻はちょうど正午である

 午後に入ると少し気だるいだろう。体力は下降し始め、健康にも留意が必要となる。その時、君は人生後半をいかに生きようと考えるだろうか?どんな目標を設定するだろうか?

 やがては夜の帳が下りてくる。彼岸花のシルエットを美しいと感じるように生きたいものである

 秋色の濃くなる中、諸君も「自身のこれまで、現在、これから」を人生時刻で考えてみてはどうだろう。(T)

1198号 (10月22日発行)掲載

 ある雑誌で、某大手コンビニチェーンが外国人社員の積極的な採用に取り組んでいるという記事を読んだ。二〇〇九年四月の新入社員は約三分の一が外国人とのこと。よくありがちな「海外展開」のためかと思えばそうではなく「内なる国際化」が目的だという

 入社後のキャリアフローは日本人とまったく同じ。研修終了後は各店に配属され店舗経営のノウハウを学んでいく。日本人とは異なる価値観や考え方を持つ外国人社員の存在は、日本人だけの硬直した会社文化に刺激を与え、それによって組織は活性化していくのだという

 しかし、これはまったくの憶測ではあるが、異なる価値観や考え方を持つ同僚の存在に戸惑いを覚えている日本人社員もいるのではないだろうか

 早稲田大学は二〇一五年に留学生を八千人にする計画を持っている。今の留学生数の約二・五倍。単純にいえばキャンパスで留学生と接する機会も約二・五倍に増えることになる

 暗黙の了解でやってきたこれまでのやり方が通用しない。一つひとつ言葉での説明が求められる。今までのペースで物事が進まない。講義でゼミでサークル活動でそんな場面が増えていくに違いない

 「国際化」という言葉は耳に優しい。しかし、いざ自分がその当事者になってみると、心地よいばかりではないことに初めて気づく。これまでの価値観が揺さぶられないよう目を閉じてやり過ごすか。自分たちのコミュニケーションを振りかえる好機ととらえるか。早稲田大学の「内なる国際化」はどこに向かうのか。(み)

1197号 (10月15日発行)掲載

 十五年ほど前の話であるが、アメリカの大学で博士学位を取得した。そのときの経験である

 私の所属した博士課程には、アメリカ人もいたが、それより多くの留学生もいた。留学生を含めた多くの博士課程の学生がResearch AssistantshipやTeaching Assistantshipをもらい、学費免除の上で、額は少ないながらも給料をもらって研究をしていた。特にRAの学生は、研究成果がでなければRAを続けられないという危機感の中で、研究に打ち込んでいるのである。お金があり、自ら学費を支払って研究をするのと、生活が懸かっているRAとでは、研究をする動機という点で比べものにならない

 日本では、学生に給料を払って研究させるという考えはあまり主流ではない。しかし、海外の研究者と話をするときに、博士課程の学生を何人ももっているというと、おまえはずいぶんと研究費を稼いでいるのだなと言われる。博士課程の学生は給料を払って雇うというのが普通なのだ。優秀な学生にお金を払って研究してもらう。研究費を獲得することが優秀な学生を確保する手段であり、そしてそれがまた、次の研究費の獲得に結びつくという循環になっている

 学生の立場で考えれば、給料をもらうからこそ、しっかりした研究をしなくてはと考えるし、アルバイトなどせずに研究に専念することになる。アメリカの大学から良い成果が出てくる理由の一つとして、研究を推進する博士学生の待遇の問題もあるように思われる。 (N)

1196号 (10月8日発行)掲載

 八月三十日、日本で歴史が動いた。自分が投じた一票で新しい政権が誕生したと感じている人も多いと思う。

 海外の反応を見ると、新政権の外交・安全保障政策に対して期待と不安が混じっているようだ。日本はこれからどこへ進もうとしているのか。

 しかし、何よりも重要なのは政権交代によって、見えにくいと批判されてきた日本の政治の中身が見えやすくなることだろう。

 「民主平和論」という理論がある。国際政治の中で最も法則に近いと考えられている理論だ。これまで、民主主義国家は非民主主義国家とは幾度も戦争している。非民主主義国家同士の戦争も多い。しかし、民主主義国家同士は一度も戦争していない。なぜなのか。

 政策決定過程が透明であることや、国民によるチェック機能などが重要なのではないかと考えられている。

 政権交代によって日本は民主主義国家として新たな一段をようやく昇った。民主平和論が機能するためには、私たち国民が安全保障政策に目を光らせ、自分たち が選んだ政権を支えて行く気構えが必要だ。政策論議に参加し、そもそも論を戦わせ、国内の議論が活発になればなるほど透明度は上がる。そして、それが、国 際的な安定にも繋がる。 (PMK)

1195号 (10月1日発行)掲載

 「近ごろの若者は・・・」との言い回しは、古代エジプトの昔から使われていたとの説がある。その出典は明らかではないが、大事なのはこうした文句が大昔から本当に存在していたのかではなくて、この文句に潜む本質であろう。つまり、人間は、古今東西を問わず、若者とシニアとの間に世代間ギャップを抱えているということであると思う。

 先日、同じ電車に乗っていた大学生風の若者に目がとまった。混んだ電車で足を組んで座り、その耳につけたヘッドホンからは高音量で音楽が周りに漏れている。降車後、傘の柄を握った腕を、子供の目の高さに届かんばかりにまで、振りながら路上を歩く。

 どこまで一緒かと思ったら、同じ大学の構内に入る始末で、しまいには吸っていたタバコを地面に投げ捨てて教室棟に入っていく。「よし、これはやはり注意せねば」と勇んで後ろから彼に声をかけようと近づきながらも、結局やめてしまった。

 注意して逆ギレされるのが怖かったのではない。冒頭の一説が脳裏を急に過ったのである。挙句に「今の自分に彼の行為を諌めるだけの資
格があるだろうか」などと、いらぬ心配までしたのには訳がある。

 若者が時代や大人を映す鏡であるのは、今も昔も大して変わらないだろう。いい大人が件の彼と同じような振舞いをしている光景は、今日珍しくもない。昔だったら、立派な大人が若者たちに遠慮なく説教を垂れていたのではなかろうか。その意味で、自分もいい反省の機会をもらったと妙に得心してしまったからである。 (I)

1194号 (7月16日発行)掲載

  かつてはヒトの魂、こころは心臓に宿っていると考えられてきたため、心臓が止まったときをヒトの死と考えてきた

 過日、臓器移植法改正案が衆院と参院で可決された。その主な内容は、本人の意思確認がなくても遺族の判断で脳死判定を行い、臓器の摘出ができることである。来年から本法が施行されれば、これまで本人の意思を表明できず臓器提供を行うことができなかった小児からも臓器摘出ができることになる。

 海外諸国では脳死をヒトの死とし、生前に本人の意思表示が無くても遺族の同意があれば臓器提供が行える。日本では生前の意思表示が必要であるため、また脳死をヒトの死とする死生観が受け入れられていないためか脳死者からの臓器移植件数は欧米諸国と比べて少なく、臓器移植法が制定されてから約十二年間に八一例の脳死者からの臓器提供が行われたに過ぎない。

 これまで不治の心臓病をもつ子どもは唯一の治療法である心臓移植術を受けるために巨額の費用を支払って海外で移植手術を受けてきた。しかし、ドイツでは自国の患者を優先すべきとの考えから外国人への移植治療が制限される動きがあり、移植医たちも日本で移植を受け
られるように法改正を行うべきだと訴えてきた。この様な__外圧_≠熏。回の法改正の動きを後押ししたのであろう。

 ヒトの死を法律で定義することは、いつかは行わなければならないことであるが、死生観に関する大切な事柄を決める際にも外圧の影響を受けて慌てて決めるのは寂しい気がする。(KK)

1193号 (7月9日発行)掲載

  今春の六大学野球早慶戦は二連勝。神宮球場に集まった学生の応援も盛り上がった。野球「早慶戦」やラグビー「早明戦」など、スタンドに集まった学生たちの「校歌」と「紺碧の空」の大合唱を見ていると、毎度ながら微笑ましく感じることがある

 初対面の者が肩を組んで歌い、抱き合って早稲田の勝利を喜び合う。早稲田の人間であればごくありふれた光景だと思うかもしれないが、他者への警戒心が過剰に高まってしまった現代社会や、コミュニケーションが苦手な若者が増えている現状から考えれば特筆に価するのかもしれない。もちろん恒例のお祭り騒ぎの場での話であるから単に早稲田の学生はすばらしいということにはならないが、少なくとも私にはその光景がとても貴重なもののように思える

 集まり散じて人は変れど、仰ぐは同じき理想の光♪♪ よく引用される校歌の一節であるが、早稲田という言葉の持つ懐の深さと安心感が、学生と学生を結び付けている。そして、その結びつきが学部や学年、さらには年代と地域を越えて広がっている。漠然として何ら実態感のない表象であるが、早稲田という言葉の持つ「力」に支えられた経験のあ
る人は少なくないはずである。そしてその実感は、卒業して社会に出てから時が経つにつれてさらに強まるのかもしれない。だから、学生諸君もこの「早稲田」という言葉を汚すことなく、大切にし、またその言葉のもつ懐の深さと安心感を広げることに貢献してもらいたいと思う。 (S)

1192号 (7月2日発行)掲載

 最近、ある外国の学生から、「私の暮らしている社会には腐っているところがある。でもその社会を変えていきたい」といった趣旨のメールをもらった。二十歳前後の学生が社会に対して強い問題意識を持っていることに、大きな感銘を受けた。

 これまでいろいろな国の学生に講義をしてきたが、外国の若者の意欲の高さにはいつも刺激される。知識を吸収しようと真剣なまなざしで講義を聞き、分からないところがあれば納得がいくまで質問をする。言うまでもなく、居眠りや内職をする学生など皆無である。教える私としても、彼らの意欲にこたえたいと、自然と講義に熱が入る。

 先日は、イラクの人たちに講義をする機会があった。講義をするまでは、どんな受講生たちが集まってくるかと正直なところ少々びくびくしていたのだが、講義が始まってみると、これまでにないほど充実した講義になった。受講生たちの、困難を乗り越えイラクの社会を再建したいという強い思いがそうさせたのだろう。

 社会に責任を転嫁するのは簡単だ。国が悪い、大学が悪い、教員が悪い…。不景気が悪い、非正規雇用が悪い、ゆとり教育が悪い…。しかし、不平を言ったところで社会が変わるわけではない。あとに残るのはむなしさだけ。

 君たちも、いずれは社会に出ていくことになるだろう。社会には困難や問題、時には不条理があふれている。理想的な社会など、存在するはずがない。問題は、その社会で君がどう生きるかだ。どう生きたいかだ。(X)

1191号 (6月25日発行)掲載

 日本の大学は入るのは難しくて出るのは簡単。そんな状況でも、企業がしっかり教育するから日本社会は高度なレベルでまわってきたといわれる。特に製造業では、仕事自体だけでなく、汎用的な技術・理論まで企業内教育を行ってきた。

  学生が大手企業への就職を指向するのは適切な選択だと思う。大手企業では教育が充実しているし、人脈も豊富である。 しかし、いまこの不況。企業が予算を削減する主要な項目のひとつが教育費である。
  先の「失われた十年」と呼ばれた不況時、多くの企業は教育費を削減した。その悪影響はタイムラグをもってゆっくりとその企業にダメージを与えた。企業の中のある世代だけ必要な教育が薄まっており、その世代の一部の人たちは教育に熱心でない中間管理職になっている。
  「企業は人なり」を再認識した企業は、二度と教育費の削減はしないと誓った。そして、今回のこの不況。残念ながら教育費を削減している企業は多い。

  このような中、学生はいまの内に自らを高めておかなければならない。大学は本来の教育機関としてより洗練し、効率的に機能しなければいけない。今後、不況が続き、グローバル化が進む中で、企業に入ってからでは十分な教育が期待できないかもしれない。企業は、教育の手間を避けて、中途採用を増やし、新卒採用を減らすかもしれない。不況の中、高級ブランド品が敬遠され、実質的に使い勝手のよい衣料品・雑貨が好まれるという風潮は別世界のことではないような気がする。 (N)

1190号 (6月18日発行)掲載

 このところ、昼休みになると、キャンパスのあちらこちらで、場所をわきまえず飲食をする学生を多く見かける。校舎内ならまだしも、建物脇で地べたに腰をおろして弁当に貪りつく姿を目にすると、ぞっとするのは小生だけではあるまい

 このご時世、そんなことに目くじら立てる方がおかしいと言われそうだが、やはりどう考えても自慢できる光景ではない。むろん、本学だけに限ったことではないはずだ。確かめたわけではないが、電車やバスのなかでしばしば遭遇する本学の学生と同世代の若者の行動をみれば、それは類推できるというものだ。彼らは、人目をはばからず飲食をするかと思えば、化粧もし、なかには着替えまでするツワモノまでいるのだから

 いまさらマナーが悪いと嘆いてみてもしかたないので、こういう状況に至った背景に思いを巡らせてみた。まずは、コンビニが巷にあふれて、弁当などが簡単に買えるようになったことが大きい。また、好不況にかかわらず、年中お金に苦労している学生にしてみれば、学食や近隣の飲食店を避けて、手軽にかつ安く昼食を済ませたいという気持ちもわかる

 一方で、大学側にも大いに責任がある。学生の数に比べて飲食コーナーが少なすぎるのはだれの目にも明らかだ。学問ばかりでなく、マナーを教えるのも教育のうちとなれば、早急に飲食場所を確保する努力が必要だろう

 どうやら簡単に解決できそうもないが、せめて椅子に腰かけて食事するよう学生諸君
には勧めたい。第一、今のままでは消化に悪すぎる。(Y・I)

1188号 (6月11日発行)掲載

  週に三回、一限の授業がある。六時過ぎに起床し、朝食をゆっくりとる。八時三十分ぐらいに高田馬場に着く。ここでちょっとした逡巡がある。歩いて行くか、バスに乗るか。歩いて行く方が身体にもいいし、節約にもなるというのは分かっているのだが、決まったように足はバス停に向かってしまう。バスの中からぼんやりと外を眺めれば、歩いて大学に向かう学生諸君の姿が目に入る。

 五木寛之のエッセーに、高田馬場から学バスに乗っている時、歩いて大学に向かう先生と目が合い、身のおき所がなくて、もじもじしてしまったという話があるが(『風に吹かれて』「横田瑞穂先生のこと」)、信号待ちなどで、知っている学生と目が合ったりすると、やはり少し後ろめたいようなどぎまぎした気分になる。

 大学に着くと、清掃スタッフの方たちがちょうど朝の掃除の片づけをしている。彼らのおかげで、前日にいくら汚れていても、翌朝にはゴミ一つない状態に戻っている。

 研究室で心を授業モードに切り替えたあと教室に向かう。教室の黒板も丁寧に拭かれていて、チョークの粉なども残っていない。窓からは明るい朝の光が差し込んでいる。

 授業を始めるには申し分のない環境かと思いきや、教室の中はなぜかどんよりしている。学生の多くは赤い目をこすったり、机に突っ伏したり、中にはオール明けとおぼしきうつろな表情の者もいる。このどんよりした空気を一掃し、教室全体を授業モードに切り替えるのに毎回一苦労する。一限授業の唯一の欠点である。 (M)

1188号 (6月4日発行)掲載

 親しくご指導いただいた先生が亡くなられ、先日お別れ会があった。大学教授をされた晩年に至る数年間を除けば、大方の時期、在野の評論家として活動された。各地から四百五十名以上が集まり、ごった返す中で故人を偲んだ。

 その会で配布するため、足跡を振り返る小冊子を編集した。多面的な活動の一つ一つを追い、未知の側面が多いことに気づかされた。

 その活動の「エンジン」は何だったのだろう。専門は写真批評、評論、研究であった。全国各地で写真の魅力を説き、写真展を企画し、海外へもリサーチに出かけた。美術館に写真部門を創設したり、総合大学で写真史の授業を始めたりという、多岐にわたる足跡は、写真というジャンルが市民権を獲得していった「歴史的変化」と重ね合わさる。

 「読み、書き、そろばん、そして写真」というコトバも先生の口から耳にしたものだ。写真はコミュニケーションのためのリテラシーであり、総合大学でこそ教えられねばならないという「共生」への思いが込められている。デジカメ、写メ、YouTubeと日常の中に共存するようになった写真や映像の現在。写真を見ること、使うこと、そしてビジュアルな表現やデザイン全般を扱えるようになること、そうしたリテラシーこそが一般に広く必要とされている。

 私を含め、先生から恩恵を受けた人々は、そうした変化を肌身で感じている。先生が時間をかけて広げてきた領域は、お別れ会で方々から集まった人の渦と重なる。先生の記憶とともに忘れられない初夏の一日となった。 (Y)

1187号 (5月28日発行)掲載

  裁判員制度が始まった。司法制度改革の一つの柱「国民の司法参加」の具体化であり、改革の「残された最大の課題」とされる。死刑制度存置ゆえ、これにより個人が同胞市民の生殺与奪の権を手にする。しかも被害者参加制度と組み合わされて。公判前整理手続があるとはいえ、連続三日の「迅速な裁判」が、専門家による精密司法に対する素人の健全な常識によるチェックという理念に背き、冤罪の温床となる危険はないのか。

 司法制度改革のもう一つの柱、法科大学院の現況はどうか。規制緩和の流れで設立のみ自由だったが、第三者評価という外部統制に服し、教育内容まで「コアカリキュラム」によって標準化されようとしている。修了生の品質保持のため定員削減圧力は強まり、設立僅か五年あまりで市場から退場を迫られるところも出てきそうだ。学生にとっては、いわゆる「三振問題」(三回しかない新試験受験機会に全て失敗)が深刻である。市場による健全な淘汰?制度設計のミス?いずれにしろ合格率による選別によって法科大学院の「新司法試験予備校」化には拍車がかかるばかりだ。

 司法制度改革が司法の場にもたらすものも、規制緩和・行革に代表される九〇年代以降の諸改革から生じた現在の閉塞的で殺伐とした社会風景と同質のものになりそうである。

 司法制度改革当初は法学部廃止も取り沙汰されたが、改革の現状を見るにつけ、学部における法学教育の重要性を再確認しなければならないと改めて思う次第である。「新司法試験予備校」の予備校に堕すことのない、「市民」のための法学部。(源)  

 

1186号 (5月21日発行)掲載

  昨年、大麻問題がメディアで広く取り上げられ、大学生間にも大麻使用が広がっている現実が明らかにされた。本学でも、その予防対策を講じているところである

 薬物使用に無関心の人にとっては「捕まってしまえば犯罪者というラベルを貼られて一生を棒にふる結果になるのになぜ?」と思えようが、青年期に見られる特性に「自分は特別な存在」という自己中心的な信念があり、これが影響を及ぼしている。つまり、「不都合なことは自分には起こらない」ととらえて、薬物で捕まっている人の存在を知りながらも、自分だけは見つからずに平気なはずと受け止めてしまうのである。さらに、自分に対しても「誰に迷惑をかけるわけでもなく、使うか使わないかは自分の勝手」「誘われたからやったまでで、自分は悪くない」「強い薬物ではないので大したことはない」などの言い訳をして薬物を使っている

 「非日常的な体験をしてみたい」「がんじがらめのこの現実生活から逃れてみたい」との欲求は誰しも持っていよう。しかし、それを満たすために誰もが薬物使用に至るわけではない。こうした目先の快を満たすことに目を奪われないでいられるかは、その行為が長期的に見てどうなのかを冷静に判断できるかにかかっている。良い将来が展開するだろうとの希望的観測がなければ、短絡的思考のわなに陥ってしまう可能性は高いであろう

 自分や友人がこうした思考パターンを有していないかをチェックしてみることは、大麻予防に当たっての一つの観点となろう。(KF)

1185号 (5月14日発行)掲載

 アレッ、先週はどこまで進んだっけ?ちょっと君、すみませんが(そっと)教えてくれる?年齢とともに記憶力に自信がなくなり、講義のはじめが不安になることもある今日この頃である。しかし、そのような私でも思い出すことができるパターンがある。それは「雨の日の旅行」パターン。

 しっかり準備して、楽しみに待ったその日。朝から雨でも降っていればガッカリだろう。誰でも旅行は快晴がいいに決まっている。私も以前はそうだった。しかし、長い人生必ずしもそうとは言えないということがわかってきた。快晴の中、すべてが順調にいった旅行は、確かに終わったときには充実感がある。ところが楽しかったわりには意外と中身は忘れてしまうものである。

 逆に、雨の日、ガッカリしながらも予定通り行かざるをえなかった旅行は、記憶に残っている。小学生のときの万博、中学生のときの高原、大学生のときの遊園地、みんな雨の中だった。不思議だがそのときのことは、別にアルバムを開かなくても結構思い出すことができる。だから、雨の日、「きっとこれは記憶に残る旅行になるぞ」と前向きな期待(?)を抱けるようになったのだ。

 2009年3月25日の早稲田大学の卒業式は、なぜかその日だけ雨が降った。私に言わせれば「雨の日の旅行」パターンだ。だから私は思った、卒業する諸君、学業成就おめでとう、雨が降って残念だが、私が保証します、一生記憶に残る卒業式になるのです、今日の意味を忘れず、立派な社会人になってください!(E)

1184号 (5月7日発行)掲載

  今年も桜の中で新たな学生たちを迎えた。やや遠慮がちに、しかし期待を込めた表情で互いに声をかけ始める新入生たち。彼らはこれからどんな関係を築いてゆくだろうか

 相反するデータがある。『世界青年意識調査』(内閣府)によれば、日本の若者が充実感(生きがい)を感じるのは「友人・仲間といるとき」が最も多く、「スポーツ・趣味」「異性」を引き離している(〇三年)。学校に通う意義についても、「友達との友情をはぐくむ」を選
ぶ回答が最も多く、知識・技能・資格の習得を挙げる他国との違いが際立つ(〇七年)

 他方、『世界価値観調査』(電通総研)によれば、月に一・二回以上友人と共に過ごす若者は他国で約九割なのに、日本では三人に二人(〇〇年)。『高校生の友人関係と生活意識』調査(日本青少年研究所)でも、「友人関係がうまくいく」ことを大事にしているとする回答は、米中韓を含めた四カ国中、日本でとくに低かった(〇五年)

 多くの学生が友人との関係に大きな意義を見出しながら、その時間を十分持てずにいるのだろうか。むしろ多忙な日常を上手にやりくりし、限られた時間の中で互いにコミュニケーションを尽くして、多くを共有しているなら頼もしい。けれども、「仲間が大事」という規範意識ばかりが先行し、実際には親密なつながりを築けず、その圧力のもとで立ちすくんでいる学生も居はしまいか

 新入生に「早稲田」は大きすぎるだろうか。でもまもなく、それが一つの仲間の名前であることに、気づいてもらえると信じたい。(T)

1183号 (4月23日発行)掲載

 ゴールデンウィークを間近にし、新緑のすがすがしい季節となった。キャンパスは慌ただしかった四月から解放され、ひと息つく時期になる。期待と不安を胸に入学してきた新入生も早稲田の生活にもようやく慣れ、そろそろ新しい友人でも出来た頃だろうか

 各地から上京し一人暮らしの学生にとっては、東京での暮らし、大学での生活などさまざまな不安を抱えているかもしれないが、そういうときは同郷のものが集まる会などに顔を出してみるのもいい。なつかしい故郷の話に花が咲き、東京での暮らしの不安が解消されるかもしれない

 そのような席でよく見られる光景でなごむのは「君、部活何だった?」「何々高校の何々先生知ってる?」などの会話である。そしてお互い初対面にもかかわらず意外に共通の知人が存在することにびっくりする。まさに「世間は狭い!」ということになる

 『複雑な世界、単純な法則』(M・ブキャナン)によると「世界中の誰とも六人以内の友人を介してつながる」という説があるそうだ。これはアメリカの心理学者が発見したもので「六次の隔たり」と呼ばれている。現在約六十七億人いる世界中の人々とは六人いれば何とかつながるということだ。そしてさらに「強い絆」よりも「弱い絆」の方がこのネットワークでは重要な役割を果たすという。緩やかなネットワークの構築ということだろうか

 学生時代は少人数の密な友人関係も大切だが、いろいろなところに顔を出して幅広いネットワークをつくることも長い人生には有益である。(たけ)

1182号 (4月16日発行)掲載

 大学時代は、「自立から自律へ」の助走期間である。自立は、まさに「独り立ち」であり、この言葉の背景に見えるのは、まだ一人前でない自分であり、自立に向けて支えてくれた人たち、特に両親や兄弟、そして親しい友人などである。大学入学の節目に、そうした人々の君たちへの期待に思いを馳せ、それに如何に応えるかを考えるとともに改めて感謝の念を心に刻むのも、君たちの成長には有益なことであろう

 しかし、この自立はもはや目標ではなく、実現しなければならない現実である。一方で、「自律」は、いつまでも持ち続けて欲しい目標である。「自律」とは、他からの支援や助力を受けず、自らの行動を自分の立てた規範に従って制御するという意味であり、英語ではself-control、あるいはself-management、self-determinationと表現される。とくにコントロールやマネージメント、決断を強調しておきたい。「自立」には、それに至る過程での他からの支援や影響が内包されているのに対し、「自律」は、それとは逆に他の人への助力や影響を与える意味合いを持つ。「自分で考え、自分で行動し、物事や他の人を動かす・活かす」といった広がりを持っている。今後は「自律」を貪欲に追求してほしい。それが早稲田に学ぶ者の心構えであり、責任である。Henry David Thoreauは言っている、「夢に向かって、自信をもって進み、思い描いたように、生きようと努力すれば、思わぬ成功を手にするだろう。これこそ真実である。」と。(KN)

 

1181号 (4月9日発行)掲載

 職責上、問題を起こした学生の面接にも数多くあたる。引き受けた以上言ってはならないことかもしれないが、「心の折れる」作業である。日頃は、明るく楽しく学生と接している(つもり)だけに、渋面や強面、叱声にまみれる時間が、とても嫌である。こうした時間の後に、これでよかったか、と追いかけてやってくる悔恨も、何より辛い

 でもそれ以上に、ご家庭がいろいろな事情を抱えていて、本人は非常にがんばっているのに、時間的・体力的に成績不振が避けられない状況にある、という学生に会うのも、実に辛い。あたう限りの助力を試みるが、力の限界を思い知らされ、また組織の限界も改めて自覚させられる

 そんな中でも、各箇所で、教員はともかく、職員の方々の尽力には
頭が下がる。身内ぼめは当欄ではタブーかもしれないけれども、よその大学の職員の対応を経験すると、早稲田はなんと学生のために骨身を惜しまない職員の方々の多いことかと、しばしば思う

 そんな事情をぜんぜんご存じなく、平気で職員の方々に偉そうな暴言を吐き、過剰な特別扱いを要求するいっぱしの「お得意客」気取りの学生にも、残念ながらしばしば接する。そういう学生に限って、教員が出て行くと打って変わってしおらしく反省した素振りをすぐ見せる。権威主義的なのか、懲罰権者には下手に出ておこうという計算か。その態度にのっかって、偉そうに説教など始める我が身が、これまた浅ましい

 よくがんばる多くの教え子たちが、救いと支え。(T)