
新年を迎えても景気回復の足音はまだ聞こえてこない。数年来私は学部学生の奨学金審査委員を務めているが、この審査を通じても不況の深刻さを痛感させられる▼まず奨学金志願者数の増加、そして書類選考を通って面接した学生の困窮度も明らかに増している。その中でより苦しい家計の学生を選ぶ作業は辛いものである。志願者の願書からも年々の経済事情の変化を読み取ることができる。一昨年は、O(オー)157による食中毒で売り上げが急減した飲食店関係の家計急変、昨年は金融関係に親御さんが勤めている学生が目を引いた▼これと比べて思い起こされるのが、十年ほど前に私が留学していたイギリスの大学生である。保守党の緊縮財政下にもかかわらず、大半の学生が奨学金を受給していたのは羨ましい限りであった。その中で一度だけ、必ずしも政治的関心が強いとはいえぬ英国の大学生が憤激して抗議行動をするのを目撃した。その主張とは、政府や地方自治体が支給してきた給付奨学金(「グラント」と呼ばれ、学費、生活費の両方をカバーする)を一部貸与に切り替えることへの非難であった。かれらにとって貸与奨学金などは奨学金の名に値せぬただの「ローン」だったのである。わが国の奨学金制度の中心がなお貸与式の日本育英会に負っていることと比べ、考えさせられることは多い▼本学の奨学金制度は、全国的に見ても遜色のないものである。しかし一人でも多くの学生がこの恩恵を受け、経済的な苦しさから離れて学問に打ち込める環境作りが望まれる。
(S)
先日、娘の学校(米国の私立 高等学校)から 手紙が届いた。この学校は娘の近況や成績はもとより、遠く海を隔てているので、出席は叶わないことを承知していながら、様々な学校行事も、煩を厭わずに知らせてくる。学校の寮にいる娘の話だけでは良く判らないことも、学校からの手紙で納得がいくこともあり、親に安心を与えてくれる▼今回の手紙は、バースデイ・ブック・プログラムへのお誘いであった。バースデイ・ブック・プログラムは、子供の誕生日を記念して、学校の図書館に本を寄贈するプログラムであり、米国の私立学校ではよく行われている。参加の方法は簡単で、子供の名前と誕生日を書いて、小切手を学校に送るだけでよい。寄贈する本は図書館の司書に選書を任せても良いし、この分野の本を買って欲しい、この本を買って欲しいと希望を述べることも(重複がなければ)できる。寄贈された本の遊紙に、その子供の名前と誕生日が記載され、図書館の特別の棚に陳列された後、最初にその本を読む権利がその子に与えられる。親への殺し文句は「貴方の贈り物は、私たちのコレクションを豊かにするだけではありません。貴方のお嬢様の誕生日を永久に記念するものとなるでしょう」との一節である▼近年、大学の図書費が随分と窮屈になってきているという話を耳にする。このバースデイ・ブック・プログラムのようなささやかな「お年玉」を頂戴する道を考えてはどうだろうか。もうすぐ卒業式である。何年か後に、自分の本に図書館で再会するのも素敵な気がする。
(ひ)
早稲田ラグビーのファンなら、早慶戦に快勝した後は、次に控える早明戦をどう戦うのか、不安と期待でさまざまな思いをめぐらせているはずなのである。今年はそんな思いは吹きとんで、筆者には早稲田ラグビーは変質しつつあるのではないかという危惧の念が強い▼時代とともに変わらなければならないものはある。しかし、ラグビーというゲームは人間同士が人格の優劣をも競うものである。ラグビー・プレーヤーにとって、フェアであることは言うまでもなく当然のことである。そうであるから、例の不祥事に関しての報道で、フェアであることについての言及がなかったことは実に不思議であった。というより、日本ラグビー史の中で、早稲田ラグビーが演じてきた役割を考える時、これは誠に恥ずかしいことだと言うべきではなかろうか。時には死にもつながりかねない激しいプレーを含むだけに、フェアを心がけることは当然であり、その判断をするのは勿論プレーヤー自身のはずである。試合前夜に赤黒のジャージに淨めの塩をふり、祈りをこめて選手一人一人に渡すのだと聞いたことがある。それだからこそ、見事なアタックルがあり、早稲田のゴール・ライン前では、相手にラインをわらせない鉄壁のディフェンスが可能だったのであろう▼早稲田が経験したいくつかの奇跡的な勝利は、何によって得られたのであろうか。この早稲田ラグビーの伝統が復活し、日本一を手中にした時にうたわれるという「あらぶる」が国立競技場に再びこだまする日のくることを信じたい。
(正)
先ごろ、向井千秋さんをのせたスペースシャトル「ディスカバリー」が、ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。その軌道の高度は報道によれば約5百6十kmだという。その空間は、無重力で酸素もなく、明らかにわれわれにとって地上と隔絶した「異界」である▼地表から約百kmも上れば、そこはもう宇宙空間といわれるらしい。東京から鉄路で熱海あたりまでの距離を上昇するだけで、いわゆる無窮の宇宙という異界に入ってしまうということは、考えてみれば驚くべきことだ。大気の層の薄さはときに饅頭の皮にたとえられるが、こうして既知の距離に置き換えてみると、そのことがまさに実感される▼これまでの宇宙飛行士が異口同音に、地球という小さな星の環境を汚すことの恐さや、その上でいがみ合い殺し合うことの愚かさを嘆いてきたのは、それを肉眼で見た者のまことに自然な心情であろう。しかし、これまで幾多の宇宙飛行士が嘆息してみても、この世の環境汚染や殺りくが一向に減る気配をみせないことからすると、悲しいことに私たちのイマジネーションは、ただ彼らの述懐を聞いただけでその心情を実感的に追体験できるほどには豊かでないようだ▼この世の中をもう少し平和で住み良くするために、いっそ今後の打ち上げには、科学者だけでなく地上の為政者を順次搭載させることはできないものか。それとも彼らがスペースシャトルの窓から美しく輝く青い地球を眼下に見たら、それを我がものにしたいという恐ろしい妄想にとりつかれてしまうだろうか。
(猫)
このところ私は毎年中国を訪れているが、中 国に出かけて先ず驚いたのは、 中国人が車の激しく往来する道路を、実に器用に横断していることであった。例え信号があっても殆ど守らず、我が道を行くで、渡りたい時に渡りたいところを横断しているという感じである▼最初に北京に滞在した時は中国人のようにうまく横断出来なかったので、次ぎに訪れたとき、今度こそはと、見よう見真似で渡っていると、次第にコツが身につき、愉快になった。そのうちそれがクセになって、帰国してからも横断歩道がない場所をよく渡るようになり、車も来ないのに、ジッと信号待ちしている日本国民が妙におかしく見えるようになった▼いっぱしの中国通になった気分である。ところが、今夏、所用があって長春に行ったところ、この中国通気分は一遍に吹き飛んでしまった。長春は道幅が広いため、車線に関係なく、右や左に自在に車が走る。しかも驚いたことに大きな交差点でも信号が殆どないのである。タクシーの助手席に乗っている時ですら、まともに進行方向を直視することが出来ないほどであった▼彼らは信号がない十字街頭を思い思いに進みたい方向に行く。従って当然ながら至るところで交通渋滞となり、事故も発生しているが、彼らはお構いなしである。私は恐ろしくて到底1人では横断できなかった。オドオドしている私を尻目に、馬車が悠々と横断しているのを見て、中国人のしたたかさを垣間見る思いがした。そして、今まで通ぶっていた自分の浅はかさを大いに反省した次第であった。
(か)
先日、昨今話 題になっている青少年の理工系離れを防ぐ目的で高校生を主な対象として招待 し、さらに一般参加もできる、地方公共団体主催の講演会で司会兼演者を頼まれ参加してきた。2つのパートに分かれていたが、全体で3時間弱の講演会だった。前半が1人の演者による講演で、後半は小生が司会で、世界的に活躍をされている研究者にパネラーをお願いしたパネルトークである▼後半では、パネラーの熱心なトークで時間が押してきてしまい、最後に予定されている質疑応答の時間が終了時刻にかかってしまった。質問は専ら一般参加者から出た。講演会の趣旨もあるので、高校生に度重なる質問の懇願をした。やっと一人が質問をしてくれた。ところが、終了時刻を15分くらい過ぎたところで、何と高校生たちが会場を整列して退場を始めた▼後で会場担当者からお詫びがあった。担当の先生が学生を夕方6時までに学校まで連れて帰る規則があり、恐縮だが中途退場させてもらったとのこと。後でパネラーの1人から聞いた。前半の講演が始まってすぐに用件を思い出し席の間を縫って入退室したとき、もう既に多くの学生が居眠りをしていたそうだ。そういえば彼らは制服で来ていたが皆同じデザインだった。広く地域内の高校から希望者を募るのではなく、割り当てていたのだ。本気だったのはパネラーと一般参加者だけだった▼最近、税金の無駄使いが騒がれているが、心の無駄使いまでもさせられたくない。
(たお)
今年の春から夏にかけて、在外研究員として パリに滞在した。実は、私にとって、長期間パリに住んだのは30年振りであった。天気の良い日(今年は割と少なかった)に町を散策しながら印象に残ったのは、パリの街が奇麗になったことだった。30年前にも美しい街並みを持っていたが、建物は古色蒼然としていた。今回は外壁を洗い、石の白さが目立っていた。また、昔はミディ駅の付近などスラム街だったが、今では新しいビジネス街と変化していた。パリは新旧の調和のとれた美しい都会となっている▼私自身、日本とヨーロッパを往復しながらいつも感じるのは、日本の街並みの醜さである。看板、電信柱の乱立もさることながら、古い家の横に奇妙なビルが立っていて、都市としての空間が醜いのである。これは、東京のみならず、京都、鎌倉といった古都に目立っている。「古都」とはいいながら、街並みが残っているところは本当に少なくなり、四角なビルが景観を破壊している▼会議のためにサンマロというブルターニュ地方の古都に行った時の市長の話が記憶に残る。サンマロは戦災で壊滅的な被害を受けたが、壊れた建物の石一つずつに番号を付け、約十年間かけて元通りに修復したという。そう言えば、昨年訪れたライプツィヒ(旧東ドイツ)も町の中心部を昔のままに復元中だった。古い建築物、街並みは個人のものではなく、その国の文化遺産そのものとヨーロッパ人は考える。美しいパリの街並みを見ながら、日本の古都のことなど考え、少々寂しい気がした。
(HS)
小学生時代最後だからしっかりビデオを撮るようにとの厳命を受けて、開会式から閉会式まで娘の運動会を見た。時折強い雨の降るあいにくの天気だったが、中断を繰り返して何とかすべてのプログラムを終えた▼運動会というのは学校行事だが、それだけにとどまらず学校を核とした共同体のお祭りといった趣がある。にぎやかな雰囲気の中で、普段あまり話す機会のない近所の人や娘の同級生の親たちと、他愛もない話をしていると、自分があるコミュニティの一員であることを実感し、安心したりもする。プログラムの中で、一番盛り上がったのが「地区対抗リレー」という、一年生から六年生までが旧町内ごとに別れての競争だったのも、うなずける。予選でも決勝でも、観客席では、声をあげて自分の町内を応援していた。今でも村総出、町総出の運動会が行われているところがあるに違いない▼都会の運動会ではもうそんなことはないのかもしれないが、開会式に市長や近所から出ている市会議員の挨拶があった。毎年のことのようである。そんなことより早く演技を始めてほしいと、誰もまともには聞いていないのだけれど、共同体の祭りと考えれば、まあ致し方ないかとも思う▼ところが、閉会式で国会議員が出てきて挨拶したのには驚いた。いくらなんでも「国家」という共同体が闖入してくる必要はない。折り悪しく、雨足が強くなってきて、校庭に整列した子供たちは、傘もささずにびしょぬれである。彼は、にこやかに挨拶を続けていたが、多くの票を失ったのではなかろうか。
(O2)
彼岸が過ぎ、 2年目の今年もヒヨドリが帰ってきた。早朝、2階のベランダで鳴き声が聞こえる。親鳥がわが子に会いに来ているのである▼昨年の4月、わが家の庭に餌を食べに来るヒヨドリが、路上でじゃれあっているところを交通事故に遭った。その現場を目撃した家人の知らせで、私は新聞紙を掴んで駆けつけた。車に跳ねられたヒヨドリを紗羅の木の下に葬ってやろうと思ったのである▼仰向けに大の字にひっくり返って、身動きできずにいるヒヨドリを、親鳥が不安げに覗き込んでいる。その鳥は生きていた。左の翼の骨が肩の所でポキンと折れている。跳ねられたショックで気を失ったのである▼あいにくその日は日曜で、動物病院に連れていくのが翌日になってしまった。折れた骨が飛び出している。骨を皮膚に収めて数針縫った。幸い2週間ほどで傷は癒えた。だが、折れた骨はつながらなかった。左の翼が垂れている。これでは飛べない▼事故後、しばらくして、ヒヨドリは姿を見せなくなった。ところが、暑い長い夏の終わり、秋の彼岸が過ぎた頃、わが家にまた、ヒヨドリの鳴き声が戻ってきた。つがいで飛んで来て、交代で餌をついばむ。バナナが大好きである▼毎日、やって来ては、ベランダにいる、かごの中のヒヨドリと金網越しにお喋りしている。冬が終わり、春の彼岸が過ぎ、いつしかまた、ヒヨドリは現れなくなった。そして、この秋再び帰ってきた。きっと、飛べなくなったわが子が寂しがっているだろうと、会いに帰ってきたのだ。
(とん)
冬の夜、3年毎に森の奥 深く、炬火を 囲みドラや笛をならして狂 踏乱舞し、時には小動物を捕らえて8つ裂きにし生肉を食らう陶酔と狂気の祭、古代ギリシャで行われていデュオニュソス祭の様子である▼春と秋、それに11月の年三度、新宿の奥深く、歌舞伎町ヤングスポットを取り囲み、石の球によじ登ろうと、ただそれだけのために叫び声を上げて全力で突進する。狂踏乱舞し、時には他大学生や仲間と殴り合い、ようやく育った立木を幹からへし折り、店の看板を蹴破り、あげくの果ては全裸になって警察に引かれていく。今年の春の早慶戦のあと、新宿区より大学に届いた損害請求金額70数万円、酩酊して暴れ回った早大生約1000人、素面で面倒みた教職員40名。秋の早慶戦、11月の早明ラグビーのあと、このヤングスポットでまたぞろおぞましいサバドがくりひろげられる。3年程前、殴り合いを止めに入った職員の人が口のあたりを殴られ、上の歯のブリッジが上唇を破り、突き出すというケガを負った▼成人に達した人間の学外での泥酔の乱行を、大学の教職員が面倒を見る必要があるのか。ケガを負った職員の人権はどうなるのか。一方でこの「業務」を中止すれば、大学への苦情と損害請求額は一気に急増するという。これはもはや学生部だけで対応できる問題ではない。学部や広報室なども加わった委員会でもつくり、「早稲田ウィークリー」で連続特集を組み、全学的に考えなければならない問題であろう。君達学生はどう考えているのだろうか聞きたいものだ。
(ん)
シベリア鉄道に乗ったとき、色々冒険をした。一つのコンパートメントで乗客 四人:男性三人、女性二人で、皆国籍が違う。片言日本語、ロシア語、中国語、英語を交えながらなんとかコミュニケーションができた。果たしてコミュニケーションと言ってよいのか。いや、もちろん言ってよいのだ。どうせお互いに情報を求めたり伝えたりできたからだ▼文字が読めなかったり、発音に脅かされたり、文法をまったく無視したりしながら、共同生活の一週間のあいだやはりちゃんと人間関係を発達できた。苦労したときはあった。見事に誤解したことも、されたこともあったが、結局モスクワに着くと、「長い旅だったし、早くお風呂に入りたいし、それにしても、苦しい別れだな」と皆が心のなかで考えていたと思う▼確かに、汽車から降りたら恋しいものを沢山期待していた。お風呂とか、ちり紙とか、定期的な食事とか。しかし、一つだけ私は全然恋しく思わなかったものもある。それはなんと電話だ。出発までは電話をライフラインに使っていた私こそ、七日間も電話なしで生活できるかと心配だったけれども、ついに電話なしの生活はどれほど楽しいか気付いた。特によかったのは、かからないことだった。この短い文章を書いている間にも、電話は数回かかっている。中断されないままその当時の友達と変わった言葉で変わった話をしていた頃が恋しくなった▼絶対に携帯電話を持たない主義だ。どんな変わった人とでも、どんな変わった言葉ででも、とにかく話をする主義になった。
(ユキ)
この夏、前から予定していた手術のために入院した。その初日、夢を見た。 その内容は、学部の定期試験が始まっており、実は小生、その受けるべき試験を昨日受けておらず、しかも明日にも二科目受けなければならず、ところがまったく準備できていないというものであった。ところで、その夢の変なところは、試験を受けなければならない本人が、実は学担の仕事(具体的には試験監督)もしているというのである。嘘のような本当の話である。本当といっても、夢の中での話だから、やっぱり本当の話ではない▼何故このような夢を見たのか、専門家に分析してもらいたいところであるが、これまで四年間、学生担当教務主任という仕事をやってきて、その中で試験をめぐる学生のいろいろな相談にのってきたり、不正行為をはたらいた学生から「自白調書」をとってきたりしてきたことがおそらくこの夢と関係していたのだろう▼学生の試験に対する関心、というより心理的プレッシャーは相当なものである。これは学担をやっていてはじめて実感したことの一つである。試験が恐くて突然泣きだした学生がいた。教場にどうしても行けない学生もいた。他方、冒頭の夢に見たような極限状況の所産なのだろう、実にさまざまなカンニングペーパーを没収してきた。小生の所属する学部はカンニングペーパーを持ち込んだだけで当該年度の全科目が無効となる。それでも、そうした行為は止むことなかった。試験とはことほど左様に人間の平常心を失わせる、まことに因果なものである。
(HK)
この夏休み中に海外旅行をした人も多かろう。筆者もアメリカ西海岸を訪れたが、暑い夏ということもあってある町のビーチへ行く機会があった。そこで最も印象に残ったのは人々の圧倒的な体格の良さであった。そう言えば聞こえは良いのだが、背が高くてプロポーションの良い立派な体格の者がいるかと思えば、一方ではお腹が出っ張った者も多く、中には「小錦」を彷彿とさせる体型の持ち主もいて、どちらかといえば後者のスケールの大きさに驚かされた▼ところで、日本では昔から秋は「天高く馬肥ゆ」と言われて、何をするにも良い季節とされているが、文字通り太りやすい季節でもあるらしい。一般的に単に食欲が増すというばかりでなく、発育盛りの青少年の体格でも春には身長、秋には体重が増える傾向があるらしい。われわれの身体にはそのようなサイクルがあって、バランスが取れているのかもしれない▼しか康よりむしろ「かっこよさ」からきているようだ。以前から行われている体格調査によると、本学学生は身長の高い割には胸囲や体重の少ない細長・細胸型の者が多いらしい。一見かっこよさそうだが、体力がなくて頼りない貧弱な体格ということになり、この傾向は男子において著しいようだ。理想的とされている「健康な身体に宿る健康な精神を」つくるために、早稲田マンはこれからも大いに自らの肉体を鍛える必要がありそうだ。
(姿)
本年の4月から、通称A棟と いわれた新14号館が教室として利用できるようになった。この設備面での充実は素晴らしい。筆者の使う2階の大教室の電子黒板は、教卓のそばにある小型の白板に書いた文字が、中央のオーロラヴィジョンのような巨大なスクリーンに映し出すことができる。また、教卓上でノートに書いた直筆の文字やラップトップコンピュータで打った文字をリアル・タイムにビジョンに映すことも可能である。これは、専用シートに書かねばならない昔ながらのOHPと違い、書いたものをカメラで撮って映し出すので書く媒体を選ばない▼新しく講義ノートを作ろうという場合、ここで講義をしながら書きためておけば、一年後には自然にノートができるという按配である。それ以外にも、たとえば学生用のイスや机は、引き出し式でスマートであり、かつ六階まであるエスカレーターは大学施設としての珍しさと大量・迅速な移動性をもっていてとても魅力的である▼ただ、新しい教室を作っていただいてくさすつもりはさらさらないが、気になる点がないわけでもない。たとえば、素晴らしい階段教室は角度がありすぎて下に座る人の机が丸見えになってしまい教場試験に多少の工夫が必要である。また、天井が高すぎるせいか照明が十分に届かず、特に通路はどこも暗い。とはいえこれらのデメリットも新棟の絶大なメリットからみればごく些細な事柄でしかない。この素晴らしいハードに見合うような優れた教育ソフトの開発と提供がわれわれに課せられた使命である。
(とも)
欧米の学校や研究所などではいわゆる「オープン・デー」と呼ばれる催しがある。垣根の内でいつもどのようなことをやっているのかを、周囲の住民に知ってもらうのがそのねらいである▼ユニラブ(University Laboratory)と呼ばれる本学理工学部における企画は、小中学生を対象に科学実験を行うものである。夏休みで閑散としている大学構内で千人もの子どもたちの歓声が聞こえるのは実に微笑ましい▼私の企画した実験は「心臓って何をしているの」と題し、子どもたちに数時間で簡単な人工心臓ポンプを組み立ててもらうものである。完成したポンプを自分の手で押して人間の正常な血圧(約保つことがいかに大変かを体験してもらう。それと同時に休むことなしに仕事を続けている心臓の存在を実感し、畏敬の念を払うことになる▼このような実験は二十項目も準備され、大人でも十分楽しめる。世間では「理科離れ」が問題視されているようだが、物造りを真剣にやっている子どもたちの目は実に輝いている。知っているかどうかの「知識」をテストによって試されることがないので、その「開放感」がこの体験を楽しいものにしているに違いない▼実験中に子どもたちからたくさんの質問が出た。その中には純粋で本質的なために、わかりやすく応えるのが大変な場面もあった。この機会を通じて、自分の研究をわかりやすく再構築することの大事さを学んだ。また、わかりやすく語ることは決してごまかすことではないことを、本実験を通じて痛感した。
(M)