とっておきの話 

マザー・テレサとの約束

アジア太平洋研究科 教授 
植木(川勝) 千可子


  私がマザー・テレサに会ったのは、1982年、大学院2年生の時。来日したマザーに通訳として付いた時だった。
 1979年にノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは、世界各地に修道会を開き、飢えた人、病気の人、必要とされることのないすべての人のために働いていた。日ごろは、カルカッタの修道会で、路上で死んでいく人たちを招き、体を清め、食事を与え、最期を看取っていた。

 当時、72歳だったマザーは、裸足にサンダルをはき、私の肩ほどの小柄な体で、歩く時に支えると、とても軽かった。「すべてはイエスのために(All for Jesus)」とささやきながら、両手を祈りの形に合わせて人々の歓声に応えるマザーは、華奢な聖女の印象を与える。ところが、1週間行動を共にしたマザーは、ダイナミックで、強靭で、したたかで、しかし同時に、神々しく、輝いていた。

 マザーは、公衆の面前を離れると、鶏肉の塊を手で掴みかぶりつく健啖家。周囲を冗談で笑わせ、皮肉も言う。教会の権利や財政に注意を払い、大切な書類は自分の手元から放さないしっかりしたところがあった。

 単なる物静かな聖女ではないマザーに対して批判めいたことを言う人も中にはいた。しかし、1週間が過ぎ別れるころになると、誰もがマザーに心酔しきっていた。マザーの圧倒的な存在感を裏打ちしているのは、他の人がしていないことをなし得ているという事実だった。マザーはけっして驕った人ではなく、実際に口にすることはなかったが、「それならばあなたたちは何をしているのか」と静かに問いかけているようで、そのことが周りの尊敬につながっていた。

 マザーは洗礼を受けていない私に何度も信仰を説き、カルカッタへ来るように誘ってくれた。空港で別れる時に、私はマザーに言った。「キリスト教徒としてではないが、必ず世界の人々のために尽くすよう努力します」。
 もう30年近くも前のことになるが、マザーとの約束は、今も私を諌め励ます指針となっている。


マザー・テレサと植木教授
▲マザー・テレサと植木教授

マザー・テレサの通訳をする植木教授
▲マザー・テレサの通訳をする植木教授

 
1242号 2011年5月19日掲載