
第891号 Jan.20, 2000
文化多元主義を考えるとき、私はコチヤマ・ユリさんを思い出す。ユリさんはマルカムXの演説に魅せられてハーレム市民運動に飛び込んだという日系二世。そのハーレムのお宅で、在日韓国人キム監督のドキュメンタリー映画「渡り川」の映写会が行われることになったのである▼十畳ほどの応接間に、不思議な顔ぶれが集まった。キム監督と、通訳を買って出たコロンビア大学院フィルム専攻のみゆきさん、同じ専攻のイタリア人青年、韓国からシナリオの勉強にきた留学生二人、そしてヴァッサー・カレッジで教えている韓国人女性とそのイラン人の夫、それからミュージシャンの日系男性▼映画は、NHKでも青春像として放映されたことがある、四国は四万十川沿いの高校生の話。社会科ゼミの課題で、地元の歴史を調べていくうちに戦時中の朝鮮人強制労働や慰安婦の事実に行き当たる。日本の教科書ではタブーとなっている現代日韓史を在日の高校生たちとの交流や韓国への取材旅行などでひもとくうちに、一方の犯罪者が他方の英雄になっているという歴史の皮肉な作られ方に気付いていく話である▼ユリさんには、日本人だアメリカ人だ韓国人だというナショナリズムがない。出自にこだわらずに文化の垣根をひょいひょいと越えていく。だからいろいろな人間が集まって議論できるのだろう。在日のキム監督自身、二つの祖国の境界に身を置いている。共通語は英語だったが、韓国語と日本語も飛び交う、民族の訛りを誇るエスニックなコスモポリタンの集まりになっていた。
(恵)
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第890号 Jan.6, 2000
大隈講堂から見て正門の直ぐ左側に「教旨」が掲げられている。この「教旨」は、東京専門学校開校以来の「建学の本旨」を創立三十周年に際して成文化したものであり、大正二(一九一三)年の三十周年記念式典でこれを宣言したのは総長大隈重信であった。その内容が「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」であることは言うまでもない▼三大教旨の意味に関しては、多様な解釈がある。例えば最もしばしば取り上げられる「学問の独立」についてみると、明治十五(一八八二)年の東京専門学校開校当時強調されたのは、邦語による教育、即ち東京大学での外国人教員による外国語での教育を強く意識したところの、日本語による高等教育の実現であった。明治という時代の雰囲気の中で、日本の国家的独立と「学問の独立」は密接に結び付いていた▼「学問の独立」の意味を考える場合、「学問」が「立」っている「場」にも注意を払うことが必要ではないだろうか。尤も「場」と言っても、決して大仰なものではなく、それは要するに本学がその中に存在している世の中のことである。つまり、大学やそこでの学問は社会を構成しているさまざまな個人や機関と無関係ではあり得ないということであり、むしろ多様な人々や集団と積極的な関係を取り結ぶことが肝要となろう。それが即ち「学問の活用」であり、その主体が「模範国民」に他ならず、だからその「造就」は本学が「期す」べき「本旨」の一つとなる。「学問の独立」は「学問の孤立」とは明らかに異なる。
(K)
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第889号 Dec.9, 1999
行った先で求めた耳かきが八本になった。象牙の耳かきは浅草で買った。象牙は根付けなど細かい彫り物の素材として日本の美術工芸の発展を支えたが、密猟のため象が減り、アフリカの象牙は輸出禁止。象を守る政策もはっきりせずデモンストレーションのためだけに燃やされる密猟象牙を無駄なことを、と感じたのは筆者だけだろうか。九州で買ったベッコウの耳かきもある。ベッコウも絶滅に頻しているタイマイの甲羅である。奈良のシカの角を用いた手作りの耳かきもある。動物たちが死して供してくれる物はヒトの生活の必需品ばかりではなく、潤いをもたらす芸術品をも生む▼ハンガリーの医学部教授が下町で耳かきを土産に買った。西洋では耳掃除は医師にしてもらうから耳かきが珍しい。新聞の耳のかき方特集で、耳かきは危ないので医師がやるべきとの耳鼻科医院長の一言があった。これは日本の耳かき文化を無視した西洋しか目のいっていない医師の思い上がりである。安全な耳のかき方が親より伝授され、諺すら生まれた日本の文化をどう思うのか。耳の穴、すなわち外耳道の上皮が新陳代謝され垢となり耳糞になる。それを耳かきは快く穿り出してくれる。柔らかい手で耳を掃除をしてもらう快感は膝枕と共に日本の古き良き男女の関係を生み出した▼耳かきといえど、日本の文化を支える他の国にはない小さくて大きな道具の一つである。耳垢を取り、まわりの声が正しく聞こえるようにする耳かきが総理や総長など総がつく人には必要である。早稲田の耳かき役は誰だろう。
(兄)
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第888号 Dec.2, 1999
寒くなってきたが、トルコの地震のその後が気になっている。個人的に阪神大震災に少なからず関わったためである。死者は最終的には二万人前後となる見込みである。瓦礫は撤去され、寒々とした地平にテント村の集落が点々としている。トルコ政府は復興のノウハウ提供を日本に期待している▼冬のトルコは寒い。越冬が心配だ。ほとんどのテントは夏用のもので、寒さに耐える仕様でないという。日本から送った仮設住宅は、阪神大震災で活躍したものだが、畳が標準仕様となっている。絨毯が先方の習慣なので畳を剥がして使う。神戸でさえ冬の仮設はつらかった。トルコで床なしで耐えられるとは思えない▼すべての人に適切な住宅を供給することは国連の目標になっている。災害時のような自力で達成できないときこそ国際協力が必要である▼「毛布を送ろう」という呼び掛けをしている。毛布があれば、風邪を引かずにぐっすり眠れる。よく眠ったら明日の活力が湧く。個人の力こそ復興の原動力である。毛布の余裕のある地区は、NGOやボランティアを安心して受け入れられる。毛布が世界を繋ぐとも言える▼そう固く考えずとも、「寒そうだな、どうしているだろう」と地球市民として意識し、共感できることが出発点だ。日本人は熱しやすく醒めやすいと言われる。必ずしもそうは思わない。具体的に茶の間の話題に上げてイメージできればいい。冬物を押し入れから出すついでに、毛布の有効利用を日常の中で地球規模で考えられる早稲田人を期待する。
(早)
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第887号 Nov.25, 1999
この十一月に内外で記念すべき行事が催された。一つは天皇即位十周年である。GLAYなどの生演奏や列席が話題になった。いま一つは、ベルリンの壁崩壊十周年である▼思えばバブル経済に浮かれていた十年前に、ソ連邦崩壊が何を意味していたか、その本質とインパクトを充分理解していた日本人がどれ程いたであろうか?▼いわゆる五十五年体制の冷戦構造の中で米ソは膨大な軍事費により幻の敵に備えていた。その隙間を縫って、いわば漁夫の利を得ていたのが日本であった。すなわち、高価格・高賃金・過剰品質な独自の経済圏が維持され、その下で繁栄を謳歌していた訳である▼さて、そういった無風状態の中で大量採用・急成長していった我が国の主要産業は続々と技術革新を産み出していった。その中には今日では当たり前の衛星放送の受信機もある。衛星から出る放送電波がある地域をカバーするためには極めて微弱な信号を増幅する素子が必要となる。パラボラのお椀の焦点に配置されているのがそれである▼欧州で衛星放送が始まるや、日本製の受信アンテナを入手した東欧の人々はそれまで聴いていた話とまるで違う世界の動きを目の当たりにした。壁に登って、それを打ち壊すに至った民衆の心理が理解できよう▼この事実は科学技術の研究開発とその社会的インパクトが、ひいては開発者自らの置かれている環境にまで迅速に撥ね返ってくることを暗示している。今日の日本企業における研究開発態勢の崩壊の凄まじさを見るにつけ、この十年間の意味する重みに改めて思いを致すものである。
(かじ)
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第886号 Nov.18, 1999
米国の経営大学院に留学したことがある。経営大学院では、将来の経営者の育成を目的に、実際の企業が直面した経営危機を分析する訓練をする。授業では、企業が取るべき打開策を巡って学生同士が激しく議論を戦わせて実践能力を養う▼授業の後、日本人の同級生がよく集まって、討論に参加できなかったことを嘆いた。「もう少し英語が話せたら、発言できたのに」▼果たして、言葉の壁だけが問題であろうか。嘆き節の後、発言し損ねた経営改善のアイデアを日本語で説明してもらうと、十中八九、言いたいことがはっきりしない。要するに、自分の考えを論理的に整理していないから英語で表現できないのである。日本語だと美辞麗句を駆使して曖昧な論旨を取り繕える。そして、しゃべっている本人でさえ、そのことに気づかない▼似た例は教員の私にもある。講義中の学生の様子から、今日は内容が伝わっていないと感じる日がある。一つの理由は、学生と私との世代間ギャップが言葉の壁となっていることである▼しかし、私自身が内容を十分に理解しないまま講義したこともあるかもしれない。理解が深ければ、勘所を押さえつつ、噛み砕いた説明ができるはずだ▼講義の分かり易さには、他に、話術や、学生の学力にも関係する。しかし、経営大学院での経験から推すと、話す側が内容を十分に理解しているかが、一般に思われている以上に大切である▼私は、定期試験での答案の出来を自分の理解度の通信簿とみなす。私の理解が深いと明快な講義ができ、学生も良く理解して試験で優れた答案を書くからだ。
(Ken)
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第885号 Nov.11, 1999
青春時代にさまざまな異文化に触れることは生涯の宝になる。しかし、誰にでも留学のチャンスが得られる訳ではない。最近、早稲田に居ながら、さまざまな異文化体験ができるようになっているのはご存じか?▼海外との遠隔教育がそれだ。ネットワーク型の語学教育も早稲田で盛り上がっている。また、ネットワーク会議システムを利用して、共同ゼミも開催されている。討論する材料をホームページに載せ、共通の研究テーマを、アジアの学生諸君と対面討論するのは、とても楽しく新鮮な体験だ▼もちろん、アジアの友人とのコミュニケーションの手段は、英語だ。英語は駄目だと自分で決め付けている人が意外に多い。諸君には単語力も文法力も十分にある。英語を使ってみる機会があまりにも少ないだけの話だ。双方向の異文化語学演習では一対一で対話するのだから、練習量も普通の授業に比べて格段の差がある。また、英語で自己を語るとき、自分の文化や世界が客体化され、異なる側面を発見できたりする。毎週、ネットワーク会議で顔を合わせ、メールで語り合い、時にはチャットしているうちに、自然と親しくなる。親しくなれば、何でも発言してみようという気になるから不思議だ▼自分の慣れ親しんだ価値観を覆され、衝撃を受けることもあるし、意外なところで、共通点を見い出し、親近感を感じたりする。未知なるもの、異なるものに触れると、彼の地の歴史や文学、新聞等を読みたくなってくる。生身の人間と直に接したとき、そのような知識欲がおのずと掻き立てられてくるものだ。
(美)
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第884号 Nov.4, 1999
我が国では既に少子化が進んでおり、大学に入学する若年者層は次第に減少すると予想されている。そのために、今後は、大学間の競争が激しくなると言われることが少なくない▼もっとも、他方では、大学は教育・研究の機関であって営利企業ではなく、それゆえ、大学に競争原理を持ち込むべきではないと言われる場合も少なくない▼確かに、大学が、例えば受験者数がすぐに増加することを狙うような、人集めのためだけの施策をあれこれ実行すべきであるとは思われない▼しかし、競争のあり方は多様である。そうした、目先の成果を得るための小手先だけの施策を競って実行することも、確かに競争と言えるであろう。しかし、競争ということの本来の含意は、別のところにあるように思われる▼すなわち、競争とは、各人が外部からの指示その他のなんらかの拘束に縛られることなく、その努力によって、自由に能力を醸成しかつ発揮させることができる状態を言うものと思われる。その意味で、競争は自由と不可分に結びついている▼外部からの拘束が排除された状態の中で、各人は自らそうした努力をすることが求められているのである。そうした努力に対する外部からの評価は、その結果として当然に後から生じるものであろう▼教育・研究の機関としての大学も、そうした本来の意味での競争に置かれている。そして、そのことは、教育者であり研究者である大学教員についても、さらには、大学で自己の研鑚を積む学生諸君についても当てはまるといってよい。
(と)
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第883号 Oct.28, 1999
ジョギングを再開した。猛暑を凌ぐために飲んだビールで増加した体重を減らすためだ。もう十年ぐらい走っているが、この一年余りは、仕事の忙しさを理由に止めていた。走り始めた頃は、前に人が走っていると、無理に追い越さなければ気が済まなかった。ある時、目的を自覚してから、そのようなことはなくなった▼それからは、季節の移り変わりを楽しむ余裕もできた。体重計の目盛りも安定し、体力に自信もついてきた。ジョギングのそんな効果を忘れていたのだ。ゆっくり走っていると、さまざまなことに気が付く。草花や空気の変化を感じる。自然の動きが見えてくる。目には見えない変化が少しずつ進行し、ある時それが顕在化する。季節の変化が不連続ではないことが分かる。夏の真っ盛りに秋は既に同居していたし、九月の半ばでも、夏のかけらをいたるところに見ることができた。稲やススキの穂も出、消耗した体力を回復するかのように葉っぱを落とす桜や欅があるが、つくつく法師に混じってアブラゼミは鳴いていた▼生徒と接していると、人の変化も不連続ではないように思うようになった。さまざまな芽が既に存在しているような気がする。ある時急変したように見えるが、実は小さな変化に気が付かなかっただけなのかもしれない。初期条件の小さな違いが、大きな変化をもたらすこともあることを再発見したのは、カオス理論である。教育改革が叫ばれているが、何ごとも急激な変化は自然の動きに反するし、初期条件の与え方はおそらく永遠に解決されない問題であろう。
(一)
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第882号 Oct.20, 1999
趣味。専門家としてでなく、楽しみとしてする事柄。広辞苑にはこう書かれています。誰でも一つや二つの趣味を持っていると思うが、私は親子で同じ趣味を持つのを理想と考えます。家族が円満に続くキーに成ると信じます▼私は中学一年の時、友人に草笛を教わり教員になって時々人前で吹いてみました。学生の海外研修に付添教員として同行した際、地中海の船中でベンジャミンの葉っぱで演奏し二百人以上の乗船客が聴いてくれましたが、全員初の経験にびっくりしていました。言葉の通じない国々の人たちと葉っぱでコミュニケート・交流ができたと嬉しくなり、今日に至っています。自然の素材である葉っぱを、自然の中で自然の音を楽しむ『
葉樂(ようがく)』として普及活動を始め、多くの愛好者が生まれました。自然の葉っぱと人の感性の接点に草笛があります。古くから草笛を通信に使ったであろうと推測できます。草笛で愛を交わし合ったことも▼今夏、中国雲南省に演奏を兼ねて少数民族を訪ねてきました。照葉樹林帯の最南端で米の原産地として知られています。照葉樹林帯の北端が我が国ですが、ここに草笛が残っている事は多くの知るところです。幾つかの少数民族の中には残っていますが、消えていく寸前の民族が多く、一部に村の八十パーセントが吹けると言われている民族もありました。大きな祭と結びついて残っているようです。それが儀式化された「歌垣」に使われている実態を知ってゾクゾクです。趣味は長く続けるのが基本です。長くやっていると人はベテランと言います。
(哲)
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第881号 Oct.14, 1999
最近、学生と接していて、少しでもラクをして学生時代を過ごそうとしている学生が増えているのかなと感じることが時々ある。こんなふうに突き放して学生を感じること自体、何か自分が年をとりつつあるのかなと思ってしまうが、ともかくどの授業がラク勝だとか、どのゼミがラクだとか、卒論もないほうがラクだとか…。ある一年生は「自分に負荷をかけない生き方をしたい」とも話していた▼それはなぜなんだろうか。親の過保護ゆえの甘え? 自分で授業料を出していないゆえの甘さ? 受験勉強の反動? おもしろくない大学の授業への諦め? 理由はそれぞれであろうが、思うのは、本当にそれで本人は楽しいのだろうかということである。数年前にある三年生が「今の学生たちはラクはしているけれど、決して心では楽しんではいない」と言ったことがある。確かにラクそうな多くの学生、しかし決して満足しているようにも楽しんでいるようにも見えない。「ラク=楽だけど楽しくない」という矛盾。本来は「楽しいことこそ楽=ラク」なのではないかと思う▼論語に「之を知る者は之を好む者に如かず、之を好む者は之を楽しむ者に如かず」という言葉がある。対象と一体となることにより最高の境地に達するという学問論の一つの本質が述べられているが、学生時代、学びを大いに楽しみ、そして大いに楽(=ラク)になってもらいたいものである。そのためにも、まずは大学を教員そして学生が共に楽しめる場にしていかなければならないと思う。
(山)
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第880号 Oct.7, 1999
先日、野球部の野村監督にお目にかかった。その折り、実直なお人柄に感銘を受けると共に、練習の組み立てについて貴重な見識をうかがった。勉学とスポーツの両立といった姿勢である▼野球部では、その両立を図るために、練習を授業時間帯に応じて三部制にしており、土日を全体練習に当てているとのことであった。春の「優勝」もこのような個人練習と全体練習を合理的に組み合わせた成果といえるであろう▼早稲田スポーツの復活が望まれて久しい。あまた多くの名選手を世に送り出してきた王国の現状を寂しく思う。それにしても、翻って私たちは早稲田スポーツを支える監督や部員たちの姿勢や努力、さらに練習の工夫を十分に知っているだろうか。結果だけを云々するのは簡単だが、監督や部員の日々の努力に今少しスポットライトを当てることができないであろうか。結果のみならず、その過程における学生スポーツの神髄をもっと知りたい欲求に駆られるし、それはもっと伝えられてよい▼入試の多様化も手伝って、文武両道をゆく学生が入学してくるようになった。しかし、運動部に所属したからといって必修科目の登録などにアドバンテージはもとより彼らにはない。それはそれでよい。これを前提として、早稲田スポーツを支えている人々の情熱や練習の創意工夫を誉めてやりたい▼かくいう私も、高校時代、運動部に所属し、目いっぱい青春を謳歌した。当時も勉学との両立は至上の命題だった。それを実現する上で、多くの教職員がさまざまに知恵と力を貸してくれた。そんなことを、ふと思い出した。
(哲)
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第879号 Sep.30, 1999
外国語の反対は何だかご存知ですか。こんな質問には、「そんなあたりまえのこと、母国語にきまってるではないか」という答えが、冷たい視線といっしょに返ってきそうです。でも「母国語」とは考えてみると奇妙なことばです▼この語は翻訳語とされています。しかし借用元と目される表現は「母のことば」くらいの言い回しです。そこにはない「国」という字がなぜか挟まっています。これのせいで、おかしなことになっています▼「母国語」を分解すると、「母+国語」か「母国+語」になりますね。まず、前者としてみます。母親から聞き覚えたことばと国のことばとされるものが違っているのは、世界中であたりまえに見られることです。また、最初に覚えることばが国の中で標準語と呼ばれるものであるとは限りません。そもそも母という親密な人と、国語という公のあり方とを結びつけることに無理があって、たいていの人は「母国+語」と分析するのではないでしょうか▼けれど、これはさらに問題です。母国とは、外国に住んでいる人が生まれ育った国をさして言うことばです。すると、ずっと同じ国にいる人にとって母国語という言い方は当てはまらないはずですよね。そのため、「母語」ということばが、かわりに使われるようになってきています▼これですっきりしたかというと、さにあらず。こんどは「外国語」が気になり始めます。国とことばが一致しないのはよくあることです。「外国語」の教師などをしていると、この「国」の字がひどく気にかかるのです。
(禎)
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第878号 Sep.22, 1999
一九四五年八月十五日、人間らしく生きる権利と心を天皇制全体主義から取り戻した日である。東京西郊から見た空には白雲が薄く切れ切れにかかっていた。米軍戦闘機の姿もなく静かな日だった。真昼、ラジオから間の抜けた一本調子の男の声が聞こえ敗戦を知った。空襲がもうないと分かって、ただただほっとした▼敗戦後の混乱が収まった頃から、八月は旧盆もあり死者たちを想う月になったようだ。死者には無論、日本による加害の犠牲者たちも入る。欲望だらけの戦後社会には珍しく内省が仄見える月だった。この八月は違った。九日に国旗国歌法が、十二日には通信傍受法、改正住民台帳法が国会で強行採決された▼またしても国民を整列させ呟きすら封じ、侵略戦争の旗を揚げさせ天皇教の歌をうたわせる。国旗国歌法に尊重義務規定はない。だが文部省は指導の徹底を図るという▼踏み絵を真っ先に試されるのは義務教育現場。歌うか否か小中学生に意思表示させるつもりか。踏み絵は社会全体に及び、非国民という罵声の飛ぶ日も遠くないかもしれない▼現首相小渕氏は本学出身と聞く。早稲田精神とは在野と権力批判の精神である。権力の座にあること自体は百歩譲って問うまい。だが数合わせに狂奔、民主主義を悪用して歴史の逆行を憂える批判の声を圧殺した。この暴挙は早稲田精神に照らすまでもなく万死に当たる▼新聞によると、本学の男子学生が国旗国歌法に抗議し、採決前夜から国会前に座り込んでいたという。彼一人ではないだろう。反骨の伝統は死んではいない。
(神)
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第877号 Sep.16, 1999
キャンパスで大口を開けて学生がペットボトルで飲料水を飲んでいる姿を見かけるようになった。私は違和感を覚えてしまう。自分たち昭和四〇年代までは、飲料水を瓶からラッパ飲みすると、「コラ」とたしなめられた▼コップに満足のいく最低限の量を斟酌して汲んだ。そうすると全部飲んだらもったいないという意識が働く。自分の気に入ったコップで自分の好きな場所でゆっくり味わって飲んだ。その貴重な瞬間を演出するため飲料水とコップの色を合わせたりもした▼何口で飲むかは自他ともに大問題だった。水を飲む行為には大いに人柄が出る。我慢の末飲んだとき、最もその人らしい自然な状態が出る。そして笑顔も。自分の敬愛する先輩や異性が、いつ、どのように水を補給するか気になったものだ。従って飲む側も、飲むときは人目を意識した。自分らしい水を飲む流儀を皆持っていた▼大学内では現在ペットボトルの飲料水を売っていない。学内で飲んでいる人は百パーセント学外から持ち込んでいることになる▼海外に行くと水をお金を出して買う。貧乏性から私はあまり買わない。野外調査の合間にやっと入った料理店で、出された水のおいしいこと。氷なんて入っていなくとも、コップが曇って汗をかき出す程度の冷たさであれば天国である▼ペットボトルが私たちから水を飲む楽しさや文化を随分と奪ってしまった気がする。ついでに環境美化の精神も。キャンパス内の散乱を見るにつけて、この秋改めてペットボトルとは自分にとって何か考えたらいかが。
(早)
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