
所沢に住んで十七年になる。人間科学部が開設されてから十四年目であるから、所沢との付き合いは人間科学部よりも長いことになる。キャンパス建設以前の掘っ建て小屋の記憶もある▼我が家からキャンパスまでは約五キロ。人間科学部で授業をしているわけではないのだが、キャンパスにはしばしば足を運んでいる。プール、テニスコート。陸上競技トラックの外周道路はこどものローラーブレードの練習場。たこ揚げもできる。図書館は緊急に資料が必要になったときなどに重宝している。人間科学部ウィークや体力測定にも参加した▼キャンパス周辺の林間の小径は絶好の散歩道だ。狭山湖に続く雑木林を歩けば小鳥の囀りが聞こえ、集落に向かえば田舎の風情が楽しめる。幹線道路沿いは殺風景な典型的な新開地だが、茶畑の広がる丘陵に立つと、所沢ものどかなものだと思う▼西早稲田のキャンパスと比べ、所沢キャンパスには一般市民の姿が目立つような気がする。学生や、教職員、他機関の研究者や業者などではない、近所の人たちである。ハイキングスタイルの初老の夫婦、自然観察の小学生の一団。授業でもなくエクステンション講座でもないサークルが活動し、大学と学外者との垣根が低いように感じる。開かれた大学なのである▼一市民の立場から所沢キャンパスを眺めると、文化的というにはほど遠かった所沢に、大学を核にした一つの文化が根付きつつあるように感じられる。今後の大学の生き方の一つを見るような思いがするのである。
(Y)
最近やたらと「どっこいしょ」、「やれやれ」といった類の言葉が多く出てくるようになり、いささか自分に嫌気が差している。ついこの前は、某出版社の編集者に、「…などとは言っておらん」の言っておらんのところに赤線を引かれ、老人語、と書かれてしまった。六十に近いとはいえ、おれはまだ若い、そんなばかな、と思うのだが、ちょっとばかりあせりを感じている▼それにつけても商売柄、ロシアの年寄りが思いやられる。日本にはバブルの崩壊というのがあったが、向こうにはソ連崩壊という、すごいやつがあって、何もかも全てが百八十度大逆転してしまった。社会が変化すれば、当然言葉も変化する。それも並大抵な変化でなかったので、ロシア語もがらりと変わってしまった。我々が日本の若者の言葉を話題にして楽しむのとはわけが違う▼ロシアではむやみやたらと英語が入り込み、若者たちは「話す」と言うときトーカチ(talkから作った動詞)、「去る」は、ウェンタチ(went)と、万事この調子だ。これは序の口で、ソ連崩壊時、アンチソヴェーツキー(反ソ的)は、西側のすばらしい、という意味に変身してしまった。共産化するは、かっぱらうの意味だし、子供たちは、ばかじゃあるまいしと言うとき、レーニンじゃあるまいしといった表現を用いる▼一生をソ連社会で過ごした者は、このような言葉の激変についていけず、苦労していることだろう。いや、そう感じる者は幸せで、恩給もわずかで生活苦にあえぐ多くの老人は、そんなことを考える余裕などないのかもしれない。
(狩)
日本は演劇に対する行政の支援が手薄だといわれる。しかし、伝統あるヨーロッパ等との比較は慎重でなければいけないと思う。日本の市民演劇であった歌舞伎は、むしろ統制と禁令の中で、独自の視角をはぐくんできたからだ▼江戸時代、平生は庶民のスターであった歌舞伎役者も、天保の改革時などは河原者として編笠を強要され、芝居町からの他出を禁じられた。脚光と蔑視に引き裂かれた屈折した精神が、諷刺を韜晦(とうかい)でオブラートした「複眼の視点」を獲得したとされる(郡司正勝説)▼数年来、早稲田でサークル活動に制限が加えられているという見方がある。たまたま筆者が演劇関係の専門なので、その方面の事情が耳に入りやすいのだが、第二学館の使用方法、チケット代の徴収、看板やビラの掲示場所など、従来に比べて運用面で厳しい対応を迫られているのは事実だろう▼いまの学生はみな素直なので、禁止と言われると、心中不満はあってもとりあえず従ってしまうようだ。筆者もここで学生に抵抗を呼びかけるつもりはない。これまで大学の無関心をいいことに、学生が自主管理を怠ってきたことは否定できない。最低限のルールが求められるのは当然であろう▼しかし、学生には旺盛な批判と反骨の精神も必要で、保護に甘えていては新しい芸術は生まれない。規則はきちんと守ったうえで、学校側に「一本取られた」と思わせるような、痛快なアイディアを見せてほしい。自己の内面に向かいがちな目を社会へと開く、ひとつの足がかりにもなるだろう。
(W)
何時からこんなに汚くなってしまったのだろうか。校舎に一歩はいると、壁という壁はビラを貼った接着剤やガムテープの痕で汚れ、そこら一面にチラシが散らばっている。ラウンジの椅子の上には、空き缶やスナック菓子の袋、弁当の空き箱までが放置され、禁煙のはずの場所に吸い殻が平気で投げ捨てられている。自分たちの校舎を大切に使おうとする身構えがない▼私は旧図書館(現會津八一記念博物館)の天井の高い閲覧室が好きだった。あの空間と静寂の中にいると不思議と勉強した気になった。大学は学問研究の場である。学問をする心を育む環境作りが大切である。課外活動が自由闊達であることは結構である。しかし、そのために教育の場に相応しい環境が阻害されているとしたならば、これは本末転倒というほかない▼四月の入学式からの一週間、新入生にとって最も大事な時期に、あの新歓行事の喧噪と無秩序は、新入生の学問への期待と学問をする心を失わせてはいないだろうか。あのような無秩序な新歓行事がなかった頃の方が、早稲田文化から本物が育っていたと思うのは思い違いだろうか。近隣の女子大にまで押し掛け、警察沙汰になるに至っては言語道断である。新歓行事を再検討すべき時期に来ているのではないか▼日本人のパブリック意識の欠如が日本の民主主義の健全な成長を阻害していると話されたのは入学式での栗山尚一教授であった。大学は、社会のリーダーとなる者に求められる高いモラルと社会奉仕の精神を教える場でもある。
(ひ)
政治と言葉に関わることが、いくつか話題になったように思う。一つは、「ボキャ貧」と自称する首相の登場である。多くの人々は、訥々と話す首相の応対に、もどかしさと頼りなさを感じていたが、やがて、少ない言葉の中にユーモアを発見し、「人柄が言葉に現れている」とまで評されるようになった。「下手が却って上手」のたとえがあるように、大きな変身であった。二つ目は、「ボキャ貧」の首相が退陣した後に登場した新首相。以前から多弁・能弁で知られる。皮肉なことに、その首相が、「神の国」発言を代表に、言葉で躓いた。今では、言葉の軽ささえ指摘される。才のあるところに、最も大きな落とし穴があるという典型である。二人の首相が示したことは、言葉の豊富さではなく、熟慮を重ねた言葉の選択と使用が大切ということだろう▼三つ目は、前首相が設置した「21世紀日本の構想」懇談会が、日本の対外姿勢は言語を武器とする「言力政治」でなければならないとし、「英語を日本の第二公用語として採用すべきだ」という提言である。国際舞台で縦横に英語を使いこなすことは大切だが、それが即、英語の義務教育化につながるのか。人生の早い時期に英語を学ばなくとも、英語の達人は存在する。英語を使えても、話に内容のない人も散見する。大切なことは、英語の早期教育よりもしっかりとした母語教育であろう。母語と外国語を中途半端に修めても、「言力政治」の強化にはつながらない。熟慮なき言葉を軽々に発する首相の現状は、母語の教育の大切さを改めて教えているのではないか。
(悦)
昨年九月、一九四二年から五十七年間も屋根裏部屋に隠れて生活していたというウクライナ地方の七十六歳になる男性のニュースが伝えられた。きっかけは、同地方を当時占領していたナチス・ドイツによる人間狩りを逃れるためだったという▼第二次大戦中、ドイツでは捕虜と被占領国を主とする、ヨーロッパのほとんどすべての国籍の民間人が強制労働に従事していた。初めは自由応募だったが、やがて事実上の強制連行となり、特にソ連(当時)の被占領地域では公然と人間狩りが行われた▼ドイツ敗戦の前年、四四年八月の統計によると、外国人労働者は七百六十五万人(うち民間人男子は三百八十万人、同女子百九十二万人、捕虜百九十三万人)。軍需産業では三人に一人が外国人だった。国別ではソ連が二百七十六万人、ポーランドが百六十九万人と東欧出身者が半数以上を占め、彼らはまた人種的、ドイツ政府と被害者側弁護団とは、百億マルク(約五千億円)の補償用基金を創設することで合意した。これでドイツは対外的な戦後処理を一通りすませる見通しがついた▼NHKニュースによれば、同じ弁護団が日本企業相手に世界各国の被害者を集め補償を求める訴訟を起こしたという。日本にはドイツにない「慰安婦」の問題などもある。過去の罪責の克服に努力を続けるドイツ。戦争責任を棚上げにし「昭和の日」の日本。次代が負うのは借金ばかりではない。
(神)
連休の最中に世界中で猛威を振るうコンピュータウィルスのニュースが舞い込んだ。 このウィルスはラブレターを装って電子メールに紛れ込み、受信したパソコンの記憶を破壊する。メールは他の宛先にも自動送信されるため、被害は鼠算式に増えていく。 幸い日本での被害は最小限で済んだが、「愛とは傷つきやすいものさ」と傍観している余裕はない▼かつてパソコンがフロッピーディスクでデータの受け渡しをしたときは、ウィルス感染の速度も範囲も限られていた。しかしインターネットの時代には通 信回線が感染経路となるため、被害がいっきに広がりやすい。今回のウィルスは発見されてからわずか数日で全世界のパソコンを麻痺させた▼もちろん今日の社会はインターネットから多大な恩恵を受けている。我々はいながらにして世界中の情報を手にできるし、企業では電子商取引が当たり前になりつつある。近い将来には、家電から自動車、大規模プラントまで、さまざまな機器がインターネットに接続されるといわれている。「便利なものには危険がつきもの」とウィルス対策を怠ると、将来に大きなツケを残すことになろう▼「開かれた」インターネットの世界から悪意を持つ人だけを締め出すことは難しい。だからこそ徹底した摘発と処罰で、ウィルスをばら撒くという犯罪行為が「割の合わない」ことを知らしめる必要がある。むろんシステム運用者にはより確実な安全策を講じてもらいたい。そして何よりも、まず一人一人がインターネットの便利さと怖さをもっと自覚することだ。
(信)
(かじ)
(東)
(T)
(如)
(I・N)
(副艦長)