とっておきの話

ラグビーの楽しみ方

法学学術院 教授
江泉 芳信

 8年ほど前になるが、2月にオーストラリア・キャンベラに出かけた。目的の1つは、プロ・ラグビー、「スーパー14」(今は1チーム増えて15になった)を見ることであった。キャンベラをホームとするブランビーズの試合を観戦して、15人がポジションに関係なくプレーするスピード感に驚いた。

 これに刺激を受け、50歳を超えた老骨ながら、時々学生時代に所属していた同好会のOB戦に参加することにした。当時週4日、多摩川の河川敷で練習があった。授業は午後2時までに終わらせるという生活を送っていた。4年間で、野球の早慶戦は1度しか行ったことがなかった。その代わりに、秩父宮ラグビー場には頻繁に足を運んだ。

 60歳になる直前に、現役の夏合宿に合わせてOBが集合して長野県菅平で「やどろく」というチームとの定期親善試合に参加したときのこと。人生で初めて救急車に乗せられることになった。「やどろく」は菅平の旅館のオーナーたちのチームであるが強いチームで、若いプレーヤーもいた。OBチームが、トライを取れずに点差がどんどん開くなかで、タックルに失敗して脳しんとうで倒れてしまった。菅平から上田の町まで運ばれ、脳神経外科で診察を受けることになった。幸い、大事には至らなかったが、それからは、ヘッドキャップとマウスピースを必ず着けることにしている。その後も、早稲田大学教職員ラグビー「オリザ315」で何度か試合もしているが、決して無理をしない。

 2年ほど前に、学生時代に属していたチームの80周年記念で、秩父宮ラグビー場でほんの短い時間ではあったが、試合をした。あこがれの秩父宮はすばらしかった。トライもできた。これからも、怪我をしないようにしつつ、還暦の際に息子にもらった赤パンを履いて、ボールを追いかけていこうと思う。



秩父宮ラグビー場のスコアボード
▲秩父宮ラグビー場のスコアボード

味方バックスのフォローに向かって走る筆者
▲味方バックスのフォローに向かって走る筆者(左から4番目)

菅平で行われた試合の様子
▲菅平で行われた試合の様子

 
1266号 2011年12月15日掲載