
第875号 Jul.8, 1999
大学キャンパスとは叡知の杜であり、学生生活が躍動する空間であり、集まり散じた校友諸兄のこころのふるさとでもある。今春、大隈講堂と旧図書館が都の歴史的建造物第一号に選定された。本学を象徴する建物が選ばれたことは喜ばしい▼西早稲田キャンパスは建築学科の祖である佐藤功一によって秩序づけられたという。佐藤は嘱任当時、校舎配置の不規則なのに驚き、夏休みに校舎を曳家し碁盤目状に再配置したという逸話が残っている。正門も現在の南門の位置から移し、新たにメインストリートを形成した。これは敷地の最大傾斜方向へ伸びる軸でありドラマチックな景観変化を演出するとともに、敷地全体の有効利用にも寄与するものだった。そしてこの軸上に大隈銅像、大隈講堂を対峙させ、さらにこれと直行する軸上に演劇博物館を、二軸の交差する一角には旧図書館を配した。当時の建設費を調べてみると、大隈講堂は一般校舎の約三倍、旧図書館と演劇博物館は約二倍の坪単価であり、並々ならぬ情熱をかけて建設されたことが窺える。今日も、これら象徴的建築と直交軸はキャンパス景観の骨格を構成し、心地よい緊張感を演出している▼創立百二十五周年に向けて現八号館の位置にB棟の建設が検討されているが、大隈銅像に暗い影をおとし、演劇博物館を望む景観軸のバランスを壊すことのないような配慮が求められる。大隈講堂前の広場から正門方向を眺めたときに旧図書館の背後から無遠慮に高層棟が建ち上がった姿を想像すると胸が痛むのは私だけだろうか。
(春)
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第874号 Jul.1, 1999
そろそろ新歓コンパや一年生のクラス・コンパの時期は終わりだろう。だが、
早慶戦の後など、大勢で飲みに行く機会はまだまだありそうだ。大学生のコンパというと、どうも悪酔いして駅の構内や電車の中でへたりこんだり、急性アルコール中毒で病院へ担ぎ込まれるといった、あまり良くないイメージが付きまとう▼先日、「早稲田ウィークリー」に大隈小講堂で行われたアルコールパッチテストについての記事が掲載されていた。大勢の学生がテストを受けていたらしく、それで不必要な辛い体験をする学生(そして家族)の数が減れば良いのだが▼このテストも、教室で受けるテストと同じく、自分の持つ素質や実力(?)を測るためのものである。ただし、教室で受ける方の結果はその時点での測定値に過ぎず、努力如何で改善も改悪もされる。一方、大隈小講堂でのテストの結果は努力によって変えることは出来ない性質のものを表わしている▼残念ながら、変えられる結果を変えるために努力はしないのに、変えられない結果を「訓練」で変えようと高田馬場周辺に出没する学生は数多くいるようだ。努力云々は別にして、「テスト」の結果が何を示しているのか、それさえ理解できれば、「テスト」を行う側も受ける側も楽になるのではないだろうか▼「テスト」と聞いて、そんなことを考えてしまうのは、教員の職業病かも知れない。でも、せっかくある脳細胞を使わないで無駄にするのも、化学物質で無闇に破壊するのも、どちらも勿体ないと思わずにはいられない。
(真)
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第873号 Jun.24, 1999
米国ワシントンDCの研究所に出張した。実験漬けの毎日で、学内業務の忙しさとは違う充実した時間を過ごした。その中で、ホームレスの人達に食事を提供するボランティア活動に参加するチャンスを得た▼朝五時にホテルを出て、現地の研究仲間とミニバンに食料を積み、議会を遠く眺めながら早朝のDCを目的地に向かった。寄付で整備された施設には、厨房、大食堂、女性と子供のための小食堂、デンタルクリニック、健康管理室等があった。まず、リーダーからボランティア活動のレクチャーを受けた▼小学生グループ数人が先生に引率されてやってきた。揃いのエプロンと帽子をかぶって食堂の清掃と配膳準備に入った。我々の担当は四百人分の朝食を作ることだ。ひたすら卵を割り続けた。約千二百個もあっただろうか。そして、直径五十センチもある大きなフライパンでハム入りスクランブルエッグを作った。他のメンバーはとうもろこし粉の粥、パン焼き。四交代で提供する朝食サービスはあっという間に終わった。食事を取りに来たのは全員黒人、整然と黙々と食べていた。最後に、ボランティアが同じ朝食を取った▼本業以上にこの活動に熱心になったリーダーから話を聞いた。活動は年中無休、月一回一食の担当が決まっている。その日の昼食は、大学生グループであった。彼らの活動は単位に認定される。今回の小学生はみな白人で、裕福な家庭の子供が大半だそうだ。だからこそ社会のありのままの姿を見せることが大切であると言っていたのが印象に残った。
(義)
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第872号 Jun.17, 1999
三月末、夜通し車を走らせて奈良に向かった。福住あたりであったろうか、薄明の中、山のそこここに残雪が見えた。が、雪にしては少し暖かな色だ。疲れた目でそれを見やると、それは咲き出したばかりの桜ではないか。途中、大月から諏訪まで、冷たい雪が降っていた。それが残像となって、桜を白雪に見誤らせたのであろう。「吉野山消えせぬ雪と見えつるは峰つづき咲く桜なりけり」(拾遺集)の歌を地で行くような経験であった▼わたくしが勤める本庄学院のある大久保山にも、五月ともなると白雪ならぬ、白い花が咲き出す。ウツギに続き、大樹であるアカシアの花が咲き、萌えいでたばかりの若葉に「白」を添える。次いでエゴノキ。それが道に散り敷くさまは白雪に見紛うほどである▼この季節、本庄学院生は、これら樹々の息吹と芳香とを身に受けて通学する。本庄で言う「通学林道」を通って校舎に向かうのである。全国広しと言えども、「通学林道」を持つ高校も少なかろう。彼らは、このような自然の中で生活し、結果、その多くがいつのまにか都会派から自然派へと転向することになる。中には森の声を聞き、風の歌を聴きながら思索する、”哲学者”まで現れるのである。この山の自然は誰にもまさる教師であると言えよう▼二〇〇四年、本庄新駅が開業し、それと相前後して、大学の研究施設もできるらしい。さぞかしこの大久保山も様変わりすることであろうが、本庄学院生のかけがえのない学びの場であるこの山が、より良いかたちで開発されることを切に願うのである。
(茂)
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第871号 Jun.10, 1999
情報化という言葉は現代社会の変化を占う重要な用語としての響きを伝えている。今日、高等学院から米国議会のホームページへアクセスし、特別委員会の報告書の一端を手にした。コンピュータは、情報検索にはすこぶる便利な道具ではあるが、社会科学を専門とする私には一つの疑問が残る▼実は、この報告書は中国のスパイ活動を記したものであるが、こうした種類の情報伝達活動は、情報の送り手が主として自らの利益のために行っているものである。宣伝、広告、広報などはいずれもこうした事例にあたる▼このことは、情報と社会変動との関わりを考える上で極めて興味深い。市場原理や競争原理の本質を考えると、情報提供者や提供される情報の「質」の問題に関心を持たざるを得ない▼通信技術の発達はさておき、コンピュータ・ネットワークからは人間の心の働きを通して生ずる情報を正確に掴みとることは至難の技である▼私が調査している災害対応組織に関して言えば、真に必要な核心的情報はほとんど「人」を通して伝わってくる場合が多い。やや誇張して言えば、人との繋がりを通してでしか伝わってはこない。表面上は、組織を通した形をとる場合が多いがそれはただ手続き上のことである▼ことに防衛庁の現場組織(「自衛隊」という名の軍隊)などではなおさらである。単に、事務的にEメールでt手紙を送ったからといって情報が送られてくるわけではない。私が最近纏(まと)めた『災害と社会構造』『災害と自衛隊』は、人との絆や信頼関係からもたらされた「情報」がもととなっている。
(伯知)
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第870号 Jun.3, 1999
文化庁の先頃の世論調査によれば、「アカウンタビリティ」「コンセンサス」などいくつかの外来語について、六割〜九割の人々が「日本語のほうがわかりやすい」と答えたという。カタカナ濫用への警鐘である。私たちの大学でも必要以上にカタカナコトバが多いのではないか。しかも、理解に苦しむいくつかの奇怪なコトバが学内を闊歩している(それらはみな、総長による造語だと聞く)▼「本学はヨーロッパの大学街と同じように、大学(ガウン)と街(タウン)が混然一体に融け合った『カルチェラタン』をめざしたい」などというときの〈ガウン・アンド・タウン〉なる句はこの世に存在しない。それは英語の慣用句Town
and Gownの語順も意味も取り違えたものである(本来その句は、学生と市民の間の対立・抗争を意味する)。「隠れたカリキュラム」という教育学・教育問題用語(hidden
curriculum)を課外・サークル活動だなどと解するひどい誤りを繰り返してきていることも、学生たちに対して恥ずかしい▼九六年頃から使われるようになった「グローカル・ユニバーシティ」も奇怪なコトバである。それは、国内産業と雇用の空洞化を顧みず海外進出をめざした日本企業が、八〇年代末以来用いてきた経営戦略語、「グローカル企業」と重なる。今では観光産業、情報通信産業などの商標にもなっているこの「グローカル」なる造語、大学教育の場にふさわしくない卑俗なコトバだと私は思う▼「カタカナ語を連発し、話の内容よりも言葉を理解することに神経を使わせるのは愚か者のすること」と、ある論者は言っている。
(ほ)
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第869号 May.27, 1999
早稲田大学でも、四月一日からセクシュアル・ハラスメント・ガイドラインが施行され、セクハラの苦情の相談、予防、教育などを総合的に扱う専門委員会が設置された。大学でセクハラ問題を扱う専門機関や特別の委員会を設けているのは全国でも約一割程度、検討中のものを含めても現状では二割には達しない▼施行後、セクシュアル・ハラスメント・ガイドラインや委員会はどのように働いているか。幸いにして、どこかの大学のように、教員が女子学生のスカートを覗いたとか、ゼミ合宿中乱暴しようとしたという教員・学生間の強制猥褻型・性暴力型の訴えはない。しかし、相手方の感性を無視して性的に不快な言葉を投げかけたり、不穏当な性差別的発言をする発言型がかなり見られる▼他に視線型、身体接触型など多様なものがセクハラの形態に含まれるが、やはり予想通りグレーゾーンと発言型が多かった。大学の閉鎖性・密室性や力関係の格差は、ある意味で職場以上に大きい。言葉を使って研究・教育が営まれながら、表現の自由、学問の自由の名の下に「言葉の暴力」がまかり通ってはいないか。組織全体が無意識のうちに蓄積された男性優先の構造に支配されてはいないか。人の痛みを共有できているのか。反省の毎日である▼大学は、高度な自治が尊重されるが故に、人一倍自浄作用や一人ひとりの自覚と責任が求められる。セクハラの防止も、結局一人ひとりを大切にし他人を思いやることに尽きるのでは。口先だけで人権を語り、形だけの男女平等を唱えがちだった「学問の府」の実質が、今ほど問われている時代はない。
(タ)
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第868号 May.20, 1999
テレビ嫌いに近い私だが、その画面に釘付けになる日が、一年に二回ある。正月で気分的にゆとりがあることにも一因があろうが、一月二、三日の両日である。箱根往復の大学駅伝と、ラグビー大学選手権準決勝のテレビ観戦だ。朝八時から、年賀状書きを兼ねてテレビの前に座るが、賀状書きは大体中断となる。大変なのは三日の午後一時からだ。駅伝、ラグビーとチャンネル切り替えを繰り返しているうちに、状況が分からなくなってしまうこともある▼国道一号線沿いのY市内で育った私は、駅伝の現場応援によく出かけた。中継所近くでは、後援新聞社旗やワセダ、M大などの応援旗をもらった記憶もある。画面上の駅伝コースの風景を見るのも楽しい。あ、あそこにあんな建物ができた、間もなく上り坂だぞ頑張れ等々▼しかし、考えてみると、箱根駅伝に夢中になる決定的原因は、ワセダの出場にある。母校不出場のときは、テレビをつけないだろう。学部生時代、角帽と学生服で身を固め、授業出席率の良い級友にS君がいた。彼が駅伝選手であることを知ったのは、確か四年生になってからである。その四年生の彼が花の二区で区間最高記録を出したとき、ワセダは優勝した。本春も、このS君からの賀状を脇に置いてテレビ応援したのだが、結果は……▼テレビ観戦者中、自分の学校、母校の活躍に接することができる者は、ごくわずかだろう。まして高視聴率といわれる駅伝とラグビーの両方で、自校選手の姿をほぼ毎年同時に見ることができるのは、ワセダ人だけの特権に近い。
(K)
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第867号 May.13, 1999
自宅周辺の人たちとソフトボールを楽しんでいる。発端は町内会の大会、これを機会にこれからもやろうぜ、と始まって三十年。練習は地元小学校の校庭、日曜の朝七時から九時、年中無休▼その魅力は、ソフトボールそのものもさることながら、それを通じて構築された人間関係にある。互いに莫迦だ下手くそだと無遠慮に言い合い、足を引っ張り合う。勝ち負けは二の次だが、勝てば「俺たちは強い」と祝勝会、負ければ「あの審判で負けた」と残念会で痛飲、鯨飲▼部員は十九歳から六十六歳まで、兄弟・親子も含めて三十余人。忘年会等では家族共々倍に膨れ上がる。元プロ野球選手もいれば、スポーツ音痴もいる。多様な職業・経歴の持ち主たちは、仲間にプライベートな相談をしたり、されたり▼このようなザックバランな人間関係は地域でもさまざまな形で機能している。一杯飲(や)る場でもある雑木林は、我々が中心になって市に委託されて管理している。先年町内であった火事では、監督の命令一下、一同が馳せ参じ、大活躍をした。またある部員宅の建て替え時の引っ越しでは、業者の世話に一切ならなかった。「奴らはやりすぎだ」との非難の声もあるが、気にしない、気にしない▼職業柄狭い世界に籠もり、世間知らずな筆者に、仲間たちは数多くの得難いものを教え、与えてくれた▼お蔭で還暦を目前にした筆者のみならず、仲間は皆身体的のみならず、精神的、社会的にも健康である。退部を勧告されるまでは、老躯(ろうく)に鞭打ってこの付き合いは続けたい。さあ、待望の球春、今年も頑張るぞ。
(イ)
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第866号 May.6, 1999
五月、晴々と紺碧の空を仰ぐ季節。春の早慶戦は早稲田マンとして最も気分の高揚する瞬間の一つ。はしゃぎすぎは禁物だが、「都の西北」の大合唱を聞く気分は格別▼「人生劇場」を唄う学生は今どの位いるだろうか。校歌、応援歌ではないので、部やサークルによってその取り扱いに差があろう。歌詞が長い上、更にフルバージョンでは途中にセリフを吟ずる箇所がある。ここまで暗誦しているのはツワモノと言える▼その一節に「くずれかかった築山は、江戸の昔の高田富士」とある。高田富士は、江戸時代から始まった庶民信仰、富士講によって各地に作られた人工造山である。西早稲田キャンパスの早稲田通りに抜ける第三西門の辺りにあったが、水稲荷神社と共に現在地に移された。今でも五月には「山開き」が行われる。「六根清浄(ろっこんしょうじょう)、お山は晴天」と唱えながら小さな山頂を目指す。当地早稲田のすがすがしい季節の風物詩である▼その隣に本格的な日本庭園「甘泉園」がある。徳川吉宗が早稲田の地で武芸の稽古をし、その後でここから湧き出る甘い水で喉を潤すのを好んだという。早稲田大学が一時保有していたが、今は新宿区が管理している。池に花が映り、古本片手の思索に、デートコースに最適である▼五月の早稲田の杜は、花下の宴の後で静かに生きる力がみなっぎていく。まちからエネルギーを貰い、キャンパスで叡智を磨こう。早稲田はキャンパスとまちが一体になっている。この特色を更に広げてみたいシーズン。五月病など吹っ飛ばせ。
(宰)
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第865号 Apr.22, 1999
春の便りと共にキャンパスに活気と雑踏が戻ってきた。新勧キャンペーンのビラとチラシが春の嵐に舞った日もあった。理工学部のある大久保キャンパスでも新勧活動は活気を見せたが、その際出したゴミがどうなったのか気がかりではある。この大久保から一日に出るゴミの量は凄まじいものがあるそうだ。なにせ、狭い敷地の中に一万人以上が生活している。しかも、二千人以上いる大学院学生を中心に学部学生の出勤率(?)も極めて高い▼そんな訳で掃除・清掃作業はかなりの人手を要して早朝から始まる。真冬なら日の出前の肌を刺す寒さの中で掃除やゴミの回収が始まっている。九時の授業開始までが稼ぎ時という訳である。こうした事実や背景は恐らく大半の学生諸君には知られていないはずだ▼昨秋の早朝、日が昇ろうとする時分このキャンパスで普段のこの時間帯には見かけない若者たちが慣れない手つきで箒を片手に懸命に掃除している風景を眼にした。ボランティア活動と言えなくもないが、彼らはなぜこうした行為を買って出たのだろうか▼聴けば、ある教務副主任の粋な計らいだったとのことだ。つまり、彼らの起こした不始末のおかげで近隣にまでも迷惑をかけてしまった由。通例では処分に加えて本人と保証人から始末書を取ってお灸をすえるところ、この学担はそれに換えてペナルティ作業を科したという▼何よりも嬉しいことには、本人たちが喜んで作業に励み、とても良かったと感想文を出したそうな。教師と学生のあるべき姿を大久保の晩秋に見かけた、ちょっといい話。
(かじ)
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第864号 Apr.15, 1999
四月に入って、学内でスーツ姿の学生が目に付くようになった。新入生と就職活動に臨む学生である▼供給過剰経済の下リストラが進行し、今年の就職活動はより一層厳しいものになるだろう。バブル経済の時代、企業にとって「ワセダ」の価値は高かったと言える。つまり、学生も大学も時代の波に乗っていさえすれば良かったわけである。しかし、停滞ないし右肩下がりの時代に、「ワセダ」という名前だけで通用するとは到底思えない▼今日、個々人は「自己責任」の下で行動することが強く求められている。これは学生とて同じである。意欲的な学生とそうでない学生との差は、就職活動などの場において、歴然とした結果として現れることになる。もっとも、すべてを学生の「自己責任」に帰してしまうことは酷であろう▼教える側あるいは大学側にも、学生の教育に関わる「製造物責任」(譬えが悪いが)が発生するからである。入学仕立ての一年生向けの講義を担当する筆者は、この「製造物責任」を強く感じざるを得ない。なにせ彼らの今後を左右するかもしれないのだから▼新入生と就職活動に臨む学生。外見上、同じスーツ姿ではあるが、中身に関して言えば、両者の間には三年のギャップがなくてはならない。「なくてはならない」には、明確な形でギャップがなくてはならない。「なくてはならない」には、明確な形でギャップを存在させるために、学生側の「自己責任」と教員・大学側の「製造物責任」が強く意識されなければならないという意味が込められている▼さあ、開講の時間である。気を引き締めて大教室に出かけることにしよう。
(よ)
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第863号 Apr.8, 1999
連句という文芸がある。俳句とは違い、五七五の長句と七七の短句とを交互に続けていく。例えば「初連句桜とともに恋芽ばえ/お手手つないだ菜の花帽子/道行きを春の雷照らすらん/東風に吹かれて触れる指先」のような具合に、通常は三十六句か百句続ける▼連句は、江戸時代初期に大流行したのだが、私が学生たちとビールを飲みながら連句を作るようになって数年になる。個人が自己表現する俳句と異なり、何人かが組んで交互に句を詠む連句会は、ワイワイガヤガヤと実ににぎやかだ。そこに、意義がある▼メディアが発達し、誰もがE-mailを使うようになっても、人と人とのコミュニケーションはますます重要になろう。目的手段の体系を持たない情報も、目的のはっきりした情報と同じように機能する。連句を作りながら交わされる会話や笑いも、大切な情報なのだ▼早稲田大学はキャンパスだけで成り立っているのではない。新入生諸君、街に目を向けよう。本学の伝統は、街の人々と共に作られた。昼食をとりながら、その店のご主人に声をかけてみたまえ。そこで交わされる、目的のない、さりげないコミュニケーションから、多くの情報を得ることができる▼人間関係の本質は、目的手段の体系を持たないところにある。無駄なことを繰り返してこそ、人は成長するのだ。新入生諸君は、数値化された競争に飽き飽きしているかもしれない。ここで発想を変え、一見無駄に思えることをやってみたらどうか。人と人との付き合いは、そうして始まっていくのだから。
(嶋)
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