えび茶ゾーンの原稿は、教員が交替で執筆しています。


第941号 Jul.19, 2001


 『都の西北』の歌詞で一番好きなところは「集まり散じて」という部分である▼人間は集団的な(まあちょっとアカデミックに社会的といってもいいけれども)動物だが、その集団のあり方は多種多様だ。家族もそうだし会社もそうだ。でも、ある一定期間だけぴったりと同期させて集まり、そしてある時期になるとこれもまたぴったりと同期させて解散する集団は、「学校」のほかにあまりないように思える。だからそこには、時代を共有するというよりも特別な、かけがえのない時間の共有感覚が生まれる▼それに加えて「学校」は場所である。だってそこが場所だからこそ、ひとは「集まり散じ」ることができるのだから。ある時期、一回的に共有される経験は、だから「学校」という空間に深く浸透されていると言ってもよい。それは建築だし、広場だし、インテリアだし、樹木だし、机だし…ともあれ「学校」とは、一定の時間を一定の空間において共有される経験の無数の集まりなのだ▼言い換えると、学校は「世界」というあり方の、ひとつのモデルではないか。「世界そのもの」というよりも「世界のモデル=模型=規範」であるように思われるのは、それが時間と空間とによってカッチリと限定されているからだ。それは容赦なく、ある時間で始まり、ある時間で終わる▼「学校」が「世界のモデル」であるからこそ、そこでは幾多の、壮大で荒唐無稽な実験が試みられてきた。とくに「世界」が、なんとなくケジメを失ってきたように思われるときは。

(R)  


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第940号 Jul.12, 2001


 「先生この花どうにかしてよ」ボール拾いに行った生徒が大声をあげた。行って見ると黄色いレンギョウの花の咲き誇る花畑の中に入ってしまったテニスボールは保護色となり確かに探しづらい▼本部キャンパスから西北に百キロメートルほど離れた本庄キャンパスには、広大な校地の中に美しい樹木や草花が配置され、この地で学ぶ高校生や教職員、セミナーハウスに来る学生たちに四季折々に自然の豊かさを教えてくれる▼しかし、素晴らしい自然も、日々の生活の中では時として不便さを感じることもある。校舎までの登り坂、冬の北風、蜂の襲来…、そんな時高校生たちは、一瞬の煩わしさを今風の冗談で表現する▼そんな本庄校地の環境を大きく変えるであろう新幹線の新駅建設。多くの企業が誘致され、人口が増加し、生活が便利に、そして豊かになる。いいことずくめのキャッチフレーズとは裏腹に環境破壊を心配する声もそこかしこ聞こえてくる▼経済にとってはプラスでも環境にとってはマイナスという図式の中に発展してきた日本社会も、転換期を迎え各地で環境優先の開発が叫ばれている。校地の中に新幹線駅が出来る日本で唯一の大学が、この開発計画の中で大いに進取の精神を発揮することに期待したい▼「こんなきれいな花に囲まれてテニスができるって幸せだと思わない?」とたずねると、にっこり笑って答えた。「大人になったらそう思うかもね」彼が大人になった時、心から誇りに思える母校の環境が維持されていることを期待したい。

(J)  


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第939号 Jul.5, 2001


 若き日の修業時代を振り返ってまず思い起こされるのは、日々勉学にいそしんだ旧図書館(現二号館)の書庫の中である。旧図書館は閉架式で、大学院生になって初めて入庫が許されたのだが、学問を志し、緊張感と精神的な重圧の中で、未知なる領域を切り開こうと燃えていた私には、誠にふさわしい環境だったように思う▼書庫の中は確か七階に分かれていて、当然天井は低く梯子のような狭い階段で行き来し、思わぬ所に連絡路や小部屋があって実に不整合な構造になっていた。そしてそのような空間に所狭しと大冊の古典、双書、全集、学術書が並べられていた▼そこにはさながらヨーロッパ中世の修道院の書庫の趣があった。映画化されたウンベルト・エーコの『薔薇の名前』に出てくる巨大な塔の文書館を覚えておられる方も多かろう。あの雰囲気が私はたまらなく好きだ。膨大な人類の文化遺産の重みをひしひしと実感しながら、書庫の中の薄暗い閲覧室で原書の読解に沈潜し、孤独ながらも心をときめかせた日々が懐かしい▼当然のことながら、かく言う私も現在は現中央図書館(総合学術情報センター)のお世話になっている。規模や設備の点で全く申し分がない。開架式だから学部生や社会人でも書庫に入って自分で本を手に取ることができる。ただ、それにしても何と明るくスマートで華やいだ雰囲気なのだろうか。学問研究というものが人間の活動の中でも最も地味な領域に属すると思っている私には、今もってどうもなじめないものがあるのである。

(A)  


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第938号 Jun.28, 2001


 最近、独立研究科が人気である▼早稲田でもアジア太平洋、国際情報、日本語教育と立てつづけに3つの研究科が立ち上がり、今後も設置認可申請予定が目白押しときく▼とくに目を引くのが、定員を大幅に超過して学生を受け入れていることである。たとえば、最新の日本語教育研究科の場合、1学年50名定員で、春・秋募集だから半期25名のところ、春の入試は39名が合格している。すでに実績のあるアジア太平洋では、収容200名のところ、300名が入学し、研究指導は専任教員1人あたり1学年15名、2学年あわせて30名ときく▼大学院は、修士論文指導をはじめ、学部生よりも一層きめ細かい指導が必要だ。人数が増えれば当然コミュニケーションは不足しがちになる。高い学費を払って十分な指導が受けられなければ学生の側にも当然不満が起こるだろう▼一方、大学もいわば学生と父母を対象とした〈文化資本〉としての教育商品経営販売なのだから、赤字はダメだ、独立採算で行け、というのもわからないではない▼しかし、「儲かればいい」という商売一点張りの企業論理も気になるところである。大切なことは、売りつけた高額な商品を買い手に満足のいく形で使ってもらうことではないか。そのためには、売り手と買い手のコミュニケーションが不可欠なのではないか▼奥島総長の言う「学生のための大学」とは、「学生が満足する大学」であろう。良質の、息の長いコミュニケーションをめざして、大学教育を行いたい。そのためには、教職員と学生がゆっくり話し合える、協働的な相互関係を築けるコミュニケーション環境が必要条件である▼学生の満足をどう測るか。そのための大学はどうあるべきか。早稲田はそういうことをじっくり考える大学であってほしい。

(ほ)  


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第937号 Jun.21, 2001


  私生活ではいろいろあって結果的に昨年、四十歳代半ばで初めて父親になった。いやぁ、自分の子供というのは、かわいいものだと遅ればせながら実感している。娘は一歳四カ月になるが、両親に似て、超かわいく、幼稚園児程度の知能はもうありそうである。将来は、才色兼備の女優か女子アナか、はたまた女医か女性弁護士かと親ばかの夢は際限なく膨らむ。何かに書いてあったが、「子供」のキーワードはまさに「夢」と「未来」である▼最近のマスコミ報道で目につくのが、「幼児虐待」である。高校時代の友人の神経科医も「最近相談が急増しており心が痛む」と嘆いていたから、マスコミの報道も事態の深刻さを的確に伝えていると思う。特に、幼児殺害のニュースを見ると、殺害された幼児とは何の面識もないが、無残に未来を奪われた幼児のことを思うと、不憫で思わず涙が出そうになる。どんな事情があるにせよ、殺害や虐待が許されるはずはない▼いろんなことができるようになってきた我が娘を見ていて気がつくのは、親の言動を頻繁に真似しているということである。ということは、虐待する親も、その親の生き様を真似して大人になった結果が虐待につながったのだろうか▼虐待の原因は社会とも関連して複雑で、早期の全面的解決は難しいだろう。一つ思うのは、未来の夢に向けて生きている人は、幼児虐待に心の捌け口を見出さないのでは、ということだ。従って、教育が果たすべき役割として、「学生が未来の夢を描けるようにすること」が極めて重要と考える。          

(zoo)  


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第936号 Jun.14, 2001


 「早稲田精神」とは何か。この問いかけには、すべての早稲田関係者は、熱い想いを語るに違いない。私が強調したい点は、以下の三点である▼第一は「進取の精神」である。これは、新しい事に対して、常に挑戦しつづけるということである。私なりの言葉で表現するならば「ベンチャー精神」ということになる。リスクを恐れず、フロンティアに果敢に挑戦し続けるということである。昭和二十一年、戦後の混乱期に、ベンチャー企業としてのソニーを設立した大先輩井深大(まさる)氏こそ「進取の精神」の実践者であった▼第二は「在野精神」である。もともと早稲田は、地方出身者が多く、このことが「中央」に対する「在野」という意識を強めた。早大出身者は、政界、マスコミに多いと言われる。政治家が多いのは、昔、卒業したら出身地(村)に帰り、村会議員から国会を目指せと教えたからである。マスコミが多いのも、「ブンヤ」と言われるように新聞記者の社会的地位が、必ずしも高くない時代に入り、「反骨精神」をもって社会を正したのである▼第三は「久遠の理想精神」である。都の西北の歌詞の一番から三番まですべて「理想」ということばが入っている。「久遠の理想」をかかげ、その実現を目指すという「ロマンチシズム」が息づいている▼百二十五周年を迎えるに際し、「早稲田精神」の原点を再確認し、二十一世紀にふさわしい早稲田を再構築したい。百二十五周年の伝統の真の教えは、「進取の精神」を持ち、「久遠の理想」をかかげ、「在野精神」を忘れずに、フロンティアに挑戦しつづけることである。

(Y)  


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第935号 Jun.7, 2001


 やや旧聞に属するが、ある予備校関係者が書いた大学入試問題批判の書が話題になったことがある。一時、悪問は早稲田が一番多いとかそれに比べて慶応は、といったのりで騒がれもしたのでご存じの方も多いだろう。しかし実際に読んでみるとここには受験生の考える力の低下に直面して予備校が授業でどう対処しているかが多く書かれていて、むしろその方に我々大学人にとって得るものが多い▼一つの例としてCGを多用したビデオの授業がある。たとえば図形の授業で多角形の外角の和が常に三百六十度であることを理解させるために、まずグラウンドに図形を描く。それをヘリコプターから見て、その高度を徐々に上げていくと見え方がどう変化していくか、それによって理解させるという具合である。この授業は大変に受けて、高校にも売れたという▼今早稲田の各箇所で教材のデジタルコンテンツ化やネット上での授業が試みられ、多額の投資がおこなわれている。だがそこでおこなわれているのは、その為のネットの構築や教材を提示したり学生の反応を集めるためのソフトウェアの開発、要するにインフラの整備ではないか。必要なのはこの予備校の経験が教えるように、おもしろくかつ本質的理解を促進する教材の工夫、開発である。これはきわめて手間を要する仕事であり、かつ金がかかる。予備校の例では1つの授業あたり百万円を必要としたという。さて、我が大学当局はこのような投資と、教員へのインセンティブの必要性を自覚しているだろうか。

(K)  


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第934号 May.31, 2001


注:文中の*は、この字のかわりに表記しています。

 中国の『荘子内篇』に、次のような話がある▼南海に(しゅく)という王様、北海に忽(こつ)という王様、そして中央に渾沌(こんとん)という王様がおり、あるときと忽が渾沌のすむ地で会った。主人公の渾沌は、二人を手厚くもてなし、感激したと忽は、渾沌の厚意に報いようと次のような相談をした。人間の体には、七つの穴があり、これで、見たり、聞いたり、食べたり、息をしたりしているが、渾沌にだけにはこれがない。ひとつ、これらの穴を開けてあげてはどうだろうか。そこで、と忽は毎日一つずつ、渾沌の体に穴を開けていってあげたのだが、七日目になると、なぜか渾沌は死んでしまった▼この話の渾沌は、いうまでもなく自然の象徴であり、また、と忽は、「すばやい、たちまち」という意味で、機敏で利口なもの、あるいは、早合点をするものの意味が寓されている。人間というものは、自然界の無秩序に耐えがたい一面があり、これを自分たちの都合のよいように改造しようとする衝動に時として駆られる場合がある。しかし、たとえそれが善意から出たものであるにしても、人為が加えられると同時に、自然はその生命力を失い、人類の悲劇もまたそこから始まるといった内容であろうか▼これは、まさしく現代に生きる我々人類が直面している課題である。それはまた、西欧合理主義 に裏付けられた現代の科学への警告とも読みとれる。自然や人間は、我々が考えているよりもずっと無秩序な存在なのかもしれない。発想の転換が必要なのかもしれない。   

(T)  


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第933号 May.24, 2001


 とにかく、最近はITがブームのようである。新聞、テレビ、雑誌等、至るところにITの二文字が氾濫している。一方、コンピュータの授業を担当して二年になる。つまり、私は「IT」を教える立場にいるわけである▼コンピュータを教えていて一番困るのは、「何をしているのかわからない」、と言われることである。これは単に教え方が下手なのだと素直に反省するしかない。その反面、自分の学生時代を思い出す言葉でもある。教えてもらったことはなんとなくわかるのだが、さて自分で何かしようと思うと、何をすればよいのかわからない。要は、断片的な知識だけでは、コンピュータという巨大なブラックボックスとまともに付き合うことはできなかったのである▼しかし、その頃に比べれば、最近のコンピュータははるかに使いやすい。マウスをクリックするだけで、ファイルのコピーもインターネットへの接続も自由自在である。ワープロも電子メールもグラフの作成も、とにかく何でも簡単である。それなのに、なぜ今の学生も私と同じような気持ちになるのだろうか? これは何か新しい課題に出会ったとき、コンピュータが得意だと自認している学生すら例外ではない▼結局のところ、コンピュータが使いやすくなればなるほど、実はブラックボックスが増えているだけなのである。要はハートの問題で、時には遠回りしようが、ブラックボックスを一つひとつ解消していくしかない。「根性」あってのIT時代なのだと勝手に思っている。

(J)  


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第932号 May.17, 2001


 パソコン携帯電話、インターネットの普及によって情報の流れ方だけではなく、考え方まで大きく変わった。明治維新の時と同じぐらい、もしくはそれ以上の変化が、十年間という驚くほどの早さで起きた。しかし、あまりにも自然に私たちの生活に溶け込んだから、それらに頼れなかった時代がずいぶん昔の感じがする▼パソコンがまだ普及していなかった時代を経験した昔の人間から見れば、パソコンの便利さのなかにいくつかの落とし穴がある▼一つだけ取り上げてみる。手書きとはくらべものにならないぐらい早く書ける。ただ、苦労して時間をかけて書く分だけ、なるべく書きなおさないように、書く前によく考える必要があった。文章を書く前の段階が省略できると書き出しやすいが、きれいに字が並ぶだけで、中身のない文章を気がつかないうちに書いてしまう。全体の構成の意識も薄くなってしまう。省略された時間は無駄な時間ではなかった▼インターネット以前は資料を集めるために長い時間が必要だったが、その分だけ情報の信頼性を一つひとつ検討できた。情報を集めるだけではなく情報を探すことにも意味がある。いっきに情報が流れてくることは楽で、ありがたい反面、情報量が多すぎて一つひとつの信頼性を確かめる余裕がなくなる▼早い、便利、しかしその反面、自分の力で考える時間を失ったら、本当の意味の自由も損なうおそれがあるのではないだろうか。手書きの時代を懐かしむことはない。ただ、パソコンの限界を意識した方が、パソコンの力を発揮できるのではないか。

(p)  


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第931号 May.10, 2001


 五月は、早稲田の杜が最も爽やかに目に映る時節である。若葉から漏れる初夏の陽光が、行き交う学生の姿をやさしく照らし出す。新入生も、それぞれに自分の居所を見つけて、違和感なく風景に溶け込み始める▼黒板に「五月雨」の三文字を大書する。「これは何?」と尋ねると、「さみだれです」と力強い答えが返ってくる。「五月の雨ってどんな雨?」と問い直すと、大抵がきょとんとして言葉につまる▼かつて唐土で、五月は「悪月」と呼ばれ、一年で最悪の一月であった。その元凶が「五月雨」である。また五月といえば、端午の節句=子供の日。だが、もともとは子供のためだけに用意された一日ではない。「五月雨」に備えて老若男女全てが無病息災を祈る一日であった▼端午も五月雨も、元来、陰暦五月の季語である。今の暦より、平均して一月以上遅い。しかし、我が国では、この一月余の誤差が無視されて強引に新しい暦に組み入れられた。そして今、若い世代はこの誤差の意味することを殆ど実感できなくなりつつある▼我が国が怒濤のように駆け抜けた二十世紀。この間に、我々が置き忘れた先祖伝来の宝物は、きっと数え切れない。もしその中に、「季節の移ろいに対する鋭敏な言語感覚」も含まれるのだとしたら、その代価はとてつもなく大きい▼先行き不透明なご時世、我々はとかく過去を封印して未来志向に傾く。しかし、こういうご時世だからこそ、来し方を振り返る瞬間が、より多く我々には必要なのではないだろうか。

(坡)  


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第930号 Apr.26, 2001


 新入生諸君。大学生活にはもう慣れたであろうか。いや、これは愚問だ。一カ月やそこらで新しい生活に慣れるはずがない▼「慣れる」とは自己と周囲の環境との間に安定したパースペクティブ(遠近法)が形成されることをいう。当初、周囲の環境を構成する事物はすべてあなたにとって等距離にある。それが日々の相互作用の中であるものはあなたに近づき、あるものはあなたから遠ざかっていく。そうやってあなたの生活はしだいに構造化されていく▼具体的な話をしよう。大学の周辺にはたくさんの飲食店がある。あなたはこれから「今日はどの店で何を食べようか」という「昼飯・夕飯問題」と日々直面することであろう。「たかはし」のお刺身定食、生姜焼き定食。「すゞ金」のうな重。「ごんべえ」の釜揚げうどん、カツ丼。「五郎八」の揚げ餅うどん。「スパイシー」のロースカツカレー。「楠亭」のロースカツサンド。「メルシー」のチャーシューメン。「ほずみ」の塩ラーメン。―たとえばこれが文学部の教員になって八年目の私の「昼飯・夕飯問題」の解答である▼哲学者ウィリアム・ジェームズは「人間とは習慣の束である」と言った。至言である。生きることは「慣れる」ことである。しかし同時に人間は、とりわけ若者は、習慣からの脱出を夢見るものである。安定(安全)と変化(冒険)。あなたの大学生活は二つの極の間を揺れるであろう。どうかその揺れを楽しんでほしい。私もときには「文学部カフェテリア」の牛トロ丼や竜田揚げ丼に挑戦してみるつもりだ。

(I)  


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第929号 Apr.19, 2001


 新学期が始まって研究室のメールをあけたら、質問が二通はいっていた。科目登録の前に講義の内容について問い合わせてきたものである。メールのないころには、考えられなかったことだ。ずいぶん便利になったものである▼これは本学の学生諸君のものであることがはっきりしているが、時にだれだか発信人がわからないものがある。先日たった三行だけの通信がはいっていた。一行目には「お台場の「台」って何ですか」と書いてある。二行目と三行目も、同じくことばについての質問である。そのほかには、発信者の名も、教えてくださいなどの記述もいっさいない。アドレスをみると、九州地方のある大学からだと推定される。しかし、そこにはまったく心当たりがない▼国語辞典の編集に関係しているから、その読者かもしれない。メールでは返事をしなくてもいいと聞いてはいるが、これには腹が立った。失礼ではないかと返事をしたが、反応はない。もちろん質問に対する回答はしなかった。これに類することは、しばしばある。会って話をすれば温厚な人物なのに、メールではいやに高圧的に思えることがある。手紙でも似たことがあるが、メールのほうがその印象が強い▼メールは電話を文字にしたものだと思う人と、手紙を簡略化したものだと思う人とがいる。腹が立つのは、前者の場合が多い。「電話で失礼ですが」という言い方を、ほとんど耳にしなくなった。実は、手紙でも失礼なのである。メールでも、最小限の礼儀は守ってほしいものである。

(M)  


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第928号 Apr.12, 2001


 自己点検・自己評価というのは、組織や制度の問題点を自ら積極的に改革をしようとするきわめて自律的な制度だ。早稲田大学でも、各箇所の大学点検・評価委員会による報告書が作成され、新しいシステムが稼動しつつある。その中には、学生による授業評価などファカルティー・ディベロップメントも当然に含まれなければならない。現在では、六割弱の大学で、学生の授業評価制度が設けられているが、早稲田ではいまだ実現されていない▼このような現状に対して、法学部の学生自治会ではここ八年くらい「講義評価アンケート」をまとめて公表し無償配布している。当初は、講義評価とは関係ない不適切な表記もみられたようだが、ここ数年は、できるかぎり客観性を担保し、建設的なものにしようとする努力のあとがみられるようだ▼しかし、科目登録情報と称するいくつかの有料情報誌には、「先生ホモっぽい」「四頭身」「髪が少ない」「先生はOOO好き」など、およそ講義内容と関係ない容姿や人の属性、人柄にかかわるような誹謗・中傷のたぐいが堂々と載せられている。驚くべきことに、一部には、キャンパスの地下部室問題を担当する教員個人を狙い撃ちにして、「実はOOOうそ、女子OOO」「実は妄想OOO、逝ってよし」などと悪質な人格攻撃、嫌がらせにまで及んでいるものさえある▼大学の自治だとかサークルの自由な表現活動を隠れ蓑にする、度を超えた無責任な言動や人権侵害・個人攻撃を、われわれはこのまま放置していいのだろうか。自由闊達で創造的な早稲田文化は、イエロージャーナリズムや無節操なサークルの営利集金活動とは無縁であるはずだ。

(M)  


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第927号 Apr.5, 2001


 早稲田大学の素晴らしさは、どこにあるのでしょう。もちろん、学生も教職員も素晴らしいし、大学の施設・設備も素晴らしい。しかしここで、大学と早稲田という町との一体化を忘れてはなりません▼「大学と町との一体化」とは、人びとがキャンパス内に自由に足を踏み入れられることだけではありません。早稲田では、大学と町とは共通の目的を持ち、喜びや悲しみを共にしています。その結果、町の景観として大学があり、大学の景観として町があります▼早稲田という町の特徴はいろいろあるでしょうが、誰にでも一目で分かるのは書店の存在です。ところが先頃、なじみの書店が二軒廃業する、と聞きました。「廃業」には悲しい響きがあります。引退とは違って、消えてしまうのですから。そして廃業の理由を聞いて、もっと悲しくなりました。要するに、本が売れなくなったから、というのです▼商店とのつきあいの醍醐味は、モノを媒介とした人と人との触れ合いにあります。書店の場合は、媒介が書物です。書物の持つ意味については、私があれこれ言うまでもありません。むしろ書店とのつきあいについて、ちょっとだけ▼勉強する者と書店との関係は、単なる触れ合いではなくて、むしろ育て合いです。高度な本を求める客と、それを察知して新しい本を仕入れる書店。こうして、なじみの客となじみの書店ができます▼本離れにより早稲田の素晴らしさの一部が消えてゆくのは、大学にとっても、町にとっても残念なことだと思いませんか。

(I)  


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