先輩に乾杯!進路に迷ったときに読む、 身近な先輩へのインタビュー

研究と両立し、
選んだプロマジシャンへの道

プロマジシャン
秋元 正さん

■あきもと・ただし
1969年埼玉県生まれ。1995年、早稲田大学理工学研究科卒業。入学して間もなくマジックの仕事を開始。在学中にアメリカに渡り、ハリウッドにあるマジックキャッスルやラスベガスで一流のマジックに触れる。93年、セントルイスで開かれたマジックの世界大会※で、クロースアップ部門準優勝、またマジックキャッスルではプロマジシャン相手にレクチャーを行う。96年には国内最大のクロースアップマジックの大会で、異例の二連覇を達成。現在は、赤坂見附の「マジックバー・サプライズ」でクロースアップマジックを披露しているほか、テレビ番組をはじめとするマジック監修、執筆活動、マジック講座の講師など幅広く活動している。
URL:http://www.geocities.jp/tadashi_akimoto/
※:Mid West Magic Jubilee:年に1回行われているコンベンションで、コンテストにはアマチュアからプロまで幅広く参加。採点はテクニック、構成などで採点され、総合点で順位が決まる。コンテスト以外に道具販売やプロのショー、マジックのレクチャーも行われる

 今回ご登場いただく秋元さんは、理工学部・研究科出身のプロマジシャンである。早稲田入学後にプロ活動を開始し、観客の目の前で信じられない現象を次々に起こしていく“クロースアップマジック”の名手として、現在に至るまで多くの人々を魅了し続けている。秋元さんには、学生時代の日々を中心に、お話を伺った。

きっかけは父親のマジック
 幼稚園のころ、父親がコインを使ったマジックを披露してくれた。市販のマジック用品を使ったものだったが、巧妙な仕掛けが施されていた。父親からすれば、「ちょっと息子を驚かせてやろう」というぐらいの気持ちだったのだろう。ところがその“不思議の世界”は、秋元少年を魅了した。「子どものころは、マジックに夢中になったり、ほかのことに興味が移ったりの繰り返し。本格的にマジックをやるようになったのは、デパートのマジック用品売場などに自分で出掛けるようになった高校生のころからで、解説書を手に何度も練習を重ねました」。
 しかし、なかなかうまくいかない。独学では“仕組み”を理解できても、上手な“見せ方”が分からない。だから、大学に入学したらマジックサークルに入って、基礎をしっかりと身に付けたいと思った。

 実はやりたいことは、もう一つあった。テレビやオーディオ機器などが好きで、将来はそうした機械をつくりたいとも考えていた。そこで、大学は理工系の学部に行こうといくつか受験したが、残念ながら不合格。「浪人時代は覚悟を決めて、猛勉強をしました。起きている時は、食事と風呂以外の時間はすべて勉強。電車で移動中も、頭の中で数学の問題を解いていたほどです。大好きなマジックも一切断ちました」。
 一浪の末、本学理工学部に見事合格した。

転機となったアメリカでの体験
 入学してすぐに、「早稲田大学マジッククラブ」に入った。すでにマジックの経験があった秋元さんは実力を買われ、新勧でなんと自分と同じ新入生たちにマジックを披露する、という役割を与えられたそうだ。秋元さんは、学園祭やサークルの発表会などを通じて、多くの人々にマジックを披露する機会を得た。また並行して、マジック関係の仕事もいくつか行い、リゾート地で宿泊者向けに披露することもあったという。
 そんな中、「マジックキャッスルに行ってみないか?」と、マジックを通じて出会った人から誘われた。マジックキャッスルとは、アメリカ・ハリウッドにある会員制クラブで、世界中からプロマジシャンや愛好家が集まる“マジックの殿堂”である。気軽に行けるような場所ではないから躊躇はあったが、大きなチャンスであることは確かだ。思い切って「行きます!」と答えた。「現地では、雲の上の人だと思っていた一流のプロマジシャンがたくさんいて、観客の前で信じられないようなマジックを繰り広げていました。しかも彼らは、日本から来た一学生に過ぎない僕と、すごく気さくに接してくれたんです。この経験が、本気でプロマジシャンを目指すきっかけになりましたね」。

 その後、在学中は毎年のようにアメリカを訪れた。1993年には、セントルイスで開かれたマジックの世界大会に出場し、クロースアップ部門で準優勝。またこの年、マジックキャッスルを訪れ、プロマジシャンたちに対して、レクチャーを行った。

大学院進学・韓国での学会発表
 マジック一色の学生生活だったわけではない。秋元さんが早稲田大学で所属していたのは、技術者や研究者を数多く輩出していた、秋月影雄先生の研究室だ。「僕は将来、プロのマジシャンを目指すか、メーカーへの就職を目指すか、進路を迷っていました。それを言わないのは育ててくださる先生に失礼かと思い、事前に打ち明けたんです。どっち付かずの僕でしたが、先生はそのことを知っても、僕を本気で育ててくださいました」
 4年生になっても進路を決めきれず、「ならばもっと深く研究に取り組んでから決めよう」と、大学院に進学した。初年度は、学部時代と同じく秋月先生の研究室に所属。マジック活動をやりながら、今まで以上に勉強をした。「努力が実り、初年度の試験でトップの成績をとることができました。先生も評価してくださり、その年に韓国で行われた学会に連れて行ってくださいました。英語での学会発表は、アメリカ人を相手にマジックをする以上に大変でしたが、本当に貴重な経験をさせていただきました」。在学中に習得した英語は、世界で広く活動する際に大変役に立っているという。


思い切って行動しよう
 プロマジシャンとしてやっていく。これが、大学院修了時に秋元さんが選択した進路だ。国内外のマジックの大会で好成績を収め、世界中の人々とつながりができていくにつれて、マジックをすることへの楽しさや喜びの方が強くなっていった。マジックも学業も、両方とことんやり抜いたからこそ、最終的に迷いなく決めることができた。
 最後に、後輩たちへのメッセージを伺った。「大学生になると、高校生時代にはなかった“行動力”が身に付きます。また大学生には、社会人にはない“時間”があります。大学時代とは、いろんな経験をするのに最適な時期なんです。僕自身、学部生の時にアメリカに渡ったことが大きな転機になりました。何でもやってやるという気持ちで、思い切って行動をしてほしいと思います」。


秋元  正さん

秋元  正さん

クロースアップマジックは、観客の目の前で信じられない現象を起こす
▲クロースアップマジックは、観客の目の前で信じられない現象を起こす

プロジェクターやコンピューターを用い、ステージ上でクロースアップマジックを披露
▲プロジェクターやコンピューターを用い、
 ステージ上でクロースアップマジックを披露

工学の知識を活かし、スクリーンに映った自身と“コラボ”したマジック
▲工学の知識を活かし、
 スクリーンに映った自身と“コラボ”したマジック

 

 
1249号 2011年7月7日掲載