研究最前線

日米の「法創造力」の違い
金融危機に学ぶ、「法」のあり方について

 金融危機―新聞紙上やテレビのニュースでこの文字が躍らない日はありません。私たちの生活に直結する問題として無視できないこの「金融危機」について、法学学術院・法学部長の上村達男先生に法学博士の立場から問題の本質と「法」のあり方について教えていただきます。

上村  達男教授

法学学術院 教授
上村 達男(うえむら たつお)

1948年生まれ。高等学院、法学部、大学院と全て早稲田で修める。父親も息子も家内も早稲田大学出身。昨年9月まで法学学術院長。バレーボール部長。グローバルCOE企業法制と法創造総合研究所所長。現在法制審議会会社法制部会委員その他。趣味は歌舞伎鑑賞と囲碁。

二つの想定外

 このたびのギリシャ危機を契機とするグローバル金融危機が起こった際に、日本の経済学者・評論家・マスコミはこぞって、「100年に一度の」危機と呼び、これをあたかも想定外の自然災害であるかに評する向きが多かった。資本主義では100年に一度くらい、こういうことが起こるものだという感覚は、誰もこれを防げない、誰の責任もないということだが、この問題が法の不備の問題であることはその後の欧米の対応を見ても明らかだ。東日本大震災と原発事故も1000年に一度の大地震じゃ仕方ない、という雰囲気だったが、その後の経緯を見ると、「想定しないことにしていた」にすぎないことが日々明らかになってきている。要は、これも制度設計の問題だったのだ。原発事故に関しては、原発の隣に予備電源を置くのは非常識というアメリカ人専門家の発言もあった。

市場はグローバル、ルールはローカル!

 もっとも金融危機について言うと、アメリカの抱えていた構造的な欠陥が浮き彫りとなった。金融市場はグローバルだが、それを生み出した元凶ともいえる証券化商品等の金融商品、格付け、一種の保険商品であるCDS等々の根拠法は、アメリカの各州法といったローカルな話が多かった。グローバル金融市場はグローバルな法制と対応していない。アメリカは自由を最大限追求し、失敗したら直すというプラグマティズム(実用主義)の国だが、その失敗による犠牲は弱小国にしわ寄せがいくか、アメリカ内部に格差社会という名の「植民地の内国化」を招く。なにしろ、ウォール街のような「部分」を輝かせるもっとも安易な手段は「周囲を暗くすること」なのだから。

しかし彼我の違い—日米の「法の創造力」

 アメリカはこのようにかなり身勝手な存在であることも多いが、いったん事が起きたときの制度改革のパワーには目を見張るものがある。それでも再び最大自由を求めては失敗し、また規制を強化しては自由を求めるというのがアメリカの生き方だから、周囲は警戒を怠ってはならない。日本は、自由だけはアメリカ並みを追求しながら、それに対応するアメリカ並みの事後の規制の創造力は乏しく、立法は事前の審議によるので、制度が自由に追いつかない。しかし、日本の世論をリードする経済学者たちにそうした問題意識は全くない。日本でアメリカ市場原理主義者というと今では批判の対象だが、最大の問題は「法」「規範」への関心の欠如である。アメリカで通用する議論も、それはアメリカの強力な「法社会」が担保しているのだが、その担保のない日本にそのまま議論を持ち込めば必ず失敗する。近年の日本の停滞・失敗・不祥事の続発は、完全な「想定内」である。自由の方を欧州並みに抑制するというのも、日本にとっては重要な選択肢の一つだろう。今話題のTPPがこの選択肢の放棄にならなければよいのだが。

学生諸君へのメッセージ

 日本では、法の議論は法制審議会や金融審議会等で行われ、政府の責任で法案を国会に提出するから、事前の想定で議論は進んでいく。そこで尊重されるべきは「社会科学」ないし「法律学」への学問としての信頼だろう。アメリカの法律制度論にはそうした学問的香りは相対的に少ない。法曹を養成するロースクールがあれば法学部は要らないという世界である。外国の制度を謙虚に学ぶという姿勢も乏しい。法制度論的にはアメリカはかなり変わった国である。そのことを思いながらアメリカを、そして日本の懸案を大いに論じて欲しい。

日本の評価軸
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外国法の坩堝である比較法大国日本が、欧州と米国の違いを的確に把握して独自の理論構成を構築し、欧米とアジア諸国に向けて発信する
緊急シンポジウムの会場にて
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緊急シンポジウムの会場にて

金融危機-日本発のメッセージ(早稲田大学GCOE宣言)
金融危機-日本の評価軸を欧米に問う-

 常に行きすぎや過剰が生じやすい、欧米の企業法制、金融・資本市場法制の基本的なあり方の欠陥に対し、明治以降、外国法を真摯に学習してきた「比較法立国」日本こそが提言を。2009年8月8日、早稲田大学で早稲田大学グローバルCOE≪企業法制と法創造≫総合研究所主催の緊急シンポジウム「オバマ大統領の金融規制改革案を検証する-日本は何を発信すべきか-」が開催され、同研究所所長・上村達男の責任において、5カ国語でのメッセージ「金融危機-日本の評価軸を欧米に問う-」が発信された。

URL:http://www.globalcoe-waseda-law-commerce.org/purpose/index3.html


アメリカ国債の格下げ、欧州金融市場の緊張の高まり、さらなる円高や株安・長期金利急騰…。世界でいま何が起こっているのか、読者(早稲田ウィークリーモニター)のみなさんからも「金融危機」についてさまざまな質問が寄せられました。

質問1
 人間は何らかの経済的なインセンティブを与えないと働かない、能力の高い人物にはより高いインセンティブが必要、という人間観そのものが破綻しているのだと思いますが、それはある種の経済学が破綻していると言うに等しいのです。法だらけの世界に住むアメリカの経済学者の認識を、法の条件が全く異なる日本で振り回す人が多すぎますね。最近は法律家にも多いのは困ったものです。



質問2

 1920年代末のアメリカ発の大恐慌は証券恐慌といわれますが、巨大バブルの崩壊で昨日までの価値の基準が何分の1にも低下するのですから、企業は倒産し、失業者は増大し、犯罪は増え、最後はその矛盾の解決を海外の植民地支配に求めれば戦争も起こるという話です。会社法や資本市場法は戦争と平和と関わる法なのです。意外でしょうか? 本文でも触れましたが、今回は、その植民地の「内国化」が貧困・失業・格差社会として現れているのだと思います。



質問3
 日本の金融資産がまだ相当ある、あるいは消費税引き上げ余力が大きいといわれていますが、日本人と日本の社会の安定感や文化力への期待もあるような気がします。金融危機は世界経済に多大な打撃を与えましたが、金融街に光を呼び戻すためのもっとも安易な手段は、「周りを暗くすること」ですね。何も手を打たないでいると、ウォール街のような部分を明るくするための暗室の役が日本に回ってくるかも。


1261号 2011年11月10日掲載