研究最前線

自己中心的、現実逃避的…
現代の若者のうつ病について

 夏休みが明けて1カ月。大いに学び、大いに遊び、英気を養ったはずの夏休みですが、この時期に心身の不調を訴える声は意外に多いようです。そこで、 近年若い世代に目立つようになってきたといううつ病の事情、また新しい治療のかたちについて、教育・総合科学学術院の堀正士先生に教えていただきます。

堀  正士教授

保健センター所長 
教育・総合科学学術院
堀 正士(ほり まさし)教授

1958年兵庫県尼崎市生まれ。筑波大学医学専門学群卒業。医師免許証取得、筑波大学博士(医学)。1991年筑波大学臨床医学系助手に就任、以後講師、准教授を経て、2010年4月より現職。専門は精神医学、中でも青年期精神医学、職場のメンタルヘルス、スポーツ精神医学など。趣味は歌舞伎、美術鑑賞、スポーツ観戦ほか。


うつ病は中高年に限った疾患ではない

 私が精神科医になって四半世紀が経過した。駆け出しの研修医のころ、よく主任教授に言われたことは「うつ病は中高年の疾患である。若者に抑うつ状態が見られたら、人格障害か統合失調症を考えろ」ということである。ところが、その後数年経って大学の保健センターに勤めてみて驚いたのは、大学生のうつ病がとても多いことであった。またよく診察をしてみると、彼らの性格傾向は中高年のうつ病に典型的といわれる、「メランコリー親和型性格(几帳面・勤勉・対他的配慮がある)」あるいは「執着性格」といった要素が少なく、時に自己中心的であったり逃避的であったりと、概して未熟な性格であることに気づいた。

発症の一因は自己愛へのダメージ

 一方で、最近の職場でのメンタルヘルスの話題は、「新型」あるいは「現代型」のうつ病に集中している。先日ある企業の復職面接で診たうつ病の30代前半の技術系会社員は、発症のきっかけを振り返り次のように述べた。「当時上司から自分の能力を超えると思われる課題を達成するように指示され、一生懸命自分なりにやっていた。しかし、突然顧客の考えが変わりその課題への取り組みは中止に。『いったい自分は何のために苦労して仕事をしていたのか。なぜ上司はそんなに簡単に課題を放棄してしまえるのか』と思ったら、急に意欲がなくなり気分が落ち込んでしまった。それからです。私が会社に行けなくなってしまったのは」。この事例はある意味で現代の若者のうつ病の典型的な発症状況といえる。考えてみると彼の直面したような状況は、顧客のニーズに応えねばならない企業において日常茶飯事のことであろう。しかし彼にとってこの出来事は「会社の裏切り」であり、深く彼の自己愛が傷つけられることであった。そして、その状況から「逃避する」かたちで会社に行かなくなってしまったのである。私がかつて見た大学生のうつ病像が、今や若手から中堅にかけての会社員のうつ病においても珍しくない状況になっているのである。

うつ病に対する今後の治療戦略とは?

 精神的に未熟な社会人が増加している背景として「青年期が延長している」ことが考えられる。一昔前は職業選択の決断を先送りする学生を「モラトリアム」と称していたが、今はあまりにありふれたことであり、この言葉も死語になりつつある。企業は景気の低迷もあり即戦力となる社員を採用しようとする反面、社員教育にコストをかけることをしなくなっている。しかし、これまで述べたように若者の精神的成熟は入社時点では全く不十分なのである。最近まで大学教育の現場における「大学生の育ち」が問題となっていたが、今後は職場における「社員の育ち」がテーマとなるであろう。このような社会状況を踏まえ、我々精神科医のうつ病に対する治療戦略も大きく変わらざるを得ない【表1】。かつて教科書に書いてあったような「休養と薬物療法」は必要条件ではあるものの、それだけでは全く不十分である。傷ついた自己愛の修復、現実状況の認識やそれに対する判断を的確に行えるような認知行動療法、さらには不登校児童生徒に行っているような生活リズムの回復などが要点となるのである。

【表1】現代のうつ病に対する治療戦略


気分障害患者数の推移


 患者数の増加が著しい一方、医療機関への受診率は低いといわれているうつ病。読者(早稲田ウィークリーモニター)のみなさんからも普段なかなか人に聞けないうつ病に関する質問が寄せられました。

質問1
 まず親しい人たちが彼(彼女)の今のつらい気持ちを受け止めて、心から心配していることを表明することが大切です。その上で危険な行為はしないように説得しましょう。稀にですが、服薬している薬剤のせいで自殺願望や衝動性が高まることがあります。主治医に今の状態をしっかり話すように勧めることも必要です。もし自殺の危険性が高いと判断された場合は、危機的状況が落ち着くまでそばについて見守ってあげることも自殺予防の観点からは重要です。



質問2
 ご質問のような症状はPTSD(心的外傷後ストレス障害)によく見られるものです。症状の起こる背景として、心理的ショックがあまりに大きいことから脳の中で体験の記憶の整理が円滑に、あるいは十分に行われていないことが考えられます。専門的治療が必要なのは言うまでもありませんが、自ら出来事を「なかったこと」と思い込ませようと努力することはしないで、周囲に自分の気持ちを十分に話すこと、そして自分がいかにつらい思いをしているかを再認識することが大切です。



質問3

 有酸素運動には抗うつ効果、抗不安効果、抗認知症効果などが認められています。その背景には、脳内麻薬として知られるエンドルフィンの増加、神経栄養因子の増加などによる脳内の神経細胞新生の促進を始めとしたさまざまな身体要因が考えられています。また運動という健康行動は結果が出るために、自己コントロール感や自己効力感を高めるといった心理的効果もあります。運動の好き嫌いには関係なく、長期間無理のない運動を続けることでこれらの効果は誰にでも表れます。




▲ 堀正士ゼミ(臨床心理学)合宿の様子


1257号 2011年10月13日掲載