ソフトボール界からプロ野球界へ
100%の期待を胸にいざ、夢のフィールドへ!

大嶋 匠さん

[プロフィール]
おおしま・たくみ
1990年群馬県生まれ。スポーツ科学部4年。少年時代は野球に打ち込んできたが、進学した新島学園中学校に野球部がなかったためソフトボール部に入部。新島学園高等学校では、高校総体、国体で優勝し、2008年にはU-19日本代表の4番打者として国際大会にも出場。世界男子ジュニア選手権大会3位などの実績を残した。本学へ進学した後も、公式戦で13試合連続本塁打の記録を残すなど、型破りの才能を発揮した。「ソフトボールと野球の違いについてよく聞かれますが、球種が違うくらいで、今のところそこまで違いを感じていません。あえて言えば、試合展開の早さがソフトボールの魅力です」。趣味は、人間観察とフォームチェック。好物はアイスクリーム。スーパーカップが一番のお気に入り。「理由はたくさん入っているから(笑)」。



 2011年プロ野球ドラフト会議。アマチュア野球界で活躍した目玉選手を差し置いて、世間の注目を一身に浴びた選手がいた。北海道日本ハムファイターズから7位で指名を受けた大嶋匠選手。小学生の頃に軟式野球の経験はあるものの硬式野球経験はなく、ソフトボール界からドラフト指名された極めて異色の選手だ。

 もともと子どもの頃からプロ野球選手になることが夢だった大嶋選手は、ソフトボール部の吉村正総監督(人間科学部教授)の後押しもあり北海道日本ハムファイターズ(以下、日ハム)の入団テストへの挑戦を決意。「こんな無茶な挑戦ができるのも若いときだけだと思い、ダメもとで挑みました」。持ち前の力強いバッティングで一次審査を通過、二次審査へと歩を進めた。5打数3安打という好成績を収め、結果はドラフトへ。「人生、ノリで進め!」をモットーとし、たいていのことでは動じない性格の大嶋捕手だが、ドラフト会議のテレビ中継は、胸が張り裂けそうなくらい緊張したという。

 多くの球団が指名を終えた中、日ハムの第7巡目、モニターに映し出されたのは「大嶋 匠(早稲田大ソフトボール部)捕手」の文字。思わず画面を見返した。そこには確かに自分の名前があった。一夜にしてプロ野球ファンからプロ野球選手への道が開けた大嶋選手。その夜のことを尋ねると、「同期や監督に祝福してもらったあと、まっすぐアパートへ帰りました。ふとんにもぐり込んで目を閉じても、支えてくれた人への感謝の気持ちや将来への期待が胸にあふれ、夜が明けるまで眠れませんでしたね」と当時の心境を振り返る。

 それから、たくさんの取材を受けたり、握手やサインを求められたりと、スター選手並みの目まぐるしい日々を送った。それでも学生の本分である学業をおろそかにすることはなかった。卒業論文に掲げたテーマは、「野球とソフトボールのバッティング比較」。サンプルとして自分も含めた数名の選手のバッティングフォームを高速カメラで撮影し、初動のタイミングやバットの軌道などを検証した。その結果、大嶋捕手のタイミングの取り方は、2011年パ・リーグのホームランキングに輝いた埼玉西武ライオンズの中村剛也選手に酷似していることが分かった。「タイミングの取り方は人それぞれですが、すごくうれしかったですね。自信にもつながりました」。

 4年間を過ごしたスポーツ科学部には、勉強のほかにも数々の記憶が刻まれている。中でも1年生の時、野外活動でクラスメートと腹の底から笑った思い出は一生忘れないという。「素晴らしい仲間がいたからとても楽しい学生生活を送ることができました。だから、思い残すことはもうありません」。

 卒業を目前にして、大きな夢の扉を開いた大嶋選手。自身が置かれている環境がどんなに変わろうとも、その目は前だけを向いていた。「期待と不安を割合で表すと、期待が100ですかね(笑)。不安なんて感じている暇はありませんから。今は1分でも多く練習をしたいと思っています」。

 どのような選手になりたいかという質問には「引退する時期を自分で決められる選手」と答える大嶋選手。挑戦は始まったばかりだ。

 

大嶋匠さん

ソフトボール選手は野球で通用するのか? 期待は高まる
▲ソフトボール選手は野球で通用するのか? 期待は高まる

球をとらえる絶妙のタイミング
▲球をとらえる絶妙のタイミング


その構えからはすでに大器の片鱗が
▲その構えからはすでに大器の片鱗が

卒論、練習と多忙の中、丁寧に質問に答えてくれた大嶋選手
▲卒論、練習と多忙の中、丁寧に質問に答えてくれた大嶋選手

 
1268号 2012年1月19日掲載