第826号 Jan.14, 1998


 年末近い休日、小学生の娘と「もののけ姫」を観にいった。この映画は七月の封切り前から話題を呼び、観客動員数などの記録を塗り替えた。実を言えば、封切り直後に早朝から映画館の前に並んだから、今回は二回目であるが、さすがにこの時期になるとゆったりと観ることができた。山犬、猪、シシに姿を変えた山の神々と人間との戦いが森を舞台に展開されるストーリーは今回も十分に楽しむことができた。アニメの映像画面の美しさやコンピュータグラフィックスとセルアニメの自然な合成に驚いていると二時間をこえる上映時間もあっという間であった▼「もののけ姫」の観客はいろいろな世代にまたがっているそうだ。だが、人間と森の共生をめぐって、宮崎駿監督によってこめられたメッセージの受け止め方は世代や育ち方によっても違うように思われる。山国で生まれ育った著者にとって、太古の森のシーンは印象的であり、ある種のなつかしさを感じた。しかし、現実には、故郷の山林は人手不足のため、手入れが行き届かなくなってきている。森に入ったときの気配も印象も昭和三十年代の頃とはずいぶん違う▼いま住む町には武蔵野の雑木林が残っていた。ところが数年前から伐採箇所がふえ、煙突をもつ施設が数多く目立つようになってきた。ダイオキシン問題で注目されている産業廃棄物・ゴミ処理場である。人間は森林がもっていた大切なものをこわし、次から次へとやっかいなものを生み出してきたものである。さて、今年はどんなことが待っているのだろうか。

(よ)


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第825号 Jan.8, 1998


 謹賀新年。新年の楽しみといえば年賀状である。毎年数百枚の年賀状を書き、いただいている。昔は、版画やプリントゴッコ等で手作りするところから楽しみだっが、さすがに昨今では準備する時間がなく、印刷で済ませてしまっている。素晴らしい手作り年賀状をいただくと、尊敬の念をいだくものの、一言の添え書きもないとちょっとがっかりする。印刷の年賀状でもせめて一言は添えたい。▼「今年こそお会いしたいですね」よく見る一言である。毎年こんな調子で、十何年も会っていない人が何人もる。典型的な社交辞令である。「昨年はひとかたならぬお世話になり、まことにありがとうございました」昨年一度も会っていない人からこう言われると、お礼を言われているのに、ばかにされているような気になる。こんな不誠実な添え書きはいらない。▼高校の先生が、三年生の年賀状はみな「今年は受験なので一生懸命がんばります」と書いてあってつまらない、とおっしゃったのを思い出す。大学四年生に当てはめると「残り少ない学生生活を充実させようと思います」といったところだろうか。楽しんでもらうにはオリジナリティも重要である。▼相手の顔を思い出し、これまでどんな会話をしてきたかを考えれば、添えることばも自然に浮かんでくるように思う。しばらく会っていない相手には、簡単な近況報告で十分なはずだ。書き添えたいことばがまったく見つからないときはどうするか。それがまさにその人への年賀状送付をやめるとき、ということになるだろう。

(kaz)


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第824号 Dec.11, 1997


 11月17日、月曜1時限目の授業はさすがに辛かった。前夜サッカーW杯出場を決める試合を終わりまで見てしまった。視聴率が50%近くとのこと。同じく月曜、北海道拓殖銀行の経営破綻の重大ニュースもワールド杯出場の話題に押されがちであった。ワールド杯出場の経済効果が3,000億円だそうな。拓銀破綻の影響の方が大きいと思えるのだが。事実、その後山一証券自主廃業へと深刻さを増している▼出来事に対する世間の反応、認識には興味深いものがある。やはり本年、英国のダイアナ元皇太子妃がパリで自動車事故で亡くなった。1週間後にインドにおいてマザー・テレサが亡くなった。彼女がヨーロッパの人間であるに関わらず、インドでは国葬が行われた。わが国ではとても考えられないことだ。個人としての社会に対する貢献度からすれば、少なくとも筆者にはマザー・テレサの方が大であったと思う。しかし、世の関心は圧倒的にダイアナ元皇太子妃の死にあった。もちろん、世の出来事に対しては様々な見方があり得る▼師走になるとふと思う、今年も何をよすがに生きてきたのかと。今年も右往左往している中に一年が終わろうとしている。よく言われることだが、現代人は忙しすぎると。忙しさにかまけて大切なものをどこかに置き忘れているのではと。そして、君、あなたにも問う。やれサークル活動だ、やれ会議・会合だと、何をそんなに忙しくしているのか。忙しそうに振る舞うおじさんの真似をすることはない。何、幼少の頃からそうだったって。

(TI)


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第823号 Dec.4, 1997


 私は八年間高等学校の教諭を勤めた後、九三年四月に大学へ移った。大学と高校を較べてみると、教える側と教わる側の関係は、高校の場合、垂直的な上下関係に近かったように思う▼大学では講義の終了後に、板書を自らの手で消さなければならない(最低限のエチケットであろう)。高校では日直の生徒に任せればよい。高校教師は、時に生徒を厳しく叱る。大学教員は耳元にハンドスピーカーを突きつけられ、学生に罵倒されたりする▼九四年一月の後期試験期間はストライキで騒然とした情況となった。私の所属する学部では、断固として試験の実施に最大限の努力を払うことを決定、新米教員は先頭に立ってスト派の学生と対峙したが、その中に高校で教えたO君という学生がいた。声を掛けると、恩師には逆らえませんねなどと殊勝なことを言う。使い捨てカイロを、寒いだろう、使いたまえと渡すと、素直に受け取った。しばらくして、上に知られると誤解されますからと返しに来たのは可笑しかったが▼そのO君の姿を、最近は見ることがない。オジサン・オバサンが跳梁した去る十一月一日にも、ついに見かけることはなかった。今ごろ、どこでどうしているのだろう。ところであの日、授業を妨害してフェスタとやらを強行した諸君の高校時代の恩師の方々をお招きしてしておいて、傍若無人の活躍ぶり(?)をご覧いただいたならば、さぞかし感慨深いものがあったに違いない▼たらちめはかかれとてしもむば玉の我が黒髪をなでずやありけむ 僧正遍昭

(簸河上)


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第822号 Nov.27, 1997


 最近ぎっくり腰をやってしまった。その原因をつらつら思い浮かべてみると、 出講日に、参考資料を欲張ってカバンに詰め込んで持ち歩いたのがどうもいけなかったようである▼本とは本当に罪なものである。ぎっくり腰を引き起こさせてはくれるほどに重く、女房に嫌がられるほどに場所をとり、探し求めているときはさっぱり見つからず、使わなければほこりがたまり、日光や水に弱く、まことにつきあいづらいものである▼しかし、もちろん罪なことばかりあろうはずがない。好きな小説にであえば、以後一生その本とつきあいができるし、どんなに辛い仕事で疲れていても、気持ちをリフレッシュさせてくれる。もっともそうした、自分の力になってくれる本にそうざらに出会うものではない。しかし、これから先、かりに新たな出会いがなくても、これまでの友人とじっくりつきあうことができるので、再読、味読、ちっとも困ることはない▼もっとも、本の中には、仕事のための本もある。これは、いくらつきあいづらい本でも、テーマに応じて読まなければならない。それでも、やはりこれまで出あった数々の本の中の何冊かは、一生の伴侶になりそうである。伴侶になり得る基準はいくつかあるが、議論に落ち着きがあって隙がなく、そして読むごとに新しい発見をさせてくれる本が、私にとっての最良の伴侶である。人生の半ばをとうに過ぎたが、こうした伴侶の助けを借りてこれから先何とか私も悔いの残らない仕事をしたいと思っている。

(HK)


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第821号 Nov.20, 1997


 電子メール▼その一。ときどき自分のIDとパスワードを紙に書いた上でうっかりとどこかに忘れたり落したりするものがいるが、これは恐い。第三者がその人になりすましてログインし、別の人を中傷したり、勝手に通信販売などで買いものをしたり、他のコンピュータに入り込んでいたずらをしたり、と悪いことをしたらどうなるのか?もちろん、実際に悪さをしたものが悪いのだが、うっかりにしても重要な情報を漏らしてしまったものにも多大な責任がある。先日、NTTの研究所で一人のパスワードが盗まれ、その後次から次にパスワードが盗まれたという記事が新聞に載っていたが、他人ごとではない。大学でもちょっとしたうっかりから、多くの人に迷惑がかかることが起こりうる▼その二。筆者も時々巻き込まれてしまうが、電子メールによる論争には気をつけよう。電子メールでは相手の顔も見えなければ声も聞こえないが送信すればただちに相手方に届き、相手からの返信も間をおかずにやってくることがある。これは便利な機能だが、この機能のために電子メールで議論を始めると、なかなか収拾がつかなくなることがある。これは単純な誤解から始まることが多い。会って話をしていれば、あるいは電話で話をしていれば、誤解があると感じたとき、話を中断して確認できるが、電子メールではそれがやりにくい。このような場合は直接会うか、電話で話しをするとよい。意外にあっさりと誤解が解けることが多い。すべてものは使いようである。

(の)


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第820号 Nov.13, 1997


 筆者は、昨年在外研究のためクリーブランドで過ごした。クリーブランドは、アメリカ中東部、エリー湖に面し、製造工業で発展した古い都市である。滞在中に市制200年を迎えた。当市は、大リーグインディアンズの本拠地である。インディアンズは今年も大活躍した。数年前に新築された球場は、モダンで明るい。家族連れのファンが多く、開幕前の3月にはシーズン中の切符が完売する▼スタンドには種類の異なる電光掲示板があちこちにあり、次から次へと情報を提供する。選手紹介、プレー直後のきわどい判定やファインプレーの再現、間隙をぬってコマーシャルが音楽とともに流れ、目まぐるしく画面が動く。視覚と聴覚、さらには、ポップコーンのにおいも漂い、五感が揺さぶられる。観客はこの興奮を味わうためにまた球場に足を運ぶのであろうか。とにかく、ファンは勝ち負けだけにこだわらず、ショウを楽しむ▼先日、神宮球場へ早慶戦を見に行った。残念ながら1対3で我が校は敗れたが、キャプテン矢口選手が9回にホームランを打ちちょっと胸がすーとした。しかし、どうも盛り上がりが足りない。せっかく電光掲示板があるのだからプロ野球だけでなく使ったらどうだろうか。選手紹介、プレーの再現等見せてほしかった。アメリカではプロでも大学スポーツでもファンサービスに徹している。あの手この手の演出でファンを楽しませてくれる。アメリカでは電光掲示板にCGの動画をよく流す。コンピュータ技術の高さがわかる。こんな中で選手はハッスルする。

(す)


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第819号 Nov.6, 1997


 電子メールは便利だ。しかし、封書の手紙はなくならない。筆者は電子メールを利用し始めてから、手書きの手紙を書くことが非常に億却になった。手紙を書く場合には便箋と万年筆を用意し、頭の中で整理して槙重に書ねばならない。また中身が書けたあとでも、封筒の裏表に住所、氏名を書き、切手を貼ってポストまで投函にいかなければならない。これに対し電子メールは、ワープロで中身を書き、送信ボタンで瞬時に相手に送り届けることができる▼ところが、この電子メールでのやりとりが普及してから、若干面倒な状況が生じている。最近たてつづけに、誤配の電子メールを受け取った。通常、封書の誤配の場合には、相手の住所、氏名と自分自身の住所、氏名の確認によって、封書を空ける前に間違いを確認でき、返送の手続きをとれる。が、電子メールの場合には封書のような正確な宛名表示ではないので、新規メールがきた場合、まずそれをディスプレイ上に表示して、中身を読んでから宛名違いに気づくことが多い▼結果、送信者はフレンドリーな文体で誤ったアドレスに送ってしまった場合には大恥をかくことになる。筆者は誤って送られてきたメールには自分の所属、氏名を書き、誤っている旨を返信することにしているが、他人のメールを見てしまった罪悪感は残ることになる。このような間違いの起こり得ることを考えると、電子メールの中身はせいぜい葉書に書く程度のことにとどまるのだろう。電子メールと封書の手紙との賢い使い分けが必要になる所以である。

(と)


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第818号 Oct.23, 1997


 今年も秋分の日が過ぎた。普通、国民の祝日は何月何日と定まっているのに、春分の日と秋分の日は年によって一日程度の違いがある▼春分(秋分)点は地球の赤道面と地球の公転している平面(黄道)が交差した点であり、太陽がその点を通過した瞬間が含まれる日を春分日(秋分日)としている。太陽が黄道を一周する時間は三百六十五日五時間四十九分ほどであり、一年経っても更に六時間弱経たないと完全に元には戻らない▼例えば、閏でない年の前年の秋分点が九月二十二日二十時であるとすると、翌年の秋分点は更にそれから六時間弱過ぎた二十三日一時四十九分となって、祝日が一日ずれ込むこととなる▼秋分が過ぎれば、日の沈むのが早く感じられる。秋の日は釣瓶落としという。まさに井戸の中に釣瓶を落とし込むような早さで沈んでいく。十月二十三日は二十四節気の一つ「霜降」、日の出から日の入りまでほぼ十一時間、「秋分」より既に一時間も短くなっているが、日の長さでいえば春の「立春」より長く、次の節気「雨水」と同じだ▼立春の頃はずいぶんと日が長くなったと感じる。短かった冬から、次第に夜の更けるのが遅くなり、浮き浮きした気分になる。しかし秋は、立秋、秋分と次第に日の暮れるのが早くなる。気分的に日が短くなったと感じても当然だ▼そのうえ、雨水の日の出は六時二十五分なのに、霜降では三十分早い五時五十四分である。したがって、同じ十一時間でも、春に比べ、秋は三十分ほど早く日が暮れている▼言い古されたことだが、心地よい秋の夜長に古典を紐解いて、古人に想いを馳せるのも一興か。

(場)


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第816号 Oct.9, 1997


 司法試験にワセダの合格者が増えたことはよく話題になるが、自治体それも過疎というレッテルを貼られてきた小さな町村で、新しい発展の姿をつくろうと、日夜努力しているOBがいることは、あまり知られていない▼熊本県の小国町の江藤訓重氏もその一人である。この町は阿蘇山の北側にある山村で、早くから杉を育ててきた林業の町であるが、十年ほど前に、杉の間伐材を組み合わせた立体トラス工法を採用して、木造の大きな体育館をつくった。町の予算で地元の杉材の強度を測定し、建築基準法の規定の見直しを実現させ、地方からの働きかけで中央の基準をより普遍化したという、意味のある建物である▼さらにこの町では、木魂館(もっこんかん)という名を持つ奇抜なデザインの研修宿泊施設をつくった。氏はワセダを出た後、農林業に志を持って郷土に帰っていたところを町長に口説かれ、この施設の運営を任された。氏は単にホールといくつかの大部屋と粗末なシャワーしかない施設を斬新な発想で使いこなし、全国の地域づくりに関心のある人たちの交流の拠点に育て上げた。ユニークなコンサートを企画し、二時間以上かかる福岡市からも人を集めている。多くの地域リーダーや地域計画の専門家も立ち寄り、新しい交流が次々と生まれている▼かつての日本の成長は都市が大きくなり、すべての組織が大きくなることによる発展であった。いまようやく、多くの中小都市や農山村で、それとは別の、新しい地域の生き方を考え、つくりだそうという動きが始まりつつある。

(み)


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第815号 Oct.2, 1997


 中高年の登山 者が増えている という。つい最近も安達太良山を登山中に噴出ガスで死亡した数人の中年女性の事故が報道された。私もこの秋に計画していたところなので、出鼻をくじかれる思いがした▼山には遭難がつきものだというが、どれほど用意周到に計画を立て、準備に念を入れても、僅かな不注意が最悪の事故につながりうる。それは人間の脆さからくる、と私は考えたい。いいかえると、日常生活ではあまり感じることはないが、山では自然の強大な力が直に身辺にせまっているということであろう▼登校途中で路上の小石をうっかり蹴ったとしても、それで怪我をすることはまずない。帰りの電車を降りて駅を出たら靄がかかり小雨が降っていたとしても、それで家に帰り着けないなどということはありえない。ちょっと飲み屋に寄った分だけ帰りが遅くなる程度ですむ▼日常慣れ親しんだ生活の延長上に山行きを考えると、なにか空恐ろしい思いがするし、じっさい私自身何度も怖い思いをした。私を含めて中高年者はこの慣れが若者にくらべてずっと相深いといえるかもしれない。しかし若者にしても、慣れに居心地のよさを感じているとしたらどうか▼学生といっしょに稲子湯から天狗岳をへて本沢温泉におりたとき、スピードの違いに愕然としたことがある。負け惜しみをいうわけではないが、彼らの後ろ姿を見上げながら足を滑らせないようにと祈るような思いをしていたのだ。

(み)


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第814号 Sep.25, 1997


 さて、何かを書かなければならない。そこで、 裸写真で部数を伸ばした週刊誌の例の記事をとりあげることにする。その記事によれば早稲田大学の教員は“三流”(あるいは“四流”)だそうである。この記事の中には基本的事実に関してずいぶん杜撰な箇所があるようで、それ自体この記事のいい加減さを表しているが、それとは別に、教員が三流、四流の根拠が何なのか、具体的根拠が示されていない▼一般に、反論のしようのない議論は学問的には悪い議論とされているが、事柄が我々教員およびその家族の名誉にかかわるだけに、実に卑劣な議論と言わなければならない。かくなるうえは徹底的に戦うしかない。中世的世界であれば、己れと一党の名誉を守るために直ちに武器を携えて、実力でもって反撃するところであるが、近代社会はそうした自力救済を禁止しているので、平和的に戦うしかない。どうするか。一つは相手方を謝罪させるために、裁判に訴えることである。二つは、その週刊誌に対する不買運動をすすめることである。ただし、この種の、女性の裸を売り物にする類いの週刊誌はもともと買う気にならないので、この雑誌の不買だけでは実効性がない。この雑誌を発行している出版社の出版物全部を例えば少なくとも一年間買わないようにする▼それから最後に、研究を生業とする我々の個人的名誉と家族の名誉を守るために、日本人がもってきた美徳、すなわち寡黙と恥じらいをかなぐり捨てて、自分が日本で、いや世界でいかに評価されているかを、恥を忍んでひけらかすことである。そして、早稲田大学は各教員からそうした“ひけらかし”を収集しておいて、いつでも今回のような悪意のマスコミ関係者と戦えるよう、臨戦態勢をしいておくことである。

(H・K)


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第813号 Sep.18, 1997


 今年の五月から基本的に休日でも各門が開放されるようになったキャンパス内は、休日には授業期間中とは違った風情である。門が開いているのを見て、「入ってみようか」と大学内を散策する人の姿も見かける。家族連れや演劇博物館のスケッチをする人たちなど、子供からお年寄りまで、あちこちに目を遣りながら談笑するのどかな休日風景は心が和むものだ。大げさな言い方かもしれないが、都市の中の大学、社会の中の大学を感じさせてくれる▼去年から始まったオープンキャンパスも多くの人々を集めた。夏の暑い盛りだというのに、全国各地から若者たちが真剣な眼差しで訪れた。私は手応えを直に感じた。講演、模擬講義、各学部の説明会などが行われ、今年も多くの人たちが早稲田の熱気に触れて帰っていった。このような機会は非常に有意義だと思う▼国際会議場をはじめ各箇所でシンポジウムや学会などが開かれ、インターネットではそれらの情報を含めて早稲田大学の紹介が世界中に発信されている。さまざまな工夫を凝らしたホームページを見るだけでも楽しい。各分野の研究の状況についても知ることができる▼以上、あまりに日常的な事柄ばかり記してきたが、いずれも大切な「開放、公開、発信」であると思う。社会の状況が変化する中で、大学がその存在価値を問われる時代がやってきたといわれて久しい。新たな時代を迎える環境づくりは着実に行われている。研究、業務、勉強に地道に取り組む人たちの日常的な光景の中に早稲田の確かな歩みを私は感じている。

(た)


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