とっておきの話 

言葉は身に付けたものである

情報生産システム研究科 教授
ルパーシュ・イブ

 娘が3歳になったころ、言葉をどんどん覚えて、言葉でのコミュニケーションも盛んになってきた。ある日、壁の方を指して「パパ、パパ、あそこまで考えて!」と言った。意味の分からない私は当惑した。少したってから、その意味が分かりゲラゲラと笑った。
 以前、考え事をしている時に天井をじっと見ていたら「何をしているの?」と聞かれたことがあった。「ううん、別に、考えているだけ」と答えた。娘は「考える」という言葉を「じっと見る」という意味と誤解したらしい。自然言語処理の研究をしている私は、どうやったらテキストから新しい意味や概念を理解できるかということについて考えているが、このような“誤解の現象”をコンピュータで再現することができれば嬉しいと思う。

 現代フランスでは日本ブームのため小規模のデパートでも寿司が販売されている。10年ほど前に『WASABI』の題名で、ジャン・レノ主演のフランス映画が封切られ「わさび」という単語もフランス人によく知られる日本語の一つとなった。「わさび」はフランス語で「raifort」(レーフォールの発音)という。その言葉を知っているフランス人は非常に少ない。フランス東北部でよく知られているが、他の地方では名前も知られていない。

 私は1991年に初めて来日したときに、本格的な刺身を食べた。刺身に添えて食した日本の「わさび」に興味を持ち、辞書を引いてみた。
 ところが、日仏辞書では「わさび」に対して「raifort」というフランス語に訳されていて不自然な感じがした。フランス東北部に住んだこともない私は、25歳ぐらいのときにこの単語を初めて知ったし、「raifort」という単語は母国語というより、外国語のように感じていたからだ。実際「わさび」を初めて食べたのはポーランドであったから、私の中ではポーランド語の「chrzan」(発音はホシャーンに近い)という言葉の方が「わさび」の本質を表している。当時はポーランド語を一生懸命に習っていたため、ほかの言語での呼び方は長い間分からなかった。また、長い間フランス語訳調べることもなかったので、「わさび」を表す言葉として、今でも私の頭にすぐ浮かぶ言葉はポーランド語の「chrzan」である。

 さて、ロボットに「経験から言葉を覚えさせる研究」がある。英語では「symbol grounding」と呼ばれる。さて、日本語でなんと言う? 訳すと「記号接地問題」と言うそうだ。


3歳のころの娘
▲3歳のころの娘

「わさび」の訳(左:日/仏辞書、右:波蘭語辞書)
▲「わさび」の訳
(左:日/仏辞書、右:波蘭語辞書)

 
1249号 2011年7月7日掲載